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    tooko1050

    透子
    @tooko1050
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    むついず、hjkn他
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    tooko1050

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    御礼として書き始めたらえらく長くなってしまいまして💦やっと出来ました!
    というわけで、その後のあの本丸より、楽しい日のお話です☺️

    診断メーカーより
    『本のタイトルは「リグレットの雨に濡れながら」で、帯のフレーズは【 誰に蔑まれてもかまわない。僕は君が好きだ。 】です。』ネタ

    ■通常男士むつと保護刀な兼 設定
    『訣れの歌が終わる前に』番外編
    「大好きとおくりもの」

    ##むついず
    ##リグレット

    「大好きとおくりもの」「う……?」
     気持ち良く目覚めた部屋の中はまだまだ布団の中のぬくぬく感が愛おしい、そんな季節だ。
     良い天気らしく、陽の光で障子が光っているように見える。
    「お目覚めですか?」
    「んー」
    「おはようございます、和泉様」
     くろのすけが柔らかな声で挨拶してくれるのにおはよう、と返して和泉の一日が始まった。

     いつも通り綿入を羽織ってもふもふと心地良い布団をしまったりしていると、隣の部屋の方から小さな音がした。
    「あ!」
     間もなくキシキシと軽く床板の音がして障子には人影。するりと開いた向こうには大好きな「いずみ」こと和泉守がいた。
    「おはようさん。よく眠れたか?」
    「あー!」
     着替えを済ませている和泉守がさっと中に入って障子を閉めてくれた。ひや、と滑り込んでくる冷気にちょっと首を竦めていると、風邪引かねえうちに着替えような、と優しい声がする。
    「さぁて、今日はどれがお好みかねぇ?」
    「うー」
     箪笥を一緒に覗き込んで、冬用の着物だよ、と用意して貰った物から選ぶ。少し迷ってこれ、と深い赤の着物を引っ張り出すと、「お、良いじゃねえか」と和泉守が笑った。
    「真っ赤ななんとやらってな。ちょうど良いや、今日はお楽しみがあるもんな」
    「そうでした、今日は良いことがある日でしたね」
     くろのすけも嬉しそうだ。
     なんだっけ。
     楽しいこと。毎日たくさん嬉しいことがあるからどれのことだろう、と迷っているとくすくす和泉守が楽しそうに笑った。
    「あー」
     「いずみ」が笑ってくれればもっと嬉しい。ふわふわになる気持ちのままに笑ったら、和泉守も同じように笑った。
    「まずは支度だな。よし、綺麗に着付けてやっからな!」



     寒い廊下を大急ぎで行き来して顔を洗わせた後、戻った部屋で櫛を通した可愛い可愛い『弟』の髪が健康そうに艶々していることに和泉守兼定は満足した。あちこち動き回るだろう今日の予定を考えて、自分と同じく長い長いそれを編み込みにすることにした。いつもと違う、に過敏な和泉は、半年以上過ごした本丸に慣れるに従って、その鋭い神経を警戒に使うことはすっかり減っている。今も「いつもとちがう」にはすぐに気付いたものの、鏡の中の顔はむしろ期待の色を浮かべている。
    「せっかくだし、綺麗にするからちょっと待っててな」
     鏡越しに微笑めば嬉しそうに目を細めてこくこく、と頷いた。
     よく似た、それでいて個性の差の分違う顔が同じ鏡に収まっていることへの喜びは、もう何度見たかも解らないというのに少しも薄れることがない。こんな風にただ穏やかに、そして優しく世話してやれる日を夢見ていた。怖い事から意識を逸らすためではなく、ただただ慈しむために触れたい。それが叶ったことがどれだけ幸福か。
     毎朝寝起きのぽやっとした顔を、くろのすけと穏やかに挨拶を交わす仕草を、自分を認識して嬉しそうに笑う顔を見られることが、どれだけ幸せか。
     息が詰まり胸が痛む。それ以上に温かなものが全身に行き渡って泣きたいほど。
     ヒトは、心は慣れるのだと言う。どんな刺激にもいずれは慣れてしまって、あんなに驚いたのに、感動したのに、同じ強さではそのうち物足りなくなるくらいなのだと。そんな風にできている。贅沢に鈍感に、あるいは刺激の強さで壊れないために。
     それは正しいのだろうが、何事にも例外があると和泉守は思う。そうでなければ、この毎日同じ柔らかさと温かさで触れる幸福にその度震える心が嘘になってしまう。いや、嘘でも良い。それでも良いから毎日幸福を全身で味わいたい。
     少し時間がかかると伝えれば心得たようにくろのすけを膝に招いて、初めて出来た親友、「あいぼう」と楽しそうに会話する、そんな様子にも震えるこの心は確かに自分のものだ。その喜びの為に壊れずにいられる。今も時折手に負えないほど荒れ狂う負の感情の手綱を奪われずに済んでいる何よりの理由だ。
     またこの顔が見られるなら。またこの幸せを感じられるなら。
     その為にこそ生きていける。その上でこそ己の幸せに目を向けることが出来る。
     たった一つ、それだけ。それさえ叶えば後はどうなっても構わない。
     変わらぬ朝を迎えられるからこそ、そんな一歩間違えば自滅しかねないほどに切羽詰まった心情から解放されて、ただただ愛して愛されて、満たされるのだ。

     何しろ、滑らかに指を滑る髪一つとっても全く違う。乾き切ってパサつくことも、引っかかることも、縺れて絡まって切れてしまうようなこともない。
     平穏の象徴のように手触りの良い髪を編んでやるのは、彼のためというより和泉守自身の満足のためだ。この点、自分は相棒の心情への理解が深い『和泉守兼定』だと思っている。「国広」が自分の世話を焼きたがるのも、きっとこんな気持ちがあるからだ。己が大切に思うヒトには心地よい状態で居て欲しい。その為の世話を受け入れてくれることが嬉しく、磨かれた姿を一番に見られることが嬉しい。
     そうして自分の満足の結果を気に入ってくれたら、動きやすくなれば更に良い。和泉守は今この穏やかな日々に溺れるほど浸っている自覚があった。

     己の大切なものが正当に扱われ、慈しまれ、愛されている、そのことが何よりも嬉しい。自分への賞賛なぞよりよっぽど。
     ああでも、自分のことも大事にしなければいけない、それを忘れたわけではない。義務ではなく権利でもなく、ただ、大切なヒトの幸福には自分の存在が欠かせないことを知っているからだ。
     それから、自分自身が愛されていることも知っている。かつてただ一振りの刀だった頃のように、自分へと向けられる温かな愛情を以前より素直に感じられるようになった。
    「……本当に、贅沢だ。ありがたいことだな」
     横髪を編み込んだところで他は軽く一つにまとめ、先に着替えを済ませてから仕上げ、と伝えると良い返事が返ってきてすっく、と立ち上がった和泉の動きはもう健康な若者そのものだ。何をするにも一度警戒しなければならなかったことが嘘のように、周囲の安全を信じきっている。ぎこちなくしか動けなかった身体の使い方もすっかり身に付いて、随分自由に動けるようになった。
     細かい作業に慣れるのには時間が掛かる指も、一生懸命動かして自分で寝巻きを脱げるようになった。以前は悩んだ挙句に着物だけ引っ張り出して帯が残ってしまって困っていたが、よっぽど固結びにでもならない限りもう大丈夫。まだ何枚も重ねたり硬い帯を結ぶのは苦手だが、浴衣に細帯や柔らかい帯なら後でちょっと直して貰えば良いくらいには始末がつけられるようになった。背中で結ぶのは難しくても、前で結んで後ろに回せば大丈夫。自分で出来るようにと教えて貰った時はまるで革命が起きたような驚きぶりだった。たまに帯を回す方向を間違えて着物が崩れてしまうのはご愛嬌だ。
     軽い洋装なら髪さえ結んで貰えば辿々しい手付きながらも一人で着替えられるようになって、主から庭や畑に行って汚れても気兼ねなくガンガン洗濯できる用! とTシャツとジャージのセットと新しい長靴を貰ったのも記憶に新しい。和泉自身も内番ジャージ組、特に堀川国広からお揃いだね!、と言われて喜んでいたし、出来ることが増えるのが楽しくて仕方ない「こども」は、隠さなくて良くなった好奇心を発揮して色々「おてつだい」先や遊び場を増やしてきた。
     着物の形が自分と似ているものだと嬉しそうにする、そんな表情も和泉守を喜ばせた。
     寒くないように、でも暑すぎて汗で冷えることがないように。汗取りの一枚と温かい襦袢を重ねてさっき選んだ赤い着物を羽織らせて、と整っていく支度にそわそわするのもいつものこと。
     足元も股引きとクリスマスに貰った足袋型の靴下でしっかり寒さ対策をしてあるから、袴は着るも着ないも好きに選んで貰えば良い。
     どうする? と問えば少し迷ってからお揃いの白梅鼠がご指名を受けて、帯も一緒が良い、と求められて十文字に結んだ。
    「よし、髪仕上げて飯食いに行こうな」
    「あー!」



    「おお! 今朝はまた一段と別嬪さんじゃのう!」
     後ろ髪はハーフアップの尻尾部分と残った髪を一纏めに結んで、と動きやすいように仕上げたから随分印象が変わっているだろう。いつか譲り渡した赤い髪紐を使ったら大層喜んでくれたので、和泉守も飾り甲斐があった。
     早速大好きな保護者がそれはもう全開の笑顔で迎えて褒めてくれたので、和泉は嬉しそうに寄って行って朝の挨拶と、何だかいつもより時間をかけて整えて貰った着物と髪とを報告している。「良かったにゃあ」と頷いて答える陸奥守吉行に連れられて向かうのは厨だ。いつもの盆に揃った食事をしっかり受け取って広間へ。そんな間に擦れ違う顔にも気合い入ってんな、とか、かわいいよ、と笑顔で言って貰えてご機嫌なまま、昨日より少し賑やかな朝食の準備が進む。
    「おはよう。わあ、今日は凝ってるねえ、和泉守にやって貰ったの?」
     近くに座った大和守安定にも褒められてこくこく頷いた和泉は、所々へ置いておく醤油差しと漬物の配膳に回っていた鳴狐と白山吉光の粟田口狐組からも「似合ってる」「良いと思います」と言葉少なながらに嬉しい評価を貰って照れた様子で笑った。
    「流石は和泉守殿! アレンジもお手のものですね、和泉殿によくお似合いです!」
    「あー!」
     オトモくんの明るい褒め言葉には自慢気に答えて、そんな風に言われたことに対して感想が違うことを表情に出せるようになったことも嬉しい、と和泉守は思う。
    「良かったね、今日は特別だし、お洒落にしてるのカッコイイよ」
     にこにこ笑う安定お兄ちゃんに賞賛されて満足したところで、そろそろ皆揃ったようだ。
     主からも「おめかししてる、良かったねえ!」と笑顔を向けて貰えて、朝から嬉しくてしょうがない和泉が今日も美味しい朝食にひらひら桜を舞わせる。まったくもって平和そのものの朝だった。



     さて、何が特別かというと。
    「はーい! 鯰尾と骨喰兄弟からはクランチチョコです!」
    「色々、木の実も入ってる。気に入って貰えると思う」
    「あー……!」
     流石お世話好きの脇差、器用さを発揮した手作りのようだ。柔らかな桃色の包装紙と薄紙、赤いリボンで綺麗にラッピングされた掌に乗るくらいの包みに和泉は目を輝かせる。
     その様子を見て目を和ませる和泉守の姿に、陸奥守の気分もふわふわと温まる。

     そう、今日は二月の十四日。チョコレート乱舞祭…… もとい、バレンタインデーだ。
     これを機会の告白があるかどうかはさておいて、クリスマスに引き続きなんか楽しそうな気配を察知! した一部が盛り上がって、試しにと早々万屋に並んだラッピングチョコを買ってきたのを皮切りに、本丸内でイベントに乗っかった贈り物が行き来することになったのだ。
     イベント用に特別なラッピングをされたチョコレートなんて初めて見る和泉が「それなあに」と聞いてきたので説明していたら、早速聞き付けた源氏のお兄ちゃんと弟さんが小さな箱に二粒という「待って、それガチのやつ…… ショコラティエの『作品』じゃん」と加州清光を真顔にさせた贈り物一号をくれた。

     あの兄弟、財布の紐が時々トンデモな緩さを発揮するから気を付けろ、と言われるだけのことはある高級な品だった。陸奥守と和泉守はお返しのレベルに悩んだ。尚、まだ結論は出ていない。
     下手をすると「ありゃ、小さい子に気を遣わせちゃったねえ」とお返しのお返しが来ることも予想出来る。出来てしまう。あのお兄ちゃんはきっとやる。そして弟さんは止めてくれないどころか「兄者の為にも!」と一生懸命選ぶ方向で頑張ってしまう。
     弟だけどお兄ちゃんな真ん中兄弟が大勢いる粟田口の面々とはまた違って、惣領家の重宝は揃って「頭領が良いものを得るのは当然。そして力と財あればこそ下の者、幼い者にも良いものを与えねばならぬ。何より得たものを仲間と分かち合う度量の無い者など頭領の名折れである」という意識も強いのだ。長船系列長義さんちの「もてあた」とちょっと似てる、と思ったのは言わないでおこう。
     そもそも堅いことなんか言わずとも、やっぱり平安刀おじいちゃんかも知れないし、つまりは間違いなく年下が沢山いるヒトおにいちゃんでもあるので。
    「贈り物と返礼の往復ってどっちがいつ止めたら良いのか、引き際の見極め難しいよね」
     これまた真顔の堀川の言葉が重かった。相棒に言われた和泉守に至っては割と本気で頭を抱えた程度には。いやほんと、お返しのお返しのお返しのおか…… くらい行ってしまいそうだから危ない。何が危ないって他にも贈り物が乱舞するのが決定事項だからだ。冗談じゃなく返礼で破産する未来がチラッチラとこちらを見ている気配がする。ついでにそれを見越した「礼なぞ要らぬ、喜んでくれたその笑顔で充分」と返礼させてもらえない事態までありそうで怖い。
     何しろ本丸で「年齢」の話をしだすと陸奥守もかなり若年寄りだし、和泉守に至っては諸説を鑑みたところで「結局お前が末っ子だろ?」という認識が先行しているのだ。つまり「和泉のお兄ちゃん、保護者」であると同時に「本丸の最年少」でもあるわけで、おじいちゃん達からしたら「自分達への返礼で破産などさせてなるものか……!」一択である。
     さらにいうと、こういう時「おじいちゃん」達は見た目年齢のことは全く考慮してくれない。見目はもっと幼い短刀がいようとも、子供は子供だし、孫と決めたら孫なのである。
     どこかの本丸では「南海先生入れてもまだこっちが後輩かよ……!」と悔しがった和泉守が居たとかなんとか。陸奥守も南海と一緒に参加した演練で恨めしげなどこぞの和泉守の視線に苦笑いした覚えがある。その部隊は見事に平安鎌倉、ぽつんと和泉守だけが幕末という組み合わせだったのでまあ、何があったか推して知るべし。
     何しろ和泉守の本体は現存する兼定に寄っているので、茎には「慶応」とある。刀や徳川幕府と同時に元号の在り方にも一つの終わりが来た、その最後の元号が刻まれているのだ。制作期間や暦のずれを加味しても、南海の生みの親が亡くなるのと前後して生まれた物、と書いてあることになる。
     つまり、明治の刀が来るまでは末っ子ってことだろ?
     そう言われれば認めるしかない。何しろ「歳さんの兼定」で作刀時期の記録が残っている物は他にないので。

     兎にも角にもそんなわけで、この本丸の和泉守も御多分に洩れず最年少扱いだし、和泉に至っては主より尚幼い庇護すべき存在と位置付けられるのは当然の成り行きだっただろう。
     誰より愛情を注ぎたかっただけに、皆から日々優しく接して貰えるのは大歓迎だが、甘やかし部隊の多さは時に恐ろしい物だ、ということを和泉守が嬉しさ大半、自分の分まで貰ってしまう気恥ずかしさ少し、といった風に話しているのを知っているのは陸奥守だけだ。(それを、恋刃こいびと特権じゃな、と陸奥守がちょっと浮かれたことを知っているのも和泉守だけである)

     もちろん、早速届いた贈り物が高級かどうかは和泉の知るところ、気にするべきところではないが、「とくべつ!」ということはそれはもう真っ直ぐに伝わったようだった。十四日当日に食べるのを楽しみに、食材蔵の一角に設けられたチョコレート置き場(本丸の人数と拘り発揮勢の納得を加味すると、どうしてもこうなった)へ「きれいなはこ」を大事にしまった和泉の姿に、彼を構うのが楽しいヒト達と、誰かが喜ぶ様子を見るのが至上の喜びな保護者やお兄ちゃん達のスイッチが盛大に入る音がした。
     主が「皆が楽しいことなら全力で!」方針なのは皆さんご存じの通りなわけで、斯くて二月十四日がある種の祭日になることが確定したのだった。

    「他にも色々沢山貰うと思ったから数は少なめだけど、気に入ったら追加もあるよ! チョコ置き場の「皆でどうぞ」の棚にあるからね」
     にこにこと差し出された包みを大事そうに受け取って、そこでやっと和泉も「今日は良いことがある楽しい日」がどういうことか繋がったようだった。
     皆に配る「友チョコ」をやりたい鯰尾と付き合いの良い骨喰に念入りにお礼をして、陸奥守が買ってきたお返しを渡している。ラッピング代わりの和紙で出来た袋は、食用にならなかったものを失敬して作った芋判で押した和泉の紋入りだ。和泉守が小刀一つで器用に彫ったので陸奥守も驚いたし、和泉はその鮮やかな手付きを尊敬の眼差しで見ていた。出来上がった判を押すのが楽しくて、お返しの小袋以外にも主に「おてがみ」を作ったりした。手紙と言ってもまだ文字を書けない和泉のそれは、判子を押した以外は和泉守による代筆だったが、主はそれはそれは喜んで、文箱に大事にしまっている。

    「お返しがあるのか。ありがとう」
    「おお、あっても来月だと思ってた! ありがとう!」
    「あー!」
     微笑ましいやりとりには自然と頬が緩む。
    「和泉も参加したいかも知れんと思うてにゃあ」
    「ところでこれ中身は何です?」
     ワクワクした様子で鯰尾が聞くのには、大量に買い込んだ白いフワフワを思い出しながら答える。
    「チョコレートは山ほどあるじゃろうし、ちくと先取りでマシュマロじゃ!」
    「マシュマロか。秋田と五虎退から貰ったホットチョコレートに入れるのもいいかもしれない」
    「お、良いね! 後でやってみようか」
     うんうん、頷き合っている脇差兄弟がお返しを喜んでくれたので、最初の交換が成功した和泉も嬉しそうだ。

     準備の時、小分けされている一袋を味見、と渡したら、もきゅ、と不思議な食感と、干菓子とはまた違った風に口の中で蕩ける甘さを気に入った和泉は、せっせと「おくりもの」の仕度を済ませて、くろのすけと並んで満足そうに仕上がった小袋の山を見ていた。
    「なんぞ、内職かなんかの出荷準備みたいじゃのう」
    「大所帯っぷりを実感するよな」
     和泉守が預かった柳行李いっぱいの小山は中々の数だった。足りなくなって悲しませるよりは、と予備もあるということは軽く百個以上あるわけで、それはまあそれなりの存在感である。
     チョコレート棚が設置されるのも納得、と改めて思ったりもした。

     最初は一番にチョコレートをくれた髭切と膝丸にお礼に行こう、と和泉とくろのすけと荷物持ち兼お礼の説明係な保護者二人で連れ立って歩いている間にもいくつかお菓子を貰った。和泉は誰かに会う度、何か貰う度に「おくりもの」や「おかえし」をして、まさか和泉から貰えるとは、と驚かれたり喜ばれて嬉しそうだ。
    「なんか、バレンタインてよりハロウィンっぽくなってきたな……」
     戴き物を預かっている和泉守の呟きには思わず笑ってしまったが、確かに彼が持っている紙袋の中身はチョコレートはもちろん、色とりどりの綺麗な飴玉が入った瓶や琥珀糖などもあって、包装紙やリボンが橙と黒や紫だったらまさにハロウィン。これは早くも十月の本丸催事が決まりそうだ。
    「ま、皆楽しんでるみたいで良かったよな」
    「おう、本丸全体で楽しめるんはえいことじゃ。新人さんらぁの交流のきっかけにもなるじゃろ」
    「確かに。また新しい顔も増えたし、これからも増えるしな。顔合わせ以外にこういうイベント事があるのは和泉にとってもありがたい。訪ねていく理由になるからな」
     この本丸に来る者で和泉の存在を警戒や排除の対象にした男士はいないが、これからどんなヒトが仲間に加わるかは未知だ。とはいえ、他でもない主が大切にしているモノに後から来た者が理由のない文句を言うとも思えないが、そこはそれ、和泉守の方にどうしたって拭えない不安があるのは解る。
     変わった事情ごと、よろしく。
     そんな挨拶のきっかけとして、暦に刻まれる季節毎の催しが潤滑油になるなら良い事だろう。

    「あ、あの、和泉くん、ご用事中ですか……?」
     話しながら歩いていたら声で誰か解ったらしく、ひょこ、と近くの部屋から顔を出したのは五虎退だった。
    「行き違いにならなくて良かったー、今丁度お部屋に行こうと思ってたんです!」
     重なるように後から顔を出したのは秋田藤四郎で、ふわふわの白と桃色の髪の二人はそのまま駆け寄ってきた。
    「あー」
     立ったままだと視線を合わせにくいことを知っている和泉が「おはなし」の姿勢ですとん、と腰を下ろせば、五虎退と秋田は嬉しそうに笑う。
    「あの、えっと、これ、僕達から……」
    「ハッピーバレンタイン! です!」
     それぞれに差し出したのは、何やら説明書きらしき台紙が添えられて、アイスの棒のような木製の持ち手が付いた、大人の男でも一口では到底食べられない少し大きな丸いチョコレートだった。小さな赤いリボンがついたワイヤータイで台紙とチョコレートを封じたビニールがキラリと光を弾く。
     これも貰って良いのだと理解して受け取った和泉は、不思議そうに初めて見る物を観察する。
    「それ、ホットチョコレートなんです。あったかくした牛乳に入れて……」
    「くるくるって、その棒を持って牛乳をかき混ぜると、チョコが溶けてホットチョコレートになるんです。あの、和泉守さん、陸奥守さん、お手伝いお願いします!」
     はわわ、と五虎退が頭を下げる。
    「おう、任せちょき!」
    「へぇ、こんな形のもあるんだな。ココアパウダーは厨にもあるが、固形のは初めて見た」
    「半分ホワイトチョコのとか、砕いたナッツが入ってるのとか、色んな味があるんですよ! 皆でどうぞのところにも置いて貰ったので、お二人も是非!」
     こっちがミルクチョコ、こっちは少し蜂蜜が混ざってる味です! と付け加え、にこにこと楽しそうな笑顔で秋田が解説してくれる。
    「あー」
     ひょいとこちらを見上げた和泉は和泉守に貰ったものを預け、陸奥守の持つ大きな紙袋を軽く突いた。
    「ほにほに、ふたっつじゃな?」
     ほい、と手渡してやれば嬉しそうに目が細められる。
    「う、う」
    「和泉様からの贈り物です、お二方ともどうぞ!」
     尻尾を振りつつ通訳してくれるくろのすけの言葉を聞いて、短刀兄弟の目が大きく見開かれた。
    「え、えっと、良いんですか……? ありがとう、ございます!」
    「わあ! ありがとうございます!」
     五虎退は遠慮がちに、秋田はぱっと顔を輝かせてそれぞれ袋を受け取ってくれた。
     早速中を覗いた秋田がマシュマロ! と嬉しそうな声を上げる。喜んで貰えたと察知した和泉も大満足だ。
     和泉に対してはしっかりお兄ちゃんな秋田がお礼に頭を撫でてくれたので、ひらひら桜を飛ばしていると、嬉しそうな気配に誘われたのか、部屋の炬燵でぬくぬくしていたらしい五虎退の虎達も合流。「ふわふわ」が手元に来てくれたのが和泉を更にご機嫌にした。
     五匹を順番に撫でてからお礼を言い合って別れて、向かうのは平安太刀が私室を構えている区画だ。



     まずまっすぐに源氏兄弟の部屋に向かえば、足音で訪ね人が誰か察知したらしい膝丸が障子を開けてくれた。
    「どうした、三人…… いや、四人か? 連れ立ってくるのは珍しいな」
    「あ、もしかして、えーと、なんだっけ。今日の行事のおねだりかな? 何かあったかなぁ?」
     髭切の発言には保護者二人が焦った。礼に来たのに、その前に更に何か貰うのでは礼にならなくなってしまう。
    「ああいや、そうじゃなくてな!」
    「おんしらにはもう貰うたがよ」
     あれ、違うの? と言わんばかりのふわふわのお兄ちゃんから何か貰ってしまう前にと、廊下は寒いだろう、と部屋へ招き入れてくれた膝丸に懐いている和泉を理由に中へお邪魔する。

     改めまして。
    「あー!」
    「おお、贈り物だ!」
    「なるほど、今日は和泉が兄者と俺にくれるのか」
    「ふふ、まさかお礼が貰えるとは思ってなかったなあ」
     ありがとうね、と撫でてくれるお兄ちゃんに「きれいなはこ」の中身を食べる事を楽しみにしていることを和泉が伝える間に、保護者二人は弟の方から「返礼など気にせずとも良いのだぞ」、と案の定なことをこっそり言われた。
    「いやいや、いくら和泉宛じゃ言うても貰いっぱなしはいかんじゃろ…… 親しき中にも、じゃ」
    「それに、あいつがイベントに参加したいってのが一番だから。先に貰ったから今日は自分が渡したいんだよ」
    「そういうものか……?」
    「ほうじゃ、中身は言葉通りほんっとにささやかやき! お納め下さい」
     どうぞ、と二人揃って頭を下げればそういうことなら、と膝丸も謝礼と「おくりもの」を遠慮なく受け取ってくれた。
    「ねえねえ、ひ…… えーと、弟!」
    「膝丸だ、兄者」
    「うんうん、そうだった! これね、マシュマロだそうだよ。お前この間これはどういう菓子なんだって気にしてたよね。良かったね!」
    「ああ、俺が気になったのはそういうことでは…… いや、贈り物は嬉しいぞ」
     お決まりのやりとりの中から嬉しい、という言葉を拾ってぱあ、と和泉の表情が輝く。
    「わざわざ届けてくれたことも、感謝する」
    「んー」
     お兄ちゃんと弟に沢山可愛がって貰って、今度も和泉はそれはそれは満足そうに笑った。

     マシュマロが食べたかったのか、という疑問については。
    「主の使いで寄った店には『マシュマロ』とあったのだが、チョコレートの店では『ギモーヴ』と書いてあってな。同じもののようなのに名が違う理由が気になったのだ」
     ああー、お洒落お店事情&いくつも名前を持つ刀らしい注目点……! と陸奥守と和泉守が思ったのは笑い話だ。
     燭台切曰く、作る手順と仕上がりが多少違うが、まあ概ね同じものだと思って良いそうだな、とその話は決着していたようだが。
     後でチョコの感想も聞かせてね、とニコニコの髭切と、そんな兄の嬉しそうな様子も嬉しい膝丸に見送られて一行は次の部屋へ向かったのだった。



     三条派のお茶の時間にお邪魔して、今剣お兄ちゃんからは「ぼくたちからのおくりものです!」とチョコレートカステラを頂戴した。これもやはり「あちこちからチョコの塊ばかり貰うのは大変なのでは」という気遣いの結果らしい。
     三日月宗近、小狐丸、石切丸、岩融と今剣、三条だけで五口もいる。それぞれが用意すると数が増えすぎるだろうと、「皆から」と纏めてくれたのだとか。
     ここでもまた綺麗な箱入りの菓子を和泉が大喜びで受け取ったので、古参古刀の皆さんの受けも大変良かった。
     一人一人に手渡した小袋も「小さい子」からの真心を喜ぶ彼らに遠慮なく受け取って貰えて、好意と好意の交換会は大変和やかに終了した。

     そんな調子で足を進めるたびに「うれしいこと」が待っているので、楽しそうに本丸を練り歩く和泉とお連れ様一行の姿はどこでも微笑ましく迎えて貰えた。

     所変わって何度目かのお部屋訪問は意外な方向で交流が進んでいた。
    「よし、香りが立ってきたな」
    「あー!」
     わくわく、と和泉が見守っているのは大包平がいている石臼だ。
     隣で一緒に見守る鶯丸もいつになく嬉しそうだ。
    「そろそろ良さそうだな」
     一度石臼を回す手を止めた大包平に促されて、和泉は小ぶりな匙でそっと掃き出しに落ちた緑の粉を鶯丸から手渡してもらった小皿にいくらか移した。
    「うん。これくらいからが良いだろう」
     検分結果を聞いた大包平が、刷毛を使って綺麗に掃き出しに貯まった抹茶を器に移す様子を不思議そうに眺める和泉に鶯丸が教えてくれる。
    「これも抹茶には違いないが、碾き始めは粉が少し大きいものも混ざっているんだ。飲んだ時に口当たりが変わって風味が劣ってしまう。一番細かく碾いた物だけを飲み、これは菓子や料理に使う。そうして使い分けた方が尚良い」
     つまり、もっと美味くなる。
     そう説明して貰い、おいしい、とてもよいと聞いた和泉も納得したようだ。
    「では、手伝いの時間だ。頼むぞ」
    「う!」
     大包平に促されて、石臼の上の丸い穴が開いたところへまだ碾いていない碾茶てんちゃを入れていく。磨り潰す為にそれなりの重さがある石臼を一定の力と速度で回し続けるには少しコツがいるので、「おてつだい」に興味津々の子供が失敗しないで済むようにという手配だ。
     静かな音を立てながら一定の調子で反時計回りに動き、茶葉を磨り潰していく石臼を眺める和泉は時折鼻腔をくすぐる良い香りを堪能して満足そうだ。

    「これも社会科見学っちゅうやつかのう?」
    「体験を提供してくれるとは、また凝った贈り物だよな」
    「はい、和泉様とても楽しそうでいらっしゃいますね!」
     古備前の部屋を訪ねたら、丁度良いところに、と嬉しそうな鶯丸に迎えられ、こちらは何やら少々不服そうだった大包平も和泉を見ると一つ頷いて笑った。確かに丁度良いタイミングだ、と。
     そうしてまずは「おくりもの」を受け取って貰って、何が丁度良かったのかと尋ねた和泉守への回答が、抹茶作りの体験だったわけだ。

    「うむ、良い塩梅だな」
     棗に移したたっぷりの抹茶を見て満足そうに大包平が頷く。
    「そしてこちらが製菓と調理用」
     鶯丸が先に移して置いてくれた密閉容器を渡してもらった和泉も嬉しそうに頷いた。
    「あー?」
    「ああ、これは食堂へ持っていくんだ。そろそろ第一弾の昼飯だし、丁度良いだろう」
     お前達も、と大包平に促され、五口と一匹に増えたご一行は食堂へ向かった。



    「お、和泉が来たよー」
     独特の抑揚を持った柔らかな声が食堂の台所を使っている者達へ知らせる。
     北谷菜切と治金丸が出迎えてくれて、千代金丸も配膳中らしい大きなプレートをテーブルに置いてやって来た。
     琉球宝剣三兄弟がにこにこと出迎えてくれたので、和泉もふわふわと笑う。
    「う、う」
     持たせて貰って大事に抱えてきた抹茶の入った容器を和泉守に預けると、心得て準備していた陸奥守から受け取った「おくりもの」を三兄弟に差し出した。
    「おお、和泉も贈り物を用意したのかあ」
    「一つずつ貰って良いのかな?」
     長兄と末っ子の言葉にこく、としっかり頷けば、三兄弟それぞれに穏やかな笑顔で受け取ってくれて、ほくほくのお子様に治金丸が嬉しそうに告げる。
    「オレたちは三人で琉球の菓子を作ったんだよ。受け取ってくれると嬉しいなあ」
     ほいきた、と兄弟一番の料理上手が何やら二段御重をミニチュアにしたような綺麗な容れ物を差し出し、蓋を開けて中身を見せてくれる。
    「年末には作れなかったから。今日は菓子を贈って良い日だって聞いたよ。これは琉球…… おれたちにとって懐かしい菓子なんだ」
     菜切が持つ箱の中身を説明してくれるのは千代金丸だ。
    「クンペンとムーチー。こっちの丸い菓子がクンペンだな。これは昔、俺たちの王様にも献上された菓子なんだ。こっちの葉っぱに包んであるのがムーチー。そうだなあ、内地の菓子だと茅巻が近いだろうか」
    「ほう、茅巻ということは餅のようなものだろうか」
     どの茶が合うかな、と言わんばかりに興味を示している鶯丸が問う。
    「うん、餅米の菓子だな。どっちも甘くて美味いよ。和泉も気に入ってくれると良いなあ」
     琉球特産の黒糖もたっぷりだ、と誇らしげに治金丸が笑う。
     初めてみる菓子に興味津々の和泉は、以前菜切が作ってくれたサーターアンダギーとさんぴん茶の御八つを気に入って「またほしい」と珍しく自分からお強請りしたくらいだったので、琉球刀ご自慢の菓子にも嬉しそうな気配がした。
    「これは和泉の分だから。好きな時に食べてねー。ムーチーは焼いて食べても美味いから、他に生菓子があったらそっち先に食べると良いさ」
     三つ目の「きれいなはこ」の中身が自分の分、ということを理解して和泉が頷いたところで、台所からプレートを持ってきた燭台切光忠が輪に加わった。
    「今日のお昼はビュッフェ形式だよ。好きな席に座ってね!」
    「うー」
     燭台切の顔を見た和泉が和泉守を振り返る。
    「あ、そうか、お前が預かったんだもんな」
     菜切から受け取った箱と交換。大事に抱えてきた調理用と言われた抹茶の容器を差し出すと、燭台切がにっこり笑った。
    「これを届けにきてくれたんだね! ちょうど良かった、台所も覗いてみるかい?」
     おてつだい、と言われていそいそとくっついて行く姿はヒヨコのようだ、と見守る七口の頬が緩む。
     流石に全員入ると邪魔だとカウンターから様子を見守れば、ツヤッツヤに光を弾くチョコレートケーキとガトーショコラのホールが本丸の大所帯ぶりを示すようにいくつも並んでいた。
     和泉から受け取った容器から茶漉しに移された抹茶が振るいかけられ、チョコレートケーキは粉雪で飾ったように半分だけ抹茶色に染まった。
     その上にイチゴ、ブルーベリー、ラズベリーとベリー系の果物が乗せられていく。
    「はい、これでこっちは完成」
     次は既にうっすら白く粉砂糖が振りかけられたガトーショコラだ。こちらは円周の縁にだけ抹茶が振りかけられた。
    「あー」
    「どうかな、そのままでも美味しいけど、せっかく良い抹茶があるならこうすると綺麗かなと思ってね」
     そうして燭台切はやってみる? と和泉の前に茶漉しを掲げて見せる。
    「う」
     いいのかな、と周囲を見回す和泉は自分に出来ないことが「たくさん」あることをちゃんと解っている。
    「大丈夫、僕と一緒だし、かけすぎちゃったからって失敗にはならないよ」
     にこにこと笑う燭台切に安心したのか、小さく頷いた和泉は彼に手を添えて貰いながらデコレーション体験をした。
     そうこうしている間に小豆長光が何やら少し重そうな、いつもはスープ類が入っていることが多いバケツ型の容器を持ってやってきた。
    「いらっしゃい、いべんとたのしんでるかい?」
     体格の良い彼にとっては大した重さではないらしく、優しい笑みを浮かべる小豆の手でひょいと台所の作業台に上げられたそれの蓋が開くと、途端に甘い香りがパティスリー工房と化した台所に広がる。
    「あ!」
     目を丸くして容器を覗き込んだ和泉はびっくり、という顔で皆を振り返った。
    「随分とまた大量だな。菓子はもう作ったんだろうに、まだそんなに何に使うんだ」
     大包平も不思議そうにしているのを見て燭台切と小豆が良い笑顔になる。
    「実は僕も興味のある食べ方があるんだよ!」
    「ちょうどよいきかいだとおもって」
     準備するから席に着いてくれるかい、と促されて食事用に設けられているテーブルの方へ向かえば、第一陣らしき昼食を求める仲間たちもちらほら集まり出していた。
     食材が並んでいるうち真ん中の少し広く取られたテーブルには何やら土台の上は三段重ねの構造の機械が乗せられていて、先程の容器から機械に注がれたのは滑らかに溶かされたチョコレートだった。
    「チョコレートファウンテン、一回やってみたかったんだよねえ」
     なんだなんだ、と見守る男士達の前で動き出した機械が一通り働くと、溶けたチョコレートが噴水のように流れ落ちた。
    「あー!」
     おいでおいで、と招かれていた特等席で声を上げたのは和泉だ。
     だが目を丸くしたのは和泉ばかりではなく、短刀を中心に歓声が上がっている。
     先程千代金丸が運んでいたプレートには沢山の果物が並んでいて、お手本、ととろとろ流れるチョコレートの滝に潜らせたイチゴが綺麗にチョココーティングされるのを皆が見守った。
    「はいどうぞ」
     真っ先に口の中にイチゴを貰った和泉が「んー!」と幸せそうに声を上げたので甘い物好きの目も更に輝いた。
    「食事はサンドウィッチやパスタ、お米が良ければお握りや巻き寿司もあるからね。食事と甘味、ビュッフェ形式で好きなものをどうぞ! 甘い香りが苦手なヒトには広間で食べて貰うから皆遠慮なく楽しんで!」
     抱え込みたい子にはテーブルにフォンデュポットで提供するよ、と言われて腹ペコ男士達から何度目かの歓声が上がった。

    「しっかし贅沢だなあ」
     専用のポット、「もも」もしっかり並んだフルーツと、菓子とのバランスを考えて甘くないミニパンケーキのランチプレートを用意して貰った和泉はもう目をキラキラさせて、「ごはん」に選んできたフィンガーサンドやパスタ、オニオンスープを前に「いただきます」を待っている。
     目の前で鶯丸に碾きたての抹茶を立ててもらい、カップに注いだホットミルクと混ぜて貰って飲みやすくした抹茶ラテもまた甘い香りを漂わせているので、お子様はずっとご機嫌だ。
     部屋を訪ねた時大包平が不服そうだったのは、あの石臼が欲しくてバレンタインを理由に鶯丸が給金の前借りをしていたと知ったから、と聞いたのには陸奥守と和泉守は苦笑するしかなかった。
    「まったく、特に誉を取った訳でもないのに前借りなど示しがつかんだろう! せめて先に俺から金策しようとは思わんのか!」
     刀剣の横綱は少々お怒りというか呆れたようだ。至極真っ当過ぎて何も言えない。
     鶯丸がまったく意に介さず「おかげで和泉に喜んで貰えたぞ。主と皆にも大包平が碾いた旨い茶を楽しんで貰える」などと言っているから本当に若造からは何も言えなかった。
     それはさておき。
    「ほんに、こじゃんと立派な昼飯と御八つじゃのう。良かったにゃあ」
    「あー!」
    「はは、こうも機嫌良くされると燭台切が甘やかしたくなるのも解るな」
     大包平にも微笑まれてくすぐったそうに笑った和泉は、テーブルを同じくする皆の前に食べ物が揃うのをそわそわしながらも大人しく待っている。
    「お待たせしました、サラダもどうぞ、だそうです!」
    「せっかく道具も揃ったし、今度はチーズフォンデュも良いねぇって燭台切と小豆が言ってるよー、楽しみが増えたなあ」
     台所の準備に戻りサラダを持ってきてくれた菜切と一緒にくろのすけが戻って来ると、これで一通り揃ったのでお待たせの昼食の開始だ。
     いただきます、の声が揃う頃にはあちこちで同じような声が響いた。

     うまうま、それは美味しそうに「ごはん」を食べて、チョコフォンデュも楽しんで、「おてつだい」した抹茶も貰って、とこれ以上ない昼食と休憩を終えると、和泉はまだ「おくりもの」を渡せていない顔を探して本丸を歩き回った。
     もちろん、食堂を出る前に燭台切と小豆にも沢山「おいしかった」お礼をして、「おくりもの」を渡すのも忘れなかった。



     さて、午後三時になる頃には残った「おくりもの」の数も減ってきて、お待ちかねの「きれいなはこ」を持った和泉と御一行は居間で一服することにした。

     リボンが掛かったすべすべの箱を陸奥守が開けてやると、保護紙の下には加州のツッコミ通り作品と呼ぶに相応しい二つのチョコレートが綺麗に収まっていた。
     一つは繊細な模様が刻まれた桜型で、もう一つはバレンタイン用ということもあってか赤いハート型になっている。
     ほう、と見惚れた和泉はその造形をたっぷり楽しんでから今日はこっち、とぷっくりとした赤いハートの方を強請った。掌に乗せてやれば嬉しそうに口へ運んで、端っこを齧ったところでそれはそれは満足そうに「んー!」と声を上げながら目を細めた。
    「それは甘酸っぱいやつか」
     商品説明の栞を読んでいた和泉守が呟く。中にフランボワーズのガナッシュが入っているとかで、爽やかな風味らしい。もう一つはヘーゼルナッツのプラリネをミルクチョコでコーティングした物のようだ。
     一口で収まってしまうような大きさだからじっくり味わってもあっという間だろう。
     口に残る甘さと果物の香りを楽しんでいる様子は大事に取っておいた時間の分美味しさが増したようで、和泉が食べ物のそんな楽しみ方を覚えていることが陸奥守と何より和泉守を喜ばせた。
    「値段以上にえいもん貰うたのう」
    「ああ」
     美味しかった、と報告するように和泉守へ懐く姿もまた愛おしい。
    「良かったなあ、気に入って」
     一生懸命頷く姿にくろのすけも満足そうだ。
    「とてもお気に召したようですね」
     ひらひら舞う物に目を細める銀狐は、和泉の表情が豊かになっていくのを近くで見守ってきた大事な相棒だ。保護者の意識も強いだけに和泉の変化に敏感で、陸奥守や和泉守が留守にしている間どんな風に過ごしていたか、丁寧に報告してくれる頼れる「お兄ちゃん」でもある。
     チョコレートの残り香を堪能した後は、玉手箱のような小さな御重からムーチーを一つ手に取る。月桃サンニンの葉で包まれた餅菓子はなるほど、端午の節句の縁起物として柏餅と並んで馴染みのある粽と似ていた。伝統的には三月に食べるものだと琉球刀兄弟が教えてくれたそれは、餅そのまま以外に黒糖とよもぎの味付けのものがあって、今和泉が葉っぱの中から無事取り出して一口食べたのは白い餅そのままの味のようだ。
    「う!」
     正月に何度も食べた切り餅とは違って、甘味のついた餅は「おやつのおもち」、と理解されたようだ。甘さを喜ぶ和泉はゆっくり味わいながら時々煎茶を含んで美味しそうに一つ完食した。
     「まだある」ことに嬉しそうにしながら「まんぞく」と懐かれて、陸奥守もその満たされた様子に笑みを浮かべた。
    「良かったにゃあ、餅が固ぁなったらアドバイス通り焼いちゃるき、傷まんうちに食べようなあ」
    「油引いてカリカリに焼くって言ってたな。それはそれで美味そうだし、色々楽しめそうで良かったな」
    「あー!」
     どっちもおいしかった、と報告する和泉にお絞りを渡してやる和泉守の方こそ嬉しそうにしているので、陸奥守はイベント好きな仲間に感謝した。あちこちで歓迎される度に和泉が受け入れて貰えていることが言葉以上に伝わる。時に言葉を重ねるより、短い触れ合いの方が雄弁だ。偽りない歓迎の様子は、それを見守る和泉守の安心を補強する。訪ねていく理由のありがたさを噛み締める御八つになった。



     御八つ休憩の後は和泉がまだ会えていない顔を探して本丸の中を訪ねて回ったが、何振りか擦れ違いの相手がいるな、と思った頃だった。
     呼び止められて振り返れば、真田の槍と脇差の二人組がいて、探していた一組の登場に和泉が嬉しそうに寄っていく。
    「支度ができたからな、呼びにきた」
     大千鳥十文字槍が言えば、泛塵もこく、と頷く。
    「これを」
     持っていた小さな紙袋をどうぞ、と手渡されて「もらっていい」物だと理解した和泉が中を覗いて不思議そうに首を傾げる。
    「う?」
    「食べ物は沢山色々貰うと思ったから、僕たちは品物にした」
     袋に手を入れた和泉がぱっと嬉しそうになったので何かなと見守っていると、袋の中からは赤いマフラーが出てきた。見るからにふわふわとしたもので、柔らかな感触が大好きな和泉がいかにも喜びそうな贈り物だった。
    「クリスマスにも貰っていたとは思うが、まあ、予備にでも、と」
     流石脇差、さっそく首に巻くのを手伝ってやっている泛塵の横で大千鳥が僅かに微笑む。
    「もしかして手作りか、これ」
     纏めた髪を飾るように背中側でリボン結びにして貰ったマフラーにご満悦の和泉がもふ、と潜り込むように肌触りを堪能している布地にはブランドタグや札の類が一つもない。良かったですねえ、と足元から声をかけるくろのすけと嬉しそうに戯れ合う姿に泛塵も満足そうに頷いている。
    「ああ、購入したものばかり贈られるのも遠慮するだろう、お前たち。手遊てすさびの延長だ、庭で遊ぶ時にでも使ってくれれば良いと思ってな」
     自分達の手がどれくらい器用に動くものなのか試した結果、といういかにも実践的な大千鳥の言葉に保護者組は少し笑って、だが毛足の長いふわふわの毛糸と赤い色が贈り物として選ばれたことが解らないほど鈍くもない。
     彼等にとって赤は真田家との繋がりや誇りを示す色だし、『和泉守兼定』の印象にも重なる色だ。何より「和泉の好きなもの」を、と選んでくれたことは確実だ。
     ふわふわ、やわらか、と喜んでいる子供の様子に喜怒哀楽の表現が控えめな方である二口が穏やかに笑っているのが何よりの証拠、と陸奥守と和泉守は顔を見合わせた。

     二人に充分お礼をして、「おかえし」も渡して、和泉が満足したのを確認した泛塵から貰った「玄関に待ち人がいるから行ってやってくれ」という伝言に従って玄関に向かうと、そこには篭手切江がいた。
    「あ、良かった、迎えに行こうと思ってたんだ!」
     にこ、と「あいどる」に憧れる彼らしいスマイルに導かれて、その日初めて屋外へ出ることになった。
    「良いものがあるから、楽しみにしていて!」
    「う?」
     ニコニコの彼が長靴を履くのを手伝ってくれるのに任せながら、何が待っているのかまったく想像がつかない和泉は不思議そうだ。
    「長靴っちゅうことは畑じゃろうか」
    「だろうな。何が用意されてんのかね」
     自分達も履き物を準備しながら、そんな会話をした。歩きやすいように袴を始末してくれる篭手切のそれはそれは楽しそうな様子に、彼のお世話魂が満たされ、和泉が喜ぶことを期待していることが伝わってくる。
     ふと、そう言えば、と小さく和泉守が言い掛けたのを促そうとしたが、「いや、見てのお楽しみの方が良いよな」と笑みを向けられれば追求する気は霧散して、陸奥守もただ笑い返した。
    「あー」
     準備できた、と満足そうな和泉の声を合図に、揃って玄関を出た。

     結んで貰ったばかりの赤いマフラーがぴょこぴょこ揺れる後を追っていくと、畑の一角に江の面々が揃って何かしているのが見えてきた。
     こちらに気付いた豊前江が大きく手を振ってこっちこっち、と呼んでいる。
     兄貴気質の彼にそんな風に呼ばれて安心しきった和泉は、篭手切の先導に従ってまっすぐそちらへ向かった。

     好奇心のままにところどころ足場の悪い畑へ勝手が解らないまま立ち入って、案の定畝に足を取られ、それは見事にすっ転んだ和泉が、泥だらけの半泣きでどうしたらいいのか弱りきっていたのももう以前の話だ。くろのすけが大慌てで救援を求める声を聞くこともなくなった。
    「ビーサンで畑はちょっと厳しかったなあ。次は靴履いてこようぜ!」
    「どこも痛くない? 怪我してないね、よーし大丈夫大丈夫!」
    「畑も何も壊れてない。落ち込まなくて良いんだぞ、気にするな!」
     後藤藤四郎が土を払ってくれて、信濃藤四郎に慰めて貰って、厚藤四郎が「わるいこと」はないと保証してくれる。そんな大将組の流れるような連携場面に駆け付けたのが懐かしいくらいだ。
     その後少しずつ「おてつだい」させて貰って慣れた畑と田んぼは、今は冬の野菜と旬に向けて育つ春野菜が幅を利かせていた。冬期湛水を取り入れている田んぼは小さい生き物の観察場でもある。そんな冬の緑と池を横目に案内された先は果樹が植えられた一角だった。
     林檎や柿、蜜柑が採れる「あまい、おいしい」が集まった場所は和泉の遊び場でもあった。味見、と果物を採って貰ったし、自分が短刀に手渡して喜ばれた「たのしい」場所でもある。なにがあるのかな、と楽しげな背中に期待が見えた。



    「ようこそ、本丸果樹園へ」
    「う!」
     迎えてくれた松井江に撫でてもらった和泉は、早速きょろきょろと辺りを見回した。いつもとおんなじ、と不思議そうな彼に、何やら楽しそうな村雲江と五月雨江のわんわんコンビが篭手切から案内役を引き継いで先を促してくれる。
    「もう少し先に良いものがあるよ」
    「はい、喜んでもらえるかと」
    「はは、びっくりするかもな!」
     豊前の言葉に松井と篭手切が頷いているのを見て俄然興味が増したのか、和泉は案内されるままに足を進める。
     少し先には新たに整えたらしい区画があって、そこにはシャベルを担いだ日本号と蜻蛉切、桑名江がいた。
    「お、来たなァ別嬪さん」
    「おお、丁度良いところに」
    「あー」
     槍の二人が手招いてくれる方へ寄って行けば、桑名が一輪車からまだ小さな木を持って来た。
    「はい、これどうぞ」
     桑名は日本号が掘ってくれたらしい穴のところへそっと小さな木を下ろすと、作業用エプロンから園芸用のスコップを出して和泉に手渡してくれる。
     先のあまり尖っていないそれは和泉が庭や畑で「おてつだい」や遊びに使えるようにと用意して貰ったものだ。「いつもの」道具を受け取って何が始まるのかわくわくしている子供に、畑のことなら何でもお任せ! な桑名が丁寧に説明してくれる。
    「今日はねえ、ここにこの木を植えるんだよ。そこの土をちょっとずつ掛けて、倒れないようにしようね」
    「う!」
     教えて貰ったところへしゃがみ込むと、「おてつだい」の要領で手解きを受けながら、掘り返されて小山になっていた土を小さな木の根元がしっかり植わるように掛けていく。
     手伝おう、と声を掛けて手を貸してくれる蜻蛉切と一緒に、江の面々と日本号、保護者達に見守られながら、小さな苗木はほどなくきちんと植えることが出来たようだ。
    「あー」
    「よく出来ました!」
     にこにこで褒めてくれる桑名に土で少し汚れた手を拭って貰って満足そうに頷いた和泉は、たった今自分が彼や蜻蛉切と一緒に植えた木が何なのかは解っていない。

    「ありゃあ、もしかせんでも……」
    「だろうな」
     和泉守が頷いたので、仕掛け人が想像通りの人らしいと確信した陸奥守も頬が緩んだ。

    「これはね、桃の木だよ」
     もも。
     ぴょこ、と屈んだままの和泉の背中でふわふわのリボンが揺れる。
    「う……?」
     これ、もも?
     そわそわと、それから不思議そうに、初めて見る大好きな果物の、それが成るはずのまだ小さな木を見つめる。
    「う。う?」
    「まだ冬だし小さいからね。解りにくいと思う。でもこの木が大きくなって、花が咲いて、その後にはちゃんと桃が成るよぉ」
     通訳などなくても、本当に? と問われているのは十分伝わってきた。説明してくれる桑名から目を逸らさないその背中が、驚きと真剣さに満ちていることも。

    「あー!」
     もも! とびっくり、目を大きくした和泉が振り返る。
    「良かったにゃあ!」
    「自分で世話した桃が成るってよ、楽しみだな!」
     声を掛けてやればそれはもう綺羅綺羅の、嬉しそうな目が興奮で輝くのが見えた。
    「おっと、そこで満足されちゃあ困る!」
     シャベルを置いてにやりと笑った正三位殿が嬉しい驚きに固まっている子供を引っ張り上げてやりながら、整えたばかりの区画を示した。
    「そいつはまだまだおチビさんだ。今年はこっちの木に期待しようぜ」
    「その木が実を付けるには時間がかかるからな、こちらの木も可愛がってくれ」
     きっと綺麗な花が咲く、と蜻蛉切が一番近くの木に触れさせている。
     自分の背より大きく育っている木を期待の眼差しで見つめながら、ぱちぱち碧い目が瞬いた。
    「あー……」
     植物の成長過程を想像するのはまだ難しい。幹に触れてみてもこの木がこれからどう変化するのか、うまく思い描けないだろう。だが、皆が「よい」ことがあるはずだと言ってくれているのは解る。和泉が教えて貰ったこと、手伝わせて貰ったことを理解しようと思考を巡らせるのをゆっくりと待つ。

     しばらくして納得したように頷いたのを見て、足元に駆け寄ったくろのすけが和泉を見上げた。
    「良かったですね、桑名様と皆様のお手入れがあれば、きっと美味しい桃が採れますよ!」
     「あいぼう」の尻尾が揺れているのが安心を確定付けたようだ。
     嬉しそうにくろのすけを抱いた和泉は、江の皆と槍の二人が植えてくれたらしい木々を改めて眺めた。
    「この木が白桃、向こうが黄桃、そっちはネクタリン。ここはいろんな品種を一度に育てても大丈夫だから育てがいがある!」
     すっかり農業男士の熱が上がっているらしい桑名が自信満々に教えてくれるのを一生懸命聞いていた和泉が、これは? とまだ小さな木を指差した。
    「あ、そうだった。これはね、黄金桃っていうんだよ。種類は黄桃の一つ。白桃みたいに生でもとっても甘い黄桃なんだよ!」
     とってもあまい!
     育てる楽しみと味わう楽しみ、それぞれの期待に輝く声と瞳は最高潮。どちらからともなくひらひら舞う桜に、様子を見守っていた九口は笑いを堪えるのに必死だ。

    「ちくと畑の先生の気ぃが早過ぎるかも知れんのう?」
    「あれ、実がなるには二、三年かかるよな? 待ちきれなくならなきゃ良いが」
     桃栗三年柿八年、梅は酸いとて…… と陸奥守と和泉守は樹木の育成にかかる歳月を思って顔を見合わせたが、和泉が楽しそうにしていればそれで良い、となるのもすっかり馴染んだ流れだ。

     「酒にゃ回らないかねえ? 漬け込んだら美味い果実酒ができそうだ」などとこちらも気の早い茶々を入れる日本号に、「酒に使う時は必ず和泉の許可を取るんだぞ」と忠告する蜻蛉切という、御手杵が加われば更に話が盛り上がりそうな三名槍お得意のやり取りには流石に堪えきれずに揃って大笑いした。
     そんな「みんな」の楽しそうな空気に和泉がますますご機嫌になった頃。

    「皆ー、お風呂支度できてるよ、いつでもどうぞ~!」
     浦島虎徹が果樹園の入り口から呼ぶ声が響いた。
    「おー、ありがとなー! さて、そろそろ俺らも戻っか」
    「そうだね、皆を待たせちゃいけないし」
    「頭に報告もしなければ」
    「雨さんが行くなら一緒に行こうかな」
    「それじゃあ片付けを…… って桑名さん、後は明日にしましょう!」
    「ええ、でももう少し……」
     賑やかな江の面々の会話に笑って、「かたづけ」に加わった和泉は最後に一つ篭手切からお土産を貰った。

    「折角だから記念にどうぞ」
     差し出されたのは桃の枝だ。植え替える時に落ちてしまったものらしく、挿木をするには細くて心許無いし、瑞々しい様子を見ると捨ててしまうには忍びない、そんな一枝だった。
     まだ蕾の元が解る程度で花の気配があるわけでもないが、「貰ったもの」を喜ぶ和泉が花瓶で愛でるなら丁度良さそう、とわざわざ取っておいてくれたようだ。
     部屋に持って行って良いもの、と認識した和泉が嬉しそうに受け取るのを微笑ましく見守って、夕暮れに差し掛かった畑から撤収した。



     これまた賑やかな風呂を済ませて夕食の準備に騒めく大広間へ行くと、笑顔の堀川が待ち構えていた。
    「今日は選べるご飯だよ! 兼さん達はどっちが良いかな?」
     贈り物が行き交った今日は御八つまでで結構食べた、という者も多いだろうし、特別甘い物が好物という訳ではない者はきちんと一食欲しいかもしれない。それで軽くても良いヒト達には雑炊、しっかり食べたいヒト達には釜飯御膳、と二種類の夕食の準備が進んでいるらしい。
    「う!」
    「お、今日は早く決まったな。国広、和泉は雑炊が良いってよ」
     寒い日に「あったかいすーぷとふやふやのごはん」を食べることが気に入ったらしい和泉は、選んでね、と言われると「どれもすき、おいしい。どうしよう……」と迷うことも多いメニュー選択をすぐに終えた。
     和泉守と陸奥守からは釜飯の回答を貰った堀川が準備するから待っててね、と請け負って、他にも取りまとめた希望を厨へ伝えに行くのを見送り、少しずつ人数が増えていく大広間の定位置で楽しそうな会話を聞くともなく聞く。

    「あ!」
     ソワっとした気配に和泉の視線を辿ると、ちょうど源氏兄弟と琉球刀の兄弟達がやってきたところだった。
    「感想言うんだったな、行ってこい行ってこい」
    「あー!」
     いそいそと立ち上がって「やさしいひと」達の方へ向かう和泉と寄り添うくろのすけの背中を見守れば、気付いて迎えてくれる彼らに自分から一生懸命にチョコや餅の感想を伝えているようだ。
    「当たり前になったにゃあ」
    「そうだな、警戒も、物怖じも変な遠慮もしなくなったなあ」
     本丸では「こわいこと」は起きない。何か困っても必ず誰かが助けてくれる。もう全部が安心に変わっている和泉は、誰かに近付いたり話しかけることを躊躇うことは無くなった。少し慣れた頃、今度は自分が「なにもできない」ことが「いけない」ことなのではないかと感じたらしく、自分から声をかけることを躊躇う時期もあった。周りが聡いヒトばかりだから気付いて貰えないということがない。それだけに主張ではなく受け身で「まつ」を選んでいるのは明白で、それはそれであまり良いことではないな、と主が何度も丁寧に説明した。万一緊急の時まで「またないといけない」と思い込んでしまったら困る。
     襲撃されるなんて一大事じゃなくとも、例えばほら、鍋が吹きこぼれているとかそんな日常に溢れた「一大事」もあるわけで。折角気付いてくれたなら早く教えて……! となることがあるかも知れない。要するに、バランスの取り方が大事という話だ。なかなか教えるのも理解して貰うのも難しいことだけに、早いうちから説明した方がよいと主は時間をかけて和泉と向き合ってくれた。
     周りを見るのはとても良いこと。でも困った時、何かして欲しい時、知らせたい時、それを自分から伝えるのも悪いことじゃない。いつもいつも待つ必要はないのだ、と優しく繰り返してくれる主にも和泉は最初はよく解らない様子だった。だが、教えて貰ったことが自分にとって「わるい」になったこともないので、少しずつ「やってみる」に変わったのも「こども」が子供なりに一生懸命考えた結果で、それは良い方へ変化したわけだ。
     何か伝えたいらしい、それさえ解れば後は言葉が通じないところは皆が察してくれるし、伝えたいことはくろのすけが通訳してくれる。もどかしい時は「兄」に頼めばもっと詳しく伝えてくれることも理解している。
     今まさに「とってもおいしかった!」それを身振り手振りを加えて示している、そんなことも覚えた。
     良かった良かった、とニコニコ笑って貰えてまた嬉しくて、そうして交流を深める度に安心と良いことが増えていく。
     贈り物とお返しのマシュマロを「チョコフォンデュで食べたよ!」、などと近くから声をかけられて、それにも嬉しそうに応える。
     そんな風に自ら輪の中へ入っていく、それが自然に出来る様になったことは陸奥守にとっては一度は諦めかけて、完璧な形で手に入れた幸福だ。そして隣で静かにその幸せな光景を見つめる和泉守の、その視線が穏やかであることは、失わずに済んだ最高の決着の証だった。
    「しょうまっこと、えい眺めじゃ!」
     そのまま、と願った顔で笑ってくれる恋刃こいびとの視線を独り占めできることも、一番の誉だった。

     釜飯を選んだのが雑炊を選んだ和泉に分ける為という理由なのがお揃いだ、とやんわり揶揄われるのが擽ったいことも含めて、平和で穏やかな夜になった。



    「えっ、貰って良いの?」
     桃の木のお礼を伝えに主の元を訪ねると、主は和泉が差し出した箱と小袋に目を丸くした。
    「もちろん。和泉のたった一人の主があんたなんだから、『一番』だって当然主のものだ」
     和泉守が自分の代弁をしてくれていることはしっかり、よーく解って、うんうん、と頷いている和泉から「おくりもの」を受け取った審神者は大袈裟なくらいに喜んだ。
    「うわー、嬉しいな、今人生で一番モテてるかも知れない」
     そんな冗談を交えながら早速中身を確認、マシュマロとちょっと歪なトリュフにますます目を輝かせた。
    「手作りだ!」
    「う……!」
     それはもうしっかり頷いた和泉が菓子作りをしていたとは陸奥守も知らなかった。
    「手作り!」
    「おう、混ぜて捏ねるくらいはもう出来るぜ、うちの末っ子は」
    「和泉様が嬉しそうにしてらしたの、チョコ作りだったんですねえ」
     悪戯っぽく笑う和泉守との共同製作らしい。
    「ありがとう、大事に食べるよ!」
     沢山撫でて貰って抱き締めて貰って、これ以上ないほど嬉しそうな和泉と、こちらも負けず劣らず嬉しそうな主の様子に、「主が喜んでいる」ことで「モノ」あるいは「仕えるもの」達の意識も満たされていった。

     本丸で和泉の好物が採れるように桃の木を植えようというのが誰の発案かはさておき、せっかくならと整えたささやかな桃園の中へ敢えて一つ小さな木を植える計画を提案したのが主だということは、和泉守にはすぐに解ったらしい。
    「記念樹ってやつだ。……これから先も、ってな」
     そういう人だろ、と言われれば確かに。
    「はー、おまんは相変わらず周りの心の動きにまっこと聡いのう」
    「はは、和泉に関することだけな。相手があいつをどう思ってるか解らねえと、守れない。ここではそんな心配しやしねえけど、何かしら気持ちを向けてくれてんだなってのもつい、追っちまうんだよ」
    「えい兄やんじゃ、ほんまに」
     そういう機微に気付く、気付いてしまうヒトに選ばれたことが誇らしい。隠さず伝えて貰える間柄であることが嬉しい。
     ご機嫌で自分の部屋へ帰る廊下を進む背中を見守る、その視線が穏やかであることが嬉しかった。
     記憶がある限り、燻り続ける苦しさは決して消えて無くなるものではない。それでも、大事なただ「ひとり」を守る事、それだけしか考えられなかったという和泉守が、自分の隣で笑っていてくれることが何より愛おしい。
    「また一つ、大事なものが増えたな。あの木が無事に育つのを見守ってやらねえと。結構病害虫に弱いとかでな、気を付けねえと駄目なんだってよ、桃。ちゃんと収穫してどんなもんか味わって貰わねえとな!」
     それは、あの子がここで幸福のままに過ごすことそのものだ。そこには自分達の安寧も含まれているということだ。
    「ほうじゃの、大事なもんが増えるんは嬉しいのう」
    「ああ、そうだな」
     僅かに絡めた指がしっかり握り返されて、それからすぐに離れて、でもすぐ近くにある。そういう触れ合いがあることにも感謝した。



     陸奥守は一度自分の部屋に戻り、お目当てを持って和泉の部屋を再び訪ねた。部屋の主は卓袱台に並べた貰ったばかり、色とりどりの贈り物や歌仙兼定が選んでくれた花瓶に飾った桃の枝を眺め、ふわふわのマフラーを随分上手になった手付きで畳んで撫でたところだった。
    「改めて並べてみるとこじゃんと貰ったもんじゃのう。ほれ、わしからのプレゼントも受け取っとうせ〜」
     本日最後の贈り物として買って置いたチョコレートの箱を渡す。しっとりとした手触りの天鵞絨調の布張りの赤い箱には金の箔押しで何やら模様が入っていて、金のリボンが掛けられているいかにも「プレゼントっぽい」箱だった。ジャンドゥーヤとキャラメルクリームのボンボン・ショコラ、丸々一個ドライフルーツの苺をホワイトチョコでコーティングしたもの、キャンディ包みの丸いミルクチョコと合わせて四つのチョコレートが入ったものだ。
     お手頃価格の割に見栄えがして、中身も四種で目にも楽しい。これは丁度良いと買い求めたものだった。
     もちろん、同じ物を和泉守の分も持ってきた。自分しか貰えないとなれば貰う喜びより「どうして?」が気になってしまうだろう和泉に渡すなら、同じものが良いだろうという陸奥守なりの配慮と気持ちを形にしたものだ。
     同じ理由で高価な物は一切買う気がなかった。価格のことはまだよく解らない和泉と、本音では「弟」にはどれだけ贅沢させてもまだ足りないのに、自分用の贅沢は苦手なままの和泉守相手に陸奥守が高価な品を贈ったところで何の効果も見込めない。それどころか最悪遠慮されてしまうかも知れない。二人が素直に喜べるものが一番贈り物に相応しい、そう考えた。
    「あー!」
    「お、ありがとな。良かったなあ。ほら、和泉」
     期待通りに響いた嬉しそうな声と二人分の笑顔の後、何やら和泉守からの目配せを受けた『雪』の手で、いそいそと小抽斗から取り出されたのも小さな箱だった。オレンジの箱に透明な蓋、濃い青の少し曲がったリボン付き。
     キラキラと碧い目が輝いてそっとこちらに箱が差し出される。
    「あー」
    「お?」
    「和泉とオレから、お前に」
     あげる、と、無いわけないだろ? そんな二つの笑顔と共に渡されたそれは、彼らが「いっしょにつくった」あのトリュフだ。
    「たまぁ……!」
     手作り、それが貰えるはずだと、自分の分もあるのではないかと期待しなかったのがいっそおかしい。今準備していた箱を渡したばっかりだと言うのに、交換になることは少しも予想していなかった。
    「おお……、嬉しいもんじゃのう!」
     ありがとう、その言葉を口にしながら受け取った箱は宝物のようだ。
    「う!」
    「な、こういうのも良いだろ?」
     サプライズってやつだ、などと額を寄せ合っているそっくりな二人の嬉しそうな様子が何より胸を温かくする。

    (手ん中で溶けてしまいそうじゃにゃあ)

     それはもうだらしない顔をしているだろうなと自覚しながら、どうにもニヤけてしまう緩んだ頬と自然上がっている口角とを落ち着けるのに苦労した。
     和泉は今度はくろのすけに、主がこんのすけへ贈ったものによく似た首輪をあげる、とやっている。和泉とこの本丸に付きっきりで、以前のように他に派遣されたり交流する必要がなかったくろのすけは、時々可愛いものやおしゃれ好きな誰かからスカーフを巻いて貰ったり、尻尾にリボンを付けたりはしたものの、本丸所属の印を特別には持っていなかった。
     こんのすけにはあって、くろのすけにはない。
     その事に気付いた和泉が「いっしょ」が良いと言い出したのだという。大好きなお揚げを上げること以外にも今日のイベントに合わせて何か贈りたい、それも「なかよし」のこんのすけと「おそろい」が良いと思う。これもまた嬉しい驚きだった。彼の意識と視野は確実に、良い方向へ拡がっている。その現れだからだ。
     思いも寄らない贈り物に感激しているくろのすけと、喜んで貰えたことを喜ぶ和泉の様子はそれはそれは心和むものだった。

     楽しい一日を十二分に満喫して、満足そうに就寝支度をする和泉を手伝って、今日は一緒に寝るのだと「ふたり」で布団に潜り込む和泉とくろのすけにおやすみ、を伝えて、そうして部屋を後にしたのはまだ自分達が眠るには少し早い時間だった。



     一足遅れて出てきた和泉守の部屋は隣だ。すぐに辿り着いてしまうその廊下でつい、と袖を引かれた。
    「もう行っちまうのか?」
    「あ、いや」
     ふ、と笑みを浮かべた唇が小さくそれを告げる。

    「ここからは、ってな」
     趣を変えた笑みが深くなり、耳元で囁かれた。

    「バレンタインっつーのは、そもそも恋人のためのイベントなんだろ。……オレにも、くれるよな?」
     確かに、それはその通り。でも、それはもう渡したはずだ。互いの右手はそれぞれに小さな箱を持っている。ついさっき、貰った、贈ったばかりの甘い菓子。
    「離れ行かねえか。もちろん貸し切り、ついでに」

     ――明日はお前もオレも非番。ゆっくりしようぜ、二人っきりで。

     息を呑む間にするりと伸びた手が優しく重ねられた。
    「好きだ、陸奥守。お前との時間も、ちゃんと大事にしたい」
     一瞬の間を置いて、それから自分でも呆れるほどに甘くて少し情けない吐息が漏れた。
    「……おまん、相変わらずえい男やにゃあ。けんど、わしにも少しは格好つけさせとうせ」
     指を絡めてそっと顔を近付ける。静かに閉じた瞼が許すままに一つ口付けた。
    「――ほいたら、今からしばらくは互いだけじゃ。和泉守、おまんを好いちゅう。わししか知らん可愛えいとこ、見せとうせ」
     それはどうかわかんねえなあ、とくしゃりと崩れた、それこそ可愛い顔に誘われるまま、すっかり慣れたあの離れへ静かに足を向けた。

     仲間に関係を隠すような後ろめたさは欠片もないが、この穏やかで良い夜に不粋が混ざるのは本意ではないし、既に灯っている小さな火を誰かにうっかり覗かれてしまうのも勿体無い。
     二人だけの時間を存分に堪能するためにそっと抜け出した母屋から離れまでの僅かな距離、しんしんと冷える空気さえも楽しんだ。
     そうして少しの酒と甘い菓子と、外の寒さが嘘のような熱を味わう夜はゆっくりと更けていったのだった。



    「今夜と明日の朝は隣には居ねえけど、昼過ぎにはちゃんと戻るからな。何か困ったらくろのすけや国広や清光達に手伝って貰うんだぞ」
    「う!」
    「お任せ下さい!」
     可愛い可愛い『弟』の側を離れることに不安や恐怖を覚えない。悪い想像をしなくて良くなってからも、もう半年以上になる。その感慨と、ほんの少しだけそわそわする気持ちを宥めながら「すてき」な一日を終えようとする満足そうな顔をよく見つめた。

     何の不安もなく、大好きな友達で相棒と一緒の布団の中でぬくぬく、幸せそうだ。寒くも辛くも寂しくもない、その表情と気配が何よりも伝えてくれた。
     柔らかな感触に誘われて訪れた睡魔と戯れ始めた和泉の頭を軽く撫で、おやすみ、と告げる。
     今夜も良い夢を。
     この温かで穏やかな気持ちと、恋刃と過ごす時間への期待に騒ぐ気持ちが同時に在ることには未だに慣れない。
     それでも確かにどちらも自分の本心で望みで、どちらも叶うところにいると知っていることが嬉しい。

     安らかな様子を確認しながら静かに障子を閉め、律儀に廊下で待っている陸奥守の袖に手を伸ばした。

     この後は、朝まで自分のことを甘やかして貰おう。そんな風に考えられるようになったことを喜べる今に、自然と笑みが浮かんでいた。


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