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    ToriMizu22

    @ToriMizu22

    文章中心。雑多。

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    ToriMizu22

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    タイユニ長編

    #タイユニ
    thai-uni
    #ゼノブレイド3
    xenoblade3

    【01】背伸びをしても届かない第一話「98℃の恋」


    エルティア海の夜は冷える。
    だからこそ、タイオンが淹れてくれたハーブティーはユーニにとって必需品だった。
    休息地に到着するたびお茶を入れて欲しいと強請るものだから、きっと彼も大変だったに違いない。
    けれど、いつも何だかんだと小言を言いつつユーニの要望を受け入れてくれるタイオンは優しかった。
    あの夜も、いつも通り休息地に到着して早々ハーブティーを強請ったユーニに、彼は“はいはい”と適当に返事をしながら腰を上げた。

    広大なエルティア海は船での移動が必須となる。
    長い船旅は体力的に厳しいものがあり、こうして頻繁に近くの島に停泊しては休息をとっていた。
    バウンダリーの操縦桿を握っているリクは、長い航海に疲れてしまったのか、休息地に到着するなりマナナと一緒にシュラフで眠り込んでしまっている。
    その脇には、習慣である日記をしたためているミオ。
    数メテリ離れた場所では、ブレイドを素振りしているノアや筋トレに勤しんでいるランツ、セナの姿が見える。
    思い思いの時間を過ごしている仲間たちを横目に、ユーニは簡易テーブルについてタイオンがハーブティーを淹れてくれるのを待っていた。

    6人の中で一番荷物が多かったのはタイオンだった。
    当時はそんなに荷物多くて何に使うのだろうと呆れていたが、あれは彼の慎重な性格がさせたことだったのだろう。
    たくさんの荷物の中には、湯を沸かすための折り畳み式ポッドも入っていた。
    エーテルをエネルギーにしているこのポッドは、ハーブティーを淹れる際に無くてはならない器具の一つ。
    ろ過した水をポッドに注ぎ、電源を入れて沸騰するのを待つ。その間に茶葉を用意する。
    一連の動作には無駄がなく、彼がこの短い生涯で数えきれないほどハーブティーを淹れてきた事実を物語っていた。

    水が入っているポッドから、“シュー”という音が聞こえてくる。
    この音が聞こえてきたら、もうすぐ沸騰する証拠。
    水がぼこぼこと沸騰する直前に、タイオンはポッドの電源を落とす。
    これもまた、彼のルーティーンの一つだった。


    「なぁ、なんで沸騰する直前に止めるんだよ?」
    「ハーブティーの香りが一番際立つのは98℃だ。沸騰直前のお湯を使う方が美味く仕上がる」
    「ふぅん。めんどくせぇことしてるな」
    「“こだわっている”と言ってくれ」


    やがて数分の蒸らし時間を経たのち、カップに注がれたハーブティーが差し出された。
    立ち上る湯気からはセリオスアネモネの心安らぐ香りが漂っている。
    この香りに何度助けられたことだろう。
    寝苦しい夜も、恐怖で身を固くした夜も、無性に寂しくなった夜も、いつもこの香りが傍にあった。

    そっと口をつけると、いつもの爽やかな風味が口内に広がる。
    穏やかで、冷え切った体と心を陣割りと化していくような、そんな温かさに抱かれているようだ。
    ふっと息を吐き、タイオンを見上げる。
    その場に立ったまま同じようにハーブティーのカップに口をつけている彼と目が合う。
    なるべくこの暖かさがタイオンの心にも伝わるように、ユーニは目を細めていつも通りの言葉を贈る。


    「美味い。ありがとな」
    「あぁ」


    98℃の沸騰寸前のお湯で淹れられたハーブティーの味は、今でも覚えている。
    こうして夢に出てくるほどに、ユーニの中では特別な味だった。
    アイオニオンにいた頃、胸に灯ったタイオンへの気持ちに答えが出ないまま、沸騰するときを迎えることなく別れてしまった。
    けれど、今ならわかる。きっと自分は、あの仏頂面な相方のことが好きだった。
    彼の淹れるハーブティーの味も、ユーニの名を呼ぶ声のトーンも、揶揄うたび見開かれる褐色の瞳も、何もかも嫌になるくらい覚えている。
    知らないままだったなら、もう少し穏やかに過ごせていたのだろうか。
    優しい夢を見ながら、ユーニの意識は白んでいった。


    ***

    誕生日に彼の夢を見てしまったのは偶然だろうか。
    目を開けた瞬間、目じりから涙が零れ落ちていることに気づき、ユーニは右手の親指で拭った。
    狭苦しいこの部屋で朝を迎えるたび、現実に引き戻されたことを実感して嫌になる。
    陽が当たらないせいでやたらと湿気が多いこの部屋が嫌いだった。
    けれど、自分一人の部屋が確保されているだけまだマシだろう。

    身体を起こして部屋を出ると、ユーニは眠気眼のままキッチンで朝食の用意を始めた。
    10枚切りの食パンから2切れ取り出し、油汚れがこびりついたままの古いトースターに入れる。
    パンを焼いている間に卵を2つ冷蔵庫から取り出し、小さなフライパンの上で焼く。
    半熟じゃないと怒られるため、塩と胡椒を振ってすぐに火を消した。


    「朝食まだかい」


    トースターがパンを焼き終えたことを知らせる“チンっ”という音とほぼ同時に、奥からよれよれのスウェットを着た中年の女性が狭いダイニングへと入ってきた。
    白髪交じりでぼさぼさの髪を輪ゴムで一つに束ねたその女性は、古くなって塗装が剥げている食卓の椅子に腰かけ、大あくびをかいている。
    焼けたパンを皿にのせ、その上に特売で買ったハムと目玉焼きを盛り付けて食卓に持っていくと、女性は“いただきます”も言わずに手を付け始めた。


    「なんだいこれ。半熟じゃないか。あたしは固い卵焼きの方が好きなのに」


    この前は“半熟の方が好きだから作り直せ”と喚いたくせに。
    いつも通り繰り返されるわがままを聞きながら、ユーニは自らが作ったパンを前に無言で手を合わせると、静かに手を付けた。
    パターも何もつけていないパンは少しだけパサパサしている。
    せめてマーガリンくらいは塗るべきだったかもしれない。
    今度買ってこようかな。でも高いんだよな。
    そんなことを考えていると、早くも朝食を食べ終えた正面の女性、もとい母方の叔母は、後ろの壁に掛けられている黄ばんだカレンダーを見つめながらぼんやり呟いた。


    「そういやぁあんた、今日誕生日じゃないか」
    「……」
    「今年18だな?」
    「……」
    「黙ってんじゃないよ。例の約束、忘れてないだろうね?」
    「……忘れてねぇよ」


    目も合わせず応えると、叔母は食卓の上に置かれた安い紙たばこを手に取りながら、黄色くなった歯をむき出しにしながら笑って見せた。


    「これでお荷物ともおさらばできる。長かったなぁ、この生活も」


    話しかけているつもりなのかもしれないが、叔母の言葉に応えてやる気力はなかった。
    この生理的に受け付けない女は、ユーニにとって母の妹にあたる存在である。
    美人で出来の良かった母に比べ、叔母は綺麗とは言い難く頭も悪かった。
    この築50年の古いアパートで死んだ両親の遺産を貪るように暮らしていたこの女に引き取られてしまったのは、ユーニにとって人生最大の汚点ともいえるだろう。
    だが、こんな生活ももうすぐ終わる。
    そう思うと、ほんの少しだけ明るい気持ちになれた。

    朝食を終え、2人分の食器を回収してシンクへ運ぶ。
    食事を作ることはもちろん、食器洗いもユーニの仕事だった。
    叔母曰く、“養ってやってるんだからお前が家事をやるのは当然のこと”らしいが、叔母の収入ではなく祖父母の遺産で生きていけているのは指摘してはいけない事実である。
    余計なことを言って、この家を追い出されれば行く当てなどない。
    いつか明ける夜を待ち望みながら、ユーニは叔母の理不尽に必死で耐えてきた。
    そんな長く寒い夜も、もうすぐ終わりがやってくる。

    制服に着替え、洗面所で髪型をチェックする。
    亜麻色の髪を撫でながら自分の頭の上に視線を向けると、あるはずのない白い羽がぼんやりと見えた気がした。
    ローファーを履き、ボロアパートの玄関を出て学校に向かう。
    ユーニが通っている高校は、何の変哲もない平凡な公立高校だった。
    叔母は進学費を出すのを渋ったが、幸い中学の頃から成績が良かったユーニは、奨学金を借りることができたためなんとか高校には通えている。
    あのじめじめした薄暗い家を留守にできる口実ができるから、学校は好きだった。


    「あぁ、ユーニ。おはよう」


    教室に入ると、見慣れた顔が手を振って挨拶してくれた。
    黒髪を一つに束ね、朗らかに笑っている彼の名前はノア。
    そのすぐ隣には、大柄で筋肉質な男、ランツも一緒にいる。
    2人に“おはよう”を返しつつノアの隣の席に腰かけると、ノアもランツも笑顔で話を振ってくれる。

    ユーニにとって学校が心の憩いになっているのは、あの家を空けられるからという理由だけではない。
    ノアやランツをはじめとした、見知った顔に会えるからという理由も大きな要因だった。
    左隣の席にはノア。後ろの席にはランツ。廊下側の席にはヨラン。隣のクラスにはセナ。一つ上の学年にはミオ。一つ下の学年にはマシロとルディ。そして担任の先生はアシェラ。
    この学校には、アイオニオンで縁を結んだ人たちが多く所属していた。


    「はい、ユーニ」


    不意に横から何からが差し出された。
    視線を上げると、そこには同じクラスに所属しているヨランの姿が。
    記憶の中にいる彼と全く同じ柔らかな笑みを浮かべた彼は、コンビニで売っている小さなカップケーキを差し出していた。


    「えっ、なにこれ?」
    「ユーニ今日誕生日でしょ?朝買ってきたんだ」
    「あっ、やべっ、そういやそうじゃん」
    「あー!ランツ忘れてたんだ?」
    「い、いやいや覚えてたって!ただなんも用意してねぇなぁーって」
    「ランツはそういうところあるからな。はいこれ。俺からのお祝いの気持ち」
    「わ、プリン?」
    「うーわノア!お前抜け駆けしやがって……!」
    「用意しなかったランツが悪い」


    ぎゃいぎゃいと盛り上がる彼らのやり取りを横で聞きながら、ユーニはノアとヨランから贈られたささやかな“プレゼント”を並べて眺めていた。
    きっと自分は恵まれているのだろう。
    あんなに湿っぽい家から一歩外に出れば、こんなにも暖かい友達が迎え入れてくれる。
    ノアもランツも、そしてヨランも知らないのだろう。
    その存在が、ユーニの心の支えになっていることを。そして、かつて“アイオニオン”という別世界で、一緒の時を過ごしていた事実を。


    「ユーニ、後で昼飯おごってやるからそれで勘弁な?」


    両手を合わせながら、ランツがその多い中らを縮こませて謝ってくる。
    優しい輪の中心にいることに幸福感をにじませるユーニは、アイオニオンにいた頃と変わらない笑顔で言うのだった。


    「しゃーねぇな」


    ***

    ユーニには、“殺された記憶”が2つある。
    一つはアイオニオンにいた頃の記憶。
    血と硝煙にまみれた戦場で、不気味なメビウスに貫かれた忌々しい記憶である。
    もう一つは、“この世界”で経験した記憶。
    10年ほど前。当時小学生だったユーニは、その日もいつも通り弟と一緒に子供部屋で眠っていた。
    深夜2時。ぐっすり眠っていたはずのユーニの意識は、部屋の外から聞こえてくる悲鳴と物音で覚醒した。

    何かが走り回る音と、打ち付けるような音。
    一緒に聞こえてきた母の金切り声と父の怒声が、尋常ではない事態を物語っていた。
    弟も異変に気付き、布団の中で震えていた。
    どうしよう。様子を見に行った方がいいのだろうか。
    迷っているうちに部屋の外は静かになった。
    あぁよかった。災いはどこかあ遠くへ行ったのだろう。
    そんな根拠のない理屈が頭によぎったのは、自分自身を安心させようとする防衛本能が働いたからなのだろう。
    やがてその静寂は、子供部屋の扉が勢いよく開け放たれたことで終わりを告げる。

    扉の向こうに立っていた男の姿は、暗闇だったためよく見えなかったが、手に持っていた刃物だけはよく見えた。
    きらりと反射して光る刃物には、赤い血がべっとりと付着している。
    子供ながらになんとなく察してしまった。その血が両親の者であることを。
    一瞬の静寂は、両親が息絶えたことで訪れたものだったということを。
    そして、自分たちもこの男に殺されるのだということを。

    刃物が反射して、男の目元だけが見えた。
    狂気に満ちたその双眸はどこか見覚えがある。
    その男が、かつて自分を殺したことがある“ディー”と同一人物だったと知ったのは、のちのことである。

    刃物が振り上げられたその瞬間を最後に、ユーニの意識は真っ暗な闇の中へと沈んでいった。
    黒く暗い景色の中で、ぼんやりとした光景が浮かんでくる。
    武器を持って戦っている自分の姿。
    黒髪の青年と筋肉質な青年と一緒に笑い合っている自分の姿。
    獣耳を持った少女と青く燃えるような髪を持った少女と一緒に談笑している自分の姿。
    そして、褐色の肌をした眼鏡の青年の隣で、お茶を楽しんでいる自分の姿。

    そのどれもが見覚えのない光景だったが、何故か懐かしく感じた。
    そして、過ぎ去っていくおぼろげな光景を次々目にしながら、ユーニはついに真理へとたどり着く。
    あれは自分だ。もう一人の自分だ。
    別の世界で生きていた、もう一つの人生。
    あぁ、どうして忘れていたのだろう。こんなにも大切な記憶だったはずなのに。

    ユーニが次に目を覚ましたのは、見慣れない病院の一室だった。
    夜中の騒々しさに隣の家の住人が様子を見に来てくれた結果、凄惨な現場を目撃してしまったらしい。
    その隣人によって警察と救急車が迅速に手配され、ユーニは緊急搬送という形で病院に運び込まれた。
    だが、無事一命をとりとめたのはユーニだけで、両親や弟はその場で死亡が確認されたという。
    その事実を医者から告げられた瞬間、涙があふれ出た。

    家族が死んだことを悲しむ涙でもあり、忘れ去っていた別世界での記憶を取り戻したことによる困惑の涙でもあった。
    そして思い出す。あの日、家族を襲った男の顔を。
    あれは間違いない。かつてアイオニオンで自分を殺したメビウス、ディーだ。

    どうやらあの男は強盗目的だったらしく、家で保管されていた金目のものを片っ端から盗んでいったらしい。
    逃亡中の男を捕まえるべく、警察側から似顔絵作成の依頼が来た。
    記憶に深く刻みつけられているあの顔は、忘れられるはずがない。
    顔の特徴を克明に伝えると、驚くほどに再現度が高い似顔絵が完成した。
    この似顔絵が決め手となり、男は犯行から半年経った頃に逮捕された。
    捜査官が見せてくれた犯人の顔写真は、まさしくディーそのもの。
    何故ディーがこの世界にいるのだろう。
    いや、そもそもなぜ自分も、こんなアイオニオンとは縁遠い世界で生きているのだろう。
    疑問は解決できないまま、時は過ぎていった。

    やがて中学、高校へと進学していくと、新しく出ある顔に見覚えがある顔が混じることが多くなっていった。
    中学の同級生の中には、かつてコロニー9で一緒の時を過ごしていた兵士たちが何人かいた。
    高校に進学すると、年少兵の頃からの腐れ縁だったノアやランツ、ヨランとも出会えた。
    だが、全員共通してアイオニオンでの記憶は持っていない。
    恐らく、記憶を持っている自分がイレギュラーなのだろう。
    ディーに殺されかけ、生死の淵をさまよったことで記憶が呼び起されたのかもしれない。
    そして、アイオニオンと今い自分がいる世界は、いわゆる“並行世界”という関係にあるのではないかという結論にも至った。
    アイオニオンはゼットとの戦いの派手に二つに裂け、元の世界へと還っていったと記憶しているが、この世界はどう考えてもアイオニオンでも“元の世界”でもない。
    あの頃のように自分の頭には羽が生えていないし、アグヌスの人間であるミオやセナの姿が確認できた以上、元の世界でもないのだろう。
    となれば答えは一つ。並行世界であると考えるのが自然だ。
    この仮説がどこまであっているのかわからないが、自分以外にアイオニオンでの記憶を持っている人間がいないのだから答え合わせのしようがない。
    ただ、かつての仲間や友人たちと再び縁を結べているこの状況は、ユーニにとって非常に心地よいものであることは間違いなかった。
    あの家を出ることになっても、ノアやランツ、ヨランたちとはずっと友達でいたい。
    アイオニオンでは、悲しい結末をたどってしまった分、この世界では強くつながっていたいと思えるのだ。

    ノアやランツたちだけではない。
    ミオやセナ、その他アイオニオンで縁を結んだ多くの人々に囲まれながら今の人生はある。
    思えば、ノアやランツたちと友人になれたのも、ミオやセナたちと知り合えたのも、ディーに家族を殺されたことさえも、陰画によって定められたことなのかもしれない。
    けれど、今を取り巻く人間関係は“完璧”とは言い難い。
    たった一つだけ、足りないものがある。欠けているものがある。
    欠如したその部分は、ユーニにとってあまりにも大きい。
    ユーニの新しい人生には、タイオンだけがいなかった。


    「えっ……」


    誕生日と言えど世間では普通の平日に過ぎない。
    いつも通りの放課後を迎え、ユーニは帰路についていた。
    見慣れたボロアパートの敷地内に入り、2階へと続く階段を上がり終えた瞬間、妙な光景が視界に入る。
    家の玄関の前に、スーツケースがひとつだけ置いてある。ユーニのモノだった。
    何故自分の荷物が外に出されているのか、察しのいいユーニはすぐに勘付いてしまう。

    急いで鞄から家の鍵を取り出して玄関扉を開錠してみるが、扉がどうにも開かない。
    内側から重たい何かで塞がっているようだ。
    外からの侵入を拒むこの状況は、明らかに故意によるものだった。


    「ちょ、なにこれ、開けろよ!」
    「もうここはアンタの家じゃないよ」
    「はぁ?何言って……」


    ほんの少し開いた扉の隙間から、叔母の声が聞こえてきた。
    相当重い何かで扉を塞いでいるらしく、いくら押しても扉はびくともしなかった。
    部屋にあった荷物がまとめてトランクケースに詰め込まれ、外に出されているというということは、叔母は自分を追い出そうとしているのでは。
    そんな予想を裏付けるかのように、中から再び叔母の残酷な声が聞こえて来る。


    「アンタが18になったら家を出ていくって約束だったろ?ようやくその日になったんだ。とっとと出ていきな」
    「ふざけんな!誕生日当日に出ていくなんて言ってねぇだろ まだ高校も卒業してねぇのに」
    「そんなの知らないよ。小生意気な姪を10年間も世話してやっただけ感謝してほしいくらいだ」


    強盗犯によって家族が殺され、身寄りを失ったユーニは、唯一の肉親である母方の叔母に引き取られた。
    父方の親族は病死や事故死でほとんどいなかった。
    一方母方の親族は、末期がんに侵された祖父と叔母が残っている。
    病床に伏している祖父にユーニを引き取れるわけもなく、消去法で叔母が選ばれたのだが、叔母は当然のように引き取りを拒んだ。
    かわいい孫を哀れに思った祖父は、叔母にユーニを18歳まで面倒を見ることを条件に自分の遺産を譲り渡すことを約束した。
    万年金に困っていた叔母はその条件を承諾。
    ユーニの居場所は確保されたが、以降彼女にとって地獄のような日々が始まるのだった。


    「ほら!とっととどっか行っちまいな!もうあたしとアンタは他人同士だ!これ以上そこに居続けるなら警察呼ぶよ!」


    突き放すような叔母の言葉に、もはや自分の居場所はここにないのだという事実を思い知らされる。
    ここにいる意味は、もうないのだろう。
    扉を開けようと押していた手が、ゆっくりと脱力していく。
    開いたままの扉の隙間から、“餞別だよ”という一言共に白い封筒が投げられた。
    中身を確認してみると、そこには5万円が入っていた。

    住む場所も食事のあても突然失った女子高生が、たった5万で生きていけるわけがない。
    だが、あの卑劣で独りよがりなあの叔母のことだ。
    どうせ抗議したところでどうにもならないだろう。
    この女がそうと決めたことは、二度と覆せない。
    10年間一緒に暮らしてきたからこそわかる。これ以上足掻いたところで事態は好転しない。

    深いため息とともに、ユーニはあきらめた。
    投げ出された封筒と、自分の荷物が詰まったトランクケースを手に持ち、よたよたと歩き始めた。
    このボロアパートに思い入れがあったわけではない。叔母との別れがつらいわけでもない。
    ただ、あんな最低な叔母でも、失えば生活の基盤を脅かされることになる。
    叔母の気まぐれと理不尽で左右されてしまうほど、自分という存在は軽くて非力なのだと思い知ってしまった。

    どうしよう。一瞬にして住む場所を失ってしまった。
    時刻は17時半。ともかく今夜一晩過ごせる場所を探さなくては。
    スマホに視線を落とし、登録されている連絡先をスワイプする。
    ノアやランツ、ヨランにセナ。そしてミオ。
    この中にいる誰かを頼ってしまおうか。
    事情を話せば、きっと一晩くらい泊めてくれるはずだ。
    けれど、ずっと友達の家に泊り続けるわけにはいかない。
    アイオニオンにいた頃とは違い、この世界ではそれぞれ皆家族がいる。
    きっと迷惑をかけるだろう。友達を頼るのは最終手段だ。
    出来る限り自分の力で何とか解決の糸口を見つけたい。

    今ある資金は叔母から投げ捨てられたこの5万と、元々バイトで貯金していた10万の計15万。
    一晩ホテルで過ごすくらいの余裕はあるはずだ。
    いつまでも絶望していても仕方ない。行動しなくては。
    崩れ落ちそうになる自分に鞭を打ち、ユーニは電車を乗り継いで最寄りの繁華街へと向かった。

    18時を過ぎれば、昼まで平穏だった繁華街は夜の顔を見せ始める。
    道端には見るからにガラの悪そうな男女がたむろし、ぎらぎらとしたネオンが街を彩っていた。
    そんな中を、ユーニはあてどなく歩いている。
    先ほどから目に付いたビジネスホテルに片っ端から入っているが、どこも門前払い同然の対応をされてしまった。
    どう見ても未成年であるユーニを見て、受付の人間は全員マニュアル通りの台詞を吐くのだ。
    “親御さんの同意はありますか?同意を証明できるものが無ければ宿泊は出来ません”

    血のつながった親はもうこの世にいない。
    今まで保護者の役割を担っていた叔母はつい数十分前に自分を追い出した。
    自分の身元を証明してくれそうな大人などどこにもいなかった。
    宿泊を断られ続け、今日の行く当てがなくなったユーニはついに疲れ果て、建物の影でしゃがみ込んでしまう。
    流石に歩き疲れた。どこかで休もうにも、休めそうな場所は見当たらない。
    金曜の夜ということもあり漫画喫茶やカラオケはどこも満室で入れそうにない。
    これ以上あてもない街を歩き回るのは流石に無理がある。
    正直あまりやりたくなかったが、やはり友達を頼るしか道は残されていないのかもしれない。

    充電が少なくなったスマホを懐から取り出し、画面に視線を落とす。
    誰を頼ろう。一番最初に思い浮かんだのはノアやランツの顔だったが、ミオやセナの存在が頭をよぎる。
    こういう時に異性を頼るのはあまり気が進まない。ならばミオやセナを頼ろうか。
    あの2人なら力になってくれそうだが、確実に迷惑がかかる。
    今夜は凌げても、明日以降の居場所がない事実は変わらない。
    友達を頼れば一時しのぎにはなるだろうが、抜本的な解決にはつながらないだろう。
    どうせ友達の家をローテーションで泊まり歩くことになる。そうなれば相手の家族にも嫌な顔をされるだろうし、最悪友人関係に亀裂が入る可能性もある。
    それだけは避けたかった。

    ノア、ランツ、ヨラン、ミオ、セナ、ゼオン。
    スマホに登録されている友達一覧をスワイプしながら、ユーニは肩を落とした。
    こういう時、タイオンがいてくれたら迷わず頼るのに。
    ユーニのスマホには、タイオンの名前だけがない。
    アイオニオンで縁を結んだ人たちのほとんどは何かしらの形で再会が叶ったが、タイオンとだけは未だ再会できていない。
    ノアやランツ、ミオやセナが同年代の学生として存在している以上、きっとタイオンもどこかの学校に通う学生なのだろうと踏んでいるが、中学にも高校にもその姿は見当たらなかった。
    彼はアイオニオンでは頭脳派な参謀だったし、もしかすると他の進学校にいるのかもしれない。
    そう思い、進学校に進んだ中学時代の友人たちに頼んで探してもらったが、はやり“タイオン”という名前の生徒はどこにもいなかった。

    ノア達とは会えたのだから、きっといつか会える。
    そう信じていたけれど、高校3年の5月になった今もその行方は分からない。
    もし今、このスマホの中にタイオンの連絡先が入っていたのなら、迷わず助けを求めるだろう。
    アイオニオンで命を預け合った彼なら、きっと何があろうと味方でいてくれる。隣に居てくれる。
    けれど、この世界でユーニが築き上げた人間関係の中に、タイオンの姿はない。

    タイオンに会いたい。会いたくてたまらない。
    何処にいるんだよ。アタシを独りにするなよ。

    孤独感にさいなまれたユーニは、トランクケースの前でしゃがみ込みながらうつむいた。
    何処にいるかもわからない、そもそも存在しているかもわからない相手に助けを求めたって仕方ない。
    そんなことは分かっているけれど、懇願せずにはいられなかった。
    戦いの日々の中で、恐怖から自分を救い出してくれたのはいつだってタイオンの存在だった。
    夢の中でしか会えない別世界の彼を、ユーニは恋しく思っていた。


    「ねぇ君、大丈夫?」


    トランクケースの前でしゃがみ込み、俯いている制服姿の女子高生は夜の繁華街で悪目立ちしてしまう。
    案の定、見知らぬ若い男たち近づいてきた。
    派手な髪色にピアスをじゃらじゃらつけたその男は、視線を上げたユーニの顔を確認した瞬間ニヤリと笑みを浮かべた。


    「具合悪い?休憩できるとこ行く?俺出すよ。そこの路地裏にホテルあるからさぁ」


    男が指さしたのは、薄暗い路地の先に見える煌びやかなラブホテル。
    こちらの体調を心配する様子を見せてはいるが、男の下心は隠れていなかった。
    この言葉に甘えた先に何が待っているのかは考えるまでもない。
    そこまで墜ちたくはない。けれど、もはやこれしか道はないのかもしれない。
    どのみち手元の15万では明日以降を生きていく当てがない。
    生きるためには金が必要だ。
    18歳になったばかりの自分が出来る手っ取り早い金稼ぎの方法は、まさにこれなのだろう。
    友人に迷惑をかけるくらいなら、自分の身体を売ってでも生きていくしかない。
    家族を失ったあの日から、自分の人生の末路は決まっていたのかもしれない。
    腹をくくるときが来た。
    ため息を1つ吐くと、ユーニはゆっくりと立ち上がる。
    そんな彼女の行動を“OK”サインとみなした男は、またいやらしい笑みを浮かべなら腕を掴んできた。


    「じゃあいこっか」


    気持ち悪い。触るな。
    そう怒鳴ってやりたかったが、明日を生きるためには仕方ない。
    腕を引く男に従い、歩き出そうとするユーニ。
    だが、俯く彼女の腕を掴んでいる男の浅黒い手首を、横から何者かが掴み上げた。
    男は思わず“いてっ”と悲鳴を挙げながらユーニの腕を掴んでいた手を放してしまう。
    視線を足元に落としていたユーニは、男の汚いスニーカーとは別に、綺麗な革靴がすぐ傍に建っていることに気が付いた。
    そして革靴の男性は、男の腕を掴んだまま口を開く。


    「すまないが、人のツレに気安く声をかけないでもらえるか?」


    その声を聞いた瞬間、心臓が止まりそうになった。
    記憶の奥底に眠るその声には聞き覚えがある。
    けれど、そんなはずない。だって彼はいくら探してもいなかった。
    あんなに必死で探して見つけられなかったのに、こんなところにいるはずない。
    期待と不安に心を支配されながら恐る恐る顔を上げる。
    目の前に立っていたその顔を確認し、ユーニの心がきゅうっと締め付けられた。


    「待たせてすまない。大丈夫だったか?」


    そう言って微笑みかけて来る彼の褐色の瞳は、あの頃と同じ色をしていた。
    癖の強い髪、褐色の肌、すらりと高い背。眼鏡こそかけていないものの、それ以外は間違いなく“彼”の特徴と合致している。
    そこに立っていたのは他でもない、あのタイオンだった。


    続く
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