「ユエさんだけってわけではないですよ。なんて言うんですかね。鳥の巣が帰る場所になっちゃった場合の処置、みたいな……」
元の名を名乗りにくいであるとか、鳥の巣に居ることを隠す必要があるだとか。支部や単なる構成員であればいざ知らず、鳥の巣の本部で働くような人間にはそういった訳ありの人材が多い。
「クークーさんも?」
「ええ、まあ、はい。」
ネムの目に覗き込まれると聞かれてもいないことまでべらべらも喋ってしまいそうだった。ネイジアは意志的に語尾を誤魔化して沈黙を守る。聞かれてもいない自分語りをしないのも礼儀であろう。
ネムは少しゆっくりと瞬きをして、それから薄い唇を開いた。少しだけ血の気が戻ったように見える。
「たとえば」
「?」
「たとえばわたしが鳥の巣で働くとしたら、わたしにも新しい名前がもらえるのかしら」
ネイジアは目を瞠り、とても武装組織で働けるようには見えないネムの生白い肌やか細い腕を見遣った。もちろん鳥の巣の運営はただ呪のものを排除していればよいというものではない(ということをネイジアはこの半年でじわじわと教え込まれている)。万年人材不足の鳥の巣である。仕事がないことはないだろうけれど。
「帰るところ、無いんですか?」
不躾であろうなと思いながら尋ねると、ネムは小さく首を傾げた。
「あると言えばあるしないと言えばない、といったところ」
「じゃあ、無理に名前をもらうこともないんじゃないですか。ユエさんだってそうですし」
この美しいひとに鳥の名が似合うだろうかと思うと、うまく想像ができなかった。それはネムを連れてきたユエにも言えることで、ホークが言うように「鳥の巣の人ではない」という意味合いがあるような気がした。
「他に帰るところがあったってここにいていいんですよ。ネムさんが安心して居られることがいちばん大事なんですから」
今寝心地の良い寝具に埋もれている彼女のお腹に新しい生命が宿っていることは変えがたい事実であり、そういうことであればネイジアが言うべきことはその一点ただ一つである。
「多分、ここは安全です。まあ一応対呪のものの最前線ではあるんですけど。ユエさんも、私も、絶対力になりますから。……ホークさんも、きっと悪いようにはしませんから。ネムさんは赤ちゃんと自分のことだけ考えているべきなんですよ」
半分はネイジア自身の思想であったがともかく、ネムはぱちぱちとまばたきをした。そうなのね、とこぼれた声は驚きを含んでいて、ネイジアを見つめ返した瞳にはほんのりと喜色が混じっていた。
「クークーさん」
「はい」
「……私、同じくらいの歳の女性のお友達って初めて」
ネイジアははっと息を呑んだ。お友達。友人。精霊か女神のように現実離れした美貌の人に笑みかけられて顔面に血が上る。
「お友達、ですか」
「駄目かしら」
残念そうに曇る眼差し、どうして駄目と言えようか。ネイジアは首と手を一緒に振った。ネムの表情がふわりと晴れた。
「私、あまりものをよく知らなくって。こちらの色んなこと、教えていただければありがたいわ」
「私にできる範囲でしたら、喜んで」
おっとりと耳に心地よい声に促されるように返事をしながら、ネイジアはネムの手から空になったカップを回収し、そして改めて寝台に寝かせなおした。
「まずはしっかり休むことですよ」
「はあい」
そしてすみれ色の瞳は今度こそ大人しく長い睫毛に閉ざされる。彼女にどんな事情があるのであれ、ネイジアとの関係が何であれ、ネイジアの感覚において、ネムが守られるべき存在であることは確かのように思えた。であれば、別段、迷うことはない。