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    ラーヒュン ワンライ 「墓参り」 2024.04.04.

    #ラーヒュン
    rahun

     よく晴れた庭で。
    「墓? オレの?」
     芝生にしゃがむラーハルトは、桶に手を突っ込んで洗濯板に下着をこすりつけながら、訝しげに横のヒュンケルを見た。
     ヒュンケルもまた別の桶で手を濡らし、洗濯物をじゃぶじゃぶ濯ぎながらこたえた。
    「違う、オレの」
     ラーハルトは泡を立てながら頭にハテナをいっぱい浮かべた。
    「欲しいのか?」
    「いや? 要らんぞって話だ」
     ヒュンケルは、じゃーっと絞ったラーハルトのパンツを持って立ち上がり、パンパンッと空中で払って伸ばして、物干し竿にかけた。
     なんでこんな話になったんだ? とラーハルトは首を捻り、そうそう伝説の武具がピラミッドにあったらしいけどそれって墓荒らしだよな、という流れからだったと思い出す。しかしながら。
    「オレ、最初から作る気なかったんだが」
    「それは薄情だろ」
     ぶつっと拗ねて見下ろしてくるヒュンケルを、だがうんこ座りのラーハルトは堂々と見上げた。
    「そもそも戦士に墓があると思ってない」
    「ああそうか。ならわかる」
     いまだに戦士扱いされてるだけだとなれば、ヒュンケルも納得し、額の汗を手の甲で拭いながら再び洗い桶の前にしゃがんだ。ラーハルトはそこへ、ビシャリと次の洗濯物を放り込む。次のはヒュンケルのパンツだった。
    「だから、母の墓は作ったが、バラン様には墓がないのは当然だと思ってる」
    「戦士として見事に生きれば生きる程に、墓は無い、か。……ん、わかる」
    「わかったら働けよ。午前中に終わらんと、もっと暑い」
    「昼飯なにか冷たいもの食いたい……。うだる……」
     最初のうちは、一緒に住んでても下着だけは各自で洗ってたし、相手から見えるところでは背筋は伸ばしてたし、口調も崩さなかった。
     でもいま二人は、日の照る庭でともに猫背でしゃがみこんで、だらだら洗濯していた。
     主語の無いようないい加減な会話をしてたって、別に、侮れてはならない魔窟に居るわけでもなし。齟齬が命に関わるような戦時でもなし。
     もし通じなければ何度も聞き直せばいいのだし。その時間はあるし。
    「……いずれどっちか、くたばる時も来るだろうしなあ」
     ヒュンケルはザブザブ労働しながらも、未来に思いを馳せてるが。
    「おいおい……おまえオレより長生きできる可能性ある気か? 無茶の代名詞みたいなクセして」
    「でもおまえ、一回はオレより早死にしたろ?」
    「ぶはっ! それを言うか!」
     こんなネタで大笑い出来てしまうようになったとは、自分も焼きが回ったものだ。
    「人はなぜ墓を作るんだろう」
     ヒュンケルが不思議そうに呟いたけれど。
    「おまえが詳しいんじゃ? 部下が墓に埋まってたクチだろ?」
    「自分で掘り返したことはないさ。おまえこそ墓を作った経験あるんだろ? なんでだ?」
    「そうだなあ……」
     最後の洗濯物を扱き終えてヒュンケルの洗い桶に放り込むと、ラーハルトはヌル付く両手を汲み置きのキレイな水で流した。
     母の墓はただの石だ。でも、ふと、そこに行きたい時がある。それは。
    「故人を偲びたいから、なのかもな。偶にそのしるしを見て、その人を思い出すんだ」
    「偶にか」
    「偶にだ」
     ヒュンケルに絞られたヒュンケルのズボンが、パンッと宙に翻った。もうずいぶんと色あせた紫だ。
    「偶にでは、ちょっとなあ……」
     ひらひらとたくさんの布が並んで、物干し竿は鈴なりである。気持ちの良い風が吹き抜けていく。これならすぐに乾くだろう。
    「そうだ」
     ヒュンケルはピンとひらめいた風情で振り返ってきた。こういう顔の相棒はろくなことを言わない。ラーハルトは胡乱な目を向ける。
    「……ん?」
    「オレは死んでもずっとおまえについててやるから、オレの形見を持っておけよ」
    「なんだそれは。気色わるい」
     嫌そうに眉間に皺を寄せてやったら、ヒュンケルは急にケタケタ笑い出した。
    「何がおかしいんだ」
    「だって、だっておまえ、自分は槍を渡したくせに!」
     そんなネタで大笑い出来てしまうようになったとは。
     こいつも、焼きが回ってる。








    2024.04.04. 17:40~18:30 +α



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