ユエが森のこちら側に迷い込んでからおよそ月の満ち欠けが一巡した、ということは一ヶ月ほどが経ったということだ。
「私が斃せる限り不死族は脅威にならない、捨ておけ」言い切ったローザリエは宣言通り、呪のものが去った鉱山の再開発に着手していた。新しい、より強力な呪のもの避けの結界が敷かれ、ハルニードは「いよいよ僕の出る幕が無い」と苦笑した。
呪のものがいないからと言って鉱山の開発には課題が山積みなのだとハンスが言っていた。具体的には既に火が付いた恒星片が延焼を続けている以上恒星片そのものを掘り出す事業には手をつけられない、との由。それ自体が産み出す熱量を利用することを検討しているとは言うが、恒星片はオーラレンが外貨を得るための貴重な資源なのだ。
「どうしたもんだろうねぇ」
長くなりつつある滞在のうち、数回は街に繰り出すことがあった。ハンスへの用事に付き合うこともあったし、ただ食事を摂るために娯楽街を訪れることもあった。今もこうして気に入りの店で遅い昼食をつつきながら、ハルニードは小さくため息をついた。
鉱山の再稼働は市民にとっては明るいニュースらしく、いくらか活気が増した定食屋では危機感のない調子の噂話や無責任な展望を耳にできる。
「やっぱり強くなってるよね、あいつ」
その他のおおよその時間、ユエはハルニードに連れ回される形で森を歩き回っていた。置き去りにしていた荷物を回収して武器と衣類を新調し、戯れに呪のものの匂いを辿っては退治をしたり、同じように森を彷徨う不死族の様子を伺ったりだ。
風下、高低差を見定めてそっとその挙動を見ていると、彼?は自然発生する呪のものを探し回り、捕獲しては「喰って」いるようであった。ユエがするのとは機序の異なるそれは、呪のものの質量を自らの重みに変える行為と見えた。
「不死族と呪のものは同質のものだと言うことでしょうね」
「共喰いじゃん?」
「俺たちが獣の肉を食うようなものでは?」
同席していたハンスが切り分けた羊肉のソテーを口にいれる。一足早く皿を空にしたユエは食器を置いて腕を組んだ。
「おかげで呪のものの数自体は減っているが……」
「どうせまた増えるよ」
義手を使ってぎこちなく食器を操りながら、ハルニードの表情はいささか投げやりで、かつ、妙な覚悟を含んでいた。
「無限に増える呪のものを無限に喰うとしたら、あいつは無限に重くなる。そういうことでしょ」
「理論上は、まあ」
「それっていつかはお従姉さまの手に負えなくなる可能性があるってことじゃない?」
ハンスは言い淀んだ。考えすぎですよ、と言うべき場面だろうかと悩む気配がした。無責任なことも言えないのだろう。
「と、なると。やっぱり早いうちがいいってことになる」
「ナディ……」
「僕がきっかけだっていうなら、やっぱり僕が始末をつけるべきだと思うんだよ」
ハルニードは左の義手を胸の上に置いて言った。まるで宣誓のようだった。止めあぐねるハンスに笑みかけた銀灰色の瞳がくるりとユエの方を向く。
「ユエ。巻き込んで申し訳ないけど、君にも付き合ってほしい」
静かな、もう決めてしまったことを告げる声だった。依頼でありながら懇願のようにも聞こえる。
「不死族を斃すよ」