Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    SKR

    ☆quiet follow Yell with Emoji 🍵 ☕ 🍺
    POIPOI 37

    SKR

    ☆quiet follow

    「プレゼント」 ラーヒュン ワンライ 2025.02.21.

    #ラーヒュン
    rahun

     ラーハルト、三十三歳の春の記念日休暇。
     結婚十周年を迎えた彼は悩んでいた。伴侶たるヒュンケルへの贈り物についてだ。
     生活に絶対に必要な物以外は買ったことがない。おかげでこの家はすっきりと片付いているが、粋だとか洒落だとかはとんと分からない。
     こういう時には如何なる品を用意するべきでしょうか。と。
     信頼する主君に尋ねてみたところ、彼自身は記念日に花を受け取ったとのことだった。
     だっておれは手紙をもらっても読めない字が多いからさ、と照れくさそうに頬を掻きながら上目使いで付け加えられた。
     つまり手紙や花が最適らしい。
     ヒュンケルはじきに家に帰ってくるだろう。それまでに準備をしなければ。
     まずは手紙をしたためた。
     十年間、共に在ってくれて感謝する。おまえにプロポーズを先越された日の事をまるで昨日のように覚えている。今だから言うが本当は悔しかったのだぞ。オレは指輪を発注して、ディナーの予約もしていたというのに、おまえが討伐の帰り道で、そういえば結婚いつにする? などとぞんざいに聞いてくるから。思わず頭をはたいてしまったではないか。それで揉めたのは、まあオレにも非はあるが、しかしあのマドハンドの異常発生は酷かった。顔も服もドロドロだったのに、あんまりだ。
     おまえにとっては今更だったのだろう。いつの間にか一緒に居るのが当たり前で、予定調和みたいな結婚だったからな。
     けれど実は、当初、オレはこの結婚は一年続かない可能性もあると考えていた。同居をすれば、オレがさほど良い男でもない事におまえは気付いてしまうのではないかと。だからオレは愛想を尽かされないように、反論も控えたし、いつも完璧な身嗜みを心掛けたし、休日も早く起きて家の修理などに勤しんだ。そうしたら一年経つころにおまえが、そんなに頑張らなくていいんだぞと呆れたように言って、だからオレはおまえと散々喧嘩をしたし、外出しない日は段々と髭も伸びっぱなしになって……。
     ラーハルトはペンを止めた。
     趣旨がよく分からない手紙になってきた。慣れない事はするものではない。それに、この内容はあまりにみっともないので出来ることならば今際の際まで秘しておくべきだ。
     書きかけの手紙をくしゃりと丸め、ようとして、下部の白紙の部分へと目線を下ろした。
     真に伝えたい言葉には、大きな面積など要らなかったのではないか。
     ラーハルトはまだ書かれていない綺麗な所をビリッと破り取り、その小さな切れ端に、ありがとう、と記した。
     次は花だ。
     花など買う趣味も経験もない。花屋の位置も、もしも市街地図をすべて頭に入れなければならない職務に就いていなければ知りもしなかっただろう。
    「いらっしゃいませ!」
     大きな花屋の女将は、ご新規客と見てか愛想良く寄ってきた。
    「どういうお花をお探しで?」
     店内はむせかえるような花の御殿だ。広い空間が階段式の飾り台に囲まれて、壁まで花だらけである。これほどの品揃えならば案内がなければ目的の花を見つけ出せまい。だがそれ以前にどの花が正解なのかという知識がない。
    「探しているのは結婚記念日に贈る花だ。どれだろうか」
     ラーハルトは素直に尋ねた。しかし女将は、うーんと呻った。
    「そうですねえ、これって決まりはありませんのでお好み次第ですよ。奥様にはお好きな花はありますか?」
    「わからない」
    「でしたら、あなたがコレだ! って思う花になさってはどうでしょう。いっぱいありますからお選びくださいな!」
     そう促されてぐるりと見渡せば、華やかな色の洪水が目に飛び込んでくる。
     ラーハルトは一種、一種を吟味してヒュンケルに似合う花を探した。その時ふと、奥の作業台に居た花屋の主人が拵えているブーケに興味を引かれた。真っ白の花の取り合わせだった。
    「女将」
    「はいはい、お決まりで?」
    「あれが、あいつに似合いそうだ」
    「あら……」
     女将は少々困った顔をした。
    「あれはお悔やみの花ですから……もうちょっとアレンジを変えた方がいいと思いますよ? 何か色味を入れたらお祝いっぽくなりますから」
     ラーハルトは俯いた。
     弔いの純白がよく似合うだなんて、あいつらしくてとても渡せない。でも色を入れたらヒュンケルのイメージから外れてしまう。
    「……すまん、手間を取らせたな。よしておく」
     客になれなかったことを手短に侘びると、女将は。
    「はーい。また来て下さいね!」
     冷やかしも慣れたものなのか、嫌な顔ひとつせずに見送ってくれた。
     花は難しい。見た目だけで選んでよい物ではないとは。
     先程のブーケに入っていた最も大きなラッパ型の白い花。あれは大層うつくしかった。あれだけを買うプランも頭を過ぎりはしたが、野に咲くところを見たことがないことから野生種ではないと推測された。
     人の管理で大切に育てられた花は、荘厳な城や、細緻な彫刻などと同様に素晴らしく優美であるが。
     ヒュンケルとの素朴な住まいに持ち帰るには、重すぎる印象だった。
     帰路に着いたラーハルトは、自宅に寄って戸棚からガラスのコップを持ち出すと、また玄関を出て勝手知ったる裏山を登った。
     そこで、野いちごの花を一輪、摘んだ。
     それから、川の冷たい水を一掬いして、切り花の根元を浸けて。
     自宅の居間へと戻ってきた。
     どこの民家にもあるような簡素な木製テーブルの上。
     一日がかりで用意した贈り物は、コップから顔を出す白く小さな花と、その足下に置いてあるメモ切れみたいな『ありがとう』だけだ。
     ヒュンケルの席に置いたそれらを見下ろし、ラーハルトは腰に両手を掛けて吐息した。
     上手く行かないな、と。
     頭を掻いて苦笑しながら、昨日二人で決めておいた晩餐メニューの支度に取りかかる。もうすぐヒュンケルも帰宅して手伝ってくれるだろう。
     テーブルにある貧相な品々に、なんだこれは? と首を傾げられるかも知れない。
     そうしたら、そんなに頑張らないオレからのプレゼントだと伝えよう。
     彼ならきっと笑ってくれる。







    2025.02.21. 18:10~20:25


      SKR














    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💜💜💜💜💜☺🌼🌼🌼🌼🌼💜💜💜☺☺🙏💜☺☺☺☺☺💜💜💜💜💜❤💜💜💜💜💜💜💜😍🍆💜💜💜💘💜💜💜💜💜💜💜
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works