仔セキさんと相棒ss/選択の話1.
セキが刺青を入れたのは、12歳になった頃だった。右腕全体と左の手の甲に模様を入れるのは覡の伝統だ。シンオウ様に捧げる為のものなので、祭りや儀式の時以外は人目に触れぬよう布を巻いて隠すことになっている。そのため、父の腕にもあるが息子であるセキすら見事な彫り物をじっくりと見たことはなかった。
成長途中の子供の体ということもあり、広範囲の図案は数度に分けて彫られた。セキが痛みや熱から開放されるのにかかった時間は丸1年ほど。相棒が寄り添い支え続けてくれた歳月だった。
「肘の墨は、大人でも痛みに泣き叫ぶ者がいるくらいなんですよ。声も上げずに耐えきるとは、流石セキ様。次の長は違いますなぁ」
どこか含みを感じる軽口に、セキが応えることはなかった。体を押さえつけていた男達が離れ、悲鳴を殺すために噛んでいた布を吐き捨てる。歯を食いしばり過ぎたせいで顎に違和感があった。気が遠くなるほどの激痛は耐えきったとはいえ、余韻のように震える身体を抑えることはできなかった。そんな状態で話すことができるわけもない。
「いつも通り、軟膏を塗って布を巻いておくように。かさぶたになっても剥がしちゃいけませんよ。膿んできたら言ってください。ではまた」
彫師たちは連れ立って帰っていく。その姿を見送って、セキはどっと倒れ込んだ。耐えていた涙が今更滲んでくる。脂汗を拭って、一緒に目元も擦った。鼻をすすっても咎める人間は今はいない。
ここはセキの家ではなかった。彫りかけの刺青を誰にも見られないように、すべての作業が終わるまでセキが一人で寝泊まりをするための小屋だ。当然人の出入りは固く禁じられている。刺青をきちんと隠せば出歩くのは自由なのだが、痛みや発熱で体調を崩すこともあり、その度に孤独や寂しさに耐えねばならない。ポケモンの出入りが黙認されていることだけがせめてもの救いだった。
◆
気を失っていたのか眠っていたのかわからないが、喉の渇きで目を覚ました時、あたりはすっかり暗くなっていた。一日汲みに行けなかったため水瓶は殆ど空だ。柄杓一杯にも満たない水分だけでは足りず、セキは気怠く溜め息をついた。せめて喉を潤すだけでもしたい。
「イーブイ?」
暗い室内に呼びかける。痛みに呻きながら押さえつけられる姿など到底見せられないため姉に預けていたのだが、帰ってきていないのだろうか。
「ああ、そこにいたんだな」
小さな鳴き声。物陰から出てきた弟分は、労うようにセキの足元にまとわりついた。小さくて軽い体を抱き上げて顔を埋める。土とお日様の匂い。柔らかな体毛が鼻をくすぐる。しばらくそうしていると心が落ち着くような気がした。
「喉渇いたんだ。ついでに水浴びもしたいし、付き合ってくれるか?」
「ブーイ!」
「よし、行こう」
水を入れる皮袋と手拭いだけを持って外に出た。集落はすっかり寝静まっているが、幸い月が大きく出ており足元は問題ない。確かめるように前を歩く相棒の後ろ姿が頼もしかった。じくじくと熱を持って痛む腕に衝撃がいかないようそっと歩きながら、山奥の泉を目指す。このあたりに夜行性のポケモンは少ないが、襲われないとも限らない。耳を澄まして気配を探りながら獣道を進む。
やがて開けた場所に出た。静かな水面を月が照らしている。風が木々を揺らす音だけが辺りに満ちていた。ここは人の滅多に来ない、セキの秘密の場所だ。
春先の空気はどこか甘い。涼しい風が火照った体に心地よかった。
「そういえば夜に来るのは初めてだな」
小声で話しかけると、イーブイは尻尾を振って返した。危険があるかもしれないと理解しているのだろう。
「ああ、気をつけるぜ」
とりあえず喉の渇きが酷い。セキは水際に屈み込んで、満足行くまで水を飲んだ。片腕が上手く使えないため、服や髪が濡れるが無視する。渇きが癒えるには少々時間がかかった。
「はぁ、疲れた……」
元々体力を使い果たしていた身体は重い。おまけに、皮膚のじくじく疼くような熱と痛みは引く気配もなかった。初めてではないので、数日経たないと良くならないことは知っている。
「水浴びしちまうから、見張り頼むぜ」
それでも冷やせば少しはましになる。誰もいないのをいいことに、服も包帯も全て投げ捨てた。そっと素足を水につける。春の水はまだまだ冷たく、セキの体は震えあがった。それでも、熱を持った体ごと痛む患部も冷やしてしまいたくて、意を決して水の中に滑り込んだ。ちゃぷりと僅かな水音だけが響く。
「うー、つめてぇ」
泉はセキの身長よりも深そうだった。一つ間違えれば溺れる危険性もあると頭に刻む。水は体の芯から凍えるような冷たさだったが、腫れて痛みを訴える右腕には心地良い。力を抜けば体は水に浮き、セキは水面に寝そべるようにして星空を眺めた。月の光が強すぎて星が霞んで見える。ぼうっとした頭が少しずつしんと研ぎ澄まされて思考を取り戻していくような気がした。
あまり長く浸かっていては体が冷えすぎてしまうことだろう。しばらく泳いだり潜ったりと静かに遊んでいたが、終わりにして岸に上がった時だった。セキの背後で突然水しぶきが上がる。
「ブイ!」
草むらを転がったセキを庇う様に、イーブイが飛び出して水面との間に割って入った。岩陰に身を隠して覗き込むと、水面には長いひげにぬるつく巨体のポケモンが浮かび上がっていた。ナマズンだ。オヤブンではないはずだが、尻込みするほどの大きさだった。まさかこんなところにいるだなんて。今まで一度も遭遇したことはなかったというのに!
顔つきは脳天気なものだが、先程セキを襲った技は鋭かった。尾びれで水面を叩く動作は威嚇に違いない。恐怖を誤魔化すように、どうやってこの場を切り抜けるか頭を回す。
セキは相手をよく観察して、次の攻撃のために構える動作を見逃さなかった。
「イーブイ! 先制するぞでんこうせっかだ!」
こちらは陸、向こうは水上。上手く決まる可能性が低いのは分かっているが、他にこの場を凌げそうな技もない。倒せなくてもいい、先制して逃げる隙を作れれば十分という咄嗟の判断だった。
応えるように一声鳴いた相棒は、そんな指示でも信頼して全力で行動してくれる。ほんの一瞬力を溜めて、まさに電光石火のごとき勢いで駆けていく。渾身の一撃は、水上に顔を出しているナマズンに見事に命中した。とはいえ、岸から跳んでの攻撃だ。威力は削れている。敵の頭を蹴りつけたイーブイは、その反動を利用して難なく岸辺に着地した。
「よし、行くぞ!」
「ブーイ」
その姿を確認し、セキは荷物を掴んで走り出した。草木が邪魔をするがゆっくり払っている暇はない。枝葉に身体を打たれながら一息に駆け抜ける。
「はあっ、ここまでくれば大丈夫か」
振り向くが、生い茂った木々が遮って泉は見えない。立ち止まると、冷え切っていた身体から一気に汗が出る。
「あー驚いたな。相棒、お疲れ様」
心配そうに見上げる弟分の頭を撫でる。
「格好良かったぜ」
安心させるように笑いかけて、セキは頬や首に貼り付く濡れた髪を剥した。せっかく水浴びをしたのに、体中土や葉っぱまみれだ。手拭いで簡単に汚れを落として衣服を身に着けた。
「ブイ……」
「ん? ああ、これくらい大丈夫だぜ」
気づかなかったが途中でどこかに引っ掛けたのだろう、足に切り傷が出来ていた。
「こりゃあ明日になったらまた体を洗わなきゃだめだな」
大して血が出ているわけでもないから問題ないだろう。靴を履いて、落ち込んだように足元をうろつくイーブイを抱き上げた。
「お前はよくやってくれたよ。俺がぼーっとしてたのが悪いんだ」
内心肝が冷えたし、大人に知られたら酷く叱られることだろう。もっと大怪我をしていてもおかしくなかった。今までポケモンに遭遇することが無かったため、安全な場所だと油断していたのだ。
とはいえ、そんな反省を頑張ってくれた弟分に知らせる必要はない。笑ってふかふかの顔に頬を擦り寄せると、小さな舌が顎を舐めた。
2.
そんなことがあってから、また月が一巡りしようとしている。父に呼び出され相棒を伴って向かった集会所には、コンゴウ団の役付が集っていた。
緊張しながら座っていると、一人の老人がおもむろに風呂敷包みを広げる。中からは色とりどりの石が現れた。セキも知っている、特定のポケモンを進化に導く特別な奇石だ。
「よく考えて選ぶように」
「はい」
細かく説明されずともその意図はわかった。相棒を進化させろという事だ。いつかはこういう日が来ると思っていたが、何でもない日に突然言い渡されるとは思わなかった。
セキは父の隣に控えた立派な体躯のブースターを見やる。やはり炎タイプか、それとも水タイプだろうか。ちらりと考えてセキは頭を振った。ずっと前から決めていたことがあったのだ。
「ほらイーブイ、お前はどう進化したいんだ」
「ブイ?」
相棒の前に石を並べる。同年代のヨネやツバキからも、進化先はどうするのかと今まで何度も聞かれてきた。その度にタイプの相性や技の構成など様々なことを考えたが、自分の一存で決めるべきではないと思っていた。進化は一度しか出来ないのだ、であれば相棒の望む姿にしてやりたい。
「何でもいいぜ」
彼はきっと今の状況を理解していると思う。並べられた石と、選択によって起こることを。
石を眺めたイーブイは確かめるようにセキを見上げた。大きな黒い瞳に自分の姿が写っている。これで最後になるかもしれない姿を焼き付けるように見つめて、セキは力強く頷いてみせた。
「ブーイ!」
もっと時間がかかるかと思っていたが、決まるのは早かった。一声鳴いて、ある石を鼻先でつつくのと同時に風が巻き起こる。
進化だ。
渦巻く疾風に、セキは思わず目を閉じてしまう。風はすぐにやんで、室内の空気は凪いだものに変わった。清々しい香りが鼻をかすめ、セキは瞼を上げる。
「りーふぁ!」
そこに立っていたのは草タイプの進化系であるリーフィアだった。体毛は柔らかな新芽を思わせる黄色に、尻尾と耳は硬そうな葉っぱの形に。つぶらな瞳はセキと揃いの榛色に変わっている。
「ほう、これは珍しい」
「自ら進化先を決めるとは……」
周囲の大人たちは口々に何か言っているがセキの耳には入らなかった。少しの寂しさとそれを上回る感動。ポケモンの進化を目にしたのは初めてではないが、たまごの頃から知っている相棒の変化は子供心にも感じるものがある。セキは大きな猫目をきらきらと輝かせて、姿を変えた相棒に向けて両手を広げた。それだけで意図を察するとはやはり弟分だ。
「よろしくな! リーフィア」
胸に飛び込んできた身体は以前よりもずしりと重い。それでも強く抱きしめて、鼻先に頬を寄せた。
3.
次に刺青を入れたとき、セキは酷い熱を出した。季節は蒸し暑い日の続く初夏になっていた。
疲れか、それとも傷口から感染性でも起こしたか。腕が膿んでいないことはせめてもの救いだった――せっかく彫った墨が駄目になったら堪らない――が、誰の看病を受けることもできず一人で過ごさねばならないのは辛い。
食事を摂る体力はなく、辛うじて水を飲む程度。セキがそんな状態になっていることを知っている人間も、集落には数えるほどしかいないだろう。ヨネが心配して戸を叩く音は夢うつつに聞いた気がした。
「リーフィ」
リーフィアは心配してセキに付ききっきりで、たまに外に出たと思えば木のみをくわえて戻り枕元に置いた。礼を言って頭を撫でているが、一切手を付けられていない。
ただでさえ暑くて汗をかくというのに、熱で頭がぼんやりするし、頭も喉も刺青を彫ったばかりの腕も痛い。痛みなのか熱なのかわからないが体中が苦しかった。恐らくそうやって2、3日は過ごしたと思う。とにかく涼みたくて体を冷やしたくて、セキはふらりと家を出た。止まれというようにリーフィアが服の裾を引っ張るが、セキがよろめくと慌てて口を離す。ふらつく足元に付き添いながら鳴く声はどこか物悲しげであった。
いつかのように夜道を進む。寝静まった集落には虫の声だけが響いていた。歩くと一層汗をかき、セキは時折立ち止まって額を拭った。森の中は少しばかり涼しい気がするが、熱に浮かされた体ではそんな変化などわからない。半ば朦朧とした意識のセキに代わり、リーフィアだけが強く警戒しながら歩く。
ようやく開けた場所まで来て、セキは倒れるように座り込んだ。吹き抜ける風は土と草の匂いを運ぶ。覚束ない手で包帯を外して、漣を立てる水面に腕を浸した。群青から濃紺へ階調を描く刺青は、神話を象ったものだという。月に照らされた右腕は、まるで自分の体ではないようだ。図案は非常に細やかで、その分彫るには労力がかかりセキは痛みに耐え続ける羽目になった。草花、獣、時の移ろい、託宣。シンオウ様がどんな姿をしているかは伝わっていないので、そこに神は描かれていない。初代の長も声を聞いたのみで、誰もその御姿は見ていないそうだ。
夏場だが幸いにも泉の水は冷たい。リーフィアはセキの体を支えるようにくっついて、周囲に視線を走らせて警戒している。左手でその頭を撫でた。冷たさが染み込むと、少しだけ体が楽になってくるような気がする。朧げな思考のまま、できるだけ音も気配も立てないようにする。あたりは静かだった。瞼を閉じると、木々のざわめきと遥か遠くからポケモンの鳴き声が聞こえてくる。
そんなことをしていたら、一瞬気が遠くなって体がぐらつき、まずいと思ったときにはもう遅かった。
服も何もかもそのままでセキは泉に落ちる。バシャンと大きな水しぶきが上がり、相棒の鳴く声が微かに聞こえた。沈まないように水を掻くが体が重くて思うように動かせない。纏わり付く着物に足を取られそうになる。先日訪れた際に、足のつかない深さ故溺れたら死ぬだろうと思ったことが頭を掠め、途端に恐怖に襲われる。
落ち着け、落ち着け、ちゃんと泳げば沈みやしない。
必死に自分に言い聞かせるが、空気を吸おうと口を開く度に水を飲み、余計に焦りが募る。もう一つセキを不安にさせるのが、先日戦ったポケモンの存在だった。こんなに騒がしくしたら気づかれてしまう。
力を入れたままでは沈むだけなのに、力を抜いて水に身を任せるというのが中々難しい。すぐそこに見える岸との距離は永遠に縮まらないように見えた。
ふいに頭まで沈んでしまう。藻掻きながら必死に目を開けると、思いもよらない光景が眼前に広がった。
月光の差し込む水中。透き通った水は光を通し、見渡すことができるほど明るかった。底がどこにあるのかはわからないが、揺蕩う水草は稲穂が風に揺れる光景にも似ている。水中の世界がこんなに幻想的だとは知らなかった。目を奪われ、ようやく少し落ち着きを取り戻す。
水面に顔を上げて、大きく息を吸った。いつの間に飛び込んでいたのか、リーフィアの耳がセキの頭にぶつかる。
「はあっ、はあ」
「リーフィ!」
「はあっ、ゴホ……こんなとこまで来させてごめんな。もう大丈夫だ、戻ろう」
必死に空気を取り込もうとすると、むせて咳が出る。リーフィアは気遣わしげに一声鳴いて、先導するように泳ぎ始めた。今度こそセキも落ち着いてゆっくり手足を動かす。濡れて纏わりつく服が不快だったが、今になると邪魔なだけで大した障害にはならないことがわかる。先程はどれだけ焦って混乱していたことか。
辺りは再び静寂を取り戻したかに思えた。しかしセキは背後で不穏な物音を聞いた。
嫌な予感が背筋を撫でる。それは相棒も同じだったようで、1人と1匹はそっと顔を見合わせてから背後を覗いた。水面に気泡が次々と浮かび上がり波が立つ。
「フィ!」
「っやべえ」
バシャと音を立てて現れたのはいつかと同じポケモンだった。月光に照らされたぬるつく巨体に大きな口、震える背びれ。きっと前回戦った個体だ。結局以前と同じことを繰り返す自分に呆れるが、今はそれどころではない。岸まであと少しだが、背を向けるわけにはいかった。
「リーフィア! いけるか!」
「リーフィ!」
足場の無い環境。こんな水中で戦うことになるとは思わなかったが、進化した相棒は心強い。
「マジカルリーフ!」
特殊技なら問題なく打てる。それに水と地面の特性を合わせ持つナマズンには相性もいい。前回のように逃げるのではなく倒すこともできるはずだ。
風と共に現れた不思議な葉っぱが容赦なく切りつける。流石に一度で戦闘不能にはできないが相手の動きは鈍い。
「畳み掛けるぞ! 力業でもう一度だっ」
賭けだった。これで勝負を決められなければ、次の攻撃は避け切れずに食らうだろう。タイプの相性はあるが、明らかに相手の方が強そうだ。心の中でシンオウさまに祈りを捧げながらリーフィアを見守る。
「フィア!!」
渾身の一撃は、先程よりも深くナマズンを斬りつけ、急所に当たったようだった。緊張で空気がひりつく。相棒の頼もしい後ろ姿越しに息を呑んで様子を見守った。
やがて、現れたときと同じように泡を立てながらナマズンは水中に消えていった。
完全に姿が見えなくなってから、セキはようやく息を吐いた。
「リーフィア、とりあえずここから出よう」
叫んで、岸辺への僅かな距離を泳いだ。やっとのことで陸に上がれば、力が抜けて疲れが出る。足は水に浸したまま、セキは地面に寝転んだ。大の字に両手を投げ出して深呼吸する。
「相棒、流石の活躍だったぜ」
短い毛並みは濡れてもあまり変わらない。新緑の香りを濃くまとった兄弟は、セキの頬に頭を寄せた。鼻先で何度かつつかれて、セキは思わず笑ってしまう。
「くすぐったいって。ナマズンはみずとじめんの特性だもんな、お前の技はこれ以上ないほど効いたはずだぜ」
そう声をかけると、話の内容はわかっているのだろう。得意げに胸を逸して鼻を鳴らすものだから、セキはまた笑顔になってしまう。
労うために頭を撫でて、葉っぱのような耳の後ろを掻いてやった。喉でくるると鳴いて、リーフィアはセキの顔を覗き込む。榛色の大きな瞳に自分が映っていた。じっと見つめる仕草は、何かを確かめているようだ。
「怪我が無いか心配してんのか?」
身体は怠いがそれは元々だ。驚く事が続いたせいか、ぼんやりしていた頭もすっきりしている。
「大丈夫だよ、今日はどこも切ったりしてねえから」
「フィーア!」
答えるように一声鳴いて、ようやくリーフィアは力を抜いてセキの隣に寝転んだ。その様子を見て、セキは考える。もしかして。
「もしかしてお前、この前のこと気にしてたのか? それで、草タイプに進化した……?」
相手は水と地面の特性を持つナマズンで、炎と電気は効かないし水は大して効果がない。優位をとるなら草タイプが一番だ。
彼はあの日もセキの怪我を気にしていた。責任を感じていたのかもしれない。それで、同じことがないようセキを守るために進化先を選んだというのだろうか。
リーフィアは一瞬だけ片目を開けてセキを見たが、何も返事はしなかった。無言、それは肯定だろう。照れ隠しに何でもない顔をしてみせるのは、一体誰に似たのか。
喉が詰まって、セキが言葉にできたのは一つの感謝だけだった。