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    adashi_No6

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    adashi_No6

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    ・たいみつたい
    ・たまたま入った店でバイトしてる恋人の姿に見とれるのが書きたかった
    ・いつか続きが書けたらいいな

    雨降ってたなぼた 忙しない日だなと、思った。
     暑い日差しが照りつける中、家から距離のある書店までわざわざ出向いて取り扱いの少ない専門分野の論文誌をようやく手に入れたものの、その帰り道で雨が降り始めた。空へ黒い雲が急激に集まり始めた時点で退避できそうな店に向かって走ったが一足遅く、小さな喫茶店へ飛び込むように入店した時には既に髪や肩が湿っていたのだが。
    「いらっしゃ、」
    「……あ? 三ツ谷?」
     トートバッグの中身が無事であることを確認している最中、不自然に途切れた声に顔をあげれば、そこにはこの店の制服だろう白いワイシャツと濃茶のギャルソンエプロンを身に着けた恋人が、引きつった笑みを浮かべて立っていた。
    「え、なん、……なんでここにいるの、大寿」
    「……雨が降ってきたから入っただけだ」
    「雨? ……あ、本当だ。しばらく降りそうだね。……こちらへどうぞ?」
     予想外の場所で会ったことに動揺していたものの、すぐに立ち直ったらしい三ツ谷が楽しげな笑みを浮かべながら案内を始める。先を歩く細い背中について歩いていきながら狭い店内を観察すれば、雨のせいかそれとも元から人気がある店なのか、大通りから外れた場所にある店にしてはそれなりに混み合っていた。
    「こちらのお席にドーゾ」
     軽やかな声に促されて正面へ向き直れば、オレが案内されたのは店の最奥にある二人用のソファ席だった。深緑色をした革張りのソファは分厚く、座っても十分に柔らかいだろう。大人しく腰を下ろしたオレにメニュー表を置いてから、小さな声で「お冷や持ってくるから待ってて」と囁いた三ツ谷は、やや大股でカウンターへ戻って行く。
     トートバッグを下ろし、改めて店内を見回す。客層はやや女性が多いようだが、年齢層はバラバラだ。大きな声で騒ぎ立てるような客はいないらしく、さざ波のように静かな声で会話や食事を楽しんでいた。
    「お冷や、お持ちしましたー。……大寿がここに来るなんて思ってなかったワ、別にやましいことは何もしてないけどさ。どこか行くの?」
    「レポートに必要な論文誌を取り寄せた帰りだ」
    「なるほど」
     周囲を観察しているうちに、シルバートレイに水が入ったグラスを載せて三ツ谷が戻った。静かな動作でテーブルにグラスを置きながら小声で話す三ツ谷をじっと見つめれば、「何見てんだよ」と照れたように笑われる。中学を卒業してから伸ばし始めた髪は今では女のように長く、今はそれを後ろで一つにまとめていた。
     ただの髪ゴムではなく波打った布のようなものでまとめていることに注視していると気がついたのか、三ツ谷が「ああ」と声をあげた。
    「シュシュが気になってんの? ここでバイトするってなった時に柚葉がくれたんだよ。いっぱいあるからあげるって」
    「……そうか」
    「落ち込むなって、アイツらともたまに顔は合わせてるんだろ?」
    「落ち込んでねえ。……アイスコーヒー」
    「はいはい、じゃあちょっと待ってて」
     ボトムの後ろポケットに差し込んでいたらしい、今時珍しい紙の伝票にボールペンで何かを素早く書き込むと、三ツ谷がカウンターへ戻って行く。小さいながらもこの店は数名で回しているようで一人はカウンター内でドリンクを作り、もう一人は客へサーブをしに行った。厨房に何人いるのかは、オレの席からは見えないが。
     三ツ谷が小声で何かを言いながらカウンターへ入りグラスへ氷を入れ始めた辺りでふと、いくら恋人とはいえ注目しすぎていることに気がついた。勝手に気まずさを覚えてグラスに口を付け唇を湿らしながら、ろくに目を通していなかったメニュー表へ視線を落とす。コーヒーや紅茶の他にジュース類、抹茶、梅昆布茶の名が並んでいて何とも言いがたいラインナップだ。喫茶店に来て梅昆布茶を頼むヤツはかなり変わっていると思うが。
    「お待たせしまし、……どうしたの大寿。めっちゃ眉間に皺寄ってるけど」
    「……いや。世の中の需要を把握する難しさを考えていた」
    「何があったのさ……」
     メニュー表から視線をあげれば、トレイからアイスコーヒーをサーブしている三ツ谷が不思議そうな顔をしてオレを見ていた。普段と違った格好をしている恋人の姿が見慣れず、しかしジロジロと眺めるのも失礼かと視線を逸らしかければ、氷がからんと涼しげな音をたてた。
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