「オレと結婚してくれ」
「……断る」
大魔王との戦いのあと急激に体調を悪化させたヒュンケルは、本日が関の山だろうと集められた仲間達に囲まれ、最後に何か願いは無いかと尋ねられて、いつもなら決して望みを顕わにしないのに、この時ばかりは意識が朦朧としていたのだろうか、ベッドサイドに座り込む人垣よりも向こうのラーハルトへと手を伸べたのだが。
ラーハルトはやや考える素振りをしてから、求婚を蹴ったのだった。
その声の冷たさにマァムは息を飲んだけれど、しかしラーハルトは熱い眼差しでヒュンケルを見据えて次の句を継いだ。
「己が死にそうだからと球を預けてくるような奴は要らん。オレも投げ返すから、ちゃんと受け止めろ。そうして見事に生ききったおまえにならば、オレから求婚をしてやる」
マァムは戸惑った。ただ「生きて欲しい」と告げればいいのに、ずいぶんと持って回った言い方をする人だ。
けれど、一歩進み出たラーハルトの手首を、倒れながらのヒュンケルが力強く掴んだから、ああ、彼にはあの言い方で良かったのだと分かった。
そこに居合わせたアバンと、その使徒達、元魔王軍の者達。
不思議な関係が続いた。
それまでは回復を諦めている様子だったヒュンケルは、その日から急に治療を受け入れるようになった。アバンからの投薬にも応じるようになったし、ポップやマァムの回復呪文も断らなくなった。クロコダインやヒムとは闘気を活性化させる呼吸法を行っていた。
何より変わったのは、ラーハルトと出かけるようになった事だ。
近場まで歩くこともあったが、ドラゴンに乗って地を駆けることも、大空を飛ぶこともあった。
そうして二人きりになろうとする彼らを、皆が当然のものとして見守り、けれども誰もそれには触れなかった。
地道な治療とリハビリの甲斐あってヒュンケルの寿命は五年ほど延びた。
「オレと結婚してくれ」
本日が関の山だろうと集められた仲間達に囲まれ、約束通りにラーハルトからの求婚があり、ヒュンケルは笑って息を引き取った。
門出の日。出棺と同時に、皆は花びらを撒いた。
舞い散る白と赤と桃色の吹雪の中を、棺が運ばれていく。
マァムは、ドラゴンを連れてラーハルトが待っている丘を見上げた。
埋葬は彼に。
それはヒュンケルも含めた全員の総意で決められたことだった。
おめでとうとは言えない式だから、皆、その言葉の代わりに沢山の綺麗な物で空を埋め尽くした。
2023.10.04. 18:05~19:00 SKR