レンズ越しの黄金色ふと背中に掛かる重みが増えていることに蛍は気づき、そろっと後ろを見る。木賊色の髪は微動だに動かないがいつもなら見える意志の強い黄金色の瞳は隠れている。
「…魈?」
おそるおそる声を掛けてみるが返答はない。くっついている背中を離しても彼は全く動かず、座ったまま器用に居眠りをしているようだった。
珍しい、と思いながら蛍は魈の顔を覗き込む。彼はほとんど寝ないか眠れたとしてもとても眠りが浅い。蛍が声を掛ければ彼はすぐに返事を返して、瞼をすぐに開けてしまう。それが今居眠りをしている。
彼にとって、蛍の側が安らげる場所になっているのかもしれない。それなら。蛍にとって嬉しいことこの上ない。
途端、あることを思い出して蛍はこそっとバックの中を手繰り、あるものを取り出す。そして、眠っている魈のそっと掛けて、普段とは少しだけ違う姿にほぅっと見惚れた。
魈に掛けたのは眼鏡だ。彼の髪色によく似た縁の色の。彼は武人であるが、眼鏡をかけるだけで知的にも見えてくる。そもそも彼は仙人であり知識も豊富であるため文武共に秀でているのだが魈自身が自己をそうだとは思っていない。
顔立ちが整っていることもあり大人びて見えるが瞼を閉じて静かに寝息を立てる姿は幼くも見える。実際は2000年以上生きている彼であるがそのあどけなさからは抱える責務を忘れさせてしまう。
眼鏡を掛けた彼を近距離で眺めていると、ぱちっと突然黄金色の瞳が現れて蛍の思考は停止する。
もしかすると、始めから。
「…もしかして、狸寝入りしてたの?」
「いや、始めは居眠りをしていた。お前がこれを掛けた辺りから起きていた」
それは、名前を呼んだことに気づかなかっただけでその後のことは全て知っているということだ。知られていないと思ったからこと大胆に動けていたのに。かっと顔を赤くする蛍を見て魈は少しだけ可笑しそうに笑う。
「我の顔なんて、そんなに見ても仕方あるまい。小道具一つで何も変わらんだろう」
「変わるよ…普段見られないけど、違う一面が見れて、かっこよかったんだから…」
ぼそりと呟かれた言葉に魈は一旦動きを止め、そっぽを向いてしまう。もしかしたら、照れているのかもしれない。その様子に蛍は少し仕返しをした気分になってくすくすと笑うと彼はムッとした表情を浮かべていた。
「…だが、」
言葉と同時に唇に柔らかいものが触れる。近くにはレンズ越しの黄金の瞳が見えて蛍は驚いて瞳を見開くことしかできない。
「…口づけるには、邪魔だな」
そう言うと魈はすっと眼鏡を外して、再び蛍に軽い口づけを贈った。