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    「つまみ食い」 ラーヒュン ワンライ 2025.05.25.

    #ラーヒュン
    rahun

     ヒュンケルは先生からピクニックに誘われた。もうあなた以外からは全員オッケーもらってます。とのことだった。
     それはカールにあるアバンの書斎へ、定例の書類を届けに上がった際のことであった。少しお茶を飲みましょうと応接ソファに誘われ、ローテーブル越しに向かい合わせて座り、飲み物が並んだところで切り出されたのだ。
     暇を享受しに出かけるなどという贅沢は己に相応しくないと遠慮をしたが、皆があなたに会いたがっていると説得された末に参加を了承した。当日はどこかの森なり川なりに、アバンの使徒が五人、勢揃いすることとなろう。
     大魔王との決戦の日に再会してよりこちら、師とは、仕事上の事務的な付き合いはあるが、幼いころ共に旅をしていたようなプライベートな関わりはない。距離を置いたこの関係は、もうよい大人であるからでもあるし、また過去の裏切りの後ろめたさからでもある。
     こういった貴族趣味の部屋の装飾的な内装にもあまり馴染みがない。ソーサー付きのカップも手に取るのが億劫だ。
     この城に居るよりは、野外でのピクニックの方がまだ気が楽だろう。世が平和になったのだから娯楽に興じるのも悪くはないのだろうが。
    「お弁当のリクエスト聞きますよ。あなたバーンパレスで食べ損ねたでしょ?」
     そう問われるのは辛かった。ヒュンケルには食べ物の嗜好などないのだ。
    「なんでも食べられます」
     唯でもアバンの作る料理は概して高水準だ。不味いものなど出てくるわけがないのだからメニューの指定をする利点などない。だが師は納得せず、黒い革張りソファにゆったりと背を預けて、立てた人差し指をノンノンと横に振った。
    「食べられる、じゃなくって食べたい物を用意したいんですよ。なにか好物は?」
    「先生が知ってる通り、特にありません」
     昔からこういう方面では聞き分けの良い子供だった。地底魔城に居たときから味を厭うて食べ残したことはなかったし、旅に出たころにはすでに栄養価と肉体の関係を意識していたので、アバンの拵えた抜かりない食事に対しては種別の是非など唱えようもなかった。
     ヒュンケルは唇を引き結んだ。
     例えば他のアバンの使徒ならば、こういう局面での回答をいくつか持ち合わせているのだろう。だが不甲斐ないことにヒュンケルには人並みの好みすらない。この料理上手から、あんなに何度も食事を出してもらっておいて。薄情なことだ。
     ヒュンケルは両の腿に、両の肘を乗せて指を組み、項垂れた。
     すっかり肩を落としてしまった一番弟子へ、アバンの柔らかな声が掛けられた。
    「私と別れてから、好きなたべもの、できませんでした?」
     責めるでもなく、急かすでもない師の言葉は、ヒュンケルを深い思考の奥へと誘った。



     ラーハルトとの暮らしを思い描く。同居歴はそんなに長くないが、彼の居る家に帰るとホッと落ち着く。互いに料理はしているが、どちらかというと作ってもらう方が多かった。
     鶏肉が焼かれている匂いに誘われて台所に向かい、火を使う彼の後ろに立つ。
    「テーブルが拭けたなら、おとなしく待ってろ」
     顎をしゃくって居間へと促されても、言うことを聞かずに手を伸ばす。それは子供の頃には決してしたことのない無作法だ。
    「こら」
     あまり火傷はしない体質なのを良いことに、直接フライパンに指を突っ込んで摘まみ食いをした。
     小さいから取っても問題ないだろうと摘まんだそれは、初めて食べる味だった。
     これは、焼いている鶏肉から剥がれて縮こまった、鳥の皮だ。クリスピー、かつジューシー。じっくり味わって、ほんの小さな欠片を大切に咀嚼していたものだから、隣のラーハルトからまじまじと見られた。
    「好きなのか、それ」
    「いいな。香ばしい……」
     未だにもごもごと口を動かしているヒュンケルに、ラーハルトはあからさまな呆れ顔をして。
    「物好きな。オレは肉もなく皮だけ食えるヤツの気が知れん」
     と鼻で笑ったのだったが。
     けれど、以後、ラーハルトは何食わぬ顔で剥がれた皮をカリカリに焼いてくれるようになった。
     わざわざ皮を剥がしてくれることはない。失敗して剥がれてしまった時にしか食べられないレア度にわくわくした。何日も一緒に過ごしているからこそ偶に口に出来るそれ。それが発生したら必ずラーハルトが傾けたフライパンの端に溜めた脂でこんがり揚げ焼きにしてくれる。思い浮かべるだけでも嬉しくて、実際に口に入れたらザクザク、じゅわじゅわと美味しくて、心待ちにするようになった唯一の食べ物。



    「どんな物を好きになったんですか?」
     ハッと、ヒュンケルは肩を揺らした。ローテーブルの上の茶は手を着けられぬまま湯気を失っていた。
     前屈みでソファに腰掛けながら思い浮かべていたのは、アバンの完璧な調理では存在しなかった、料理の破片。気の抜けた暮らしの中で偶然に現れるイレギュラー。
     それは貴方には決して作れない。
    「鳥のソテーの……剥がれた皮の……」
     貴方の料理には有り得ない。
    「焦げたやつ……」
     床を見つめて、ごめんなさい、と呟いた。言葉は震える唇から零れて絨毯へと落ちていった。
     ずっと幾日も食事を作ってくれていた師の、どんなに手の込んだ逸品よりも、そんなものを美味いと感じてしまったことが申し訳なくてヒュンケルは侘びた。一度も素直に味わえなかった、美味しいと告げることの出来なかった料理たちへ侘びた。
    「そうですか。それは……次のピクニックには持って行けそうもありませんね。でも……」
     ちょっぴり寂しそうな師は、それでも笑顔で大きくひとつ頷いてくれた。
    「謝らないでください。今、あなたが愛を知っていること、私は嬉しく思っていますから」








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    2025.05.25. 01:35~01:45 / 14:45~16:45



















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