頭隠して尻隠さず──俺は今、かの神戸家御当主のナマ尻を目の前に、セルフオアズケを食らっている。
「…おい、何をしている、早くしろ」
詳細は省くが、紆余曲折あってこいつは両親の死の真相に辿り着き、途中なんやかんやと喧嘩したりもしたものの。
今のところ、神戸と俺は定期的なプレイメイト、という立ち位置に落ち着いていた。
ま、俺はもう少し先に進みたいところなんだが、お堅いお坊ちゃんを急かすつもりはねえ。崩れやすい肉じゃがと同じ、じっくりコトコト、って火加減で気づいたらすっかり味が染み込んでるってのが肝心だ。
っと、話が逸れたな。
ついさっき、ロンドンからすっ飛んできた神戸はまた犯人と橋ごと俺をぶっ飛ばし、川に落ちずぶ濡れで戻るのを待ってくれていたと思ったら俺はあれよあれよと言う間にヘリの中に突っ込まれ、ブロンクスから最も近い五つ星ホテルのスイートに問答無用で運び込まれた。
心なしかホテルマンの視線が痛かったのは、多分気のせいじゃない。
で、風呂から上がったら当然のように服は回収されていて、代わりに下着から何から着替え一式が揃っていた。妙に履き心地のいいお高そうな下着を身に付け、シャツだけでも俺のスーツより高いんじゃないか、ってレベルの上等なそれに袖を通してだだっ広い部屋に戻ると案の定、神戸が葉巻をふかしながら待っていた。
「遅かったな」
「いやお前……他にもちっと言うことあるだろ、橋に落としたこととか」
「応援を要請したのはお前の方だ」
とまぁ相変わらずつれないことこの上ないSubにやれやれとため息ひとつ向かいのソファに腰を下ろした瞬間落とされた今日イチの爆弾が、悠然と煙をふかしながらのこんな一言だった訳だ。
「加藤」
「…なんだよ」
「お前はDomだな」
「お、おう…何だよ改まって」
「プレイを一つ、要求する。俺の尻を叩け」
「へーへー、尻ねぇ………………って、はあ?!尻を叩け?!」
「声が大きいぞ」
「いや聞こえねえだろスイートなんだし」
と、言うわけで俺は訳も分からないうちに神戸をベッドの上で四つん這いにさせ、んで世話好きなDomである俺のために何もせずただ待っていた神戸のベルトを外しスラックスを下ろしぺろんと冷暖房装置付きのシャツを捲ったとこで固まった、ってな塩梅だ。で、冒頭に戻る。
「いや……おま……何だよこの紐パンツ……」
「ジョックストラップだ」
「じょ………何だって?」
「ジョックストラップ」
二回言えってことじゃねえ。神戸に聞くのは諦めて、俺はしゃがみこんで前側がどうなっているのか確かめる。
前はまあ、ちょっと際どいブリーフのような形だ。俺に比べたら慎ましやかな神戸の神戸本体と柔らかい陰嚢が、三角形の袋の中にお行儀良く収まっていた。
そこから太めのゴムが両サイドにかかり、これまでは普通だ、で腰の真横から唐突に上下にゴムが分かれ、尻の丸みと割れ目をまるで強調するかのように上と下をゴムが挟み込んでいる。例えるならAVでよく見るオープンクロッチパンツ尻版というか。
「何だこれ……えっっろ……え、なにお前普段からこんなえっちなパンツ履いてんの?」
道理で船の中で当たったケツ柔けえなと思った訳だよ。あれはうっすいスラックスの生地一枚挟んで神戸のナマ尻に顔埋めてたんだな。
神戸がちょっとむっとした顔で見上げてくる。可愛い。こんな顔してんのにさあどうぞ叩いてくれって感じのパンツ履いてんだよなコイツ。ていうかお尻叩いて下さいって言ったよなうん。
俺は感慨深くその事実を噛み締めながら、すべすべの神戸の尻をそっと撫でた。
途端にピクッと震えた神戸の肌にふつふつと鳥肌が立つ。
「やっ……やめろ!」
「なんで?大助」
神戸が息を飲んだのが分かった。
さあ、プレイを始めようじゃないか。
お前の望むお尻ぺんぺんプレイをな、なあ神戸。
「『伏せ。尻だけ高く上げて』」
と、今日のコマンドはここからはじめることにする。
ゾク、と俺自身の本能を解放できた悦びが広がると共に、神戸もまたSubのスイッチが入ったのが分かった。
ああ、可愛い。
こいつのつんと澄ました普段の顔はむかつくが、それはそうと俺の前でだけ見せる被虐心いっぱいの顔が堪らない。
信頼を貰えているかは微妙なラインだが、少なくともこいつのSub性を満たしてやっているのは今のところ俺だけ、という事実に甘く心が満たされる。
おおかたプライドと相談していたのだろう、ややあって神戸が大人しくベッドに上体を伏せ、膝をつかってじりじりと尻を高く上げた。
上出来だ。俺も室内履きを脱いでベッドに乗り上げる。コマンドに従えた神戸の頭から肩にかけてを撫でて軽く褒美をやる。
さて、それはそうとナマ尻だ。
下着は履いているが叩くに何ら支障がない。本来はもう少し軽いコマンドをかけていってから尻叩き、もといスパンキングに入りたいところなのだが、やれと言ったことをやらないまま焦らされるのを神戸はひどく嫌う。なにせアドリウムの事件があろうが無かろうがこいつは超のつく大金持ちのお坊ちゃん育ちだ、生まれてこの方、手に入れたいものが即座に用意される環境に慣れすぎている。
よって、俺は俺自身の好みは脇に置いておいて(捨てる訳じゃない)、神戸に言われるままに命令を実行する、っていう訳だ。
ぱつ、と、尻を張る。初めはごく軽く。次第にスナップを効かせるように。
神戸の鍛えられた大臀筋は程良い弾力があり、だが無駄な肉が無いためにあまり揺れない。引き締まった感触がたまらなく、良かった。
見下ろせば、情けなくもベッドに突っ伏して、尻だけを高く上げている。あの、神戸大助が。
表情は見えないのに大人しく俺の掌を待つ姿は脳髄が掻き回されるような異様な興奮をもたらした。何もしていないのにズボンの中でガチガチに勃起した自身を宥める余裕すらなく、干上がった喉を生唾で潤す。視界が、ちらつく。すると何もしないのに焦れたのか、それとも不安になったのか、神戸が微かに身を起こした。ちらり、と振り返って視線を寄越す。
駄目だった。
乾いた高い音を響かせ、傷ひとつない白い尻に赤い華が咲く。
「……───ッう……!!」
いきなりの強い痛みに、神戸が両手を握り込んで悶える。ああ、可愛い。堪らねえ。神戸が詰めた息を吸い込んだタイミングを見計らってもう一度強く尻を打つ。もう一度。もう一度。さらに、もう一度。
「ァ……ッ!!いっ、ひ……ッ、ぁぐ………っ……!」
立て続けの平手に淡雪のような肌は桃色に色づき、おこりのようにふるふると震える様子があまりにも淫靡だった。する、と掌で撫でると大袈裟なまでにビクッと反応をする神戸に気を良くして、熱を帯びたそこを褒めるように撫で撫でと撫で回す。力が入り隆起していた筋肉がすうっと平らに戻るのがあまりにも愛おしかった。溢れる気持ちのままに口付ける。
「……っかとう……」
「なんだ?」
「………ッ……」
俺は頑張った。褒めてくれ。雄弁なまでにそう言っている瞳に甘く笑うだけでCareはしてやらない。そうすると不安げに瞳を揺らしぐっと唇を噛み、唐突に始まった俺の責め苦が終わるまでひたすら耐えて待つ神戸のSub性のいじましさったら無い。健気すぎて涙が出そうだ。腕を振りかぶったのが見えたのか、ちいさく縮こまってその衝撃に備える神戸が愛おしすぎて胸が苦しい。風切り音がする程強くばちん、と鈍い音を立てて尻を思い切り張ると、神戸の白い体がベッドに崩れ落ちた。
「……っはっ………ぅ………、」
覗き込むと綺麗な濃灰色の瞳を目一杯に潤ませて、余韻に細かく震える神戸と目が合った。被虐の甘いオーラと苦痛がない交ぜになった涙を指先で拭ってやれば、一度出来た涙の道を通りぱたぱた、とシーツに涙が零れる。それでいて尚俺のプレイを止めようとしない神戸は、俺に幼子みたいに尻を叩かれるのを待ってる、ってことだ。そんな期待されちゃ、応えない訳にはいかないのが男の、そしてDomのサガだ。
「何へばってんだ大助。ほーら腰上げろ、まだたった6回だぞ」
そう声をかけてやれば、のろのろと手をついて上体を起こす。こっちを振り返って睨むクセに尻叩きを強請ったのもセーフワードを口にしないのも神戸の方だ。俺はただ忠実に、年下上司たる神戸家御当主サマのご要望を満たしてるだけ、だしな。
浮いた腹の下に腕を差し入れて、ぐいっと引き寄せる。胡座をかいた上に乗っけてやれば途端に大人しくなって膝に凭れて甘えてくるのが絶妙にDom心を擽った。頭を撫でてやりたい気持ちをぐっと堪え、万が一にも肌を傷つけないようにシャツを腕まくりしてから神戸の尻と向き合う。
掌の形に赤く色づく肌が淫猥で、ごくり、と喉が鳴った。なにせ神戸家の御曹司だ、子供の時分にすら尻を叩かれたことなど無いだろう。それがどうだ、うっかりSub性を発現したばっかりに庶民も庶民の俺なんかに尻を叩かれる羽目になっているのだ。いやでも待てよ、Sub性の発現は早くて10歳頃だ。それからの人生で一度もスパンキングを受けてないのはちょっと考えにくい。
「いッ、!……ひ、っ、……ぁぐ……!」
なんてことを考えていたらついつい手に力が入っちまった。神戸がキツそうな呻き声を上げていたので一度手を止める。この体勢だと膝にしがみつかれるのが良いな。
少し休憩させ、じわりと薄紅に染まる尻に更に掌を叩き付けていくと、呻き声が段々と悲哀の色を帯びてくる。
「い……ッ、…っあ……、……ッう……!」
しかしこいつの啼き声は実にいい。普段硬質で抑揚のない声が上ずり、情けを乞うような響きに変わる。
今までどんなに求められてもハードなプレイをして来なかった俺だが、こうも嗜虐心を煽る声で啼かれてはうっかり新たな扉を開けてしまいそうになる。
「なぁ、大助。お前今まで何人にスパンキングされてきたんだ?」
「…ッ、ぐ、……ッひ、……ぁ…、…何を…、」
「答えられねえの?大助」
少し力を乗せて問うだけでびくっと怯えのオーラを纏うのがヤバい。率直に言ってそそる。
「ぃ…、いない……」
「何だって?」
「いない、ッぁ!…っひ……一人も、いない」
「へえ?」
片側の尻が真っ赤に腫れてきた。熱っぽくなった表面を撫でると痛みの余韻があるのか、きゅっと尻が緊張するのが大変に可愛い。
そろそろと身を起こした神戸が伺うように見上げてくるのが、警戒心でいっぱいの黒猫のようだ。
一人もいないと言ってはいるが、さて本当だろうか。
「そんな訳ないだろ。な。…怒らないから本当のことを言ってごらん、大助」
「ほ、ほんとう……ッぅあッ!」
「こうやって尻を叩かれるのは俺で何人目だ?」
ぴしゃりと鋭く尻を叩いた痕をごくそうっと撫で回せば、言わずとももう一度叩くぞという脅しを感じ取っているのだろう、神戸が唇を噛んで逡巡しているのが分かる。
この小さく賢い頭はきっと、俺で初めてだと言っても嘘をついて初めてじゃないと言っても仕置きされることまでお見通しだ。
その上でどちらの仕置きの方がよりマシか、計算してる。
この年下な警部はそういう奴だ。
「大助。『教えて』」
なので当然取るべき手はSayのコマンドだ。
さて、こいつとの初回のプレイはお互い本能でグズグズになっていたが、以降のプレイは例えるならさながらチェス。
俺が追い詰めるのが先か、神戸が逃げ切るのが先か。薄いSub性の奥から被虐心さえ引きずり出せれば俺の勝ちだが、今のところ勝率は五分五分ってところか。
「……、本当に、お前が初めて、だ」
ぽつり、と神戸が四つん這いのままに溢したのは案外とあっさりした言葉だった。
なるほど、敢えての反抗はしないがしつこく身体に聴き込みをしてほしい、と。
「へえ、そう。なのに俺にお尻ぺんぺんしてください、なんて頼んだのか?」
神戸が振り返ってこちらを睨みつける。わざとらしく子供に向けたような言葉遣いがプライドを煽ったらしい。
そんなことは分かりきっている俺はそっと笑って神戸の尻を指さす。
くぅ、と喉の奥で唸りながら唇を噛むのがあまりにも愛らしく、指を折り曲げて頬をなぞるとさらに頬を膨らます。たまんねえなおい。
「大助。『舐めて』」
男のクセに柔らかでつるりとした白肌を撫でてから口元へ指を差し出すと、猫よろしくぺろ、と赤い舌先が指の腹を舐めた。
何だそれ、反則過ぎるだろ。
俺の春がズボンの中で暴れ回りかけるのを内心必死で宥め、もう少し、と唇に押し付けた。
ふに、と唇が沈み、ちょっと顔を引いてからもう一度同じようにしてぺろ、と舌が這う。
ンッ……
違うものを想像してしまい赤い顔でのけぞる俺が気になったのか、神戸が上目遣いに俺の様子を伺ってきた。
ああ、ダメだろそれは。思わず、指先で唇を割って口に無理やり押し込んでしまう。
「…っン、ぅ、…」
苦しそうに呻く神戸の低い声がダイレクトに股間に響く。
と、流石に腹の下でガチガチになったソレに気づいたのか、神戸が居心地悪そうに腹を持ち上げてきたので、背を軽く押して再度膝に凭れ掛からせた。もぞもぞと身じろぐ動きが微かな快感に繋がる。
「『口閉じたらダメだぞ、大助。噛んでもダメ』」
そういや、神戸とプレイするときは初めてが初めてだったせいか、コマンドワードを使うのをすっかり忘れている。
するっと口から出てくるときもあるが、やっぱり日本人たる者、日本語で命令しないとな。
俺が指をもう少しだけ押し込むと、よく訓練された賢い警察犬みたくさらに口を開く神戸が愛おしい。
そのまま、と言いつけながらもう片手で尻を撫でる。まさか、と視線だけで問う神戸によく気付きましたとほほ笑んでやる。
「…ッ、!…あ、…はぁッ、…あン……っ!」
ぴしゃり、と乾いた高い音が鳴るたび、閉じられない口から濁ったような悲鳴が何も遮るものなく響く。
先程とは比べ物にならないほどの声量に満足を覚える。
あぁ、可愛いな。可愛いなぁ大助。
この、鳩尾から胸にかけて黒い靄のようなものが消えて甘く満たされていく独特の感覚は、神戸としょっちゅうプレイをするようになってから得たものだ。
普通は苛々もしねぇし訳もなく頭痛がするなんてことも無いんだよな。高校ぐらいから長く苛まれすぎて、ダイナミクスによる不調だってことすら気付いてなかった。
神戸が上げる声が少しずつ、甘くなってくる。
それにつれ指が唾液に濡れ、飲み込み切れなかった分が顎を伝いシーツに落ちる。
口を閉じるな、という命令を聞くために、喉の奥だけが嚥下反応できゅう、とせり上がるのがたまらなくいやらしかった。
それでもまだ良し、を言い渡されていない神戸は口を閉じることが出来ない。
加減したとはいえ、成人男性の力だ。
こうも何度も何度も尻を叩かれては、真っ赤に腫れ上がる。
白い尻が痛々しく赤く染まるにつれ、神戸の息が少しずつ上がり、呻き声も弱弱しくなってくる。
「はっ……はぁっ…、…ぁッ!……っはっ………」
俺は額を伝う汗を二の腕で拭い、神戸を見下ろした。
口の中からそっと指を抜き取り、濡れた顎先を拭ってやるついで、顔を覗き込む。
スレートグレー、と言うらしい。
少し青みがかった深いグレーの瞳は、めいっぱいに涙の膜を張り、行き場を無くしたように虚空を眺めるばかりだ。
生気を無くした様にやりすぎたか、とぎょっとした俺を見上げた神戸と視線が合う。
幼子のようなあどけない相貌がそこにあった。息をのみ、俺はしばし言葉を失う。
「………かとう、」
何度か溢れた唾液を飲んだ神戸が、濡れたままの唇で俺の名を紡いだ。
少しだけ眉根を寄せ、迷子のように頼りなく俺を見る。
本当はすぐにでもアフターケアをしなければいけないことは分かっていた。
なのに俺は、あまりにもそのSubの見せる剥き出しのいとけない姿に魅入られて、それどころかもっと見たいと喚くDomの醜い本能に屈しようとすら、していた。
「かとう、……も、…いい……、おれが、わるかった…から…、……───ほうびを、くれ……」
ぞく、と全身が震える。
手をついて四つん這いのまま見上げる神戸の上半身は、いつもと同じ隙のないお高いシャツにネクタイ、タイピンにベスト姿だ。
まごうことなき神戸警部の、神戸家当主の姿のまま、顔をぐしゃぐしゃに歪め、俺にケアを乞うている。
その紅潮した頬を、音もなく涙が伝っていったのを見た瞬間、俺は弾かれたように神戸を抱き上げ、胸の中に抱きしめた。
「ッ大助、頑張ったな、よく頑張った、」
ようやく、とうとう、頭を撫でてやる。たくさんたくさん、神戸の上げた前髪の流れに沿って後頭部まで撫で下ろしていると、強張ったようにして胸の中で固まっていた神戸が、しゃくりあげるように胸をひくつかせるのが分かった。
「は……、…は…、」
「………神戸?」
過呼吸のようなそれに慌てて肩を掴んで覗き込むと、とろん、とした双眸で中空を見つめたあと、神戸の焦点がゆっくりと俺に合っていくのが分かる。
全身の毛が逆立つ。
この視線には見覚えがあった。
にわかには信じられないことだが、多分間違いない。
神戸は今、SubSpaceに入っていた。あの神戸大助が。あの素っ気ないの極みの高嶺のSubが。
頬を撫でようと差し伸べた手は、神戸自らくいと引き寄せて頬に触れさせられる。すりすりと、猫みたいに擦り寄る神戸は普段の凛とした雰囲気が嘘みたいに甘やかで、恍惚と双眸を柔らかく伏せては俺の手に懐き、口元を緩め幸せそうに腕の中で脱力していた。
何が起こったのか、把握するのにかなりの時間を要した。
それぐらい希少なものをもらっているのだと、やっと俺は認識すると、改めてぎゅっと神戸の体を抱きすくめる。
「…な、良い子だ、大助。今日の痛いのはもうこれでお終い。今からは、もっと気持ちいいコトだけ、しような」
◆
「…でだ、神戸。お前さ。なんでまたあんなこと言ったんだ?」
「あんなこと、とは何だ」
「あー…その、…尻叩け、とか」
「あぁ、そのことか」
終わってから交互にシャワーを浴びてさっぱりした後、バスローブ姿でベッドに入っている神戸の横に潜り込む。
といってもキングサイズだから、くっつく訳でもなくちょっと離れて寝るだけだが。
何度目かのプレイの後からかは忘れたが、神戸は一緒のベッドで寝ることだけは許してくれるようになった。
本当は終わった後のアフターケアの時間こそ腕の中に大事に囲って寝たいんだが、ま、賢者タイムってのもあるんだろうな。
本気で嫌がられてからは、とりあえず腕を伸ばせばぎりぎり囲える範囲内に入れるところまでは譲歩してもらって今に至る。
今日はこいつを初めてSubSpaceに入れさせられた、ってこともあり、俺はかなり満足していた。
俺のDom性はSubに奉仕をし、Subが満足することで満たされる。
俺の心に決めたSubである神戸が心から俺に気を許し、身を委ねた証としてのSubSpaceは、俺のDomとしての本能を大いに満たしてくれていた。
ごそ、と神戸が仰向けから寝返りをうってこちらを向く。
少し絞った照明の光を受け、夜闇色の透き通る瞳がきらきらと輝いていた。俺は何度でも、吸い込まれそうになって慌てて瞬きを増やす。
気まずくない心地良い沈黙が流れていた。ラブホテルのような有線も、安いビジホのような他人の生活音もしない。上等な無音というものに、こいつといることで少しずつ慣れてきている。
「……おまえが、」
黒目がちな瞳がつい、と逸らされるときは、少し照れているとき。
それを分かる程度には共に夜を越えてきた。そう思う。
「……好むプレイはどのようなものか、皆目見当がつかず、友人に聞いた」
「…………ほお?」
その話はまた追ってカラダと頭に聞かなきゃなんねえな。と思いつつ、先を促すようにして神戸を見やる。
伏せた長い睫毛が白い頬に影を落としていた。この睫毛が濡れる瞬間がデジャヴのように網膜に蘇り、その記憶を俺は大事に大事に掌の中で握り潰す。
俺以外の、誰にもやれねえように。
ていうかな、神戸。
相手の好きなプレイをしてやりたい、と思う気持ちはな、普通、Sub性からくるモンじゃねぇと思うぞ。お前、鈴江さん相手にそんなこと考えたことないだろ。
それが好意から来ているのか、こいつの妙な生真面目さから来ているのかは正直分からない。
この規格外の大富豪の考えることなんざ、しょせん庶民の俺の想像など遠く及ばない。
それでも、このSub性の薄い相手が、Dom性の強い俺に合わせて週2のペースでプレイをさせてくれてることそのものが、答えなんじゃないか。
Dom、Subなんていうのは、その主軸に信頼関係を置けど、支配・被支配の域を出ない。
尽くす系のSubであればDomの好むプレイを求めることはあるかもしれない。だがそれはあくまでもSubの奉仕の範疇で、相手の好きなプレイをしてやりたい、ではなく「相手に好き勝手にいたぶられたい」という欲求がベースだ。
神戸のSub性が薄いということを抜きにしても、「相手の好きなプレイをしてあげたい」という純粋なそれは、Subとしての欲求を超えたところにある相手への気持ちであり、信頼だ。
平たく言えば、恋、とか愛、と呼ばれる類の。
「………それだけだ」
ふい、と背を向ける神戸の耳が赤い。
ぽんぽん、と背後から手を伸ばしその頭を撫でてやると、更に小さく背を丸めるのが愛おしかった。
「神戸。…好きだよ。今日もありがとな」
返事は期待せずそう告げる、この最高にお高くて愛らしいSubがいっときだけでも手の中にある瞬間が、俺は好きだ。
少し経てば、こいつは時差ボケと疲れですうすうと寝息を立てることだろう。
その眠りを守る騎士ってガラじゃないが、いばらのツタぐらいにはなれる喜びをじんわりと噛みしめながら、俺は布団を引き上げ神戸の肩までかけてやった。
夜が更ける。
着替えた神戸の下着は、ただのボクサーパンツへと替わっていた。