ノンアルコール・モヒート!(11) 夜中の街を歩く。人の気配がないのを確認して、藍湛の手を握る。指を絡めて、握り返された。
マンションまでの道は、ほぼ無言だった。夜中だから静かにしなきゃと思ったし、妙に緊張していたし。藍湛は、元々無口だし。
「一人暮らし?」
マンションのエレベーターで藍湛が聞いてきた。
「うん、藍湛は?」
「兄上と暮らしている」
「仲良いんだな」
「尊敬している」
自宅の鍵を開けて中に入る。藍湛は少し緊張している様子で、靴を脱ぎ扉の鍵を締めると小さく頭を下げた。
「お邪魔します」
律儀な姿に笑ってしまった。それなりに片付けておいて良かったと思う。来客がある事は滅多にない。江澄がたまに来るくらいだ。狭い廊下の奥のリビングダイニングに向かう。
玄関入って左右に部屋があり、左側は寝室として使っている。右側は空き室。その先右側に浴室と洗面所、トイレなど水場にがある。廊下の奥にリビングダイニングに直結した洋室は開放していて、小さなバーカウンターを作った。キッチンは左手奥に、廊下側に沿うように伸びている。一人暮らしには少し、広めかもしれない。
「適当に座って」
リビングの窓際にソファとテレビとローテーブルと棚が置いてある。それと手前に一人用ダイニングテーブルと椅子のセットが壁沿いにある。キッチンに向かい、インスタントだけどコーヒーを淹れてカップを二つ持ってリビング側のソファに向かう。
藍湛はソファの脇に鞄を置いて、立ち尽くしている。俺はローテーブルにコーヒーを置くと、ソファにどっかりと腰掛けた。
「藍湛、隣」
「………うん」
何処と無く緊張した空気を纏ったまま、藍湛は隣に腰掛けた。まだ、両想いになって数時間。俺だって緊張してるけど、それ以上に喜びが大きい。
「………………」
「………………」
沈黙が流れる。ローテーブルに置いたコーヒーを手に取り、一口啜れば藍湛も同じようにコーヒーを手にした。
江澄くらいしか泊まりに来るような相手もいないし、どうもてなせばいいのかがわからない。困った。
寝る前にする事と言えば風呂、寝酒…と普段の生活を振り返りつつ問い掛ける。
「藍湛、先にシャワー浴びる?あ、夕飯って食べたか?俺はなんか、胸がいっぱいで食べられそうにないけど」
カップを置きながら、藍湛は綺麗な顔を此方に向ける。美人だなぁ、なんてぼんやり考える。
「私も胸がいっぱいで…食事は今は大丈夫。では、シャワーを借りていい?」
夕飯については後でお腹が空いたら考えるとして。カップを置いてシャワーの準備しようとしたら、手首を掴まれた。驚きにそちらを向くと、揺れる瞳と目線がかち合う。手首を引かれて、抗えずその胸に身を寄せた。
「らっ……藍湛?」
返事の代わりに唇が触れ合った。顔を傾けて、次第に口付けが深くなる。啄むような口付けを繰り返されて、体重を掛けられて気付けばソファに押し倒されていた。
「ん……ッ…はぁ…」
唇が離れると熱い吐息が絡み合う。目を開ければ情欲を灯した瞳で見つめられてぞくりと肌が粟立つ。視線を絡ませたまま、シャツの中に手が侵入してきた。素肌を這う掌に、ぎゅっと背を丸める。
「…っ……藍湛、……ぁ…」
素肌を触られる事など殆どなかった。それを許した唯一の存在に、触れられる事を体は歓喜したように熱を持つ。
「……魏嬰…」
掠れた色気のある声で呼ばれる。恥ずかしくて横を向けば、耳に口付けをされる。首筋を這っているものが舌だと知るまで数秒かかった。慣れない感触が与える快楽に、反射的に肩を押すと動きはぴたりと止まった。覆いかぶさっていた藍湛が退く。
「すまない……、君と想いが通じたと思ったら…自制が効かなくて…」
謝罪する藍湛に勘違いされたくなくて、慌てて体を起こすと頭を垂れる。
「いや、俺も…びっくりしただけで、嫌とかそういう訳じゃなくて…むしろ嬉しかったからさ」
照れ臭くて早口で伝える。頬が熱い。上目に藍湛を見てみると、表情は変わらないのに耳を赤くしていた。
「えっと……シャワー!シャワー行こう!」
咄嗟に出た言葉に、藍湛は緩く首を傾けて嬉しそうに問いかけてきた。
「一緒に?」
墓穴を掘った気がする。しかし、期待の眼差しを裏切れるほど俺は強くなかった。
連れ立ってリビングから廊下に出て、脱衣所に向かう。バスタオルを用意しておいて、シャワーのお湯を出しておいて、いざ脱ぐタイミングで妙に緊張する。
乙女でもあるまいし、気にしないふりをしながら脱いだら藍湛も脱いだ。やっぱり、逞しい体をしていた。俺もそこそこ鍛えてるけど、藍湛の体は美しいと表現するのがぴったりだった。
「藍湛、鍛えてるのか?」
「……ジムには行く」
まじまじと、裸を見てしまう。うん、美しい。気恥しそうに藍湛は下着まで脱ぐと、さっさと浴室に入って行ってしまった。慌てて全裸になり追いかける。
そして、俺は固まった。藍湛、半勃ちしてる気がするんだけど。しかも…かなり立派だと思う。
一瞬遅れて、顔が赤くなるのを自覚するものの視線を外せない。藍湛は視線に気付いて、気まずそうに目線を外しながら手招きする。
「魏嬰、外が湿気てしまう」
心配する所、そこかよ。中に入り扉を閉める。そこで俺は、ふと疑問を持った。男同士のセックスって、どうするんだろう…。