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    ※他のいえぬ、J🅿️、もぶ出てきます

    お約束します、ハピエンです。
    約一年ぶりに長い文書いたので酷い有様です…優しい目でみてください…🙏🏻一言でも感想もらえたら飛んで喜びます、でも読んでくれるだけとっても有難い、いつもありがとうございます!!!

    #FoxAkuma
    #Akumasutra
    #MystariASS

    シルバーリングヴォックスは今日も例のリングを身につけている。

    それは、出会った時から一度だって外しているところを見たことがない。指にはめている時もあれば、チェーンを通してネックレスにしてる時もあるし、大事に財布にしまわれている時もある。付き合いたての頃、大切なものなの?って一度だけ聞いたことがあった。ヴォックスは慈愛に満ちた目をして、命よりもなと答えた。そっかってそっけなく答えたけど、実際そこまでショックは受けなかった。ヴォックスほど長く生きていれば色んな出来事があっただろうし、沢山の大切な人がいたと思う。死ぬまで手に持っておきたい思い出の品の一つや二つあるのは当然だと思うし、何百年という記憶を抱えても、こうして一つ一つ丁寧に扱う彼が好きなのだ。

    「ヴォックス、アイクんとこ行ってくる」

    今日はヴォックスが仕事で夜まで手が離せないとのことなので、俺は前々から予定していたアイクの家に遊びに行く。仕事中のヴォックスに声をかければさっと顔を上げて答えてくれた。

    「気をつけてな、愛してるよ坊や」

    いつものように頭を撫でられて身を寄せられて頬にキスをされる。ヴォックスからしたら俺は赤子同然の年齢だからか、よく親が子供にするようなスキンシップをされる。最初は子供扱いされてるみたいで嫌だったけど、指摘したら深いキスされたから何も言わないでおいた。

    「ん、行ってくる」

    とんとんとヴォックスの肩を叩いて身体を離し、玄関に用意していたコートに雑に腕を通して家を出た。










    「いらっしゃいミスタ」

    家のベルを鳴らせば直ぐに扉は開かれて、中からアイクが顔を出した。お邪魔しますと言ってから家に入りソファに座った。正に勝手知ったる他人の家だ。ほいと手渡された温かいお茶を飲みながら、なんのゲームをしようかと話す二人。

    「このゲーム攻略本ないと無理なやつじゃん」
    「あー、それね、随分昔やり込んだよ」
    「俺もやってた、世代だよなー」

    アイクの家にあるゲームを二人で見て周り、手当り次第楽しんでいるうちに二三時間経過していた。

    「あ、ミスタに見てほしいものがあるんだ」
    「ん?」
    「新しいリングほしくて探してたんだけど何個か迷ってて」
    「お、いーね、見してよ」
    「ちょっとまってね……あー、これこれ」

    見せられたのは通販サイトのお気に入りページ。丁寧に迷ってるやつをお気に入りに入れているらしい。画面をスクロールして、10個弱のアクセサリーを一つ一つ眺めていく。

    「ここ高くね?金額ヤバすぎ」
    「昔からあるお店らしいよ、よく知らないけど」
    「へー…あ、これアイク好きそう」
    「正直それは一番欲しい」
    「じゃあもう決まってンじゃん」
    「三個くらい買いたいなと思ってるからそれ以外で」

    お茶いれてくるねと空のマグカップを両手に部屋から出ていったアイクにひらひらと手を振り、画面を見つめる。
    確かにミスタはアクセサリーを見るのが好きだが、他人のアクセサリーを見繕うのは難しく、今までアイクが購入していたアクセサリーを見ることにした。流石に棚を漁るのは気が引けたので、同じサイトの購入履歴を見させてもらった。ネックレスやピアスも購入しているようで、数は多くないが、なんとなく傾向がわかる気がする。

    「…?」

    一番下に見覚えのあるリング目に入り、手が止まった。どこで見たんだろうと眉間に皺を寄せて考えて、数秒か数十秒か。

    「あ」

    既視感の正体がわかり、思わず声が出た。間違いない。ヴォックスが肌身離さずつけている例のリングだ。カーソルを合わせてクリックし、商品ページに飛んだ。
    静かに光るシルバーのそれは、綺麗な曲線美を型どっており、外側には唐草文様が滑らかに掘られている。説明欄を読んで、唐草模様ってなんだ?と思いつつ、繁栄や長寿の意味があると説明欄には記載されていた。エンゲージリングとして申し分ない意味と美しさを備えたリングだった。
    なんでこれをアイクが購入しているんだろう。アイクは基本ゴールドのアクセサリーを好むため、自分用という可能性は低い。実際、シルバーのアクセサリーをつけているのは見たことない。ということは誰かへのプレゼントとして買ったものの方が可能性が高い。あげた相手は、ヴォックス?俺がアイクとヴォックスに出会う前から二人は友人だった。ありえない話ではない。でも…

    「ミスタ?」

    扉の方向からアイクの声がして咄嗟に顔を上げた。随分長い間画面を見つめていたらしく、お茶をいれなおしてきたアイクに声をかけられた。

    「気に入るものでもあった?」
    「んーん、これとかアイクに似合うと思うよ」

    カチカチと操作して、購入履歴を閉じお気に入りページを開いた。これと指をさして、アイクが良くつけているゴールドを基調としたアクセサリーを二つほど提案した。アイクも、気に入ったようでじゃあそれにしようかなとカートにその二つと一番欲しいと言っていたものを放り込んだ。購入履歴を見せてもらったことは伝えたが、特にアイクから反応はなかった。
    そこでアクセサリーの話題は終わり、再びゲームに戻った。おしゃべりしながらだらだらとゲームを続け、もうすぐ夕食の時間だからと俺はアイクと別れた。










    「ただいまぁ〜…」

    まだ仕事中の可能性もあるので、小さめのボリュームでリビングに向かって帰宅を告げた。案の定ヴォックスはまだ部屋にいるようで、邪魔したら悪いから料理以外の家事をこなしていく。ヴォックスと同居してから随分経ち、我ながら家事力が上がったと思う。ヴォックス曰く、料理は依然として人に食わせられたものじゃない。まぁヴォックスと一緒なら料理だってするし、全くできないわけじゃない。

    一通りの家事を終えたところで、ソファに身を投げ出す。ぼすんと沈む身体と同じように、アイクの家でのことを思い出して思考が沈んだ。
    ヴォックスはあのリングを命よりも大事なものだと言った。それほどまでに愛した、今でも愛している恋人からの贈り物なのだろうと思っていた。まさかアイクのことだったとは。ヴォックスとアイクが恋仲だったなんて、知らない。もちろん本人から聞いた訳ではないけど、そうじゃないというならこんな偶然が有り得るだろうか。この世にはアクセサリーショップがごまんとある。有名なブランド品ではない、チープな量産品でもないものが被るだろうか。

    「言ってくれてよかったのに」
    「なにがだ?」
    「っうお、びっくりした…声かけろよ」

    突如視界に写ってきたヴォックスに思わずソファの背もたれに逃げ込む。飛び上がるミスタをみてふふと微笑み、おでこにキスを落とせば、されるがままなミスタ。

    「おかえりミスタ、ご飯にしようか」
    「ん、ただいま、仕事おつかれ」
    「ありがとう、アイクは元気だったか?」
    「、うん」

    喋りながらキッチンへ向かうヴォックスの背中を見つめ、視線は自然と指に移動していた。家を出る前と変わらず、例のシルバーリングがヴォックスの指で光っている。今までは綺麗だと思えたそれが、今や自分を嘲笑ってるように見えた。
    本人たちに聞くのが一番早いのは分かっているが、そうだと言われた時に立ち直れる気がしない。聞く度胸があったらここまで悩んでない。かと言って、この悩みを抱えたままヴォックスとともに暮らすのは俺が耐えられるかどうか。アイクとヴォックスが恋仲だったのなら、俺はずっとアイクに恨まれているのだろうか。少なくとも、俺が二人と出会った時にはそのような様子はなかったが、二人がいつ頃知り合ったのか知らないので確信的なことは何も言えない。実際、ヴォックスがアイクを見つめる目は、酷く優しく、柔らかな慈愛に溢れている。

    「顔が暗いな、体調でも悪いのか?」

    いつの間にか夕ご飯を作り終えたヴォックスが声をかけてきた。アイクの家でもこんなやり取りしたな、デジャヴかよと思わず心の中で笑った。ヴォックスとアイクの前で、このことを考えるのは辞めよう。

    「なんともないよdaddy、ご飯ありがとう」

    ぴょんっと元気にソファから立ち上がって、テーブルの椅子に座る。まァ全部俺の妄想だし、と一先ず自分の気持ちに区切りをつけて、ヴォックスのご飯を食べることにした。
    ヴォックスが訝しげな顔でこちらを見ているとも知らずに。










    それから数日。ミスタはほぼ毎日事務所に足を運んでいた。ひんやりとした部屋に一人、ふかふかの大きな椅子に座り、机と床には資料が散らばっている。もちろん依頼に関する大事な書類もあるが、それらはまとめてクリップにとめている。そこら中に散乱しているのは、例のシルバーリングに関する情報たちだった。
    ミスタは、アイクが見せてきた購入サイトを記憶をたよりに探し出し、店名からさらに詳しく調べていった。その店は、かなり昔からあるお店だそうで、実店舗は一個しかない、店主は歳をとった男性、他の店員はいない。どこか怪しさを放つ店だが、作るアクセサリー類は確かな美しさを持つという。しかし、肝心のお店が日本にあるという事実にミスタは肩を落とした。
    いくらなんでも、ヴォックスに黙って日本に行くのは無理がある。ヴォックス縁の地である以上、話せば一緒に来たがる可能性が高いし、国を超えた依頼なんてもらったことがないから嘘もつけない。
    かくなる上は…と、ミスタはスマホを手に取り、ある人物に電話をかけた。

    「Hi、オリバー」
    「ミスタくん!お久しぶりですね、元気でしたか?」
    「俺は元気だよ、オリバーも元気そうでよかった」

    オリバー・エバンス。ミスタとヴォックスの共通の友人。英語が不自由なく扱えるため、仲良くなることが出来た。ミスタが日本に住む友人の中でこんなことを頼めるのは彼くらいだ。

    「ところで今日はどうしたんですか?」
    「あー、お願いがあるんだ」

    かくかくしかじかで、とミスタはとあるアクセサリー屋の店主と話がしてみたいことを伝えた。

    「いいですけど、なにかあるんですか」
    「ちょっとね、あとさ、このこと誰にも言わないでほしいんだ」
    「?わかりました」

    そこからお互いが空いている日を合わせて、作戦を決行する日を約束した。深い事情はできれば言いたくないと言えば、わかったと了承してくれた。教授の優しさに、心から感謝を述べた。










    数週間後。約束の日。ミスタは朝から探偵事務所の方に移動して、オリバーから電話を待っていた。家で電話に出るのは、会話がヴォックスの耳に入る恐れがあるため書類整理があると告げて家を出てきた。店主の許可が降りれば、テレビ電話での通話をお願いしようと思っているが、そもそも英語が喋れない可能性も大いにあるので、その意味でもオリバーに頼んだのは正解だった。
    着信を知らせる画面の通話開始をタップし、オリバーの声が聞こえてきた。

    「おはようございます、ミスタくん」
    「おはようオリバー、今日はよろしくね」
    「こちらこそです、いきなりですが確認を取ったところ、テレビ電話も英語も大丈夫だそうです」
    「………まじ?」
    「私も驚きました、なのでこのまま携帯をお渡ししますね」
    「おっけ、ありがとう」

    パッと画面が切り替わり、テレビ電話になる。写った教授に軽く手を振ると、教授も手を振り返し、その携帯を第三者に渡した。気を利かせて教授が店を出ていってくれたのだろう。扉の閉まる音がした。

    「はじめまして、ミスタ・リアスと申します。当然不躾な願いをしてしまってすみません。ありがとうございます。」

    画面に写った凡そ80そこらのお爺さん。穏やかな顔で画面を見つめており、背は丸まって反応もワンテンポ遅く感じる。しかし手足や目つきはしっかりしており、どこかわざとらしさを感じる仕草だった。

    「これくらいいいさ、で?ミスタといったか?何が聞きたい」
    「あなたは、ヴォックス・アクマと言う人物をご存知ですか?」
    「………あぁ、知っているよ、あれは古くからの友人だ」

    一瞬、目を見開いて静かに驚いた店主。視線を彷徨わせた末にそっと目線を伏せては、すぐに元の穏やかな顔に戻った。

    「!………ということは、あなたは…」
    「あぁ、人ならざるものだ、ははっ、本当の姿を見たいか?」
    「あ、やっ、遠慮させてもらいます…」

    不安を浮かべるミスタの顔をみて、はっはっはと笑う姿に、人外に言語なんてものは関係ないに等しいと笑ったヴォックスが重なる。そりゃ英語ができて当たり前か。英語じゃなくともできるのだろうが。

    「それで?あの若造がどうかしたか?」

    一通り種明かしが済んだのか、気を取り直した店主に問いかけられた。

    「…ヴォックスがもってる指輪はあなたが作りましたか?」
    「あぁ、あれか、そうさ、私が作った」

    やっぱりそうなんだという思いと共に身体に緊張が走った。もしかしたらなにか聞き出せるかもしれない。

    「…誰に贈った、とかわかりませんか」
    「すまなんだ、それは言わない約束でな」

    言わない約束。それが何を意味するのか俺は分からなかった。なぜなら、俺はヴォックスと同じ人外なわけでも、シュウみたいに人外に精通してるわけでもない。理由を推察することすら俺にはできない。

    「そう、ですか」

    完全に手詰まりだった。約束ということはなんらかの理由があってのことだろう。これ以上リングについて詳しく聞くのは無理だと悟った。それならばと少しの昔話をお願いした。

    「じゃあ、昔のヴォックスのこと、教えてくれませんか…?」
    「…!はっはっはっ!!!そう来たか!知りたいと顔に書いてあるのに、優しいやつめ」

    口を大きくあけて笑う店主は、自分のことを気に入ったらしかった。お主になら話してやってもよいぞと座り直し、目を細めて話しだした。
    語られた話はどれをとってもミスタの知らぬものばかりで、中には決してヴォックスからは話さないだろうなという失敗談もあった。どの時代のヴォックスも周囲に愛され、身近な人を愛した良き鬼であったことが充分に伺えた。

    「あとは…そうさな、少し前の話だが、小僧が唯一心奪われた時期があってな」
    「それは、呪術的な…?」
    「あぁ違う違う、恋をしたってことさ」

    にんまりと笑いながら語る店主はいたずらを仕掛けた少年のようだ。恋をした。その言葉にミスタは少し身を乗り出した。

    「長年あやつを見てきたが、誰かの虜になっている姿をみたのはあの一回きりだな、普段は周囲を虜にしてる側の小僧がだぞ?面白かろう、相手を一目だけ見たことあったが確かに美しかったな」
    「そう、なんですね…」
    「はてさて、どんな色がその身にあったか………青色と灰色だったか?…もう昔のことでな、記憶が曖昧なんじゃ」

    ヴォックスが愛した唯一の人物、少し前の話、美しい容姿、青色と灰色…多分例のリングの人。
    そのあとの話をはっきりとは覚えていなかった。たくさんの思い出話と引き換えに確かな情報をもらった。断片的な記憶を繋ぎ合わせて辿りつく人物は、アイク・イーヴランドただ一人だった。
    わかっている。自分の知らぬ人物である可能性も、人外である可能性も充分にある。それでも、一度疑った思考は、簡単には振り払えない。そうでもなきゃ、なんでも話してくれるヴォックスが曖昧な返事なんてしない。するはずがない。ヴォックスを信じてるからこそ、この結論に結びつく。

    「坊や、大丈夫か?ちと長話しすぎたか、すまなんだ、この辺にしておこうか」

    ミスタの顔色を画面越しに窺い、話を切りあげた店主。

    「またなんかあったら連絡してきなさい、老いぼれは暇だからな」

    そう言って店の電話ではない個人的な電話番号を書いた紙を見せてきたので、有難くスクショさせてもらった。それからオリバー先生を呼んでもらい、改めて二人に礼を言って、電話を切った。
    スマホを伏せてそっと机に置けば、自然と両手は顔を覆う。上体を椅子の背もたれに預け、大きく息を吸って、細く長く息を吐く。処理しきれない情報の波に飲まれているようで、酷く気分が悪かった。指の隙間からちらりと部屋を眺めれば、夕陽が窓から差し込んで、静かに部屋を照らしていた。
    ヴォックスがご飯作って待ってるはずだからそろそろ帰らないと、なんて思っては、ギシッと椅子から立ち上がった。今までのどんな依頼より、疲労がでかく、手足が鉛のように重い。のんびりしていてはヴォックスに心配される。携帯と財布を片手に、事務所に鍵をかけて帰路に着いた。

    玄関の扉を開けてただいまと声を発する。返事の代わりに聞こえてきたのは、ヴォックスと誰かの笑う声。今日は来客の予定はないはずだ。誰だろうと首を傾げてリビングの扉を数センチほど開けた。
    なぜ数センチなのかはわからない。なぜだか、扉の向こうを見てはいけない気がした。誰かの秘密を覗いているようなそんな感覚。

    「ちょ、っと、ヴォックス」

    声の主はアイク。目に飛び込んだ光景は、ソファの上でアイクとヴォックスが抱き合っているというベタなそれ。ヴォックスの背中に回るすらりとした白い腕はアイクのもの。
    握っていたスマホと財布を落とさなかった自分を褒めたいくらいだ。全身の力が抜けてその場に座り込んだ。次の瞬間、体が強ばって、このままここにいるわけにはいかないと、刹那的に走り出した。後ろから声がかからないことから、自分の存在に気づくことなく、二人の時間が流れていることを察した。

    「はぁッ…きっつ、はっ、はっ、」

    走った先は探偵事務所。鍵を開けて勢いよく扉を閉めれば、硬い板を背にずるずると崩れ落ちる。荒い呼吸が、走ったせいか動揺かなんてわからない。ただ一つわかるのは、溢れる涙は悲しみの現れだということ。呼吸を整えることを忘れるくらい溢れる涙を止めたくて、どうにか笑い声をあげる。

    「アはっ、はッ!は…ハッ、はは!」

    息の吸わずに吐き続けるミスタは過呼吸になっていた。本人に過呼吸である意識がないので落ち着くことができず、止める人もいない場所で暴走を始めるミスタ。
    小一時間前にいた場所に戻っただけだ。それなのに、なぜ自分はこんなぐちゃぐちゃになっているのだろう。おかしいな。俺はどうしたらいいんだろう。あぁそうか。いなくなればいいのか。あれ。視界が。おかしいな。元気なんだけどな。身体おも。あ。やば。















    ここ数週間、探偵業に精を出していたミスタ。邪魔はするまいと、いつも通り必要以上の詮索はしないでヴォックスも仕事をしていた。
    そんな時、ミスタが選んでくれたアクセサリーが届いたから見せに来たと、アイクがアポなしで家に来た。ミスタは帰りが遅いだろうから家で待つといいと提案すれば、そうさせてもらうかなと案外あっさり了承するアイク。なにかあったのかと問えば、今日は執筆が順調に進んだから気分がいいのだと話す。なるほど。納得がいった。日が沈む適度な時間なのもあり、アイクと飲むことにした。酒とツマミを持って、適当に会話をする。ミスタを出迎えるはずが、だらだらと飲み続けたことで完全に酔いがまわってしまった。

    「ぁイク、」
    「うわっ、ヴォックス飲みすぎ、ほら寝て」

    伸ばした手をパシッと捕まれ、アイクの肩に回される。もたもたしながらもアイクに担がれてソファにどさっと投げられる。アイクを抱きしめているような体勢に、ミスタはもう少し大きいななんて愛し子を思い出して笑みがこぼれた。

    「ちょ、っと、ヴォックス」

    ミスタに思いを馳せていると、腕に力を入れていたみたいだ。抱きしめていた腕を離してソファに沈めた。あぁこんなことをしていたら、ミスタを抱きしめたくなってしまった。早く帰ってきてはくれないか。

    「いつもこんな力でミスタのこと抱きしめてるの?成人男性といえども痛いものは痛いよ」
    「?いつもは、こんなんじゃ、ない」
    「どうだか」

    呆れたように首を振って、ヴォックスをソファに投げたアイクは、テーブル上のグラスや瓶を片付けはじめた。グラスは洗剤でちゃんと洗って、瓶も軽く洗ってから部屋の隅に纏めておいた。

    「ミスタ遅くなりそうなのかな?アクセサリーはまた今度見せに来ようかな、今日のところは帰るよ、ありがとねヴォックス」

    そう言いながらコートを羽織って身なりを整えるアイク。

    「あー、ありがとう、また来てくれ」

    酒の影響で回らない頭をなんとか動かして返事をし、アイクに手を振る。ミスタは遅くなるだろうから、先に寝るとメッセージを送信して誘われるままに意識を落とした。

    その日、ミスタは帰らなかった。
















    泣き疲れた頭にガンガンと響く鈍い痛み。ここどこだっけ。目を歪めながらのっそりと身体を起こせば、飛び込んでくるのは見慣れた事務所の風景。目元を触れば涙のあとがあり、空虚な胸の痛みに昨夜のことを思い出した。

    「どうしよう、もないよな」

    どうしようだけで終わろうとした自分の言葉へ、返事をするように呟く。そうなのだ。全くもって、どうしようもない。
    今のミスタは、頭の中を整理してもう一度順を追って事実を確認する心の余裕がない。それ故、もう手遅れなんだという結論だけを脳が導き出してしまっていた。

    「…仕事」

    考えれば考えるだけ苦しくなる。息が詰まって涙が溢れてここから一歩も動けなくなる。どうにかして、一時でいいから忘れたい。精算は全て後でやる。今すぐにでも頭の隅に追いやりたいなら、仕事しかない。
    仕事をすればきっと意識はそちらに向くだろうと、一週間後から調査開始予定だった依頼を早めて、今日からやることにした。デスクに置かれた書類から調査に必要なものだけを手に取って、他は厳重に鍵付きの書類棚にしまう。洗面所で軽く顔を洗って涙のあとを消した。鏡に映った酷い顔は、凡そ自分のものとは思いたくなかった。

    「っし、行こ」

    拳をぐっと強く握り、扉を開けて事務所を出た。ミスタは、元より仕事は身軽で行いたい人だった。それならば、背負うものはなにもない。今は両手を広げて歩けるかな、なんて思いながら酷い顔で前を向いた。前も後ろもわからないけど、やるべきことはわかる。















    ミスタが帰ってこない。
    それに気がついたのは最後に帰った日から一週間のこと。なんの音沙汰もなく、家にも帰らないからだ。なにかあったのかと思ったが、メッセージに既読はついているし、探偵事務所は運営しているようだ。だが、探偵事務所を訪ねても、メッセージを送っても、ミスタから反応が返ってくることはなかった。今までも三日四日帰らないことはざらにあったが、一週間以上帰らない状況であれば連絡するように約束している。連絡がなければ強硬手段で鬼の力を使うぞと半脅しになってしまったのは申し訳なく思うが、職業上多くの危険に見舞われる可能位があるから、なんとしてもミスタの安全を確保したかった。
    ヴォックスが、鬼の力を使うと言ったのは半分嘘で半分真実だった。真実というのはヴォックスがミスタの魂を特殊なものを介して追跡できること、嘘というのは細かい位置関係は分からないということ。簡単に言うと、ミスタがざっくりこの返にいるというのはわかるが、"この辺"の範囲がとてつもなく膨大なのだ。例えば、国を超えたらそれはしっかりと感じる。でも同じ国内、ましてや同じ地域で、ミスタの所在を正確に捕捉することはできない。これは魂という高位のものを追跡先として指定した弊害だった。

    『ミスタを知らないか』

    そう言った連絡をアイクやシュウ、ルカを初めとする共通の友人全員に送信した。しかし、返ってくるのはわからないの一言。誰かのところに泊まっているならまだ良かったのだが、全員が口を揃えて心配の言葉を発するので、ミスタがどこにいるのか皆目見当もつかなかった。
    アイクは、ヴォックスに愛想を尽かしたんじゃないかと言いかけて、辞めた。アイクが見たヴォックスの目は明らかに濁った瞳であり、あらゆる感情がとぐろを巻いていることがわかった。そんなヴォックスをみて人外なんだと改めて思ったのはアイクだけの秘密であった。

    それからヴォックスは鬼らしからぬ人間的方法でミスタを探し出した。ひたすら、歩く。好きそうなところ、よく行くところ、調査が必要そうなところ、ミスタが出没する可能性のあるところを虱潰しに見て回った。今のところは全てが無駄足に終わっているが、だからといってなにもしないよりは可能性があるだろうと毎日出歩くようになったヴォックス。
    今日は少し近場に戻ってみようと、ミスタと共によく行ったバーを訪ねてみた。そこには共通の友人たちがおり、ミスタはまだ見つからないのかと心配そうに訪ねてきた。

    「メッセージは全部既読になっているし、探偵事務所も運営されてるから生きてはいるのだろうが、居場所がわからない」

    くたびれた顔でははと笑えば、周りがより一層心配の眼差しを向ける。

    「少しはお前も休めよヴォクシー」
    「ありがとうファルガー」

    こそっと労いの言葉をくれたファルガーに感謝の言葉を返していれば、そうだ!と女性陣が話題を出した。

    「みてヴォックス!私たちみんなで髪型交換してみたの!どう?」
    「気づいていたよ、みんな似合うな、とっても素敵だ」

    ミリーが嬉しそうに話せば、女性たちは各々のイメチェンをさらりと見せる。見慣れてる髪型だからか、そこまで違和感を感じなかった。なにより楽しそうに髪型を交換する彼女たちが微笑ましかった。
    その日は久しぶりに人と話し続け、口を開けて笑った。正直、もう三ヶ月ほどミスタを探しているためかなり気が参っていた。毎日送るメッセージに既読がつくのが、心の支えであり、ヴォックスの気持ちを粉々に砕くものだった。

    店を出て、冷たい夜風にほぅっと息を吐いた。白くなる息に、もうそんな季節かとひとりでに苦笑いが零れた。ここ3ヶ月はミスタのことで思考が埋まっており、周りの景色なんて随分眺めてなかった。みんながぞろぞろとバーから出て、さぁ帰ろうと歩き出した時だった。

    視界の端に恋焦がれた存在を捉えた。その光景が、流れる人波の中でスローモーションとなって脳に焼き付いた。ミスタの頬に触れる男の手が見えた瞬間、ヴォックスの中の何かが切れた。
    恋愛映画の当て馬はこんな気持ちだったのかなんて思いつつ。
    溢れ出る感情が。
    ただひたすらに。

    「ミスタ!!!!!!」















    遠くから大声で自分の名前を呼ばれた気がして、ぱっと視線で探せば、すごい形相で駆け寄ってくるヴォックスが目に入り、反射的に走り出してしまった。目の前の男が自分の頬に添えた手を叩き落として、ヴォックスから逃げるように人混みを掻き分けていく。肩がぶつかる度に軽く謝りながら、藻掻くように前に進む。さすがにこの人混みなら巻けるだろうと少し遠回りしながら泊まっているホテルに駆け込んだ。エレベーターを待てるはずもなく、階段を二段飛ばしで昇って、部屋に入った。扉を閉めるすんでのところで、叫び声が聞こえたが聞こえないふりをしたが、もちろん直後に部屋が叩かれた。

    「ミスタ、ミスタ、いるんだろう?さっきはいきなり大声を出して追いかけてすまなかった、怖かっただろう、少し、話をさせてくれないか」

    三ヶ月ぶりに聞いたヴォックスの声は、どこかか細くて、悲痛に満ちていた。なんでそんな悲しそうな声出すんだよと心の中で悪態にも似たなにかをつく。なんて答えればいいかわかんなくて、ここまで意地を張ってしまったらもう突き通すしかできなくて、ミスタは扉を閉めたまま動くことが出来なかった。

    「ミスタ、少しでいい、話がしたい」

    お願いだというヴォックスの声を聞いた途端、肩の力が抜けた。どこまでいっても、ヴォックスはミスタにとって最愛の人であり、泣かせたくはなかった。カチャリと無言でドアノブを捻れば、ヴォックスが扉を押して入ってくる。

    「ありがとう」

    そう言って後ろ手に扉を閉めたヴォックスは、壁を探ってホテルの部屋の電気をつけた。ぐるりと見渡した部屋は一言で言えば酷い有様だった。恐らく姿を消した三ヶ月はここで生活したのであろう。ミスタの私物がそこらじゅうに散乱していた。
    ヴォックスと住んでいた時はある程度散らかると、一緒に掃除しようとヴォックスが声をかけてくれたのだが、一人ではどうにもやる気が起きず忙しいのも相まって後回しになっていた。ふと気がついた自分の暮らしに、ヴォックスがいなきゃ何もできませんと言っているようなものだろ、なんて心の中で呆れたミスタ。

    「てきとーに座って」
    「…あぁ、そうさせてもらう」

    部屋を見渡して座れそうなところを探し、一人がけのソファを選んだヴォックス。もう一つの一人がけソファにはミスタが座り、お互いが視界の端に入るような位置取りに落ち着いた。

    「で、話ってなに?」

    ヴォックスに目線をよこさず、小さなテーブルに放置していた酒を手に取ってグラスに注ぐ。ほんの少し口に含めば、生ぬるいアルコールが鼻から抜けた。氷ないとこんなにも美味くないものなのかと、グラスをじっとみつめる。

    「なんで出ていったんだ」

    ヴォックスの単刀直入な質問に、顔色ひとつ変えず無言を貫くミスタ。微かに手と足が震えてるのは見ないフリして、あくまで平然を装う。落ち着いていた鼓動がまた早く動き出した気がした。

    「なにか理由があるなら、それを聞いて納得できたら、もう君を探さない」
    「納得できる理由だったら、身引くんだ」

    ミスタがなにかやり遂げたいことがあり、それにヴォックスが邪魔だから出ていったのだと思っての言葉だった。ミスタは心優しい子だからヴォックスにはっきり言いづらくて、出ていったのだと。しかし、その言葉がミスタの逆鱗に触れた。
    結局は、その程度。ヴォックスにとって、ミスタは替えがきく存在。いや、逆か。最初からミスタが替えの存在で、アイクが本命かな。

    「あぁ」

    苦虫を噛み潰したような顔で、何かを押さえ込んでいるような圧力のある声で、肯定を示したヴォックス。なに苦渋の決断みたいな顔してんだと思うミスタとは裏腹に、最悪は術を使ってでもミスタを手元に置いてやろうと人らしからぬ思考を巡らせている。

    「俺が出てった理由は一個だけ、ヴォックスのそれ、誰にあげたの?」
    「こ、れは」

    それとミスタが指さしたのはヴォックスの指。もっと細かく言えば、ヴォックスの指に光るシルバーリングだった。
    自分の思っていたものは違う質問に返事がワンテンポ遅れるヴォックス。こんなやりたいことがあるんだとか、ここを軸に今後のことを考えてるんだとか、そういった話題が飛び出でるかと思っていたので正直拍子抜けした。このリングがミスタが離れていったこととなんの関係があるのか。ヴォックスはひたすらわからず、困惑した。それでも答えられることは一つだった。

    「…すまない、これだけは、言えない」

    ぐっと俯いて祈るように両手を握り、ミスタの質問を拒否した。

    「そっか、じゃあこの話はおしまい、帰って」

    まるで断られるのを想定していたのかようにすっも引き下がったミスタに、ヴォックスは驚いて顔を上げる。

    「これが、理由か?」
    「うん、だから、帰って」
    「ミス」
    「帰れよ!!!!!!」

    今日一番の大声は、ヴォックスの声を遮って部屋に響いた。ミスタの絶叫に部屋は静まり返り、時計の音すらに聞き取れぬほど、お互いの耳はじーんと響いていた。ヴォックスは、わかったとすまないとだけ言い残して、ミスタの頭を撫で、部屋を去った。

    「なんっで、それ、さいごにやんだよ」

    パタンと閉まった扉を見届けて、その場に蹲った。ボロボロと溢れる大粒の涙がミスタのズボンを濡らす。ミスタは、自分がどうしたいのか、どうしたらいいのか、もうなにも分からなかった。確かなのは、久しぶりに感じたヴォックスの感覚が安心を覚えるものだったということ。ミスタの頭を撫でた癖は、ヴォックス自身も無意識であった。















    次の日の朝早く。ヴォックスからの連絡で目が覚めた。未だにオンにしてある通知は、軽快だけどしつこい音でミスタを起こした。送られてきたメッセージを寝ぼけた目で見れば、十分話す時間がほしいとのことだった。もう話すことはないと、帰れと突き放した翌日に、連絡をよこしてきた。時間的に送ってきたあたり寝ていないのだろうかと心配の気持ちが湧き上がってきた。重たい身体を起こして、泣き腫らした目をなんとかケアして、ヴォックスが来るのを待った。





    ミスタの既読がついたのは送ってすぐだった。例の如く返事はないものの、拒絶の言葉は帰ってこなかったため、支度をすることにした。
    ヴォックス自身、ミスタの視線が、時々自分の手元や首元にいっているのは気がついていた。最初はフェチの類だと思っていた。実際、手や首なんて定番だろう。ただ、見るのは日によってまちまちなことから、フェチで見ているわけじゃないと察した。首と手にあって、目が惹かれるようなもの。そんなものは考えればすぐわかった。肌身離さず身につけているシルバーリングだ。
    これについて、話さなければいけない時が来たのかと思うと肺を押さえつけられてる気がしてくる。過去の記憶が、消えぬ古傷が、痛みとなって自分を襲った。言うか、言うまいかを寝ずに考えた。でも、過去を守ることが、目の前のミスタを苦しめることより大事なのか。その問いは何度問うてもノーであった。ならやることはひとつではないか。こうして一度悩まなければ決断できない不甲斐なさに歯ぎしりをして、ミスタのいるホテルへ向かった。

    「ミスタ、ヴォックスだ」

    扉をノックして伝えれば、少しして内側に開かれた。目の前には寝巻きのミスタが眠たそうに立っていた。目の辺りをケアしようとしたのだろう。あまり引いていない腫れと目の充血に、今すぐ暖かいタオルを当ててやりたい気持ちになった。

    「朝早くにありがとう、昨日の、このシルバーリングのことだ、話させてくれ」

    こんこんと自分の手につけている指輪を叩いて、ミスタをしっかりと見据える。ミスタもまた、ヴォックスを見つめ返して、そっと昨日のソファへ促した。
    ミスタも座ってから、一度胸に手を当ててゆっくりと呼吸した。これから話すのは、遠い昔の、遠い土地での話だと前置きをして、ヴォックスは語り出した。

    このシルバーリングは、私にとって命よりも大事なものだと、前に一度伝えてるね。命よりも大事というのにはわけがあるんだ。
    ミスタが生まれる何百年も前、鬼の感覚でいうなら私が赤ん坊にも等しい頃の話だ。生まれて初めて、恋に落ちた。当時の私は他者を見下している節があってな、私のせいで出会いは最悪だった。それでも彼はめげずに私と接触を図った。しつこく話しかけては、自分の好きなもの、苦手なこと、周りの者たちの話。最初は流し聞きだったそれも、いつしか耳を傾けるようになり、彼に連れられて外に出てみれば、次第に他者と関わるようになった。気がついたら私の中にある他者というもののイメージは変えられていた。たった数年でだ。私にはそれが衝撃的だった。そこで私は恋を自覚した。アプローチのやり方なんてわからないからただただ必死に想いを伝えて、晴れて恋人になった。そこから二人で小さな家に住んで、陽だまりのように暖かさに包まれた優しい日々を送った。まさに幸せそのものだった。
    しかし、世の摂理はいつだって残酷だ。彼は生まれつき生命力が弱く、そこに種族である妖狐の力に耐えられる体ではなかった。生きているだけで命を削っている状態であり、器が小さく脆ければ、壊れるのは時間の問題だった。まもなく彼は床に伏した生活を余儀なくされた。お互いに、辛かった。私はなにもしてあげられない不甲斐なさを感じる毎日。彼は、きっと私の人生の足枷になっている負い目を感じていたんだと思う。しばらくして、彼は息を引き取った。身体の回復力が妖狐の魔力の侵食に追いつけなくなったということだな、妖狐の中でもかなりの早逝だった。何度もヴォックスと生きたいと泣いてくれたあの声は、数百年経った今でも耳に張り付いて離れない。そう強く願ってくれた彼に、私はひとつの提案をした。それが、術によって彼の魂となにかを繋げるものだった。それが、このシルバーリングだ。シルバーリングと彼の魂を術によって縛り付け、代償として私の大きな魔力を使用した。私という第三の存在が介入することでより強固な術に仕上げる意味もあった。リングを選ぶにあたって、この術に耐えうる最高強度のものを特注した。なんとかこの術を完成させた彼は、私に「生まれ変わった俺も愛して」と呪いを残して亡くなった。そんな彼の遺言にそうべく、「迎えに行こう」と誓って私は日々を生きた。彼の魂がこの世に顕現していないかをリングを通して毎日確認した。そんなことを繰り返していたら、気づけば数百年経っていた。そしてある日、リングが反応を示した。私は急いでその土地へ渡って、彼を探した。彼が教えてくれたように色んな人と関わりを持ちながら、友人と呼べる存在ができた頃、やっとみつけた。前世と同じ姿見だったからな、人混みで見かけただけだが、すぐにわかった。彼は、ベージュともグレーとも言える髪色をしていてね、綺麗なアクアマリンをその目に宿していた。その美しさは前世で絶賛されていたほどだ。知らない人に警戒心はあれど、一度心を許したらとことんそばを離れない優しさに溢れた性格だった。そしてなにより、変わらぬ声と笑顔があった。

    「Mysta Rias、君のことだ」





    ヴォックスの両手は気がついたらミスタの頬を包んでいた。
    ぼうっと目の前のヴォックスを見ていれば、鼻の奥が熱くなり、次第に視界が歪んでくる。アイクと恋人だったなんてとんでもない。ヴォックスは人生のほとんどを、気が遠くなるような果てしない時間を、ミスタに捧げてきたのだ。ヴォックスの今を作ったの間違いなく前世の自分で、そのヴォックスが今の自分を作った。その事実にどうしようもなく涙が溢れた。

    「俺ね、ヴォックス、アイクと付き合ってたのかなとか、リングのことなんで話してくれないのかなとか、たくさん考えたらよくわかんなくなっちゃって、それで、怖くなって、逃げちゃって、ごめん、ほんとにごめん」

    ダムが決壊したかのように、ミスタは泣きながら心情を吐露した。涙と鼻水できっと酷い顔になっているだろうに、そんなことを気にしてられないくらい、ヴォックスにいち早く謝りたかった。ヴォックスもまた、涙で顔を濡らしていた。

    「ちゃんと話さなかったのは事実だ、本当にすまなかった、でもアイクとそのような仲になったことは断じてない、信じてくれ」
    「大丈夫、信じてる」

    いまだに泣き続けるミスタに、抱きしめてやりたい気持ちと良いのだろうかという気持ちがせめぎ合うヴォックス。

    「ミスタ、帰ってきてくれるか」
    「うん、帰る」

    そういって手を差し出したヴォックスは、ミスタが手を重ねてくれたのを確認して、そのまま抱き寄せた。久方ぶりのミスタを味わうように、きつくひたすらに抱きしめた。ミスタもそれに習うようにヴォックスを抱きしめて、肩口に顔を押し付けて声を上げて泣いた。
    ひとしきり泣いた時、薄いカーテンを貫いた朝日が部屋に差し込んだ。二人でそっと顔を上げれば、いつもと変わらない温かな太陽が登り始めていた。前を向けばお互いの愛しい人の顔。そっと引き寄せられるように唇を重ねて、ゆっくり離した。目に映るは何度も見た顔。そしてこの先何度も合わせる顔。その未来が楽しみに思うのはきっと二人の気持ちが、同じ方向を見据えているから。

    「ヴォックス、横になって話したい」
    「もちろん、ベッドにいこうか」

    ミスタをひょいと抱えてベッドに寝かせ、その横にヴォックスも寝っ転がった。二人の間を流れる穏やかな時間にそっと目を伏せるヴォックス。まるで時が止まったような、世界に二人きりと錯覚するような感覚を楽しむミスタ。

    「そういえば、なんで話してくれなかったの?」

    肝心のシルバーリングを話せなかった理由を聞いていなかった。パチリと目を開いたミスタはヴォックスに問いかけた。

    「術を強固にしたくて当時つけられる限り全ての制限をつけたんだ、口外しないという縛りも加えていたから、それによってどこまで術が弱くなるかわからなくてな、結果なにも話せなくなってしまった」
    「今はどう?術弱くなってる?」
    「恐らくな、感覚だがそんな気がする、でも補える方法はきっとあるから、探して見せるさ」

    ははっと笑うヴォックスに俺も手伝うと言えば、一緒に探そうかと抱き寄せられた。探し物なら大得意だ。なんたって俺は探偵だからね。

    「私からもいいかい、ミスタはなんでアイクとの関係を疑ったんだ?」

    疑われるようなことをした覚えがないヴォックスは疑問に思う。

    「あー、それね、ヴォックスの指輪を作った人にコンタクト取ったんだよね」
    「はっ?!?!あいつにか?!?!」
    「うん、電話でね、教授に協力してもらって色々聞き出そうとしたんだけど、話せないって断られた」
    「WTH」

    上体を起こして大声を出したかと思えば、両手で顔を覆って絶望するヴォックス。

    「でもヴォックスの昔の話たくさん教えてくれたよ、後で教えてあげんね」
    「まて、今すぐ記憶から消せ、聞かなくともろくな話をしてないのがわかる」
    「いーじゃん、俺なんかあったら連絡してきてって電話番号もらったよ」
    「貸せ、私が電話番号を消してやる」

    もうお店知ってるから意味ないよと笑えば、お店をやっているのかと聞くので、アイクのアクセサリーを選んでいて彼の店を見つけた話も一からした。店主からもらった情報でアイクが元恋人なのではと思ってしまったと言えば、余計なことをしてくれたなと頭を抱えるヴォックス。

    「勘違いした俺も悪いよ、今考えれば人外にとっての"少し前"なんて俺からしたら大昔だもんな」
    「まぁ、ミスタに真実を打ち明ける機会をくれたから今回はミスタに免じて許そう、ただ幼少期の話は頼むから忘れてくれ」

    ーーーと何を言われたのか想像して恥ずかしくなってるヴォックスが可愛くてくふくふと笑う。

    「一生ネタにできんね」

    いたずらっ子の笑みを浮かべて楽しそうにするミスタを見れば、なんでもいいかと苦笑してベッドに身体を預けたヴォックス。

    「でも決定打はアイクと抱き合ってたからだよ」

    その言葉にまたもや上体を起こしておろおろするヴォックス。

    「そんなことをした覚えはないのだが、いつの話だ」
    「俺が帰らなかった日だよ、アイクとソファで抱き合ってたろ」
    「あれは違う!介抱してもらっていたのと、ミスタのこと思い出したら腕に力が入ってしまって、アイクを締めてしまっただけだ!!!」

    それ事情知らない俺が見たら抱き合ってると思うでしょ?って言えば、それはそうだなすまないとしょんぼりするヴォックス。

    「あの時は俺も気が動転してて冷静に判断できなかったし、ね、おあいこにしない?」

    すまないと謝罪を繰り返して沈んでいくヴォックスに、声をかけるミスタ。ミスタとて、怒りや悲しみはあれど、これ以上ヴォックスの事を追い詰めたり責めたりしたいわけではないのだ。

    「ミスタが言うなら」
    「じゃあそうしよ、ヴォックスが俺のこと大好きなのは伝わったから、もういいの」

    そう言ってミスタが微笑んで見せれば、嬉しそうにミスタの頬にキスするヴォックス。

    「こっちがいい」

    ミスタが自分の口をとんとんと叩けば、もちろんと笑顔でキスを送るヴォックス。一度だけキスをして、両腕を広げてベッドにばたりと倒れたヴォックス。ヴォックスがひろげた腕にミスタが頭を乗っけてきたのでそのまま抱きしめた。背中をさすったり、頭を撫でたり、頬や額にキスをしていれば、すーすーと腕の中から寝息が聞こえた。早朝に叩き起したのだからこのくらいの贅沢はいいだろう。腕の中の愛しい存在にもう一度キスをして、自分も目を閉じた。起きたらミスタを連れて帰って、嫌ってほど甘やかしたいなと思いを馳せて、深い眠りに落ちていった。
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