4、太陽と炎が合わさる所あれから、数日がたった。
杏寿郎様は、私と目が合ってもこちらに来る事は無かった。
ただじっと私を見つめ、しばらくすると俯きながら帰っていった。
合わせる顔が無かったのだろう。
もう二度と会う事など無い。
二度と会いたくない。
息子は遊びに出掛けた。
私もそろそろ仕事に向かわなくてはならない。
身支度を整え、家を出ようと思った所で戸の開く音がした。
この狭い長屋に開く戸は押入れか玄関しか無い。息子が帰って来たのか、それとも隣近所の人か…勝手に戸を開けられるなど日常茶飯事で今更気にもならない。
「ごめんなさい。もう出るので、用なら後に…し、て…」
玄関を見れば、そこには見覚えの有る人が居た。
差し込む陽の光のせいで逆光となって顔がよく見えないが、あのキラキラと太陽に輝く金色の髪色は、かつての夫、杏寿郎様だった。
「その…変わりないか」
何を言っているんだ
何をしに来た
何故ここに居る
溢れ出す憎悪に、思わず手にしていた荷物を全て投げつけた。
杖で立っていた杏寿郎様は、そのせいで少しよろける。
「変わりないか変わりないかですって見てわからない変わったわ全て変わった誰のせいで変わったと思っているの」
私の言葉に杏寿郎様はたじろぐ。
そう、私は変わった。
息子を育てる為に
生きる為に
必死に働いた
着るものは粗末になった。
食事にありつけない日もあった。
髪と肌はボロボロになった。
それでも息子を育てる為に必死に変わったのだ。
それを「変わりないか」ですって馬鹿にするのもいい加減にして欲しい
「出ていって二度と来ないで息子にも、二度と会いに来ないで」
「すまない。…すまなかった。あれは俺の子だ確かに俺の子だ」
「違うっ」
息子に父親なんかいない。
あれは、あの子は、私の子だ。
貴方の子なんかじゃない。貴方の子など、この世に存在しない
「昔の仲間に俺によく似た子を見たと聞いて…もしやと思って来てみたのだすまなかった疑ってすまないあれは、あの子は、俺の子だ俺に瓜二つだ」
違う。
似てなどいない。
息子は私に似たのだ。
漆黒の髪も、ツンと上向きの鼻も、笑うと出来るえくぼも…
全て私に似たのだ
「あの大きくつり上がった目、太く裂けた眉、大きく動く口元は俺に瓜二つじゃないかあの毛先の赤は観篝の影響だ間違いなく煉獄家の子だ」
やめて、やめてと首をふっても杏寿郎様はやめてくれない。
分かっている。
息子は日に日に杏寿郎様に似てきている。
誰の目から見ても、二人は親子だと言うだろう。
誰もが、杏寿郎様とそっくりな子だと言うだろう。
分かっている。
そんな事は私が一番分かっている。
だが、それを手放したのはお前なのだ
「あの子の父親は、あの日に死にましたあの日、生まれたばかりの息子を拒絶し、信じてくれとすがった私を拒絶した人が今更父親面をするだなんて滑稽だわそんな人が父親になれる訳無いじゃない貴方は死んだの父親としての立場を自ら殺したのよ
帰って今すぐにっ」
「お願いだ。少しだけで良いから、話を聞いてほしい…」
「帰って」
荒げる私の声に、ぞろぞろと長屋の人達が顔を出し始めた。
半泣きの状態で髪を乱しながら帰れと叫ぶ私を隣の奥さんがなだめる。
そんな私に「話を聞いてくれ」とすがる杏寿郎様を長屋に居た男性陣が引き剥がす。
何度も私の名前を呼ぶ声がする。
何度も呼んで欲しかった声が私を呼んでいる。
今更…
今更なのだ。
虚しさで枯れていたと思っていた涙が溢れた。
そんな私の姿を息子は…陽はしっかりと見ていたのだった。