■■■ 大惨事 3話.
さて、話は前回より少し遡る。
大惨事が始まる運命の日を前日に迎えた日。
『JOBを上げまくって恙無く3次職になるための良い子のギルドツアー』はギルドマスターであるロードナイトと他数名が主体となり、巻き込まれる形になった者更に数名、レベルが合わないものも合間を縫って別にPTを組んで参加し、PT毎に狩り場を変えつつまさしくギルド総出で行われた。
朝も昼もない洞窟や地下などのダンジョンで、ほぼ睡眠なしで狩り続けることがどれだけ精神と肉体に悪影響を及ぼすか彼らは実感として知ることになる。
「あはははははっ! 楽し――!!」
「てめぇ、程よく連れてきやがれえええええ!!」
「ひいいいいいいいっ! す、すとおむがすとおおおおおおっ」
年がら年中ハイテンションのロードナイトは黙っていれば見た目は清廉なギルドマスターだ。
今日もトール火山で元気よく走りまわっては敵を釣ってくる。
器用に盾を変えながらカーサやサラマンダーを引き連れてきたのはいいが、背後にはソードガーディアンがいる。
怯えて青ざめている陰鬱そうなハイウィザードが口足らずな声で氷の嵐を起こし、固まった端から砕き倒していく。
他にも未転生のウィザードがいるが、メインの火力はこの頼れないハイウィザードだ。
「ひぃっ!」
しかし、ソードガーディアンがその氷の嵐を更に突き進んできた。しかもいつもと違う半端ない怒りを背負って。
ハイウィザードの前にチャンピオンが立ちはだかって寸での所でその大刀を白刃取りする。しかしぎりぎりと押し負けそうになるのを堪えながら怒鳴った。
「むっちゃ怒ってはるって! マスター何やらかしたん!」
「尻めくってお尻ペンペンしただけだが」
「それ挑発ううううう!!!! ひょわあああああっ! 阿修羅覇王拳!」
「あいつのSP枯らすなよ! プロフェッサーっ!」
「へいへーい。司教様はうるさいねぇ。俺のハートよ、勝利者に届け。んー・・・んちゅっ」
背後でハイウィザードとともにいる眼鏡をかけた長髪のプロフェッサーが唇に両手の指を添えてチャンピオンに投げキスをする。
チャンピオンは精神力が満たされていくと同時にぞわああああああっと背筋に虫唾が走った。
「いやああああああっ!! きしょっ! 生理的に嫌やああああ!」
「俺の愛なのにー」
あははと笑うプロフェッサーはさっそく回復した精神力でスパイダーウェーブをかけてソードガーディアンを足止めする。
後衛に向かってニューマを張るハイプリーストの横にカーサが沸いた。
「ちっ」
腕を火に焙られたハイプリーストが、近くにいるはずのアサシンクロスを呼んだ。
「おいっ! 腰巻馬鹿っ! こっち来てんぞ!」
「・・・・・・・・・・」
さて。
こちらでは壁際で膝を抱えているアサシンクロスが1人。
うつろな顔でえへえへ笑いながら何やらぶつぶつ呟いている。
「うふふ。お花畑~・・・赤いちょうちょがキレイぃー」
その様子はどこから見てもイッちゃってる人で、ハイウィザードがひいっと悲鳴を上げて、プロフェッサーも興味深そうに眺めている。後で研究しようとでも考えているのかもしれない。
そんな中で、いつも冷淡なハイプリーストだけが額の青筋を立て続けに切らした。休みなしの狩りに疲れきっていて沸点の位置がかなり低くなっていたらしい。
「てめぇ・・・・戦闘職の分際で・・・ごるぁ!」
足を振り上げ、アサシンクロスの脳天めがけてかかと落としを決める。
ぐきょっと嫌な音がしたが、気にするものは誰もいない。
「お座りなんざ100万年早ぇ!! ちゃかちゃか働けこの、ノロマ野郎がああああ!!」
ピヨったアサシンクロスの胸ぐらを掴んで、今まで自分を襲っていたカーサに向かって投げ飛ばす。
アサシンクロスは顔からカーサにぶつかって地面にべしゃっと落ちた。
「いやあああああああ!! 熱いっ! 熱いよおおお!? ぎゃああ3匹はだめなのおおおおおお!!」
「てめぇの両手にある幸運剣は飾りか!? 根性で避けろ!」
「ハイプリーストのばかああああああ! 大っ嫌いいいいいい!」
まさしく涙も乾くこの場所で、アサシンクロスが3匹のカーサを避けながら泣き喚く。
その言葉に、ハイプリーストの動きが少し悪くなった事など、隣にいるプロフェッサーしか気づかない。
「君、少しくらい優しくしてあげたら。どーせベットの上でもそうなんでしょ」
「黙って、SP寄こせ」
「あーやだやだ。素直じゃない子」
そう言いながらプロフェッサーはハイプリーストに向かって手をかざす。
それだけで行われる精神力の交換。恐ろしいまでにぞんざいだ。
「お前こそ、チャンピオンと他のこの待遇の差は何だ」
「何で、むさくるしい男共に投げキスしなきゃなんないの。だいたいこのギルドなんで男ばっかなのー。ミニスカとかショートパンツとかスク水かわいいのになー」
「あれがギルドマスターのうちは無理だろ」
「んー・・・・・そだね。無理だね」
前線では拘束から解かれたソードガーディアンの剣を弾きつつ大笑いしているロードナイトが1人。それを見ながら二人はため息をついた。
「そこそこっ! ちょっとこっち・・・っ。マジでやばいんだけどっ!?」
さすがに1次職はいないものの、未転生ではまだこの狩り場は高レベル過ぎるということで、こちらのPTにつかず離れずで狩りしていた未転生PTとハイウィザードを守っていたホワイトスミスが叫ぶ。
見れば数人すでに熱気にやられて倒れている。
ハンターやプリースト、バードを背にかばって、サラマンダーのばっくり割れた口を斧で押さえているホワイトスミスに、ハイプリーストが気休めのセイフティウォールを立て続けに張って道を作った。
足元には砕け散った青石のくずが散らばっている。
「こっちに固まれ! 離れるな!」
「ひいいいいいっ! 怖い――――っ!! ワニがトリが・・・っ! すとおむがすとすとおむがすとすとおむがすとおおおおお!」
ハイウィザードが氷の嵐を立て続けに起こして、熱気を遮る。
だが、数が多すぎる上に動けるものがそれぞれに敵を抱えている。陣営はじわじわと押され始めていた。
「こんなにいっぱい・・・っ! 死ぬっ! 死んでしまいますううううっ!」
ハイウィザードが悲鳴を上げて頭を抱える。
それをハイプリーストやプロフェッサーがそれぞれ敵を近寄らせないようにスキルを使いつつ眺めている。
「そろそろか・・・」
「よくもった方だなぁ。この数日でずいぶん鍛えられちゃったんだねぇ」
壁際に向かって後ろに下がろうとしたハイウィザードは、頭を抱えて体を前に倒す。
「死ぬ。死ぬ・・・。いやだ死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない・・・なぜ私が死ななければならないんだ・・・私がお前らよりも弱いからか? 弱いと死ぬのか。私がお前ら下等生物より弱いというのか? 否。そんなわけがない。私は高位なるもの。この世にある万物のエーテルを操る者。つまり、私が神! 神なのだああああ! ひゃっは――!!」
体を起こして爛々と瞳を輝かすハイウィザードは、さっきまでの陰鬱とした表情を一新、精力的に高笑いをする。その身に漲る魔法力はこれまで以上に高まっている。
そして急な変わりように後ずさっているバードの襟を掴んで引き寄せた。
「おら、そこの愚民。その下手くそな音程で派手にブラギを歌わんかっ」
「はいいいいいっ」
「そして我に跪け愚かなるモンスターどもよ! ひゃーはははははははは!!!」
ブラギの詩を歌うバードの横でハイウィザードが高笑いする。
「恐怖を乗り越えた時、人はひと皮もふた皮も剥けるってこういうことを言うんだねぇ」
「剥け過ぎだろう」
プロフェッサーとハイプリーストがしゃべっている横で、高笑いはなお続く。
同時に高速詠唱による大魔法の連発が始まった。
それは先ほどよりも隙がない勢いでモンスターたちを沈めていく。
「よーし、自称神様が御降臨あそばしたぞ! これで勝てる! お前ら転がってないで、さっさと起きろー!!」
ソードガーディアンとガチ勝負でなぜか生きているロードナイトが、背後の潰れた未転生のメンバーたちに向かって叫ぶ。
それを聞いたプロフェッサーが、隣のプリーストに言った。
「おい司祭。サンクの用意だ」
「え?」
後方を守っているホワイトスミスにヒールをしていた未転生PTの支援プリーストが目を見開く。
一方倒れ伏している方も、好きで倒れているわけではないのだ。
「無茶言わないで下さい―!」
「体中痛いんですー!」
「何を言うか! 貴様らそれでも軍人か―!?」
倒れているクルセイダーとナイトが訴えたが、ロードナイトから一蹴される。
「軍人じゃねえええええっ!」
二人と共に倒れ伏しているウィザードが片手をあげて突っ込む。
「ナイトですっ」
「クルセイダーです!」
「むむぅ・・・生真面目な男達め。いたしかたない。とうっ!」
そしてロードナイトは思い出さなくてもいいものをギルドマスターという責任ある立場を思い出して、ソードガーディアンに背を向けてそちらに向けて全速力で走った。
激戦を繰り広げていたところでいきなり置いて行かれたソードガーディアンが、目を丸くして固まっている。
「さぁ、俺の愛を受けて立ち上がれ! 戦士たちよ!」
ロードナイトが蘇生の滴を含んだイグドラシルの葉を撒き散らした。
それに驚いたのは当の本人たちと、同じPTを組んでいる他のメンバーだ。
何せ敵は後から後からやってきている。チャンピオンやアサクロ、ホワイトスミスだけじゃもう抑えきれないほどにだ。
今にも決壊しそうな中で、三人が復活する。
「「「リザキルする気かあんたああああ!!」」」
「あははははははははは!!! 死にたくなければ戦うがいい!戦ってこそ我らは・・・アウチ!」
最後に叫んだのは、隙だらけの背後にソードガーディアンが剣を振り下ろしたからだ。
ざっくり背を切られたが、マントは真っ二つでも中に着ていた鎧がなんとか生身の部分を守ってくれていた。
振り向きざま、2撃目をカウンターではじき返す。キィンと金属同士が鳴らす高い音が洞窟に響き渡った。
不敵に笑うロードナイトは文句の付け所も無いほどかっこよかった。
一瞬、空気を割き、時すら止めたようなその中で、ロードナイトがふんぞり返ってソードガーディアンを指差した。
「貴様! このタイミングで襲ってくるとは、空気を読みたまえ! 空気を!」
「・・・・・・・・・・」
びしっと指でさされたソードガーディアンがその剣幕に後ずさっている。
しかし、ソードガーディアンは悪くない。けして悪くない。
その間に騎士たちにサンクチュアリを張ったのはハイプリーストだ。
遅れて我に返ったプリーストが横沸き対策にセイフティウォールを張ってわずかながらも時間を稼ぐ。
そんな中でウィザードがブラギの端に駆け込んでストームガストの詠唱を始める。
騎士とクルセイダーを襲うカーサ達を氷の嵐で巻き込んで引き剥がした。
「ほらほら。さっき言ったでしょ」
「あのタイミングで蘇生させるだなんて誰も思いませんよ!!」
ギルドマスターの奇行に慣れきっているプロフェッサーがくつくつと笑う横で、プリーストが恐ろしさに震えている。
ハイプリーストは黙々と、死にかけのアサクロや、ソードナイトに説教しているロードナイトに支援をまわす。
「勝利者ちゃあん。俺の愛を受け止めてぇええええ―!」
「いやあああああっ! なんか入ってくるうううううっ! もういややっ! 婿に行けん体にされるううううっ!!」
投げキスをするプロフェッサーに、精神力は満ちながらもだんだんと活力を削られていくチャンピオンは、もう阿修羅撃ちとうないんですううううと叫びながらも、ロードナイトと相対しているソードガーディアンを阿修羅覇王拳で沈めた。
同時に、チャンピオンの頭上に天使が羽を広げて祝福を与えた。そして体から青白いオーラがあふれ出した。
「あ・・・・。・・・・わい・・・」
チャンピオンが驚いて両手を開いてオーラを見る。
驚きが過ぎた後、ふわっと喜びに表情を綻ばせて顔を上げ、・・・・一瞬にしてその表情が凍った。
「祝いじゃ祝いじゃー! さぁ、者どもチャンピオンに続くのだ! 追加持って来たぞー!」
「ぎゃあああああああああ!!」
こちらに向かって走ってくるロードナイトを再びモンスターがてんこ盛りになって追いかけてくる。
途中で呆然とそれを見ていたアサシンクロスがモンスター達にプチっと轢かれた。
ハイウィザードが杖を振りかざして魔力を高める。
「うろたえるな、愚民ども! 私がいる限り、どれだけ来ようと敵ではないわああああ!!」
杖を振り下ろすとともに大魔法の轟音が洞窟中に響き渡る。
人間とモンスターの悲鳴や怒声が一緒になって響き渡る中で、アサシンクロスは地面にめり込んだまま息をするため顔を動かし、かろうじて動く指先で『こしまき』と遺言を書く。
「もうやだ・・・このギルド、辞めたい・・・」
しくしくと泣き出すアサシンクロスの訴えを聞くものはどこにもいなかった。
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次は転職して職が混乱するので、いっそキャラ名にするしか。