1、太陽と炎が合わさる所本来であれば、人生で今日程幸せな瞬間は無いはずだった。
はずだったのだ。
「…なんだ、コレは」
目の前にいる夫は、汚物でも見るような目で私を見ている。
軽蔑の眼差し。
それに堪えられず、思わず下を向き震える。
すると今度は盛大な溜息。
ビクリと肩を震わせた。
「質問に答えるんだ。なんだ“コレ”はと聞いている。」
恐る恐る見上げれば、夫が更に目を細めて怪訝そうに見ながら指さしをしていた。
指をさした先にあるもの…
私の子…
生まれたばかりの私達の子供だ。
本来であれば、この子の誕生に誰もが喜ぶはずだった。
夫だって、誰よりも楽しみにしていたはずなのに…
「こ、この子は間違いなく杏寿郎様との子です信じてください」
「そんなはずが無い。こんな髪色の子など…今まで煉獄家で見た事も聞いた事も無い。観篝だってしっかり行われたのた。あるはずがない…俺の子など…有り得ない」
可愛い生まれたばかりの息子。
その髪色は漆黒だ。
煉獄家代々続く、金色の髪では無い。
おかしい…
それは私が一番思っている。
観篝はきちんと決められた日に行われた。
千寿郎様もお義父様も見ている。
それなのに…なぜなぜ、私の子の髪は黒いのか
「……誰の子だ」
「……え」
「誰の子だと聞いている。」
夫の眼差しには怒りが含まれている。こんな目を向けられた事など今の一度も無い。
憎悪だ。
私は今、あんなにも愛し、愛された夫に憎まれている。
「違います私は、私は断じて他の男と関係など持っておりません貴方しか知りません」
「確たる証拠が目の前にあるというのに…良くもそんな嘘がつけるものだ…」
見に覚えのない不貞を疑われ、違う違うと何度うったえても聞き入れて貰えない。
それどころか、私が違うと言う度に、夫の眉間のシワが増える。
「…ぬけぬけと…
もう、こうなってしまっては夫婦でいる意味が無い。去れ。離縁だ。…一度は夫婦になった情け、床上げまでは許してやる。それが済んだら出て行けっ」
どうしてなぜ伝わない
本来であれば、人生で今日程幸せな瞬間は無いはずだった。
皆が息子の誕生を祝い、皆が私を労う日になるはずだった。
夫は肩を震わせ、目には涙を溜めて出ていってしまった。
なぜ貴方が泣く泣きたいのは私の方だ。
誰も信じてくれない。
誰も分かってくれない。
あんなにも愛した夫ですら…
ギリリと噛んだ唇から、ポタリと一滴の血が涙のように流れた。
「義姉上…何か食べなければ、子に乳がやれません。少しで良いから食べてください。」
床上げまで煉獄家にいる事を許された私だが、いっその事あの日に捨てられていた方が幸せだったのでは無いかと考え始めていた。
お義父様は息子にひと目会いに来ただけで、何も言わずに去っていった。
手伝いの者達も、腫れ物でも扱うようにしていく。
そして、誰もが息子を異物の様なものとして見ている。
汚らわしい
不義の子
ひそひそと聞こえてくる言葉に平常心を保っていられる訳も無く…
今の私は食事もまともに摂ることも出来ず、産後疲れも相まってか乳を出すことが出来ずにいた。
お腹を空かせた我が子が乳をねだって泣くが、私はそれを黙って眺めるばかり…
「このままでは、赤子が死んでしまいますよ」
死ぬのか
この子が
この子が死ねば、元に戻るのか
真っ黒な髪を逆立て、顔を真っ赤に染めて泣く息子…
この子は…誰の子なんだ
杏寿郎様の子じゃないのかどうして黒い髪なんだ…
「元気な姿で行っていただかなければ、こちらも心配でなりません。どうか、今だけでもしっかりと食事を摂ってください。」
優しい言葉をかけているようで、結局は自分達の事しか考えていない。
千寿郎様も皆と同じ。
この家に私の味方などいない。
誰も信じてくれない。
誰も分かってくれない。
ただ黙って泣く我が子を見つめる私に呆れ果てた千寿郎様は、いつの前に出ていってしまった。
息子も泣きつかれたのか、すぅすぅと目を腫らしながら眠っている。
お前は誰の子なんだ
なぜ、違う
どうして金色を纏った髪では無いんだ
我が子に手を伸ばす。
死ねば良いのか
この子が死ねば全て終わるのか
伸ばした手で赤子の首を掴めば、くたっと力無く傾いた。
まだ首が座っていないからか、安定しない。
細く小さな首からは、ドクドクと小刻みに刻まれる心音が感じ取れた。
このまま力を込めれば…
最後に息子の顔を拝もうと覗きこめば、パチリと小さな目と目が合った。
まだ腫れぼったい目が私を見ている。
そして、くしゃりと笑ったのだった。
私は何をしているんだ
慌て手を首から離す。
誰も信じてくれない。
誰も分かってくれない。
それは私もじゃないか。
この子は他でもない。私の子だ。
煉獄家でも、杏寿郎様でも無い。
私の子なのだ。
「あれ義姉上
…どこに…」
私は息子を抱いて煉獄家を後にした。