ふぇいとパロ 暗がりに一人の男の荒い息だけが響く。
辺りは血の海で、人だった残骸が多く転がっている。
彼はまだ肉塊にはなっておらず人の形を保ってはいるものの、近いうちにそれらの仲間入りをしてしまうのは自明の理だった。
どうせいつ死んでもおかしくない捨てた命だ。
やっと楽になれる。
死は救済。
地獄は終わる。
決死隊の人間は皆そう言われて育てられる。
死ぬために生きる。男も例に漏れずそうやって信じて生きてきた。
なのに、何故だろう。
救いに手を伸ばすのが怖くなってくる。
生きたい、と生物の本能が人間の理性を押しのけて叫んでいた。
そうは思っていても、重症な我が身。
何もしなければ一日保たないのは彼自身理解している。
「……は、ぁ……ああ、ろくでもないな」
多くを殺し続けた我が身を、今更可愛いと、惜しいと思うものなのか。
広い会議室の中に転がる人間だった塊。
静かなその室内には、時計の針の音だけが小さく響いていた。
しばらくして意識が泥に沈みそうになる頃、ふと温かい感覚に目を必死に開く。
(なんだ……?)
血の海に円形の何か複雑な模様が光の筋として浮かび上がる。
体の痛みとは別に、手の甲が刺しこむように痛んだ。
(次から次へと)
内心で悪態をつくも、声に出すには厳しい。
一気にその光の筋が纏まり、カメラのフラッシュを強くしたような眩い光になる。視界が奪われるようなそれに目が眩む。
反射的に片手の甲を目元に押し付けるがあまり効果は無かった。白んだ視界に一度目を伏せる。
ぱしゃり。
自分しか居ない空間に血溜まりを進む音がした。
(……追手か)
制圧のためのフラッシュ弾だったのかと身構えるが、満身創痍な男は既に無抵抗な肉塊だ。
悪運尽きたかと奥歯を噛みしめるが、彼へ歩み寄ってきた足音は少し離れた地点で止まる。
「此度も地獄か、変わらんな」
男の声。
ようやく慣れてきた目で姿を確認する。
長い外套を纏った、見た目は軍人だろうか。長身の男、知らない姿だった。
「そこのお前。お前が私のマスターか」
切れ長の目で見定めるように睨んでくる男は、10人に問えば8人は頷くであろう眉目秀麗な容姿だった。一部、眉毛に特徴はあるものの整っている。
「……っ、ます、たーって、何の話だ」
「ふん、なるほど正式な魔術師ではないか。まあいい。喚ばれたからには力になってやろう」
言っている意味がさっぱりわからず、男はその長身を呆然と見つめる。
「本来はセイバークラスで喚ばれるのだが、今回は何故かルーラー、エクストラクラスで喚ばれている。真名は伏せさせてもらおう、ルーラーと呼ぶがいい。お前の名は?」
此方の理解が追いついていないのを、このルーラーと名乗る男は恐らく理解していない。
本当はこのまま沈んでしまいたかったのだが、男はなんとか光の出処へ手を伸ばして口を開いた。
「つきし、ま……だ」
伸ばした手が掴み返される。幻ではない体温に体の力が抜けそうになった。
生きたいと言う、本能が勝ってしまった瞬間だった。