一人勝ち「結局あれって、どっちのチームが勝ったんだっけ?」
その場の全員が手を止めた。質問者のフェニックスはビールのボトルをテーブルに置き、一同の表情をランダムに確かめた。俺もつられて周囲と目を合わせると、全員が"あれ"をはっきりと思い出していた。実際の勝負から一年ほど経っているが、いまだに自分を含めたこの場の全員の答えが一致している。
「さあ…?わからないままだよね」
最初にその答えを口にしたのはボブだった。あの任務から時が経ち、初めに"同窓会"をやろうと提案したのもボブだった。彼の手は相変わらずカップからナッツを取りこぼしている。
「最後の方はただひたすら声出して走ってたな」
「俺も」
ハングマンは腕を組み、コヨーテの反応を聞いて首を振った。
同窓会に参加できたのはフェニックスとボブに、ハングマンとコヨーテ。あと、俺。12人全員の休みを合わせるのは予想以上に困難で、結局同窓会とも言い難い小さな集まりになってしまったのだ。先ほど5人で撮ったセルフィーをグループチャットに投げ込んでみたら、本当に仕事中なのかと疑うほどの速度で不参加メンバーからの返信や反応があった。5人分の近況報告はさほど時間を取らず、間もなく全員が過去の思い出話に花を咲かせた。この5人を繋ぐ思い出話といえば、マーヴとの訓練や任務しかない。そして俺たちが今想いを馳せるのは、フットボールを追って走ったビーチだ。
「攻守を同時にやるなんて、今思えばマーヴェリックらしいルールだよね」
言いながらボブに払いのけられたナッツは、かき集めれば一口分にはなりそうだ。黙って手を差し出してみると、ボブも黙ってカップを傾けナッツを分けてくれた。
「結構きつかったよなぁ…」
「楽しいんだけどな…」
ハングマンとコヨーテは当時の疲労感を思い出しながら、テーブルの上に差す視線はテーブルより遠いどこかを見ている。
2つのボールが飛び交うトップガン・フットボール。砂浜に足を取られ、潮風でべたつく肌は砂まみれ。あちこちから聞こえる敵味方の叫び声は次第に熱がこもり、負けず嫌いの集団はビーチで異彩を放つ存在となった。まあ、その中でも一際目立っていたのはあの人なんだけど。
「そもそもマーヴェリックが強すぎる」
「一番体力ありそうだよねぇ。途中で抜けちゃったけど、まだまだ走れそうだったよ」
「そう言うボブは省エネだったよね」
フェニックスとボブは、どの若者にも負けぬ肉体を惜しみなく試合に捧げる教官を思い出していた。確かに、マーヴはとんでもない身体とスタミナの持ち主だ。全員を振り切って砂の上を走る姿に、訓練で彼に突っかかったことを忘れて見惚れていた。タイムアウトでは敵チームが真剣にマーヴを出し抜くための作戦を話し合っていたが、マーヴは余裕の笑顔でその様子を見守っていた。そして"僕たちも作戦を練った方が良さそうだね?"なんて言いいながら俺を見上げて笑うのだ。興奮した敵チームの火に躊躇なく油を注ぐマーヴに、なぜだか懐かしさを覚えていた。マーヴが人を煽る時の表情が幼い頃から好きだった。過大にも思えるが決してそうではない、実際の経験に基づく自信。若さゆえの有り余るエネルギー。マーヴの真似はしない方がいい、大口を叩いて実際に勝てるのはマーヴだけだから、と両親は笑っていたが、俺はそんなマーヴを見て憧れたりはしなかった。俺はマーヴになりたかったんじゃない、マーヴが煽るのを見て"やめときなよ"と笑って嗜める役になりたかったのだ。結局俺はあの日どうしたんだっけ。マーヴの言葉を聞いたハングマンの目に火がついた時、俺はマーヴを嗜めることが出来ただろうか。あれほど立ちたかった、マーヴの隣で…。
「──スター、ルースター?」
「へっ?」
「ブラッドショー、お前のうっとりした顔怖えよ」
「は、なに?」
今までみんなでビーチフットボールの思い出を話し合ってたんじゃなかった?
「まだフットボールの話してるよな?」
「してるよ、でも君がボーッとしてるから…」
ボブは小気味良い音を立ててナッツを頬張っている。
「ほんとに聞こえてなかったの?」
「こいつの頭の中なんて想像に難くないだろ」
「あの人のことで頭がいっぱいだな」
フェニックスはおろした髪を揺らして呆れ、ハングマンはビールを持った手で俺を指し、コヨーテは腕を組み楽しげに笑っている。4人が話し合っている間、俺の意識はビーチに君臨する世界で一番美しい男へと飛んでいた。するとフェニックスが俺の思考の行く先に気づき、にやりと笑った。
「…あの日の勝者はあんただね、って話してたの。ね、ボブ」
「そう、ゲームの決着よりも大事な勝負に片がついたねって話」
「ブラッドショー、悔しいがお前の勝ちだ」
「しかも一人勝ちだよ、良かったなルースター」
4人が口々に俺の勝利を讃え始めた。なんなんだ、一体。フットボールはチーム戦だろ。
「違う、思い出して。あの日マーヴェリックがタックルされて倒れたでしょ?あの瞬間、あんたが真っ先に彼に手を貸したよね」
「…だからなんだよ、それくらいするだろ」
「もちろん、私だってそうしたよ」
フェニックスが真面目な顔で頷くと、ハングマンがすかさず割って入る。
「俺もあの時マーヴェリックに手を貸そうとしたんだぞ?でもお前がその場の全員を押し退けてマーヴェリックに手を伸ばしたんだ」
「…マジ?」
「マジだ、ルースター。お前はあの時確実にマーヴェリックにがっついてた」
コヨーテまで彼らに加勢し、まるで俺が飢えた獣だったかのような情景を思い起こさせる。いつもは優しく笑って会話を聞いているコヨーテが。
「そしてマーヴェリックが、あんたの手を取ってありがとうと微笑んだ時、あんたは勝者になることを約束されたってわけよ」
フェニックスは言葉の切れ目でテーブルを人差し指で刺すように叩いた。
「…はあ?」
「だから、今あんたが全身全霊で愛しているマーヴェリックが、あんたに"俺の恋人"と呼ばれることを許す、そんな未来が見えた瞬間だったってこと」
「マーヴェリックの愛情を独り占めする未来もね」
フェニックスとボブは常に互いの言葉を補い合って会話を進めるが、今ほど流れるように言葉が継がれたことはない。
「…そんなの見えんの?あの状況で?」
当時の俺、マーヴに口答えしかしてなかったよな?
「まあそれは言葉のあやだから。今思えば、ってやつよ。あの時から繋がってたのかって」
本当のことを言えば、俺がティーンの頃からマーヴに対しては恋心のような気持ちを抱いていた。"マーヴを嗜める役になりたい"というのは彼にキスが出来るのと同じことだと思っていた。今の俺は、それが出来る。
「今頃マーヴェリックの近況を知って、世界中の人が泣いてるでしょうね」
「…意味がわからないんだけど」
「だって、マーヴェリックがあんたに取られちゃったんだよ?きっと彼には世界中に元恋人や元デート相手がいるだろうし」
ビールの手助けもあってか、今日のフェニックスはやけに饒舌だ。調子が良いらしい。
「マーヴェリックはね、確実にあんたに夢中なの」
「…フェニックス、マーヴのことそんなに知らないだろ」
「まあね、だけど私はあんたの惚気に近い近況報告や自慢のSNS投稿を日々見せられてるからわかるの」
にやにや笑って見てるだけの男どもよ、いい加減フェニックスを止めてくれ。
「とにかく、彼の人生に一生登場し続けられることは勝利以外の何物でもないんだよ、この贅沢者め」
「俺って今怒られてんの?」
「まあ、黙ってフェニックス様の説教を聞いとけ」
言いながらハングマンがフン、と笑った。
まあ確かに、マーヴからの愛情を一身に受けられる人はなかなかいないだろう。マーヴを愛しマーヴに愛されるために重ねた努力はゲームじゃない。だけど、マーヴに愛を伝え、同じだけの愛を返してくれることは、他の誰にも譲れない特権だと思う。
「…つまり俺は、世界中のマーヴに恋する人の中から勝ち抜いたってこと…?」
「おい、ルースターが何かに気づいたぞ」
「これが、マーヴェリックがいるのが当たり前の環境で育った人間か…」
"とんでもない特権"を勝ち得た今、もう一度ビーチでフットボールをしたらどうなるだろう。今ならマーヴにどんなことも出来るし、どんなことも言える。だからマーヴがまた闘争心を煽る発言をすれば、堂々と隣で嗜められる。色香を放つ彼の肉体を独り占めしたいと思ったって後ろめたくはないし、彼は人差し指を唇にあて"後でね"と答えてくれるだろう。…まあ、マーヴの反応は願望の域を出ないけど。そこそこ点を入れた後はマーヴと一緒に試合を抜けて、腕の中にマーヴを抱き寄せ残りの試合を観戦するのもいいだろう。張り付く砂を乱暴に払い、潮風で蒸れた肌を寄せ合って。
今度は得点を数え忘れたりはしない。マーヴと分担してのんびり数えながら、勝負の行方を見届けてやるさ。