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    もくもく

    @8clouds_hrkw

    ss置き場。
    書いたものや書ききれなかったもの、それから進捗をまとめておいています。

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    もくもく

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    某ツイートに爆発して書いた。
    歳の離れた知らんモブなら、素直な気持ちを吐き出してくれんかな?と。二人が相棒に戻るまで見届けたい。
    月が綺麗に見えるのは颯真のことを考えてるからだよ。

    #颯新
    dashingNew

    オレの自慢の相棒(颯新) 颯真の病室の前。病室の中に入る前にノックするのが新の習慣となっていた。何回も来ているし颯真相手には今更だとは思うのだが。一応マナーとして。
     軽く手を握り、扉を叩こうとしたときだった。
    「——♪ ————♪」
     開けるときの反動で開いたのだろう、小さな隙間から、懐かしいメロディーが漏れ聞こえる。颯真と新が初めてライブで歌った曲だった。
     即座に手を引っ込めて、新は息を殺した。扉に背を向け、ばくばくと鳴る心臓を抑えようとシャツの裾を血管が浮き出るほど強く握った。背中を伝う汗の感覚が気持ち悪い。持っていた紙袋を落とさなかっただけ褒めて欲しい。
     颯真の歌声を聞いたのは何年振りだろう。
     遠くまでよく響くその声に何度勇気をもらったことか。力強いのびのびと自由な歌声は、新の心にずっと残っているものだ。宝物の箱が開いて、過去の思い出がシャボン玉のように次々と浮かんでは弾けていく。
     大好きな声なのに、どうしてこんなに辛いんだろう。
     鼻歌であったとしても颯真の声の温度は変わらず温かかった。けれど、か細く、ところどころ外れる高音が新を現実に引き戻す。三年は長い。その月日の重みと、事故の影響とを、感じずにはいられなかった。
     じわりと滲みかけた視界。溢れなかったのは、ここが病院の廊下で、周りには患者や見舞いにきた家族、それから巡回の看護師で忙しなく動いていたからだ。
    「ふふ、最近ご機嫌ね」
    「え?」
     きょとんと、颯真は看護師を見上げたが、その視線が交わることはない。ぼうっとしていると、そっと体温計を渡された。今は食後の健康チェックの時間。看護師は温かい視線を浮かべながら、颯真の腕に血圧計を巻いていった。
    「綺麗な声が廊下にも響いてたわよ。最近よく来るお友達さんのおかげかしら」
    「あー、まじっすか」
     落ちていく声のトーン。やっちまったと後悔するとともに、無理をするなとお灸を据えられないか、看護師の顔色を伺った。表情から咎めたいわけではなかったと知ると、ほっと胸を撫で下ろす。
     颯真は体温計を腋の下に入れながら、数分前の記憶を手繰り寄せようとしたが、砂を掴むように、自分の行動が思い出せない。代わり映えのない毎日を送っていると、あらゆる出来事が朧げになるのだ。
    「……あの、先生にはナイショにしておいてください。完全に無意識だったんで」
    「言わないわよ」
     体温計と血圧計が続け様に鳴る。看護師はディスプレイに表示された患者の健康状態を確認した。今日も正常の範囲内。心の中で、彼女はそっと安堵の息を吐いた。
     表情一つ変えず、淡々と返された言葉に、颯真はありがとうございます、と頭を下げた。
     颯真達よりいくつか年上で年齢が近く、話しやすい相手ではあったが、あまりこちらに干渉してこないという点においても付き合いやすかった。だが、そんな彼女の方から新の話題を振られるとは、思いもよらなかった。
     俺って顔に出やすいタイプなのかな。颯真は自分の緩くなった表情筋——えくぼの辺りを指で摘んだ。
     ナースステーションで「宮田颯真」という青年の話題を聞かない日はない。
     突然転院してきたと思ったら、彼はどんな治療や検査に対しても弱音一つ吐かない。病室に入れば、挨拶があちらから飛んでくるし、食べ慣れたであろう病院食に毎日美味しかったと感想まで述べる始末だ。
     ここまでの好青年。日々の激務で疲れている看護師達のハートを掴んだのは言うまでもない。そして、彼の病状が一進一退である事実に、皆が胸を痛めていた。
     こんなに良くできた子がどうして。昼休みの休憩室には、いつも誰かしらからため息が漏れた。
     颯真の様子にハッとして、患者に深入りするのはよくないと彼女は自分の行動を恥じた。パソコンの乗ったワゴンの横にしゃがみ、本日分の薬を用意するふりをして、自身の頬をそっと叩く。
     宮田さんには、同じ年頃のイケメンがよくお見舞いに来ている。親でも家族でもない。「親友」だと言う彼が出入りすることに、初めは皆首を傾げたものだ。
     けれど、彼が見舞いにくると、この真っ白な病室に明かりが灯ったみたいに、華やかになるのだ。後輩は、宮田さんの友達を目の保養にしていると言っていた。
     中高年、そして女性が多い職場。とにもかくにもよく目立つ二人だった。
     廊下に漏れる楽しげな笑い声。大きい声で話しているわけではないが、颯真の声はよく通った。
     友人のイケメンくんは、夕方にやってくることが多く、夕食の時間になる頃に帰っていく。
     食後颯真の血色が良くなったのは、バランスのいい食事のためではなく、気の合う友人との会話なのだと、彼女たちは経験則で分かっていた。
    「今日は来るの? 遠野新くん」
    「うーん。どうだろ? 最近忙しいみたいだから」
     今扉の前まで来てるけどね。完全に入るタイミングを失った新だったが、聞こえてくる会話に心の中で相槌を打つ程度には回復していた。
     こんなことなら連絡しておけばよかった。サプライズなんて二度と考えるものかと、心の中で舌打ちをする。
     颯真は自身の支えとして置いてあった、大きめの枕にもたれかかる。新からは近々見舞いに行くと連絡があったが、それがいつの事かは分からない。分からなくてもいい。
     例え見舞いに新が来なくとも、自分のやるべきことは決まっているから。
    「っていうか、名前! 知ってたんですか?」
    「彼、初めてきた時にね。ナースステーションで名乗っていったのよ」

    『遠野新です。宮田颯真のお見舞いで来ました』

     微笑を浮かべていたが、どこかぎこちない笑顔に違和感を覚えた。颯真の布団を直しながら、彼女は新の表情を思い出していた。きっと居心地が悪かったのだろう。
     家族ではない。でも家族の代わりに入院の手続きを手伝い、家族よりも先に見舞いに来た若い男性。患者のプライベートに踏み込まないとはいえ、皆その関係性について気にはなっていた。
    「それに、ライブハウスで歌っているんでしょう? 私の友達が音楽好きでね。この間SNSに上がっていた動画を見せてもらってびっくりしたわ」
     上手いなんてもんじゃない。画面越しでも会場の視線が一気に集まったのが分かった。
     この話はまだ院内で聞いたことがないし、彼女も言うつもりがなかった。いずれ分かることだと思うが、今はまだ自分だけが知っているという優越感に浸っておきたかった。
     ファンになってしまったのかもしれないが、ミーハーな態度は好きじゃないから、自分の気持ちにそっと蓋をしていた。
    「へぇ。さすが新! 有名になったもんだなあ。あ、次来た時、サインもらっておきましょうか? あるか分かんないけど」
     芸能人の真似っこで、サインを書くふりをする颯真に、ふっと笑み溢れる。
     扉の向こうで、新の眉間がぴくりと動く。サインなんてあるわけない。
    「いいわよ。そんなの職権乱用じゃない。……あら、コードが挟まってる」
     布団の隙間から垂れ下がっている青いイヤホンのコード。それは颯真の愛用の音楽プレイヤーに繋がっているものだ。
    「ちょっと窓側向いて寝転んでくれる?」
     横向きになってもらい身体の隙間から、コードを回収した。ほぼ毎日使っているそれは、ところどころ塗料が剝げていて大切にしていることがうかがえた。線をゆるくまとめて介護ベッドのテーブルの上にそっと置いた。
    「あいつ、歌上手いでしょう? オレの自慢なんです」
    「宮田さんも歌がお上手なのかと思ったわ。随分楽しそうな鼻歌だったから」
     背中を支えてせーので、起き上がる。また小さくお礼の声。本当に人がいい。
    「実はね、オレ、新の相棒だったんです」
     仕事を終え、出て行こうとした背中にふと独り言のような小さな声が届いた。他の患者なら適当に流しただろう。でも、窓の外を見つめる背中が心細く見えて、思わず足が止まった。
    「オレが誘って、事故の前までは毎日歌っててさ。漫画の主人公みたいにオレたち二人なら何でもできるって思ってたんですけど。……身体、動かなくなっちゃって」
     彼はこぼれ落ちそうな自分を繋ぎ止めるように自身の膝を撫でた。
     転院当初、だいぶ回復して身体を支えられるようになったんだと話していた彼は今、どんな顔をしていたのか。それは扉ごしの新には想像もつかないことだった。
    「あいつね、一人で頑張ってるんですよ。見舞いなんてしょっちゅう来なくていいって言っても、一人じゃ退屈でしょって。今までずっと一人だったんだから慣れてるっつうの」
     新は自身の拳を強く握った。また全部一人で抱えようとして。支えるつもりでいるのに、今でも颯真に支えてもらっているのだという事実に胸が苦しくなる。
     寂しくないなんてそんなの嘘だ。少なくとも新は離れていた三年の間、何度、颯真に会いたいと思ったことか。
     逃げるように留学をし、顔を合わせる決心がついたのは最近のことだった。実際に近くにいたら今のように軽口を言い合えたかは分からない。
     だけど——颯真のことを考えない日はなかったよ。
     身体が熱い。心臓を握られ、無理やり血液を送り出されているみたい。立っているのがままならなくて、上半身を丸め、つま先をじっと見つめた。
     扉越しだから、新には会話の端々しか伝わっていなかった。けれども、最後の言葉は的を射る矢のようにまっすぐに彼の元に飛んできた。
    「だからね、早くアイツと肩を並べられるようになりたいんですよ。もう一度、新の相棒だって胸張って言えるように、オレここに来たんです」
    「——ッ」
     新は壁によりかかり、その場にずるずるとへたり込んだ。廊下にはもう誰もいなくて、新の様子を気に留める者はいなかった。
    「だから今オレにできることがあれば、なんでもやりたい」
    「焦っては、上手く行くことも上手くいかなくなるわ」
     少しだけ年上の看護師は、彼が次の言葉を紡ぐ前にと、すぐにフォローの言葉を告げた。大人がいかにも言いそうな台詞だった。気休めすら上手く伝えることのできない現実に彼女は唇を噛む。
    「でも、子どもはこんなところに長くいるものじゃない。早く退院できるようわたしたちは、全力でサポートするわ。だから、一緒に頑張りましょう、宮田さん」
    「はい! よろしくお願いします」
     淡白だと思っていた彼女が、まさか励ましてくれるなんて。都会は冷たい人が多いというけれど、そんなことないのかもしれない。颯真はスッキリした顔で笑っていた。
    「それじゃあ、もう行くけど少し横になる? 同じ体勢じゃ辛いでしょう」
     颯真はその提案に素直に頷き、横になるのを手伝ってもらった。自分で寝転がろうとすると、うまく支えられず勢いがつきすぎてしまうのだ。寝起きすらまともにできない体がうらめしい。
     病室の扉を開けると、座り込んでいる新の姿が見えた。看護師は驚きのあまり、声を上げそうになったが、慌てて口元を抑えて耐えた。
     病室の前に座り込んでいた新の首筋や額には汗が滲んでいた。もうすぐ面会時間が終わる。きっと急いでやってきたのだろう。梅雨入り間近のこの季節。夕方になってもムシムシとした暑さがまとわりついていた。
    「今俺が外にいることナイショにしてください。サイン書くので」
     その台詞で全てを察した彼女は、一瞬だけ目を丸くして、困ったように眉を下げた。
    「いらないわよ。大丈夫、誰にも言わないから」
     苦し紛れの冗談に彼女は呆れたように笑った。そして洗い立ての白いタオルを彼の頭にかけ、そばに落ちていた紙袋をさらっていく。
     彼女は新が持っていた袋の中身が颯真の着替えであるのを知っていたから。まだ、二人とも若いのに……。仕事で忙しいからと、姿を見せない彼の両親に対して少しだけ苛立ちを覚えた。
    「使い終わったらその辺のカゴに入れておきなさい」
     返事を待たず、看護師は隣の病室へと入っていった。新は立ち上がると、来た道を戻り、階段を登っていった。
     屋上について遠くの空を眺める。夕暮れの空は人を感傷的な気分にさせるものだ。
     空が夕焼けからだんだんと薄紫色になっていく。昔はこのくらいの時間まで、颯真と二人、よく歌っていたものだ。今では真夜中のシブヤを彷徨い歩くことすらあるのに。
     また一緒に颯真と歌えたら。
     もうそんなことを夢見るなんてできないと思っていた。胸いっぱいに息を吸って、それから小さく懐かしいフレーズを刻む。
     颯真の隣から離れて、どうしようもなくなった時、新を支えたのはやはり歌だった。
     歌っている時だけは、嫌なことを忘れることができた。どんなにボロボロに負かされても、次の日にはどこを直すべきか歌って考えていたし、颯真に会いたくなった夜も彼と一緒に歌った曲を口ずさんだ。
     自分から離れたくせに、心はずっと颯真を求めていた。
     颯真が自分のできることを頑張るというのなら、新も負けてはいられない。この間の合同ライブで何か掴みかけた気がした。『RAD WEEKEND』で感じた空気を。
    「街を見る」ということはまだ分からない。けど、この街で暮らしていく中で見えてくることがあるかも知れない。焦っては瞳が曇る。新はそっと息を吐き、屋上の扉を閉めた。
     二人の夢を叶えることが、新が颯真にできるたった一つのことだから。
     新は、帰る前に颯真の顔を見ようと病室に立ち寄った。
     ところが、ノックをしても返事はない。おかしいと思って中に入ると、颯真はすやすやと穏やかな寝息を立てていた。
    「食べてすぐ寝るって、子どもじゃないんだから」
     新は側に置いてあった丸椅子に腰掛け、腹にかかっていた布団を首まで引き上げた。
    「俺の相棒は今でもお前だけだよ、颯真」
     病院生活ですっかり細く節くれだった手の甲に自分の手のひらを重ねる。おやすみの挨拶の代わりに、二度軽く叩いて病室を後にした。
     駐車場に出たところでスマートフォンが鳴った。連絡してきたのは杏で、週末に反省会と次のライブに向けての練習をしたいというものだった。手短に参加の旨を伝え、歩き出す。
     足元にくっついている影が長く伸びる。ふと見上げると大きな満月が彼を照らしていた。
    「今日は月がこんなに綺麗なのに、眠ってるなんて勿体ないね」
     先ほどの寝顔を思い出して、くすりと笑みが溢れた。足取りは軽い。折角だから公園で一曲練習してから帰ろうか。だって、夜になっても色とりどりのネオンが照らすこの街の夜は、まだまだこれからなのだから。
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