ヒュンケルはラーハルトとピクニックに来ていた。天気は良好。草原は心地よい風にさわさわと揺れている。
木陰に敷き布を広げて、ランチバッグを開いて、サンドイッチだの揚げポテトだのを優雅に摘まんでいられるのは、この辺りのモンスターが弱いからであった。先程つちわらしが現れたが、ラーハルトが「ああっ?」とガンを付けるだけで、即座に回れ右して走り去った。まさにトヘロス要らずである。
本日のメインディッシュはピッキーの唐揚げであった。ほぼ普通の鶏の味、いや走り回った地鶏であるゆえ、よりもっと美味い。
と、小さな青いヤツがポヨポヨと一匹やってきて、胡座を掻くヒュンケルの右膝にぺよんと飛び乗った。
じーっと見上げてくるのでヒュンケルも、じーっと見返した。
「なんだ、そやつ」
「スライムだな」
「や、そうではなく……。なぜオレたちの団欒の邪魔をするのかと」
「なにそれ、おいしそう、ひとくちちょうだい、みたいな感じだな」
「や、そうではなく……」
丁寧に翻訳してやったというのに、ラーハルトは依然として困惑気味であった。
「そら」
「あっ、貴様っ、オレの力作を!」
ヒュンケルが指で挟んでいた唐揚げを口へと弾いてやったら、パクッと食いついたスライムはしばらく体を左右に揺らしてから、突然みょんっと縦長に変形した。
「なんだっ。どういう反応なんだ」
食われたら食われたで感想が気になるのか、ラーハルトはヒュンケルの片膝の青い縦長を注視する。
「うまい! みたいな感じだな」
スライムは満足げにぴょんっと跳躍して膝を降りて、くるくると回転すると、何度も振り返りつつ去って行った。その青色をヒュンケルは手を振って見送った。
「しきりに礼を言っていたぞ。初めての味だったのだろう」
「然もありなん。ピッキーとてスライムよりは強い。自分より弱いモンスターに食われる道理はないわ」
野生のスライムならば唐揚げも初体験だったろうが、自らの調理を褒められても照れくさいのだろうラーハルトは先手を打って憎まれ口を叩いてきた。変なところで初々しい男だ。
「……ラーハルト。スライムは弱くない。とても強い」
「そんなわけあるか。可愛いだけだろうが」
「だがその可愛さゆえに、おまえはアレが側に居ることを許した」
「ぐ……」
つちわらしの場合にはきっちりと追い払っていたラーハルトは言葉に詰まった。愉快だ。
晴れ渡る平和な一日。こんな時、ヒュンケルは改めて思い知る。
「力だけが強さとは限らん」
世界を、人を動かすのは力だけではない。
「だからおまえも今こうして、力を失ったオレなどの側に居てくれるのだろう?」
多忙な最強戦士のクセをして、休息日には必ず一緒に過ごしてくれる奇特な男は、ううむと難しい顔で呻った。彼にはヒュンケルの台詞の意味が上手く捉えられなかったようだ。
ヒュンケルは、サンドイッチの横にあった真っ赤なミニトマトを真上に放り投げ、楽しげに口でキャッチした。
甘くて美味しい。
腕組みして首を傾げていたラーハルトは、やがて眉間に皺を寄せて訝しげに呟いた。
「だとすると……オレはおまえが可愛いから側に居ることを許しているというのか?」
「ははっ! 違うのか?」
他愛ない冗談の応酬をしつつ、上機嫌のヒュンケルはミニトマトをまたひとつ放り投げて、天を仰いだが。
「違わんよ」
聞こえてきた声が思いがけず優しかったから、落ちてきたミニトマトは鼻に当たった。
2023.10.02. 18:15~19:20 +25分 =通算90分
SKR