厨房令嬢と強面旦那様(おまけ)「マジか……」
ブラッドリーは隣ですやすや寝ているネロにため息を吐いた。
気配には敏感なたちだ。隣の部屋でバタバタ音がして、何事かと飛び起きた。別に起こされたことに不服はない。ないのだが……。思わずブラッドリーは苦い表情を浮かべた。つい先ほどの会話が思い出される。
『襲われても文句言うなよ?』
『言いません』
ネロはそう言い、ブラッドリーの胸元に丸まった。
はっきり言って、そういう意味なのだろうと解釈した。だがこっちを見ないな、などと様子を見ていたらこの有様だ。ブラッドリーは何度目かのため息を吐いて、ネロの髪を撫でた。奥様は気持ちよさそうに眠っている。
料理の腕前は言わずもがなだが、気が利くところ、意外にも胆っ玉が座っているところなんかをブラッドリーは気に入っている。自分に自信がないところはたまに傷だが。
ブラッドリーはネロの顔を覗き込んだ。俯いたまつ毛と柔らかそうな唇がこちらを誘惑してくる。寝ている間にこちらがなにかするとは考えていないのだろうか。下町娘なのか、箱入り娘なのかときどきわからなくなる。いっそ叩き起こしてやろうか。
「ネロ」
その名を呼んでみた。寝息が聞こえるだけでやはり目を開けない。
「ネロ」
青灰の髪に指を通して、気まぐれに自分の指に巻きつける。解けばそれはすとんと落ちて、しっかり手入れがされているのを示していた。晶はまだ世話したりないらしく、ときどき不満を漏らすが。
「……ネロ」
その瞳が開かないことを残念に思って、ブラッドリーはネロのこめかみにキスを落とした。これくらいは許されるだろう。
ブラッドリーはネロを抱き込んで、眠ることにした。
おやすみ、愛しい奥様。よい夢を。
◯
気配には敏感なたちだ。胸元に埋まったそれがもぞもぞ動き出したことで、ブラッドリーは目を開けた。
「ネロ?」
「ん……」
ネロはまだ半分夢の中にいるらしかった。目を開けたり閉じたりを繰り返す。時間はわからないが、まだ寝ていたっていいだろう。ブラッドリーはネロの頭を撫でて寝かしつける。
「まだ早いだろ、寝てろ」
「……うん」
ネロが安心したように頷いて、ブラッドリーの胸元に丸まる。その様が妙に可愛らしくて、ブラッドリーはネロの頭のてっぺんにキスをした。するとネロがのそりと顔を上げる。目は開いているが、いつもの半分くらいしか開いていない。
「……だんなさま?」
「おう」
ネロはここはどこだろうと、辺りを見渡した。しばらく周囲を確認していたと思ったら、みるみる覚醒し、顔を青くする。「ごめんなさい」と言われるだろうなと思ったので、ブラッドリーは先にその身を強く抱きしめた。ネロが身体を強張らせる。
「だ、旦那様!?」
「いいから」
ブラッドリーはわざとあくびをひとつした。昨晩ブラッドリーを起こしたことをわかっているネロは、申し訳なさそうな顔で大人しくなる。
ブラッドリーは満足度げに笑い、目を閉じた。
「おやすみ、ネロ」
「……おやすみなさい」
ネロがか細い声で答える。ブラッドリーは幸せな二度寝を享受した。