Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    SKR

    ☆quiet follow Yell with Emoji 🍵 ☕ 🍺
    POIPOI 39

    SKR

    ☆quiet follow

    「仕方ない」 ラーヒュン ワンライ 2025.07.21.

    #ラーヒュン
    rahun

     自分は人間だから仕方ない。
     と、ヒュンケルは長年、諦めていた。
     性欲についてである。
     二次性徴が進んだころから、衝動を抑えることが難しくなってきた。女を得られる環境ではあったが、なまじ子を成されてしまうと利用されるおそれもあるため、行為は憚られた。自ら刺激をしての排出も頻繁に行いはしたが、しかしどうしても、暴れ狂う欲念を晴らすには容赦のない律動が必要となる。
     ゆえに、子を成さぬ男との情交に勤しむしかなかった。
     自分ほどではないが、魔族にもなかなかに性欲の強い者は多い。しかしそれでも男であれば征服と挿入を好む。受け身でいるほうが相手が潤沢だ。
     そういう、幾つもの仕方なさの果てに、ヒュンケルは男を求める性質なのであった。
     しかし、転機が訪れたのは二十一歳の時。
     魔族が周囲に居なくなった。人間たちと生きるようになった。すると気づいたのだ。
     人間はさほど性欲が強くはない。このような体質は自分だけだったのだ。
     魔王軍で己の欲動と戦っていたときには、かつての旅で色を欠片も匂わせなかったアバンの姿を思い出して、さすがは勇者だ、聖人の如き清廉だな、と感心していたものだったが。しかし人間の中で過ごしてみれば、アバンは疎か、美人に目がないと評判のポップですらも、腰を振りたくなって頭を壁に打ち付けるような無様な肉欲は持ち合わせていないのだと知った。
     ヒュンケルは取り残された。
     口にするのも恥ずかしい問題ゆえ、燃え上がるような発情をただ噛み殺し続けた。
     そして現在、旅の道連れである友、ラーハルトに見咎められたというわけだ。
    「おまえは夜な夜な何処へ行っている」
     遮る物のない野外だ。隠れて自慰をするにも、かなり遠くへ行かなければラーハルトには気取られてしまうだろう。それだけに時間がかかり、ただの用足しだとの言い訳が立たなかった。
     それで今宵は、この人生に付きまとう性の問題について赤裸々に白状する羽目になったわけである。
    「なるほどな」
     薪をくべ直した焚火は明るく燃えて、ラーハルトの青い頬を赤く照らしていた。
     ヒュンケルの頬は、赤い光などなくとも真っ赤になっていることだろう。高潔な友にはとても聞かせたくはない、爛れた話だった。
     だが、どうせ知れてしまったのであれば。
    「助けてはくれまいか」
     ラーハルトが男性であることは救いであった。ヒュンケルの身を鎮めうる要素を、彼は持っているのだ。
    「おまえの好きなようにしていいから」
     羞恥心を押しての、精一杯の誘いであったが。ラーハルトは至って冷静に、木の棒で薪をずらして焚火に空気を入れていた。
    「オレが思うに、貴様は一種の特異体質だ。通常、あのように強力な闘気技を放てば死ぬ。怪我の治りもおそろしく早い。生殖機能の活発さもその一環であろうな。無尽蔵に湧く生命力は戦士としては利点しかないが、社会生活を送る上では不都合が多かろう」
     ヒュンケルは俯いた。
     不都合、そう表現されれば、確かにそうだ。自らの意思ではどうにもならぬ体の暴走は、精神的にも立場的にも百害あって一利なしだ。旅をする上でも力と時間のロスが多い。これの解決を求められるラーハルトの不快も如何ばかりか知れない。
     火の前に蹲るヒュンケルは、こうしている間にも股の疼きを堪えていた。なにせ極上の男性性を持つ体が目の前にあるのである。惨めで死にたくなった。
    「ヒュンケル」
     呼びかけてくるラーハルトの視線に侮蔑の色がないことが、唯一の慰めであった。
     友は真剣に語りかけてきた。
    「これと思う者を、ひとり決めろ。それしかない」
     予想だにしない意見に驚き、ヒュンケルはつい本音を漏らした。
    「いまさら……?」
    「そうだ。先程から聞いていれば何だ? 性欲が強いから仕方ない、子を避けるなら男とせねば仕方ない、オレにバレたから仕方ない。妥協、妥協……妥協の連続ではないか」
     ぐうの音も出ない。荒れた欲も萎れるほどに、心に堪えた。
    「本能に基づく衝動は容易くは御せんことは理解する。しかし……。半分が魔族のオレが語るのも烏滸がましいがな、人は婚姻の概念を持っている。誰でも良いのだと告げられて、喜ぶ者など居るまい」
     その通りだ。ラーハルトには失礼なことを言ってしまった。
     完全に打ちのめされて、抱えた両膝に顔を伏せて背を丸めてしまったヒュンケルの上から、いつもよりは少し柔らかいラーハルトの声が振ってきた。
    「だからおまえ……誰か愛せよ」
     諭す声はやさしく、ヒュンケルの汚れた身に染みてゆく。
    「おまえが選び、そして選ばれたとき、その者ならばきっと、おまえを助けるだろう。……だから、オレは絶対に今、妥協はせん」
     最後の一言だけはよく分からなかった。
    「……それはどういう意味だ?」
    「誰でも良いのだと告げられて、喜ぶ者など居らんということだ」
    「それは先ほど聞いたが……ラーハルト?」
     話は終わりとばかりに、火かきに使っていた棒きれを脇に投げて立ち上がり、半人半魔の戦士は魔槍も持たずに茂みに消えていった。










    2025.07.21. 11:25~12:35




      SKR














    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💜💜💜💜💜💜💜💜💜💜🙏🙏🙏💜💜💜💜💜💜💜💜🙏💜💜💘💜💜🙏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏🙏💖💙💖💙💖💜💜💜💒💜
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works