普段の君も着飾った君も 荘園でパーティが開かれる、という知らせを受けて、女性陣は張り切っていた。
パーティ用のドレスは荘園側が用意してくれる、とのことで皆ドレス選びをしにドレスルームへと向かう。
「……ルカは、行くのか? パーティ」
「んー? あー……なんかそんなのあるらしいな。どうしようかな。会場で使われているであろう設備に興味はあるけど」
そんなところまで見学させてもらえるかな、と言いながらルカは軽く笑う。
アンドルーは正直、行くつもりはなかった。
普段見ない食事に興味はあるけども、煌びやかなドレスや雰囲気はどうにも苦手だ。
そもそもドレスなんてものが自分に似合うとも思えないし、パーティなのだからもしかすると社交ダンスをすることもあるのだろう。
そんなものを習ったこともない自分が行くのは場違いだ、と思っていた。
「……行くなら、ドレスをさっさと選んでおいた方がいいと思うぞ。今日からドレスが用意されてて、皆ドレスルームに向かって選んでるみたいだから」
「そうなのか? あぁ、だから女性陣の姿が食堂で見当たらないのか。んー……じゃあ、選ぶだけ選んでおこうか。アンドレアは? 君は行かないのかい、パーティ」
「……社交ダンスなんて踊れない。ドレスだって、似合わないだろうし……」
ルカはふむ……と考え込んではやがて何か思いついたのかアンドルーの手を握った。
「えっ、ル、ルカ?」
「社交ダンスなら私が教えるさ! さ、ドレスを選びに行こうじゃないか、君にピッタリな最高のドレスを!」
「はっ」
アンドルーは恋人の手を振り払えないままドレスルームへと連れられ、中に入ると楽しそうにはしゃぎながらドレスを選んでいるサバイバーの仲間達の姿が見える。
「あれ? ルカさんにアンドルーさん! 二人もパーティのドレスを選びに来たの?」
「ぁ、う、ぼ、僕は……」
エマに問いかけられたアンドルーが戸惑うと、ルカは「ああ、まだ良いドレスはあるかい?」とアンドルーと手を繋いだまま話を続ける。
「ル、ルカ……」
「うん、ドレスならまだまだ沢山あるなの! アクセサリーとかもいーっぱいあるから、ゆっくり見てみたら?」
「そんなにあるのか? それは良かった!」
アンドルーはキラキラと輝くアクセサリーやドレスを目にして、こんなのが自分に似合うはずがないと改めて思った。
「なぁ、アンドレア。良かったら、私のドレスは君が選んでくれないかい?」
「え……」
「お互いのドレスを選び合って、それを着て一緒にパーティに行くって考えたら、なんだか楽しみにならないかい?」
アンドルーはルカにピッタリのドレスを、ドレスなんか着たこともないような自分が選べられるだろうか、と不安に思うと、ルカがアンドルーの頬を撫でる。
「普段の可愛い君も好きだけれど、私が選んだドレスで着飾った君も見てみたいな。……君はどうだい?」
「……僕、ルカに似合うドレス……選べられるか、分からない……けど……それでも、いい……のか……?」
「ああ、もちろん! むしろ、君が選んでくれたドレスならどんなものでも私は着たいさ!」
笑顔でそう言ってくれるルカを見ていると、アンドルーも少しずつ前向きな気持ちになってきたのか、やがて小さく頷いてくれた。
「……ん、分かった。自信は無いけど……選んで、みる」
「ヒヒッ、じゃあ早速見てみるか!」
エマは楽しそうにドレスを選ぶ二人を眺めながら、ここに来た頃とは二人とも随分と変わったと思い、どこか嬉しそうに目を細める。
「エマ、ドレス選び終わった?」
「あ、エミリー! あとはアクセサリーを選んだらいいんだけど……良かったら、一緒に選んでくれないかな?」
「ええ、分かったわ。トレイシー達もアクセサリーを今見ている所みたいだし、彼女達と一緒に見てみましょう」
エマはエミリーと肩を並べながら、楽しげな足取りでアクセサリーを見に行く。
ルカは数あるドレスを幾つか手に取ってはアンドルーがそのドレスを着ているのを想像し、ドレスを戻しては違うドレスをまた手に取る。
アンドルーはじっくりとドレスを眺め、ふとふんわりとした落ち着いたゼニスブルーのドレスに目をとめた。
袖の部分が透けていて、ルカの細く綺麗な腕が更に綺麗に見えそうだな、と思いながらドレスを手に取り、スカートが上品にふわりと広がっていて目を奪われる。
(すごく綺麗だ……胸元のレース、可愛いな……でも、ルカはあんまり露出したくないかな、肩が出てるデザインだし……あ……あそこにある布……ショール、だっけ……あれ肩に掛けたら露出も減るしドレスにも似合いそうだな……)
選んでいるうちに楽しくなってきたのか、アンドルーは順調にアクセサリーの方へと向かっていく。
ルカはそんなアンドルーの背中を愛おしそうに眺め、可愛い恋人にピッタリのドレスを選ばなければ、とドレス選びに専念した。
(……ん? このドレス……)
シフォンプリーツにレースがあしらわれたスカートに、肘の辺りまで袖があるバイオレットカラーのドレスを手に取り、アンドルーに似合いそうだと感じる。
(首周りは……パールネックレス辺りがいいかもしれないな。髪飾りはどんなものが良いだろうか……イヤリングも悩みどころだな……)
アクセサリーのどれかに、アンドルーの好きなイチハツの花を使いたいと思った。
イヤリングにするか、あるいはブレスレットにしようか。
普段ルカはあまり服装に拘らないけれど、たまにはこうやって誰かのためにドレスを選んだりするのも楽しいものだなと感じて、クスッ……と小さく笑った。
◇ ・ ◆ ・ ◇
あれから一時間程かけて互いのドレスやアクセサリーを選んだ後、どんなものを選んだかは当日まで内緒にして、社交ダンスの練習をしていた。
「……っ……ふふっ……ん……っ」
「わっ、笑うなぁっ!」
「だ……だって……君……ヒヒッ……」
当日は当然、ドレスに合わせたヒールのあるパンプスを履く。
という訳で、実際にパンプスをアンドルーに履いて貰ったのだが……足がぷるぷると震えて歩くことすらままならなかったのだ。
「う……産まれたてのっ……小鹿……」
「うるさいうるさいっ、こういうの履き慣れてないんだよ馬鹿ぁっ!」
アンドルーは涙目で震えながらルカにしがみつき、キッ……とルカを睨む。
睨んでいるくせにしがみついてくるのだから可愛くて、ルカは「まずはパンプスで歩くことから始めようか」と言いながらアンドルーを支えた。
「うぅ……よくこんな靴でナイエルもダイアーもチェイス出来るな……」
「履き慣れてる者は、ある程度パンプスでも走ることも出来るからな。とはいえ、荘園で渡されるパンプスの耐久が高いおかげでもあるが……普通の靴屋で売ってるようなものでチェイスしようものなら、ヒールが折れてるぞ。まぁ、ここの荘園の女性陣はなんなら裸足でもチェイスするがな。ジルマン嬢とか」
「……あぁ……衣装によっては裸足だな……足の裏痛くないのかな……」
ルカにしがみつきながらしばらくダンスルームを歩き回り、アンドルーは足に痛みが走って顔を歪める。
「ん? アンドレア……もしかして、靴擦れしたのか?」
「ぅ……た、多分……」
「そっか、じゃあ今日のところはこの辺にしとこう。荘園内や試合中の怪我は軽いものなら明日になったら治ってるしな」
「……うん」
アンドルーはどこかしょんぼりとしているように見えて、ルカはからかい過ぎてしまっただろうか、と思いながらアンドルーをソファに座らせてパンプスを脱がせた。
「あー、けっこう擦れてるな……絆創膏、医務室に行って貰って来ようか?」
「あ……絆創膏なら僕が持ってる……」
アンドルーはコートのポケットから小さいポーチを取り出し、そこから絆創膏を一枚抜いた。
「おおっ、いつも持ち歩いているのかい?」
「まぁ……試合でスコップ使ってると、たまに手にできたマメを潰したりするから……あとは、ダイアーが絆創膏とか簡単に手当てできる物を持ち歩いてる方がいいって、よく言うし……」
「それで持ち歩いているのか、偉いなアンドレア。私はそういうのまともに持ち歩かないぞ。工具なら持ち歩くけどな」
アンドルーから受け取った絆創膏をぺたりと靴擦れした部分に貼り付けてから、アンドルーの隣に座ると、彼女はやはり俯いて何か悩んでいそうだった。
「アンドレア、どうかしたかい? あんまりにも痛いなら、ダイアー先生に診てもらった方が……」
「あ、いや、その……そこまで痛い、わけじゃ……ただ……」
「ただ?」
「……僕、ちゃんと当日までに踊れるようになるのかな、って……こういう靴すらまともに履けないのに……」
ルカが「大丈夫さ」と言いながらぽんぽんとアンドルーの頭を撫でると、アンドルーはゆっくり顔を上げる。
「パーティまでまだ時間はある。その間に、手が空いてる時間はなるべくダンスレッスンに付き合うさ」
「ルカ……」
「忘れないように、メモしておかないとな。んー、明日は……あぁ、午後二時以降なら試合もないから大丈夫だ」
手帳に書かれたメモを見ては、ルカは笑顔を向けてくれる。
アンドルーはここまでルカが付き合ってくれるのだから、絶対にきちんと踊れるようになりたいと思った。
本当は発明の為に時間を費やしたいだろうに、それでも自分の為にルカが時間を使ってくれる……それが、どことなく嬉しく思った。
(……頑張らないと)
せっかくルカとパーティに行くのだ、足を引っ張るような真似はしたくない。
明日からのダンスレッスンも、出来ることを精一杯やろうと意気込み、アンドルーは明日のレッスンに付き合ってもらう約束を交わした。
◇ ・ ◆ ・ ◇
あれからたっぷり二週間、ルカとダンスレッスンをしたアンドルーは、かなり上達した。
パンプスを履いていても初めの頃のようにぷるぷると足も震えなくなり、ステップも上手に踏めるようになって、思ったより彼女は器用だなとルカも思う程だ。
そうしてパーティ当日の日……二人はお互いが選んだドレスとアクセサリーを身につけて、髪のセットやメイクは他の女性陣に手伝ってもらっていた。
ルカはマルガレータやウィラ、フィオナに手伝ってもらい、アンドルーは別の部屋でエマやエミリー、マーサに手伝ってもらい、アンドルーはずらりと並んだメイクグッズに目が回りそうになってしまう。
「ほ、本当に、こんなの全部顔に塗るのか……?」
「もちろんよ、さすがに唇や目だけメイクするわけにはいかないもの。目元や肌そのものにもメイクするのが基本よ」
「なるべくお肌に優しい素材のものを選んだから、大丈夫だとは思うけど……もし、ピリピリするとか不快感を感じたら、すぐに言ってちょうだい」
「このリップグロスの色、絶対アンドルーさんに似合うなの! それから、アイシャドウとアイライナーはこっちのカラーで……」
あれよあれよという間にあれこれ選ばれては前髪を上げられ、本格的にメイクに取り掛かる。
「はーい、目を閉じてじっとしててねー……あら、こうしてよく見たら、クレスさん睫毛長いわね」
「ぅ……? そ、そう……か……?」
「わぁ、本当なの! 唇もつやつや……!」
「そ、それは、唇が乾燥するって言ったら、ルカがワセリンを塗ってくれ、て……」
キャッキャと楽しげに会話をしながらアンドルーが皆にメイクをしてもらう中、ルカもウィラ達にメイクをしてもらっていた。
「ごめんなさい、左目の腫れはどうしようもないわ……」
「ああ、別に構わないよ。悪いね、手伝ってもらって」
「構いませんよ。それにしてもバルサーさん、思ったよりお肌綺麗ですよね。ふふ、羨ましいです」
ファンデーションを塗っていたフィオナは羨ましそうにルカの頬に触れ、「ジルマン嬢も綺麗だと思うけれどね」とルカは返す。
「あの子が選んだドレスに合わせたメイクにする?」
「ああ、それで頼むよ」
「それにしても、本当に仲が良いのね、貴女とアンドルーは。お互いのドレスとアクセサリーを選んだものを着るなんて」
ウィラがそう言うと、ルカはクスッ……と笑い、ウィラは「こら、動かないの」と叱る。
「悪い悪い。彼女と仲が良いと思ってもらえるのが、思いの外嬉しくてね」
「むしろ、あれだけ他人の目も気にせずにイチャついてるんだから、誰も仲が悪いとは思わないでしょう?」
「よく腰を抱いて歩いていたりするものね」
マルガレータが目元のメイクをしながら言うと、ウィラは小さくため息をつく。
「まるで、この子は自分のだって見せつけてるみたいにね。本当に、貴女って独占欲の塊みたいな女よね。あの子の為に、社交ダンスを教えてたそうだけど……本当は、ダンスの時間になったら会場からは抜け出すつもりでしょう? あの子が他の男と踊ったりしないように」
「おや……そこまでバレていたのかい?」
「やっぱりね……あの子、迫られたら断れそうにないもの。ま、貴女を怒らせたらどんな目に遭うか大体想像つくから、あの子に手を出すような馬鹿はいないと思うけどね」
以前、アンドルーがバーで飲みすぎて酔っ払った男のサバイバーにナンパをされた時に、居合わせたルカは『少々』手を出してアンドルーは自分のだと解らせた。
それ以降はアンドルーに手を出すような者は居なくなったものの、ルカはアンドルーが横取りされないようにと目を光らせている。
「結局、バルサーさんはクレスさんと発明、どちらが大事なんですか?」
「んー、なかなかに意地悪な質問だな、ジルマン嬢? 答えなんて分かっているだろうに」
「ふふ……すみません、でも分かっていても聞いてみたいことはよくあることでしょう?」
発明とアンドルー、その二つを天秤にかけたらどちらに傾くか……と聞かれれば、それは発明に向くだろう。
事故に遭い、親の顔も自分が元々住んでいた場所も何もかも忘れたルカが、唯一覚えていたものであり、これが無ければ自分自身を失ってしまうと感じる程のものなのだから。
けれど、それはそれとしてアンドルーを他人に渡す気は無い。
男であろうと女であろうと、ハンターであろうと……誰かにアンドルーを幸せにしてもらおうだなんて考えたこともない。
「まぁ、発明の方が大事ではあるけれど……それでも、彼女を誰かに渡す気はないさ。彼女のことは大事に想ってるし……何より、彼女自身が私のことが大好きだからね」
「……それ、自分で言う?」
「ああ、君達だって私達を見ていれば相思相愛なのは分かるだろう?」
そう問いかければマルガレータも「まぁ、分かるけどね」と苦笑し、仕上げのリップグロスを塗ってようやくメイクが終わった。
「さ、終わったわよ。次は髪ね」
「バルサーさんの髪、思ったよりサラサラですね。シャンプーは何を使ってるんですか?」
「ん? 荘園で支給されてるものだが?」
「そうなの? てっきりナイチンゲールにブランド物を頼んでるのかと思ったわ。元が良いのかしらね」
こっちはこっちで楽しげに会話しながら準備は進み、ゆったりと時間が経っていった。
◇ ・ ◆ ・ ◇
「……これが……ぼ、僕、なのか……?」
「アンドルーさん、とーっても素敵なの〜!」
バイオレットカラーのドレスに包まれ、髪は毛先だけ少しウェーブにし、パールネックレスと同じパールのカチューシャに、耳に揺れる小さなイチハツのイヤリング、それから真っ白なパンプス。
それらを身にまとい、唇は明るいピンクのリップグロスが塗られていて、顔の傷も目立たないようになっているアンドルーは、鏡に映った自身を見て呆然とする。
「どう、クレスさん? 肌、大丈夫そう?」
「あ、ああ……それは問題ない、けど……これが僕だなんて、信じられなくて……」
「ふふっ、こんなに印象を変えられるのがメイクよ。もし興味があったら、また今度やり方教えるわ!」
自分に上手く出来るだろうか、と思うけれど、たまにはこうして着飾るのも悪くないかもしれない。
アンドルーが小さく頷くと、エマがちらりと廊下を見ては振り向いた。
「アンドルーさんっ、ルカさんもう着替え終わったみたい! 廊下で待ってるなの!」
「えっ……ぁ、う、えとっ……み、皆、ありがとう……! こ、今度お礼するから……とりあえず、行ってくる……!」
慌ただしくアンドルーは姿鏡から離れてエマ達に見送られながら、カツンとヒールを鳴らしながら廊下に出ると。
「……アンドレア?」
ルカの声が聞こえ、顔を上げた瞬間……まるで時間が止まったように感じた。
「……!」
ふわりとゼニスブルーのドレスを揺らし、赤く艶のある唇に普段は結い上げられているだけのはずの髪はアップにして、シンプルなゴールドイヤリングがキラリと輝く。
普段と全く違う装いのルカは、左目の腫れがあっても美しかった。
「……ヒヒッ、そんなに見つめられたら、穴が開いてしまうよ?」
「あ……え、と……す、凄く綺麗で……見惚れて、た……」
「ありがとう、君も綺麗で可愛いよ、アンドレア。……そのイヤリング、本当によく似合ってる。君にピッタリだ」
ルカの指先がイチハツのイヤリングを撫で、アンドルーは頬をほんのりと赤くさせる。
そんなアンドルーが可愛くてクスッ……と笑いながらルカはアンドルーの手と自分の手を絡ませ、ゆったりとした足取りで会場へ向かった。
「それにしても……こんなに可愛い君を他人に見せるのは、なんだか惜しいなぁ」
「か……可愛く、見えるのは……ルカが選んでくれたドレスと、ウッズ達のメイクの、お陰で……」
「君自身が可愛いっていうのもあるさ」
やがて会場に近付いてきたのか、楽しげな話し声やゆっくりとした曲調の音楽が聴こえてきて、アンドルーは少し不安そうにルカの手をぎゅ……と握る。
ルカはアンドルーの手を握り返し、大丈夫だと言わんばかりにアンドルーをまっすぐ見つめ、アンドルーは安心してきたのかこくん……と小さく頷く。
キィ……と扉を開くと、楽しそうに喋りながら食事や酒を楽しんでいるサバイバーの仲間達やハンターの姿が見え、皆アンドルー達が来たことには気付いていないようだった。
それもそうだ、この楽しげな雰囲気にある程度の物音は掻き消してしまう程の音楽……それらはわざわざ新たに会場に来た者を知らせる音や声など、会場内の人間に認知させない。
「さてと……さぁ、アンドレア。どこから見て回ろうか」
「え?」
「これだけの会場だ……ヒヒッ、一体どんな設備があるのか……ヒヒヒッ……」
ああ、変なスイッチが入ってしまった……とアンドルーは溜息をつき、それに付き合ったら食事にしようと思った。
「はぁ……設備の見学の許可は?」
「もちろん、Ms.ナイチンゲールに確認済みさ! 変に手を加えたりしないのであれば、見る程度は構わないと!」
「じゃあそれ見てから食事な……」
そう言うとルカは嬉しそうに笑い、「ありがとうっ、アンドレア!」と言いながら設備がある場所へと向かっていく。
アンドルーがそういった設備を見学したところで何がどう凄いのかなんて分かりようがなかったけれど、楽しそうなルカを見るのは好きだ。
いつもは大人びているルカが、子供のようにはしゃぎながら目を輝かせている姿はどこか可愛いと思う。
(……ふふっ……ルカ、楽しそうだな……それもそうか、ずっとパーティ会場の設備が見たいって言ってたからな……)
ドレスやメイクで雰囲気が一気に変わっていたものの、やはりルカはルカだ。
それにどこか安心感を感じ、アンドルーはふわりと微笑みながらはしゃぐルカの背中を眺めた。
◇ ・ ◆ ・ ◇
しばらくルカとアンドルーは設備を見て回り、やがてルカは満足したのかホクホクとした様子でアンドルーを振り返る。
「いやぁ、待たせてしまったねアンドレア! 実に素晴らしい設備だった……! ヒヒッ、今後の発明に色々と活かせそうだ……!」
「良かったな、ルカ。……そろそろ、食べないか? もうお腹空いた」
「ああ、そうだな。行こうか!」
食事が置かれているホールに向かうと、普段の食事では見ないような豪勢なものが並んでいた。
ドレッシングがかかったカルパッチョ、一口サイズのピンチョス、ローストビーフにビーフシチュー、白身魚のソテーやフライ、海老のグラタン、サンドイッチにパエリア……料理だけでもかなり並んでいる。
ドリンクやデザートもかなり並んでいて、どれから食べようかと目移りしてしまいそうだ。
「これだけあったら、ゆっくり食べてても食べたいものは全て食べられそうだな、アンドレア」
「うん……!」
目を輝かせながら食事を眺めるアンドルーを見ていると、本当に食事が楽しみだったんだなと実感して可愛いと感じる。
ルカは自分の分とアンドルーの分の料理をある程度トレーに乗せ、ドリンクを手にしては立食スペースに移った。
すれ違った何人かの男達がチラリとこちらを見ては見惚れたように見つめていたけれど、やがて青ざめて慌ててどこかへ行ってしまい、アンドルーは首を傾げる。
(……? 何だ……こっち見てると思ったら慌てて逃げるように……やっぱり、僕が化け物だからか……?)
何も知らないアンドルーはチクリと胸の奥を痛ませるが……当然、アンドルーを恐れて逃げているのではなく、アンドルーの横にいるルカを見て皆逃げているのだ。
まるで『私のアンドレアに何か用か?』と言わんばかりに殺気を込めて睨んでくるのだから、大抵の男は逃げ出すだろう。
(……ルカが居たら僕は別にいい、けど……ルカは、僕と居て……楽しい、のかな)
こんなふうにあからさまに恐れられて逃げられては、気分も悪くなるかもしれない。
今になって不安になったアンドルーは、ふと手の力が緩んだせいか、ジュースが入っているグラスを落としてしまい、パリンッ……とグラスが割れる音が響く。
「……! アンドレア、大丈夫かい」
「ぁ……ご、ごめ、ん……大丈夫……」
グラスを落とした時にジュースが飛び散ったせいで、ルカとアンドルーのドレスにかかってしまい、アンドルーは青ざめる。
ルカがせっかく選んでくれたドレスを汚した上、ルカのドレスまでも汚した……つまり、ルカに迷惑をかけてしまったも同然だ。
(ど……どうし、よう……っ……ルカが、選んでくれたドレスも……ルカのドレスも、汚した……っ……)
目の前がじんわりと涙でぼやけてきて、ぎゅっと目を瞑ると涙が頬を伝っていく。
ルカはアンドルーが泣いているのを見て、給仕係の執事に食事を預けては、優しくアンドルーの手を握った。
「……アンドレア、ひとまず会場の外に行こう。動けそうかい……?」
「ん……っ……」
アンドルーはこくん……と頷き、ルカはアンドルーを抱き寄せながらパーティ会場の外に出て、暗い廊下をゆっくりと歩く。
やがて空き部屋に入って扉を閉めてはベッドにアンドルーを座らせて、横に並んで座った。
「アンドレア……」
「っ……ぐすっ……ル、カ……ごめん……ドレス、汚して……」
「それは構わないさ。それより……どうしたんだい、途中から様子がおかしかったけれど……やっぱり、怖かった? 大勢の人に紛れて歩くのは……」
アンドルーは泣きながら首を横に振り、ルカはアンドルーの頭を撫でながら「……じゃあ、どうして?」と問いかける。
「そ、の……僕が……やっぱり、化け物……だから……周りの奴らが、気味悪がって……避けてるのかな、って……思って……一緒にいる、ルカに……迷惑、かけてるかなって……思っ、て……っ……」
「……え」
ルカは他人がアンドルーに寄り付かないようにと牽制していたのが裏目に出たと理解し、小さく「……そういうことか」と呟く。
アンドルーを横取りされたくないという一心でそうしていたが、何も知らないアンドルーから見たらそう勘違いしても仕方ないだろう。
彼女は幼い頃からアルビノという理由だけで周りから迫害され、守ってくれるのは母親しか居なかった……ここに来たばかりの頃だって、彼女は自分を化け物だといつも言っていて、誰とも関わろうとしなかった。
「……アンドレア、すれ違った男性達が逃げ出したのは、その……君ではなく、私のせいだ……」
「え……?」
「……君を取られたくなくて、少々威嚇してしまって」
アンドルーはその言葉に呆然としてしまい、取られると聞いてふとバーでナンパされたことを思い返す。
あの時のルカは、宥めるのにかなり時間がかかった……ルカの独占欲故の行動だと考えると、アンドルーでも納得がいく。
「じゃ、じゃあ……僕のこと気味悪がって皆避けてたんじゃなくて……」
「んん……私が睨んでたせいだ……すまない……君がいくら愛らしいからといって、他人が君に見惚れているのがどうにも許せなくて……」
「ぼ、僕、てっきり皆がこっち見てるのは、ルカが綺麗すぎるからだと思ってたんだが……」
「え? 君が可愛すぎるからじゃ……」
そう言い合って顔を合わせると、どちらともなくクスッ……と笑い始め、やがて悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。
「……ふふっ……あははっ……」
「ふっ……ヒヒッ……はぁ、お互いに変な勘違いしてたなんてなぁ……」
「本当に……お前、独占欲凄いなぁ……僕にこんなに独占欲持つの、お前ぐらいだろ……」
泣きすぎたせいでメイクもすっかり崩れた上、ドレスも汚れてしまったアンドルーは、もう会場には戻れないなと思いながらごろりとベッドに寝そべる。
「なぁ、ルカ。せっかくルカが社交ダンス教えてくれたけど……もうメイクも崩れちゃったし、ドレスだって汚れた……会場には戻れそうにない」
「……そうだなぁ」
ルカはとさっ……とベッドに倒れ込み、せっかく整えてもらった髪もくしゃりと崩れる。
「私も髪型が崩れてしまったし、自分では直せないからなぁ……」
ルカはまだしっとりと濡れているアンドルーの頬を撫でながら微笑み、アンドルーがじっとルカを見つめると、酷い顔をした自分がグレーグリーンの瞳に映っていた。
それでも、ルカはとても愛おしそうにアンドルーを見つめていて、やがて唇を近付けてアンドルーはそっと目を閉じる。
ちゅっ……とリップグロスのせいか、いつもよりも唇同士が少し張り付くような、そんな感覚のキスを数回交わし、唇が離れてゆっくりと目を開ける。
ルカの唇には自分のリップグロスが少し付いていて、ルカはアンドルーの唇を指先で撫でてはアンドルーの耳に唇を寄せた。
「……なぁ、アンドレア。一度、風呂にでも一緒に入ってメイクを落とそうか。もし汗とか涙で目に入ったら大変だし……それに……」
「……それに……?」
ルカはちゅ、とアンドルーの耳にキスをして、アンドルーは小さく「ひゃ、ぁ……んっ……♡」と甘い声を上げる。
「セックスするなら……素のままの君とがいいな。私は君の顔の傷も、色の薄い唇も……全部含めて、愛しているから」
「っ……♡」
ドキッ……ドキッ……と胸が高鳴り、アンドルーはルカに身を寄せてはぎゅ……と抱きつき、やがて小さく頷いた。
甘い甘い夜は、まだ始まったばかり────。