可愛いと思った時は こいつを抱きたいと思ったのはふとした瞬間だった。
同性同士で付き合う場合、一つ乗り越えなければいけないハードルというものが存在する。
一つである場合も、二つ以上あることもあるが。
俺と尾形の間には、今のところ最初のハードルは一つだった。
どちらがどちらに抱かれるか。
性欲が枯れていない状態ではそれを解消する必要が出てくる。
独り身ならば一人で解消するなり店に行くなり、誰かと行きずりになるなりと幾つかルートは存在するが、俺と尾形は世間で言う恋人同士だ。
それを外で解消するのはもちろん不貞ということになるだろう。
深く考えていなかった俺に、尾形は真剣な顔であんたが抱きたいと言ってきた。
頭の中で一通り浚った男同士のセックスの方法を引っ張り出す。その状況を更に俺と尾形に当て嵌める。
尾形と肌を重ねることを想像した。嫌悪感はない。下腹部にずくりと重い熱が溜まるのは感じた。
ありだな。
大丈夫そうだ。
残念ながらケツの準備なんてしていないし、その日は無理だったがお互い四苦八苦しながらもセックスの形を整え、体を重ねることにも慣れてきたある日のことだ。
「あーあ、こんなに立派にでけえのに、もう無駄撃ちしか使い道ねえんだもんな」
俺の中に突っ込み、揺さぶりながら尾形はうっそり笑う。俺は後ろ手でシーツを掴みあられの無い声を上げている。その使い道のないと言われた俺のちんぽはがっちり勃ち上がり、揺られる度に俺と尾形の腹を往復して叩きつけられていた。
無駄撃ちはお互い様だろうに。それはそれとして使い道、なあ。
快感で霞みそうになる意識は、時折尾形の顔から落ちる汗やら唾液やらで僅かに引き戻された。その合間にふと考える。そうでもないんじゃないだろうか。別に中でしかイけないわけじゃない。
中でもイけるようになっただけだ。
それに。
顔を顰めて気持ちよさそうにする尾形の表情を滲む視界で見上げる。手を伸ばすと尾形はそれに頬を寄せ擦り寄る。
ああ、可愛いな。
これがもっと強い快感に歪んだらどんな顔をするんだろう。
俺は中で持続する快感は普通に達するより強く長く、快楽を引きずることを知ってしまった。
なら尾形はこれを浴びたらどんな乱れ方をするんだろうか。
お互い達した快感を引きずり体液でぐちゃぐちゃのシーツに沈んでいる熱の上がった思考で考える。
「なあ、……尾形」
「なんです?」
俺のことを抱きしめて胸元に頬を擦り寄せている尾形の頭を緩く撫でつつ俺は囁くように呟いた。
「俺もお前のことを抱きたい」
きょとん、と俺を見上げた尾形は目を丸くしたまま動きを止めた。
幼く見えるその所作に、これが豆鉄砲を打たれた鳩の顔か、と思った。
「え、……っと?」
戸惑い搾り出すように尾形は疑問符を浮かべる。
視線が泳いでいるのが戸惑いを表していた。俺は頭を撫でていた手を尾形の耳たぶへ滑らせ、擽る。丸くなっていた瞼がぴくりと震え一瞬塞がった。
「抱きたい。俺もお前の中を知りたいって言ったんだが」
聞き間違いと流されないように言い直す。指をそのまま滑らせ首筋から背中を辿り、尾形を少し押し除けるように身を起こす。俺の胸に顔を当てたまま真意を探る視線を向けてくる尾形に、背骨を人差し指で辿り腰骨の中央を下へ下ろし、硬く窄まった未使用のケツの穴を指の腹で緩く撫でた。
ひ、と小さく喉の奥から絞り出すような声が聞こえ弾かれるように俺の胸に手を押し当てて引き剥がそうとする。
そうはさせんぞ。
片方の手で尾形をしっかり抱きしめたまま、ちゅ、と音を立てて耳朶に唇を当てる。
この反応なら、可能性はゼロじゃないなと確信出来た。抵抗はあるだろうが、拒絶ではない。
「あ、あんた、俺のこと抱けるのかよ」
そうだったなあ、俺も同じことお前に聞いたな。
「抱けると思ったから言ったんだよ。お前のこと全部知りたい。どんな風に抱くのかはわかったから、どんな風に抱かれるのか知りたいと思うのはおかしいか?」
「…………」
黙り込む尾形の目は躊躇いと羞恥が浮かんでいるように見えた。そのまま俺から視線が離れる。汚れたシーツの上をその視線が泳いでいた。
もうひと押しか。
「ダメか?」
あくまで、お前の意思で抱かれてもいいと思わなければ意味がないから、伺いを立てる。
沈黙が落ちた。
とくん、とくん、とお互いの心音と吐息だけが鼓膜を震わせていた。
「つ……月島さんは」
尾形がややあってゆっくりと口を開く。
「ケツの才能があっただけで、俺があるとは限らんのですが」
「やってみなきゃわからんよな? 準備は俺に任せておけばいい」
ダメ押しとして形のいい尾形の尻をひと撫ですると、戸惑いを引き摺ったまま俺を見上げてくるが視線は揺れている。
嗜虐趣味はないんだが、泣かせたいなあ、なんて思ってしまった。
「な? ひゃく?」
漏れた音は自分のもののはずなのに酷く甘ったるく響いた気がした。
尾形は泳がせていた視線を、ゆっくりと俺に合わせて躊躇いつつも小さく頷く。
生気の薄い白い肌は、真っ赤に熟れていた。