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    adashi_No6

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    adashi_No6

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    俳優の「柴タイジュ」と、彼の大ファンの三ツ谷くんのお話。謎軸。
    ちょっと三ツ谷くんが女々しいかもしれない。この設定でもう少し書きたい気もする。

     切ない音楽と共に、鍛え上げられた肉体を持つ長身の男がテレビに映し出された。いつもならキリリとつり上がって意思の強さを示している眉がへにゃりと垂れて、蜂蜜色をした大きな目も心なしか潤んでいるように見える。今までしっかりとセットされていた綺麗な青い髪も乱れた姿で、男は寂しそうな声を出して一緒に画面に映っている女へもう一度だけ縋るように言葉をかける。

    『……本当に、オレを選んじゃくれねぇのか』
    「うぁあああ…オレだったら絶対タイジュを選ぶのに……ミホは本当に男を見る目がねぇよ…! 今まであんなに尽くしてくれた男を捨てるなんて…!」

     ドラマの中でタイジュが振られ、意気消沈している姿を見て自然と涙が出てくる。放送されてから何度も繰り返し見ている光景だけど、やっぱり何度見てもこのシーンは泣ける。手元に用意していたタオルで目元を拭いながら、「お前もそう思うよな」と抱えていたぬいぐるみに話しかけた。俳優の「柴タイジュ」を犬化してみた、というコンセプトで作られた目つきが悪いそのぬいぐるみすら、オレにとっては可愛くて仕方がないアイテムの一つだ。
     何を隠そう、オレ、三ツ谷隆は俳優の「柴タイジュ」の大ファンだ。彼がデビューした五年前、ドラマで脇役として出ていた演技に惚れ込んで以来、ずっと応援し続けている。雑誌もブルーレイも集められるだけ集めているし、毎週金曜の夜は一人で鑑賞会を開いて泣くことも多々ある。

    「このドラマ、珍しくタイジュが弱気になる姿が見られるのが本当……見せ所だよなぁ…」
    「おい」
    「今までちょっと横暴な態度を取ってたのに、いざ選ばれないってわかった時のあの顔! 叱られた大型犬みたいでもう…もう……!」
    「おい三ツ谷。いい加減飯を食え」

     オレの手元にあったリモコンを大きな手が掴んだかと思えば、ブツンと音をたてて映像が途切れた。真っ黒なモニター画面にぼんやりと映し出されているのは目を泣きはらしたオレと、――――恋人の「柴大寿」の姿だ。
     まだあふれてくる涙をタオルで拭いながら壁にかかった時計を見れば、もう夜の二十一時をまわっている。ちょっと夢中になりすぎたみたいだ。そう思ってタオルを片手にソファから立ち上がれば、背もたれに体を預けていた大寿くんが呆れた顔をしながらリモコンを元の場所へ戻した。

    「テメェ、今ので何回目だ。よくもまぁ毎回泣けるな」
    「何度見たって良いモンは良いんだよ。いいだろ、好きなんだから」
    「テメェの好きな"柴大寿"が、ここに恋人として待ってやってンのに放置してるのはどこの誰だ」

     その言葉を聞いた途端、カッと自分の目が大きく見開かれたのがイヤでもわかった。今の言葉は聞き逃せない、オレだって何度も大寿くんに主張してるのにどうしてわかってくれないのか。
     エプロンを外しながら呆れたように言う大寿に向かって、オレはもう何度目かもわからない主張を口にした。

    「恋人と推しは別モンなんだよ!」
    「あーわかった、わかったから座れ。食え」
    「わかってねぇ、わかってねぇよ大寿くん……! 推しっていうのは心の拠り所で癒しで、生きていくのに必要なモンなんだよ!」
    「恋人も同じだろうが」

     座れ、と手だけで示してくる大寿くんに従って渋々ながら席につけば、まだ湯気が立っている親子丼とアサリの味噌汁、それから簡易的なサラダが並べられていた。「鑑賞会」をしているオレを放置していると一晩中、飲まず食わずでずっとドラマやライブの映像を見ているからと、金曜の夜は大寿くんが料理をすることが何となくオレたちの間で習慣になっている。
     学生時代に出会った時には米の炊き方も知らなかったのになぁ、と懐かしく思いながら味噌汁を一口飲んだ。うん、今日も美味い。

    「恋人は一緒に現実を見るもんだろ。推しは違うんだって、一方的に夢を見ていい相手なんだから」
    「理解できねぇな。そもそも夢なんてどこにあるんだ、付き合って十年経つだろうが」
    「デートの時は手を握ってくれる派かなとか、強引に引っ張っていくタイプかなとか」
    「テメェがすぐに迷子になるから指まで絡めて繋ぐだろうが」

     そういうことじゃない。不満を示す為に頬を膨らませてみせるが、大寿くんは素知らぬ顔で親子丼を食べている。確かにデートの時には指を絡めて繋いでくれるし、どこに行きたいとワガママを言っても嫌な顔をされたことはない。(人混みには嫌な顔をするけど)うちのルナとマナにもマメに連絡を取ってくれているし、誕生日には贈り物も欠かさない。
     そんな大寿くんが「俳優になる」と言い出したあの時はビックリしたけど、今ではこんなに人気が出ていて、恋人としては誇らしい。だけどオレの中では俳優の「柴タイジュ」と恋人の「柴大寿」は別人だ。そこは譲れない。

    「あー、オレもタイジュに"オレを選べ"って言われてぇなー」
    「テメェが望むなら、いくらでも甘い言葉を囁いてやるが?」
    「タイジュはそんな簡単に甘い顔しねぇんだよ! ナメてんの⁉」
    「ああ……?」

     熱く語るオレの勢いに引いたような顔をしながら、大寿くんがサラダを食べていく。オレも語る合間に親子丼やサラダを食べていたけど、ふと今日から新しいコマーシャルにタイジュが出演することを思い出して、慌ててテレビをつけた。まさか今の今まで忘れていたなんて!

    「おい、飯くらい落ち着いて食え」
    「ごめん、流すだけ、流すだけだから! 今日からコスメのコマーシャルに出るんだって!」
    「あ? ……ああ、あれか」

     少し怒気を含めた声を出す大寿くんに謝って適当なチャンネルを流しながら、横目でチラチラと新しいコマーシャルが流れないかを確認する。季節が変わったせいか栗やサツマイモのお菓子が多く紹介されている中で、それは突然流れた。
     黒い部屋の中、黒くシルクのような光沢のある布がかけられたソファに、タイジュが目を閉じて座っている。徐々に顔面をアップで映していったかと思えば、突然画面がガラスのようにヒビ割れた。ヒビ割れた世界の中、緩く笑みを浮かべたタイジュの口元だけが真っ赤なルージュで目立っていたかと思えば、一瞬で場面が引いて新作のコスメの商品紹介に入る。
     時間にすれば十秒もない短さだったのに、それは強烈な印象を持ってオレの中に興奮をもたらしていった。はあ、と感嘆のため息をつこうとした瞬間に映し出された映像に、オレの喉は引き絞るかのようなか細い悲鳴をあげていた。

    「~~ッ!? なにあれ、なにあれ!」
    「メンズコスメのコマーシャルだろうが」
    「あんなエッチなんて聞いてない!」

     コマーシャルの最後、本当に少しだけ流れたオマケのような映像が事件だったと言っても過言じゃない。最初に出て来たソファにぐったりと座り込む、顔の見えない女性らしきシルエット。その後ろからコツコツと靴音を鳴らしてタイジュが近づいたかと思えば、さっきとはカラーの違うルージュをまとった唇で、女性の首筋にキスをする。タイジュの舌先がそのまま首筋を舐めて……そこで映像は終わりだった。
     一気に興奮させられてしまった。落ち着いて食事なんてできるわけがない。一回落ち着こうと箸を置き、熱くなってしまった頬を両手で押さえる。タイジュは今までのドラマの中でも、コマーシャルの中でも、あんな雰囲気のものには参加してこなかった。いつだってクリーンな印象で、健全派って感じだったのに。
     興奮と疑問が渦巻いて混乱しているオレの様子をじっと見ていた大寿くんが、食べ終わったどんぶりと箸を置いて片肘をつきながらオレの顔をじっと、少し意地悪な顔で見つめてくる。

    「な、……なに?」
    「はは、面白くねぇって顔してンな。……"柴タイジュ"が、どうして今までああいう作品には参加しなかったか、わかるか」
    「…?」
    「三ツ谷。テメェがいるからだ。たとえ役であったとしても、オレは他の奴とのベッドシーンなんてごめんだ。そう断ってきたが……」

     そこで言葉を飲み込み、じっとこちらを見つめる静かな目に、思わずうろたえる。何か、今までの環境からは何かが大きく変わってしまう気がする。ごく、と無意識に喉が鳴ったのを感じながら、オレからもじっと見つめ返した。

    「……推しと恋人は別、ってンなら……タイジュがベッドシーンをこなしても構わねぇってことになるんだな?」
    「そ、……れは、」
    「あのコマーシャルは"警告"だ、三ツ谷。あれ以上のことを……ベッドの中で、テメェしか知らなかった顔を、世に出してもいいんだな?」

     どうする、と囁くように問いかけてきた大寿くんの言葉に、思わず泣きそうになる。そんなこと言われても、タイジュがその仕事をしたいというならオレは止められないし、でも恋人の格好良くて甘い、オレだけの顔を見せたくはない。でもオレは、推しと恋人は別だと言い張ってきた。今更、そんな都合の良いこと。
     ぐるぐると悩んで、何をどう言葉にすればいいのかわからなくなって。限界を迎えたオレの心と体は、ぼろっと涙をこぼして答えた。

    「……泣くほどイヤなら、わけのわからねぇこと言って無理やり線引きするんじゃねぇよ」
    「だ、って……仕事とプライベートは別だろぉ…!」
    「そりゃ別モンだがな、切っても切り離せねぇのは事実だろうが」

     ぐすぐすと泣き始めたオレの隣へ大寿くんが静かに寄ってきて、ティッシュで目元を拭われる。良い子だ、と甘やかす声はオレの大好きな恋人の大寿くんのもので、それにますます安心してしまったオレは子どものようにわんわんと泣きじゃくるしかなかった。


    「推しも恋人も同じだって認めたんだからな、いい加減オレを放置するのやめろ。飯も食え、画面にばかり夢中になるんじゃねぇ」
    「……大寿くん、もしかしてスッゲェ妬いてた?」
    「…………さあな」
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