初めての打ち上げ(颯新) 願掛けってわけじゃないけど、ライブの後はチョコパフェって決めている。
イベントの後、誘われた打ち上げを断って、全国チェーンのファミレスに入る。頼んだのは、ワンコインでお釣りが来るタイプの安いパフェ。フルーツパフェならともかく、チョコパフェはとにかく安かった。頼んだ理由はそれだけ。
下半分はほとんどコーンフレークで、バニラアイスとチョコソースがのっている。そして申し訳程度に左右に添えられた二本のバナナ。味は想像できるんだけど、何故か食べたくなるんだよね。
あの日もそうだったっけ——。
「初ライブ、おつかれ〜!」
「おつかれ」
グラスとグラスがぶつかって、中の炭酸がパチパチと宙を舞った。案内された席は窓側の西日が差し込むソファー席。俺達以外にも学生らしき人のいるテーブルがいくつもあった。日差しが眩しくてしかたない。けど、舞台上の熱気に比べたらなんてことなかった。
ライブ前に比べて、颯真はやけに饒舌だった。こいつも案外緊張していたのかも。かわいいとこ、あるじゃん。対戦相手は客をのせるのが上手かった、サビ前はもう少し声量を落とした方がいい。音楽の話になると、止まることをしらない。
俺は頬杖をつきながら、眩しさに目を細めた。どうやら、あの提案は口約束ではなかったらしい。颯真は本気で俺と夢を叶えるつもりなんだ。
店員がハンバーグを運んでくると、俺と颯真を見比べて、聞きもせずに颯真の目の前に鉄板を差し出した。やることもなくて、人差し指でテーブルを叩く。刻んでいたのは今日歌った曲のリズム。
次の店員がパフェを持ってやって来た。値段の割にいろいろ入ってるんだね。聞きもせずチョコパフェを向かい側に並べる。なんでだよ。ファミレスにきて何も注文しないことある?
颯真は店員が背を向けたのを確認してから俺の前にチョコパフェをスライドした。ねえ、笑いこらえきれてないじゃん。馬鹿にしてるでしょ。
「……何?」
「いや、美味そうだなと思って」
会話になっていない。口を尖らせたが、颯真は何も言ってこなかった。彼は大きな口でハンバーグにかぶりついている。あのさ、ナイフとフォークって知ってる? 意地悪で聞いたのに顔色一つ変えない。颯真は口の端にソースを付けながら、おう、と元気よく答えた。
こいつの夏の日差しみたいな、からっとした性格が好きだなと不意に思った。
「うはー。食った食った。やっぱライブの後と言えば打ち上げだよな」
ハンバーグとサラダ、ライスとコーンスープのフルセット。食べ終えた相棒は腹をさすっていた。親父くさいからやめなよ。
「あれだけ動いてよくそんなに入るね」
「何言ってんだよ。めちゃくちゃ動いたから、その分エネルギーを摂取しないとだろ? ってか、新はそれだけで足りんのか?」
俺はクリームののったスプーンを口から抜き取った。もうバナナもアイスも殆どない。あれ、お腹空いてないと思ったのに。
「疲れた時には糖分が必要なの」
はじめてのライブが終わって緊張の糸がきれたらしい。疲れすぎて食べることすらどうでもよくなっていた。けど、うん、甘いものを取ると疲れが吹き飛ぶ。頼んでよかった。
今更だけど、打ち上げって二人でするものなのか? 苦笑いを浮かべたが、颯真がはしゃいでいたので考えることを止めた。
「随分楽しそうだね」
「……お前何人事みたいにいってんだよ。新だって笑ってんじゃん。気付いてねぇの?」
くすりと笑われては、面白くない。こういうときは分が悪いので黙っておくに限る。眉間に皺を寄せてシリアルを口に運んだ。すっかりふやけたシリアルはお世辞にも美味しいとは言えない。
「新が楽しそうで、ちょっと安心した」
一足先に食べ終わった颯真は、ソファーにもたれかかりながらそっと呟いた。
「今日はなんとか勝てたけど、まだまだ直すとこ、いっぱいあるからな」
「当たり前。これで満足してるようなら、解散するとこだった」
指の代わりにスプーンで颯真の顔を指す。自分の言葉に自分で驚いた。颯真が瞬きをして、彼の瞳に映る自分が目を丸くしているのが分かった。どうやら俺も本気らしい。
「やっぱ新を相棒に選んで正解だったわ」
「だったら、このパフェ奢って」
「それは無理」
炭酸が弾けるみたいに、二人して声を上げて笑った。くだらない話も音楽の話も、なんだって颯真と一緒なら楽しかった。
それから練習メニューや次に歌う曲をいくつかリストアップして颯真と別れた。それが最初の打ち上げの話。
西日が窓から差し込んできて頬を朱く染める。新人らしい女性の店員が崩れないようにと慎重に俺の前にパフェを運んできた。
今ではもう、もっと値段のはる高いパフェを食べることもできるけど、俺はこの懐かしい味のするこのパフェが好きだった。
「やっぱ、これだけは外せないよね」