体力6 体力
「やあツカサくん」
「おお、ルイではないか!」
街中でツカサを見かけたので、声をかけたルイ。その声を聞き振り返ったツカサの表情は嬉しさで染まっていた。
「今日は歩いて来たのだな?偉いぞ、ルイ!」
「ツカサくんが『少しでも運動をしろ!』と怒っているからね。か弱い僕に酷い仕打ちだよ。よよよ……」
「分かりやすい泣き真似をするな!ただでさえお前は体力が無いんだから、多少は運動をして体力をつけた方が良いぞ」
「はーい」
「なんだその腑抜けた返事は」
「はいはい」
「『はい』は一度だ!」
(今日もステルスの魔術を使って屋根の上を移動して、いい所で路地裏に降りて魔術を解除して人混みに混じって来たとは言わないでおこう。屋根の上だと空いてて楽だし、わざわざ人混みに埋もれてツカサくんの元へ辿り着いた時にはヘトヘトになって喋れない、というのは嫌だからね)
「ルイは今日の仕事は終えたのか?」
「うん。人々を困らせるスライムを沢山焼き払ってきたよ」
「相変わらず凄いなお前は。よし!オレも負けていられないぞ!気合いを入れ直して、残った仕事を片付けるとするか!」
「頑張ってねツカサくん。僕はお家でゆっくり休んでいるよ」
「ああ!それではな、ルイ!」
「うん。またね。ツカサくん。」
「またな!」
会話も程々にルイはその場を去った。仕事帰りにツカサくんと会えて幸せだと感情に浸りながら、ツカサと共に住んでいる家へと帰るのであった。――去ったルイをずっと眺めているツカサがいるとも知らずに。
「〜〜〜〜♪」
「…………」
ルイは手馴れたように、そっと人混みから避けて路地裏へ行きステルスの魔術を使う。そして魔術で浮かんで空へと飛び、すいすいと進んでいくのだ。ツカサは視力が良いしルイの気配は人一倍察知出来る。つまりは。
「…………ルイ、また飛んで帰ったな?」
歩いて帰らずに、飛んで帰ったルイを見て怒りを膨らませていた。
「……体力のつけ方は、他にもあるか」
顎に手を当て、そう呟いて笑ったツカサの目は。
……笑っていなかった。
ーーー
「ただいま」
「おかえり!ツカサくん。今日もお仕事お疲れ様」
夜。仕事も終え家へと帰宅したツカサを笑顔で出迎えるルイ。パタパタと音を立てながら玄関へと走ってきた。
「ご飯、もうそろそろ出来上がる頃だと思うよ。あと少し待っていてね」
「ああ。助かる!」
ご飯は早く帰ってきた方が作るというルールで、今日はルイが早く帰宅したからルイが用意をした。ルイの料理の仕方は独特で、何やら見た事のない機械に食材を入れてスイッチを押すと、いつの間にか料理が出来上がっているという摩訶不思議な装置がある。
ツカサはそれを見ていて楽でいいなと思い、以前に一度その装置を借りて見た所。――盛大に爆発させたのだ。これにはツカサも驚き、帰宅したルイに速攻で土下座して謝った。急に土下座で出迎えたツカサにルイは驚き、訳を聞いた。
『え、どうしたんだい?』
『すまん、すまんルイ!お前がいつも料理に使っているあの装置を、オレはッ……!爆発させて壊してしまった!!』
『えっ』
『本当に申し訳ないと思っている!すまない、ルイ!』
『ううん。それは別にいいんだけども。ツカサくん怪我しなかったかい?装置が爆発という事は、何か部品が飛んできたりしただろう?当たって怪我はしてないかい?ああ、それと火傷も。手、見せて』
『オレは特に火傷も怪我もしていないから大丈夫だ。……怒っていいのだぞ?』
『うーん。説明してなかった僕も悪いし、また作り直すから良いよ。改善したい部分もあったし、丁度良かったよ』
『……ッルイ!!』
その時のツカサは、ただただ頭が上がらなかった。ルイの作った物を許可も取らずに勝手に触りその上破壊したと言うのに、装置を壊した事への怒りよりもツカサの心配を真っ先にした。そんなルイの優しさにツカサは涙が止まらなかった。そして再度ルイに惚れ直した。大好きだ、ルイ。
そんな事もあって今はニュータイプの新・圧力鍋を使用している。勿論部品代は全部ツカサが出した。ルイは「半分出すよ」と言ってくれたが、ツカサがどうしても気になってしまうからと押し切ったのだ。
……とまあ、話がズレたが。出来たてのご飯を一緒に食べ幸せなひとときを過ごし、食器も洗いお風呂も入りあとは寝るだけのタイミングで、ツカサは動き出した。
「そう言えば、ルイ」
「ん?なんだいツカサくん」
「……今日の帰りも、勿論、歩いて帰ったよな?」
「………………」
ルイは咄嗟に誤魔化そうとしたが、ツカサの表情を見て押し黙った。笑っているように見えて、笑っていない。目が、怖かった。とても嘘をつけるような状況ではなかった。
「ルイ。オレが体力をつけろと言っているのは、ルイの健康のためでもあるんだ。毎年風邪をひいたり体調を崩して寝込んだり。それはお前の体力が無いからだ。だから、普段から歩いて少しずつ体力を付けようと言っている。分かるな?」
「…………うん」
「で。今日、街で会った時。行きも帰りも歩いたか?」
「い、行きは歩いたって言ったよね?」
お説教モードのツカサにルイは俯いていたが、質問が少しおかしいと顔を上げた。行きは歩いたと、お昼の会った時に伝えた筈だ。その話題の会話もしたし、聞いてなかったとは思えない。
「でもな。よく良く考えるとおかしいんだ。あの人混みの中をルイは息も切らさずにオレの元へと辿り着けるか?とな。息切れまでは行かなくとも多少は疲れているはずだ。でもお前は元気そうだった。……別に元気な事は喜ばしい事だがな。今は違う」
「……だって、疲れるから」
「ルイ」
「少しでも早くツカサくんに会いたいって思うのはいけないこと?人混みで疲れてスピードも落ちて、それでも頑張って歩いてツカサくんの元へ辿り着けた!と思ったら、もう遅くてツカサくんが居なかった時とか、僕はどうすればいいの?……一度、あったんだよ?僕、頑張って歩いて辿り着いて。沢山褒めてもらおうって思って顔上げたらツカサくん居なくて。暫く、その場から動けなかったよ」
ルイも一度は徒歩でツカサの元へ向かうと挑戦したのだった。しかし、現実はそう上手くはいかない。ヘトヘトで辿り着いた時には、もうツカサが去った後でいなかったのだ。顔を上げたら誰も居なくて、時間をかけて今の状況を飲み込んだルイは乾いた笑い声を出した。帰る体力も無く、会えると思った愛しい人はいなくて。ルイは暫くその場から動けなかった。
「そんな事が、あったのか。……一方的に飛んで来るなと叱ってすまなかった。ごめんな、ルイ」
「飛んでツカサくんの元へ行くことを、怒らないでよ」
「ああ。……ごめんな」
「街中でツカサくんを見かけて、早く会いたいって思ったら駄目なのかい?勿論ツカサくんも仕事の都合があるしわざとじゃないって分かってるけど……っ、去っていったツカサくんが悪い訳じゃない。でも、あんまり……あの気持ちは何度も味わいたいものではないかな」
「駄目な訳が無い!愛してる人が、会いたいって思ってくれてるんだぞ。嬉しいに決まってる!オレも、街中でルイとバッタリ会えるのは嬉しいんだ」
辛かった気持ちが心を埋めて、ルイは顔を顰めて俯いた。そんなルイをツカサは優しく抱きしめて頭を撫で、ポンポンと背中を叩いてルイの気持ちを落ち着かせた。
「遅くなったが、歩いて頑張ってオレの元へと向かったルイを沢山褒めてやろう。頑張ったな、ルイ。よく頑張った!足は重いし息も上がって、凄く大変だっただろう?それなのにオレが『歩いて来い』なんて言うから、ルイはそれに従って歩いて来たんだもんな。偉いぞ、ルイ」
ツカサは沢山ルイを褒めた。言葉で、行動で。頭を撫でるツカサの手にルイは甘えるように頭を押し付けた。もっと褒めて、という様にルイからもツカサを抱きしめた。
「これからは『飛ぶな』とは言わないようにする。……その代わり、ルイ」
「……ん?なんだい?」
「体力つくり、しような?」
「…………?」
普通の会話だと、思う。ルイはそう思った。なのに、何故こんなに落ち着かないんだろうか。ツカサくんの目がギラギラしてるから?……ギラギラ?この目をしてるツカサくんは、大体発情して――
「つ、ツカサくん?」
「ルイ、がんはろうな?」
ツカサはルイの肩を押してベッドへと押し倒した。これは、まさかのまさか?
「た、体力つくりって、そういうこと?」
「ああ。お前いつもすぐにへばるからな。回数を増やしたらお前の体力もつくんじゃないか?夜の運動、とも言うだろう?」
「……お手柔らかに、お願いします」
ギラついてるツカサくんに、ルイは白旗を掲げた。
ーーー
それから後日。二人はのんびりと家で休暇を過ごしていた。ゆったりと過ごすルイとは反面に、ツカサは腕を組んでウンウンと唸っていた。ツカサはまだルイの体力つくりについて、頭を悩まされているのだ。
「やはり、地道な努力が一番の近道だと思うぞ、ルイ」
「うっ……またそれ?僕も体力つけようとは思ってるんだよ?」
「そうだなあ。……あ!オレにいい考えがあるぞ!ルイ!」
ツカサは何かを閃いた顔をしてルイを眺めた。その顔を見てルイは苦虫を噛み潰したように顔を歪ませ、ジトーっとした目で見つめ返した。
「また夜の運動〜とか言わないよね?もうしないからね」
「もう言わん。ルイとの夜の嗜みはそれ目的だけではないしな。今度はゆっくりとしたい」
「……そう。ならいいけど。じゃあ、一体何を閃いたんだい?」
「オレと一緒にストレッチをしよう!それならルイも頑張れるはずだ!」
「ストレッチ?」
目をパチリと瞬き、ツカサを眺める。興味が食いついたルイにツカサもいい気になり、ふんぞり返ってドヤ顔で説明を始めた。
「ルイは一人であまり興味のない事はしたがらないだろう?だから、オレと一緒なら後回しもせずにモチベーションも上がるのではないかと思ってな!」
「……でも、僕とツカサくんで同じメニューをするの?だいぶハードルが高いかなって思うんだけど」
「全部しろとは言わん。最初の部分からついてこれる範囲でしてみないか?まずは行動だ!」
「……うん。分かった。してみるよ。今からするのかい?」
「今からでもいいぞ!やる気がある時に行動に移すべきだしな!」
ツカサの事が好きなルイは、ツカサと共にならとストレッチに興味が湧いた。頷いてくれたルイにツカサもニッコリと満足そうに笑う。ソファから立ち上がり、広いスペースに移動してぶつからない程度に距離をとる。
「まずは、身体を伸ばしていこう。そうだなあ。身体を温めるために準備運動でもするか!」
「うん。よろしくね」
「ああ!まずは、とある曲に合わせて体操する準備運動があるんだ。それをしよう!」
「音楽と共になら、リズムが取りやすいね。早速やってみよう」
流すものが無いため音楽は無いが、ツカサが「一、二。一、二」とリズムを刻んでくれた。それに合わせルイも教えられた通りに身体を動かしていく。が。
「ふーっ……。ふーっ……」
「……ルイ。軽い準備運動のはずが、もう息が上がってるな……?」
「もうっ……これで……十分っ……運動したよ……」
最後の深呼吸まで一通りして、ルイはペタリと地面へへたり込んだ。乱れた息を必死に整えて、ツカサを見上げた。
「僕、これを毎日しようかな……。いや、三日に一度……うーん。一週間に一度……」
「こーらルイ。延ばすな延ばすな。三日に一度、オレと共にしようではないか」
「……うん。ツカサくんとなら、継続してやれる気がするよ……今日はもう、休む……。疲れた……」
「ハハッ。まあ、最初はこんなもんで十分だ。頑張ったなルイ!ソファでゆっくり休んでるといい」
「うん。そうするよ……」
のそのそとルイは立ち上がりフラフラとしながらソファへ歩いていき、ボスンッと身体をソファへ投げ出した。目を閉じたら寝てしまいそうだが、ソファで寝たらツカサが「風邪を引くぞ」と怒るので起きている事にした。
準備運動も終え、ツカサは本格的にストレッチを始めた。ルイからしたらストレッチというよりも運動に近いそれを見つめていた。運動しているツカサは真剣な顔をしていて、カッコよかった。
ジーッと見惚れていると、それに気付いたツカサは目を合わせてニコッと笑った。ルイは見つめ過ぎていた事に気付き、少し頬を赤らめ目を逸らした。
「ハハッ。別にいくらでも見ていてもいいぞ?オレはカッコイイからな!見惚れてしまうのも仕方ないな!」
「フフッ。相変わらずの自信家だね。でも、確かに自分を磨く努力をしているツカサくんは、とてもカッコイイよ」
「そ、そうか!ハハッ……!……好きな相手にカッコイイと褒められるとこんなに嬉しいものなのだな」
ルイに褒められツカサも頬を赤くした。更にやる気が出たツカサは普段よりしっかりと動かす事を意識しながらストレッチを続けた。そんなツカサを眺めてルイは思った。
(運動は疲れて嫌だけど、ご褒美にこうしてカッコイイツカサくんが見れるなら、三日に一度なら頑張れそうだな。体力がついたら色々と出来る範囲も広がるしね。魔術に頼りっぱなしの生活も楽だけど、ツカサくんと同じ目線で楽しむのも一つの楽しみ方だね)
ニコニコとしながらルイはツカサを見つめる。たまには運動も悪くない。ルイはそう思えた日だった。
ーーー
ルイの頑張りも無事に実り、曲に合わせて体操をしてもへたり込む事が無くなったルイは次へと一歩踏み出そうとした。
「ツカサくんっ……はぁっ……ツカサくんは、この後、何していたっけ……?」
「ん?身体を伸ばしたり、腕立てや腹筋、スクワットとかだな」
「……今日は少しだけ、僕も参加してみるよ」
「本当か!?ただし、無理はするなよ?」
「うん。よろしくね」
ルイのお願いにツカサは嬉しそうに対応する。そうだな……。と簡単な柔軟をする事にした。
「地面に座ってだな。足を伸ばして、こう、ぐーっと前に身体を倒すんだ」
「うん。やってみるよ!座って、足を伸ばして……。前へ……。…………全然、足先に届かないっ……!!」
「……思ってはいたがルイは身体が硬いな」
「…………柔軟も追加されたりする?」
「いや、そこはルイの自由だな。ただ身体が柔らかい方が怪我をしにくいというのはあるぞ。あとは健康にも繋がったりするんだ」
「へ、へぇ……。……まあ、ツカサくんと一緒にするなら、柔軟も追加してもいいかな」
「本当か!?ルイが前向きに身体と向き合って運動しているのを見ると、オレも嬉しいぞ!!」
「フフッ。そんなに喜んでくれるなんてね。柔軟の他には、腕立てとか、してるんだっけ」
「ああ。でも、ルイには少し早くないか……?」
「してみるだけしてみたい。今日はなんだかやる気があるんだ」
「そうか。何事も経験だもんな!」
柔軟もそこそこに、ルイはツカサの指示に従い腕立て伏せをする準備をした。流石にツカサみたいに片腕だったり指だけだったり、そんな事は出来ないので初心者にも優しい膝を地面につけながらしてみる事にした。
「いいかルイ。無理はするなよ」
「うんっ……この、状態だけでもっ……プルプルするよっ……!」
「……だな。プルプルと身体が揺れているな」
「ふーっ!い、……ち!」
「お、おお!出来たではないか!!」
「にっ…………ぃ」
一度はプルプルと震えながらも腕立て伏せが出来たが、二回目は下げるまでは出来たが起き上がる事が出来ずに地面へぺしゃりと倒れた。
「うっ」
「ルイ!怪我はしてないか?」
「うん、大丈夫……。こんなに身体って重いんだね……」
「でも一回は出来たな!凄いぞルイ!」
(でもツカサくんってこれを膝をつけずに片腕でしたり指だけでしたりしてるんだよね?凄いなぁ)
笑顔で褒めてくれるツカサにルイも嬉しくなりつられて笑う。
「今日はここまでにしておくよ。ご褒美のツカサくんタイムを僕は楽しむとするよ」
「ああ!今日はいつも以上に頑張ったな!偉いぞ!」
「フフ……。明日は筋肉痛だね……」
流石に今日はここで辞めておこうと、立ち上がりソファへ移動した。そしていつも通り、ルイは運動をするツカサを楽しそうに眺めるのだ。日に日に体力がついてきたルイは、デートを心から楽しめたりと出来ることが増える事に喜んだ。
(次のデートは僕から誘ってみようかな。初デートの失敗のあのお花畑を、再度挑戦してみるのもありかもしれないね。あの場所も、失敗のままではなく素敵な思い出のひとつにしたいしね)
プランをこっそりと立てて、真面目にストレッチをしているツカサを眺めながらルイは嬉しそうに笑った。リベンジデートも、そう遠くはない未来の話。二人が幸せそうに笑っている光景が、目に浮かぶのであった。