カーテンの向こう『さて、一番のあなたが会いたいのは誰ですか?』
司会者が①の名札がついたゲストに尋ねる。ゲストの男性は緊張の面持ちで答える。
『僕が会いたいのは、謝りたい相手です』
懐かしの人に会わせてくれる番組。ゲストは皆一般人で、色々な人生を送ってきた人たち。彼らの会いたい人を、番組がアメリカじゅうを探して再会させてくれるのだ。
一番の男性は続ける。彼は職場の同僚でした。ある大きなプロジェクトで失敗してしまった時、彼一人に責任を取らせてしまったんです。会社にとっても大きな損失で、彼はその日のうちに会社を辞めてしまいました。僕は自分だけが会社に残ってしまったことが心苦しくて、その数日後に退職しました。今は全く違う仕事に就いています。彼が今どうしているかはわかりません。謝るのと同時に彼の近況が知れたらと思っています。もちろん、許してもらうために謝るわけではありません。でもこれは僕の責任ですから。
数えてみると、その男性の話からは二十三年の時が経っていた。
彼の話をうけて、司会者が合図を送る。さあ、カーテンの向こうに謝りたい相手はいるのでしょうか! カーテンが開く。彼はスタジオに来ていた。かつて自分を裏切った相手と対面するため。彼らはぎこちない笑顔で歩み寄り、握手をして肩を叩き合った。そこで司会者が尋ねる。お名前は? ルーク・デイヴィスです。彼のことは覚えていました? もちろん、僕を裏切ったんですから。ああ、今のは冗談ですよ。確かに覚えています、どうしているのか気になっていました。とても有能で優しい奴でしたから。元気そうでなによりです。
目を閉じて想像してみる。ブラッドリー・ブラッドショーさん、あなたが会いたい人は? 俺が会いたいのは、謝ってほしい相手です。その人は俺の進路を、夢を、めちゃくちゃにしました。アナポリスへの願書を抜いたんです。その人は俺が子どもの頃からアビエイターを目指していることを知っていたし、彼本人もアビエイターでした。それなのに彼は、夢を叶える一番のルートを俺の前から消し去りました。だから俺は、二度と彼に頼ることも顔を見ることもありませんでした。その後は大学へ進み、四年遅れでアビエイターになりました。彼が今どうしているかは知りません。どこにいるかなんて知りたくありません。だけど願書を抜かれてからずっと、彼のことを考えてきました。……彼のことだけを。まあでも、本当に謝ってほしいんじゃないんです。だって謝られたって、泣いで過ごした夜や絶望感で動けなくなった過去は無くならないから。それに彼は、願書を抜いたことを正しい選択だと思っているだろうから。そんな相手に謝られたって、許すものがありません。それでも会ってみたいんです。自分がどんな気持ちになるのか、知ってみたいんです。
そして司会者が尋ねる。心の準備はいいですか? はい。カーテンが開く。そこに彼はいない。わかってた、わかってたよ。こんな話を聞いて来るような人じゃない。もしかしたら今頃は世界の僻地に飛ばされて、来たくても来られない状況にあるのかもしれないし。どちらにせよ、俺たちが顔を合わせることはない。
『では続いて二番のあなた。あなたが会いたいのは誰ですか?』
二番の女性は答える。
『私が会いたいのは初恋の人です』
彼女とはハイスクールで出会い、同じクラスでした。完璧な一目惚れで、彼女と打ち解けるために彼女の好きなバンドの曲を聴き、映画を観たんです。そのおかげで、ロックやホラー映画以外にも素晴らしい作品があることを知りました。彼女はスペイン語が話せて、よくスペイン語の課題を教えてくれました。私の成績が良くなったのは彼女のおかげです。学校以外で会う時にはよく二人きりでモールへ行って、何をするでもなく、ただフードコートでだらだらと喋っていました。何の話かと聞かれたらはっきりとは思い出せないのですが。ただ一つ確かなことは、彼女がニューヨークの大学へ行ってしまう前に、自分の気持ちを伝えられなかったことです。そのことは今でも悔やんでいます。たとえ上手くいかなくても、何か伝えるべきだったと思っているので。
その後二番の女性はロサンゼルスの大学へ進学し、卒業して十年が経っていた。ハイスクールで出会った初恋の人、か。
女性の話をうけて、司会者が合図を送る。さあ、カーテンの向こうに初恋の人はいるのでしょうか! カーテンが開く。彼女はそこに立っていた。共に学校生活を送り、時間を忘れて話し込んだ彼女が。二番の女性と初恋の人は笑顔でハグをする。司会者が尋ねる。あなたのお名前は? オリヴィア・モリスです。彼女の話は覚えていた? はい、ハイスクールでの一番の思い出です。本当は私も彼女のことが好きだったんですよ。この人、スペイン語以外はすべてが完璧だったから。
また想像してみる。ブラッドリー・ブラッドショーさん、あなたの会いたい人は? 俺が会いたいのは初恋の人です。その人は俺が生まれる前から、俺のことを知っていました。父の親友で、父が亡くなってからもいつもそばにいてくれたんです。俺のためになんでもしてくれて、俺を自分の人生以上に大切にしようとしてくれました。父親代わりじゃありません。叔父でもありません。本人はそのつもりだったと思うけど、それは違います。俺はずっと彼のことが好きでした。学校に行っても、憧れの上級生やクラスの人気者を好きになることはありませんでした。彼、すごく美人なんです。皆さんが想像している以上に美人だと言い切れます。まあ、それで好きになったわけではないですけど。どこまでも自由な人で、だけど自由であることに縛られているようにも見えて。彼の家族は俺と俺の両親だけで、いつもみんなで一緒にいたけど、なんだかいつも寂しげでした。あとは……話が長くなりそうなんですけど、まだ話しても? ダメですか? じゃあ、あと一言だけ。俺はまだ、彼のことが好きです。
そして司会者が叫ぶ。このカーテンの向こうに、ブラッドショーさんの初恋の人はいるのでしょうか!
俺にはわからない。カーテンの向こうに彼がいるべきなのか。いない方が彼らしいけれど、この時くらいは俺のために姿を現してくれたっていいじゃない。ただハグをして、懐かしいです、少し年を取りましたけど変わらないですねって言って終わればいいんだから。カーテンが開く前の俺の一言は、聞かれてなくたっていい。どうせ、彼は困ったように笑ってこう言うだけ。本当に僕が君の初恋なのか、と。
懐かしい顔。それは憎み切れないあの人の顔。それは恋焦がれた、世界で一番美しいあの人の顔。どちらも同じ顔。懐かしい声、懐かしいハグ、懐かしい思い出。今なら会える気がする。今なら、彼と言葉を交わすことができる気がする。
司会者が尋ねる。あなたのお名前は? ピート・ミッチェルです。ブラッドショーさんのことは覚えていますね? もちろんです、彼のことが頭から離れたことはありません。"僕の愛しいブラッドリー"ですから。