これはユエの知るところではないが、ハルニードとハンスは不死族を倒す——封じる具体的な方法について議論していた。
「要は『同じ重さの心臓を食わせる』ことができれば良いってことでしょ」
「理屈としては」
「じゃあつまり、僕の心臓を食わせれば良いってことだ」
もっともこれは議論というには対称性に欠けている。ハンスはただでさえ不機嫌に見える眉間にぎゅっと力を込めた。
心臓は魔力の中枢であり全身に巡る、第四階層以上の者であれば体外へ放出する魔力の源泉であるが、当然ながら生物としての生命を動かすものでもある。
「ローザリエ様はそれをさせたくなくてああ仰ったのだと思いますよ」
「そうかもね、でもさ」
少しばかりぎこちなく義手の肘を曲げ、ハルニードはそっと自分の胸に手を当てた。彼の固有魔呪は魔力の物質化により精製した手脚に魔力による擬似神経を通し自在に操作するという二段階を踏むものと説明できる。義手や義足は「自前のものに比べると反応が悪い」とのことだが、ここしばらくでずいぶん習熟したように見えた。ハルニードの魔力に酔ってしまうというあの客人の男のために使う機会が増えたというだけではあるが。
「じゃあ僕は何のために生かされているのかってことになるじゃない」
「……」
ハンスが作った義手の下で、今もハルニードの心臓は動いている。オルエンデの総領として生まれ、早いうちに不適格とされたが故に生き残ってしまった幼なじみ。せめてオーラレンの種馬として、と求められた役目をこなすこともできなかった「役立たずのお猫様」。
「——心臓を抉り抜いて不死族の口に突っ込むまでの間、身体を動かしていたい。そういう術式を組んでほしいんだけど」
ハンス・スイテブはハルニードの親愛なる友人であり天才的な術式編者であり、技術を究める魔呪具技師であった。
「……」
できないかな、と小首を傾げて請われれば。議論でもなんでもなく、それは命令に等しい言葉であった。お前になら創れるはずだと無邪気に信じる言葉であった。
「ナディは何時も、興味深いな」
長く息を吐いて、ハンスは奇妙な形に唇を歪めた。魔力中枢を抉り抜いた死体になる寸前の身体を動かすというのは人形を生かすようなものだ。ハルニードの魔呪の中に可能性が見える。術式編者として、魔呪具技師として、表出し難い魅力が、そこにある。その瞬間、彼はさぞや美しい、ハンスの作品になるだろう。