僕の幼馴染は、どこがいいのかわからないが、案外モテる。今日だって、帰るぞと僕のクラスまで呼びにきたリアスが、クラスに入ることも叶わずに、女の子に呼び止められている。
ふわふわの明るい髪の、女の子らしい、柔らかそうな子。ねえあなた、リアスのどこがいいのか知らないけれど、やめといたほうがいいですよ。大雑把だし、デリカシーはないし、僕の扱いは適当だし。あなたの時間の無駄だから、それはもう辞めて他の男にアピールしなさい。
頭の中でそう唱えても彼女にその思いは届くはずもなく、リアスとその子はスマホを出したかと思うと、恐らく連絡先を交換した。リアスを見上げるその子の指先は、リアスのカーディガンを掴んでいて、ああ、あざといってこういうことなのかな、なんて思う。自分の、暗い色が塗られた爪を見ながら。
話が終わったのか、彼女はリアスに小さく手を振って、その場を離れようとした。リアスがスマホをポケットに仕舞って、こちらに歩いてくる。短いスカートの彼女と一瞬目が合った気がしたけれど、名前も知らない子なのできっと気のせいだろう。
教科書を仕舞ったスクールバッグを膝に乗せて、リアスの方へ顔を向けた。途端、リアスが吹き出す。
「…なん、ですか」
「いや、何その顔」
「は?」
何かついている? お弁当の残り? さっき突っ伏したときの服の皺? 両手で顔を触ってみても、特に変化は感じられない。
リアスの僕に対する態度が失礼なのは今更だからいいとしても、僕の顔が間抜けな状態なのは頂けない。…まあ、別にいいですけど。誰も見ないだろうし。
自分の顔に興味を失った僕は、スクールバッグを持って立ち上がった。リアスはついてくるだろうと見越して、一人で歩き出す。後ろから、面白くなさそうなため息が聞こえた。
「俺が他の女と絡むのがそんなに嫌なら、リアスは僕のでーすって言っちゃえば」
「は?」
三歩くらい後ろで、ポケットに手を突っ込んでだらしなく歩いていたリアスが、そう言った。僕が、リアスと、他の女の子と話すのが、気に入らないですって? あまりに見当違いな物言いに、少し苛立ちを覚える。どれだけ自信家なんだ、この男は。
目を細めて、不快感を表す。にいと薄い唇が歪んで、リアスは挑発的に笑った。
「何でそんなこと」
「俺があの女と連絡先交換して、ちょっと泣きそうな顔してた」
「は、」
「今もちょっと早歩き。早くこの場から離れたいって思ってる」
「………」
「皮膚に爪も立てて、嫌なことがあった時のお前の癖だ」
「………気持ち悪い」
心底気持ち悪い。なぜこんなに僕のことに詳しいのか。僕自身も知らない表情や癖に、どうしてこの男が知っているのか。
性格悪そうにニヤつくリアスに背を向けて、また歩き出す。数歩離れた場所に立っていたリアスが、ついてきている足音を聞きながら。
この男はそもそも僕を苛つかせる天才なのだ。いつだってそうだ。リアスの言動が気になって、落ち着かなくて、自分が自分でなくなるような感覚が、嫌いだ。そうだ、僕がリアスに苛々させられるのは、今に始まったことじゃない。
そう思うと、必要以上に腹を立てるのは体力の無駄のような気がしてくる。いつものことだから、気にしなくていい。そう言い聞かせて、静かに息を整えながら、廊下を進んだ。
教室から離れて、少し静かになったところで、ハッとリアスが笑い声を漏らす。僕は止まってやらなかった。なんだか癪なので。でも、耳は勝手に、リアスの方へ意識が向いてしまう。
リアスが息を吸う。何か言われる。聞かなくていいのに、勝手に、耳がそっちに向いている。小さな声だった。聞く気がなければ逃してしまいそうな。けれど僕の耳には、はっきり聞こえてしまった。
「可愛くねーおんな」
って。
ぶわ、と身体の熱が上がるのがわかった。可愛くないなんてわかってるのに、どうしてもそれだけは言われたくなかったような気がして、わざわざ振り返った。
「…っ! あの子みたいに可愛くなくて、悪かったですね!」
言ってしまった。僕らしくもない、大きな声で。そんな話し方をするのには慣れてないか。多分、声だってちょっと震えてた。
だから嫌なんだ。リアスといると、感情が掻き乱されて、普通でいられなくなる。珍しく驚いた顔のリアスにざまあみろって少し思ったけれど、それを言う余裕はなくて。ぐっと手のひらに爪を立てて、廊下を走り出した。
追いかけてくる足音を、背中に感じながら。