今日も3-Bは平和です。「ケイト・ダイヤモンド。…ダイヤモンドは欠席か?」
「はいはい!!居まーす!!」
「遅刻だな」
「はぁ〜、マジかぁ〜」
バタバタと教室に駆け込んできたのは、クラス一の陽キャと言われるケイト・ダイヤモンドだ。
その手には鞄と箒が握られている。普段はルーズながらも乱れてはいない制服とばっちり決めてるヘアセットも、今日ばかりは所々手が抜かれているのが見てとれた。
うちのクラスは正直言って緩いと思う。
朝の出欠確認時、名前を呼ばれるまでに教室に居れば遅刻にならない。チャイムが鳴っていたとしても、だ。シュラウドはタブレットで授業を受ける、なんてのが許されてるくらいだし、おれも出来ればリモートで授業受けたいんだけど?
そんな緩いクラスで目立つ陽キャでもなく、かと言ってオタクでもない。ごく普通のおれから見た、ある朝のダイヤモンド(とシュラウド)の話。
「あーあ、あと5秒早ければセーフだったのになぁ」
そんな独り言を吐きながら、ダイヤモンドはおれの隣に座った。鏡舎から箒で飛んできたのか、持っていた箒をマジカルペンを振って専用ロッカーへしまいながら。
「…ダイヤ『ケイト氏、残念でしたな〜??ひひっ』」
「…ギリギリ行けると思ったんだよ」
ダイヤモンドに声を掛けようとして口を開いたおれの、二つ隣の席から声がする。ダイヤモンドの向こう側。タブレットが声を発していた。
さっきまではそこに無かったはず、ダイヤモンドが持ってきたのか…?
「…イデア・シュラウド」
『………はい…』
おれが疑問を抱いたのと同じくらいに、担任がシュラウドの名前を呼んだ。タブレットからは返事が聞こえたけど、いや、声ちっちゃ。ダイヤモンドに話しかけた時のテンションは何だったんだ?マイク壊れたか?
同じクラスだというのに殆ど話したことのない相手だが、心の中で思わずツッコミを入れてしまった。
「大体さ、イデアくんのせいだからね?」
『だからオルトに乗っていけばって…』
「そんなの先生に見つかったら怒られちゃうじゃん」
『箒乗っていくのと変わらないと思いますぞ…?』
一人とタブレットがこそこそと会話を続けている。
この二人、こんなに仲良かったんだな。教室だとダイヤモンドが一方的に絡んでるイメージしか無かったけど。……そもそも、何でダイヤモンドがシュラウドを連れてきたんだろ?
「…ダイヤモンド、寝坊?」
二人の会話の切れ目を窺って、ダイヤモンドに話しかけてみる。
「ん?そうそう、起きたら八時過ぎててさ〜。箒飛ばしてきたけどギリギリアウトだったよね…」
こんなことならもっとゆっくり準備してくればよかった、と続けて嘆いたダイヤモンドが机に突っ伏した。
それなりに気を遣って手入れされているのだろうオレンジブラウンがさらりと揺れて、露わになった頸には噛み跡がついていた。それは人の歯型くらいの大きさで。
———ああ、そういうことか。
クラスメイトの情事の痕跡を見てしまったおれにはそれ以上会話を続ける度胸はなくて、シュラウドかダイヤモンドにそういう性癖があんのか…仲良いどころじゃないな…と煩慮しながら、順番にクラスメイトの名前を呼ぶ担任の声を聞いているしか出来なかった。