ふるつわものの唄 当代の語り部は、気難しいことで知られた人だった。
コンゴウ団には代々、昔話や神話、歌を後世へ伝える役割を担った人間がいる。それが語り部で、子供たちは物語の中から様々な教訓や信仰を学ぶ。祭りや集会などで人前に立ち、我らが神を語ることが許されているのも語り部だけだ。
一つ例外があるとすれば、口伝でしかないそれが途切れることのないように、語り部の後継者以外に長もその全てを学ぶということだ。
「りーだー、お話聞かせて」
「シンオウさまのお話してー」
「ああ? ったく仕方ねぇな」
勢い良く足に纏わりつかれる。なんとかよろめくことなく耐えて、自分の服の裾を掴む子どもたちの頭を撫でた。本来それは語り部の仕事だが、子供たちが自分のもとにやってくる理由も知っている。今はきっと楽しい物語くらいにしか思っていないだろうが、団の伝統に興味を持つのはいい事だ。
セキはこの後の予定と、本日中に片付けなければならない仕事を頭の中で並べる。急ぎのものはないし、少しくらい良いだろう。
「ほらよ、なんの話がいいんだ」
子供たちの腹を抱えて持ち上げる。足をばたつかせてはしゃぐ様は無邪気で愛らしい。子供が元気だということは、集落が平和だということでもある。
「きゃー」
「あははは」
その場でくるくる回ってやると一層高い笑い声が響いた。騒ぎを聞きつけて、数少ない他の子どもたちも寄ってくる。もっとして、りーだーずるいぼくもやって。勢い良くぶつかられて、危うく転びかける。抱えた子供を下ろして、セキは尻餅をつくように座り込んだ。
「ほら、遊びはしめぇだよ。今からシンオウ様の話を聞かせてやっからな」
胡座をかいた膝を叩くと、早い者勝ちとその上に座られる。落ちないように支えてやって、適当に周りに腰を下ろした子供たちの顔を見回した。
「どの話にすっかなあ」
「最初にシンオウ様に会った人のお話がいいー」
「お、いいな。俺もその話大好きだぜ。じゃあそれにしよう」
子供の小さな頭を撫でて笑いかけた。咳払いして、声と空気を整える。
「そら、始めるぞ。昔々あるところに……」
今はいくらでも諳んじることのできる、何遍もの物語。勿論セキだって最初はそうではなかった。
◆
「そら、また間違ったよ」
「……ごめんなさい」
謝ったセキがそのまま口をつぐむと、狭い室内には重い沈黙が流れた。気まずさに、少年は小さな手で服の裾を弄る。
「もう一回」
「っ、はい!」
声変わり前の高くて甘い声。集落の大人はみんなセキの声を褒めたが、この老婆だけは一度も好意的な反応をしたことはない。
当代の語り部である嫗は、気難しいことで知られていた。いつも眉間に皺を寄せて、同年代の者達でも彼女が笑ったところを見たことがないと言う。
セキは少し前から、長となるための修業の一環で、その語り部の元で教育を受けていた。いくつあるのか、途方もない数の物語を全てすらすら暗誦できるようになるまで終わらない。ずっと座ったままなので足が痛いが、泣き言は言えなかった。集中するために目を閉じて、体に染み込ませるように言葉を紡ぐ。