夢現(颯新) 何をしていてもつまらなかった。やりたいことも夢もない。勉強もスポーツも大概出来たが、一位を取れるほどでもなかった。かといって、そこから血の滲むような努力を重ねたいと思えるほど、打ち込めるものも見当たらなかった。
そんな頃だった。あいつの無謀とも思える夢に乗っかったのは——。
誘われてライブハウスに足を運んだ、運命の日。ハコから外に出ても観客の熱気は留まることを知らない。
「こんな最高な夜ってあるのかよ!」
「次は、俺達がこの夜を超えるパフォーマンスを披露してみせる」
あちらこちらで興奮冷めやらないミュージシャン達の声が響いた。夜も深くなってくる時間だというのに、音楽が鳴り止む気配はない。
俺たちは会話らしい会話もせず、ふらふらとおぼつかない足取りでビビットストリートを後にした。
月はもう真上に登っていて随分と時間がたっていた。
足を止めたのは、学校帰りに寄っていた公園の錆びれた看板が見えてきた頃だった。興奮冷めやらない颯真が頬を朱く染めながらとんでもないことを言い出したんだ。
「オレたちで『RAD WEEKEND』を越えよう」
一歩先を歩いていた彼が振り返るのがスローモーションのようにやけにゆっくりと感じられた。月夜に照らされて、爛々と光るその瞳には俺は映っていない。きっと先程のライブの光景が広がっていることだろう。
不思議と返答はすぐに浮かんだ。でも俺はなぜか言葉に詰まって立ち止まってしまったんだ。
「何言ってんの。すぐ影響されるんだから」
いつもみたいにそうからかえば、颯真は、そんなこと言うなよって怒るんだ。だけど、今夜だけは茶化して終わりにしたくなかった。ううん、できなかった。
あの熱気を俺も知ってしまったから。
会場全体が一体となる感覚。開始数秒で目と耳とを奪われた。音楽を聴いて鳥肌がたったのは初めてだった。
「どうして、俺たちで、なんていうわけ?」
返事に困って、苦し紛れに質問を返す。適当に誤魔化したわけじゃない。だって、俺を誘う理由が分からなかったから。颯真の言葉で聞いてみたかった。
「俺は颯真みたいに音楽に明るくないし、今日だってお前がしつこく誘うからきただけで。……俺は」
歌なんて、真剣に歌ったことなんてない。最後の方は口の中で蠢いて、音にもならずに終わった。口にすることが怖かった。大した才能もないことを認めてしまうみたいで。
颯真は、俺の話をぽかんと口を開けて聞いていたけれど、俺の言葉の続きが分かったようでにっこりと笑った。見透かされているみたいでなんだか悔しい。
「なんだ、そんなことで悩んでたのか」
そんなことってなんだよ。結構大事なことでしょ? 明らかに機嫌を悪くした俺に、彼はごめんと小さく笑った。
それから俺の名前を呼んで、こう告げたんだ。
「誰かと組むなら新しかいない。ううん、新じゃないとオレが嫌なんだ」
思いがけない言葉に、喉がひゅうと鳴る。心臓も全力疾走の後みたいに痛かった。苦しくて思わず胸に当てる。指先に力がこもった。
交わった視線、颯真の瞳からはステージで歌っていたあの「謙」と呼ばれていたミュージシャンと同じ熱を感じた。その瞳で見つめられるとたまらない気持ちになる。今すぐ駆け出して叫びたくなるような、そんな衝動にかられた。
「歌が上手いやつだけならこの町にはごろごろ転がってるだろ。だけど、オレが今日を、『RAD WEEKEND』越えられるのはお前とだと思ったんだ」
唇が震えて、奥歯を噛んでいないとうっかり泣いてしまいそうだった。だめか? と顔を覗き込んでくる親友に、俺は首を横に振るしかなかった。こんなの断れるわけないだろ。
「……暇つぶしくらいにはなるかもね」
精一杯の強がりはきっと見抜かれていたと思う。でも、絶対に颯真はからかったりはしない。だから、隣にいて心地いいんだ。
「よろしく相棒」
「ああ」
差し出された手のひらを強く握った。指先から颯真の熱が俺に伝わっていく。その温かさが止まっていた俺の時間を動かす。――感じたんだ。
何かが始まるそんな予感を。