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    mmikumo

    @mmikumo 文を書きます。ツシマの石竜、刺客と牢人好きです。渋くてカッコ良い壮年以上のおじさまたちをだいたい書きます。

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    mmikumo

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    🍞🚅、🌸🌳親子です。素敵すぎる着付を拝見し、思わず書きました

    観賞用の男 華道家キムラシゲルの顧客は、由緒ある神社仏閣から、老舗のホテルや旅館、個人の邸宅までと幅広い。
     マスコミに取り上げられるような活動はしないが、日本各地からツテを頼り招聘されることがほとんどだ。
     最近、以前よりも積極的に活動を行うようになったシゲルは、助手と運転手を兼ねた男を同行させることが増えた。
     シゲルが見習い、と呼ぶ男はキムラユウイチという。シゲルの一人息子であった。
     今日もとある老舗ホテルに花を活けるために訪れた。
     車を止め、ドアを開けるとシゲルに傘を差し掛け手を貸すユウイチ。
     濃い色のスーツにネクタイ。世の運転手の装いに似たのを着ているが、それを見た他の客が一瞬引いた気配をシゲルは察した。
     そして、もう一度ユウイチをみてすぐに理解した。
     目付きが悪く上背もあるせいで、運転手というよりも、京都駅にたむろしていた某男の手下連中に近いものに見える。だから堅気がおびえた。
     これは、少し改善が必要だ、とシゲルは言葉に出さず、思った。
     
    「ユウイチ。次の仕事は和装で行くぞ」
    「え?」
     ワタルを幼稚園に送り、戻ってきたユウイチはいきなり父に呼び止められた。
     シゲルが用意していた着物一式をユウイチの前で広げて見せる。それは父の着物であった。
    「俺はスーツでいい」
    「秋からは神社仏閣での仕事が増える。先日のホテルでは一般の人々が私たちを見て若干おびえていたのにきづかなかったか?」
    「は?何で」
    「お前といるとどうも…堅気に見え辛いようだ」
    「……」
     実際そうだろ、といいかけてユウイチは飲み込む。有無をいわせぬ父に、早々に抵抗を諦める。
    「それでは、まずこれを着なさい」
     手渡された襦袢を受け取り、ユウイチが観念する。襖の向こうでごそごそと着替えをし、いいよ、と言う。
     肌着で心許なく立っているユウイチにシゲルが長襦袢を手にし、着せかける。
    「ひ、一人で着られる…」
     無意識に背中を向けるユウイチ。恵まれた体躯をしているというのに、すぐに背中を丸めるのはよくない癖だ。
     シゲルが右肩辺りに、目を止めた。
    「お前、これはどうした?」
    「何?」
     肌襦袢の下にうっすらと見える黒。背中の右の肩甲骨の上側。布を引っ張ってみると、泳ぐ一尾の鯉が隠れていた。
     和彫だが、通常彫られるような迫力のあるものではなく、水面の下に静かに泳ぐ優美な趣だ。さらにその左側には鯉に差し掛かるように桃の枝が描かれている。
     ユウイチはしまった…という顔を顕に目をつむる。突き刺さる視線が痛い。
    「その………昔仕事で失敗した時に、雇い主に…罰として彫られた」
    「罰、だと?」
     シゲルが声を険しくする。
    「…ひとつしくじるごとに、背中に墨を入れるのが趣味の変態爺だ。絵が完成したら皮を剥いで殺すと言っていた」
     シゲルの眉がピクリと震える。
     白い肌に繊細な黒の色合いの鯉と、水面の薄水色。枝の茶と花の桃色。認めるのは癪だが、腕の良い彫師だ。しかし人の息子を観賞用のように扱いおって、と怒りが沸いてくる。
    「幸い、どうこうされる前にあっちが抗争に巻き込まれて、その間に逃げられた」
    「……………………」
     押し黙ったシゲルが拳を握りしめる。その長い沈黙にユウイチが震え上がる。シゲルは、ふう、と深く息をつくと頭を振った。
    「速水御舟の春池温」
    「え?」
    「良かったな、あと桃の一枝を描き加えられていたら、完成していたぞ」
    「え……嘘……?」
     ユウイチが息を飲み、肩の後ろの鯉をつかもうとするかのように手をやる。
     ユウイチの怯えたような顔にシゲルは見えない所で小さくため息をつく。
     からだは人並み以上に育ったものの、昔から心の弱いところのあるユウイチは、強い者に目をつけられがちだ。今回の事件でもそうであった。どうにも加虐心を煽る質のようだ。
     家族を守るために逃げるのを止めた事は立派だが、裏の世界に関わってしまった以上、もっと力を付けなければいけない。
    「お、親父…?何考えてんだ…?」
     背中で黙って標的リストを書き換えている父親を、ユウイチが不安そうに振り返る。その顔だ、と思いながらシゲルは服を直し、鯉の上を、ぽんと叩いた。
    「まあ、国芳とかを彫られなくて良かったな。画竜点睛は欠くが悪くない」
    「……そういうもんか…?」
     ユウイチはシゲルの覗かせた裏の顔に、複雑な顔をした。
     ぐるぐるしているユウイチをよそに、シゲルは気を取り直して着付を続ける。
     シゲルの手本を真似て、鏡を見ながら中心を揃え、長襦袢を帯で留める。その上に着物を着て、また細い帯で留めて、また上に帯を結ぶ。着物に焚き染められた香のかおり。父の香りのする衣に包まれていくのは、なんだかざわざわする。
     最後の帯は、シゲルに前から抱き締められるように腕を回されて、ユウイチは驚いて一歩ひく。こどもの時以来、いきなりハグされて、いっ、と声を出してしまった。
    「何だ?もしや、傷に触ったか?」
    「ち、違う…」
    「なら続けるぞ。あと少しだ」
     グッと絞められて、前で結ばれる。貝の口という結び方だとシゲルが言い、後ろへ縛ったところを回す。
     ユウイチはやっと終わった着付にすっかり疲れていた。色々と心臓に悪すぎた。一方でシゲルは出来映えに満足げだ。
    「うむ、思ったより様になっている」
    「手間がかかるな…それに腹が苦しい。ここだけ防弾着てるみたいなんだが」
    「ちょうどいいじゃないか」
     事も無げに言うシゲル。最後の仕上げと言うようにユウイチに羽織を着せかけると、立派な馬子にも衣装ができあがった。
    「お前も慣れればひとりで着られるようになる。それにワタルにも着付けてやれるぞ」
    「そうか」
     所在無げに前で指を組むユウイチ。シゲルが首を捻って、袖の中で腕を組ませた。
    「せっかくの貫禄がなくなる。これは所作も仕込まねばならんな」
    「…お手柔らかに頼みます」
    「うむ。素材を有効に生かさねばな」
     シゲルは真剣な顔でユウイチを色んな角度から見まわした。その目は父というより、華道家が花を見るそれになっている。
     ユウイチは肩をすくめてぼやいた。
    「親父まで、切ったり、挿したりはしないでくれな?」
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