パジャマ姿の訪問者夜も更ける頃。
霊とか相談所の所長 霊幻新隆は来たる年度末に向けて事務処理を必死に進めていた。
時計をみると針は23時を過ぎていた。
霊幻は集中して作業していたことで凝り固まった身体を解すために伸びをした……
結構な時間が経ってしまったな……とふと窓を見ると、大きな影があった。
「うわ! モ……モブ!」
そこには白と青のストライプのパジャマ姿の弟子が窓の外で浮いていた。超能力で家から飛んできたんだろう。霊幻は急いで駆け寄り、窓を開けた。
「お前、なんで来たの?」
「なんとなく」
弟子のこの回答では、こんな夜にここへ来た理由は分からなかった。窓から入り込む夜の空気は少しひんやりしていた。
「……そうか。モブ寒くないか? そんな薄着でこんな所まで飛んで来ちゃったのか? 風邪ひくぞ。こっち来い」
霊幻は窓を大きく開けて、モブを相談所内に招き入れた。
モブは、少しドキドキしていた。こんな遅い時間に窓から相談所に入ったのも、パジャマで相談所に入ったのも初めてだった。
「寒くはないです」
「まぁ、待ってろって」
霊幻はモブに背中を向けて、何やらゴソゴソと荷物を漁り、目当ての何やら黒い物を見つけた。それを手に取りモブに近付き、それをふわりとかけた。
「師匠、ありがとうございます」
「ん、ちょっと大きいけどな、これ羽織っとけ。ところでお前、ご両親にここに来るって言ってから来たのか?」
大分大きい黒いカーディガンを羽織ったモブは首を振る。
「分かった。モブの家まで送ってくからちょっと待っててくれるか? あと少しだけ片付けちゃうから」
そう言った霊幻は、また部屋の奥に消えた。しばらく経つと、チンと電子レンジの音が聞こえた。手にいつもモブが使っているマグカップを持って、霊幻が戻ってきた。そのマグカップからはゆらゆらと煙が出ていた。それをモブに手渡す。
「熱いからな。気をつけろよ」
モブは両手でそれを受け取った。いつも霊幻が入れてくれる甘いホットミルクだった。
ホットミルクを手渡した霊幻は、また所長用の椅子に座りテキパキと書類をこなしているようだった。
モブは霊幻の姿を眺めて、手にある包みを確認しながら今日の出来事を思い出していた。
放課後にモブが相談所に来たとき時、霊幻がボヤく。
「あぁ〜〜年度末だから今色々やっとかなきゃなんだよな……今日は帰れないだろうな……」
今日は師匠、遅くまで仕事をするんだな――
とモブは思った。家に帰ってから母にその話をすると、
「あら……大変ね。霊幻さん今日は遅いのね。うーーん、疲れたときは甘い物よね。明日、甘い物でも持って行ってあげたらどう?」
「……甘い物」
モブはいつも通り布団に入り眠ったが、途中で目が覚めてしまった。
師匠、今も相談所にいるのかな……甘い物か……
モブはいてもたってもいられなくなった。こっそり1階のキッチンまで行き、おやつが入っている戸棚から、小さな包みをひとつ取って、自室に戻り、パジャマ姿のまま窓から飛び立って相談所を訪れたのだった。
霊幻の大きいカーディガンを羽織って、温かいホットミルクをもらって、モブの身体はポカポカだった。そのホットミルクがなくなる頃、霊幻が声をかけてきた。
「モブ、待たせたな帰ろうか 」
ほんのホットミルクを飲んでる間くらいしか時間が経ってない気がして、モブは確認をする。
「もうお仕事終わったんですか?」
「おう! 終わったぞ!」
終わったことを確認したモブは、霊幻にお願いをした。
「師匠、少し屈んでもらっていいですか?」
「ん? いいよ」
霊幻は、モブの目線に合わせてしゃがみこんだ。
「居残り? お疲れ様です。これどうぞ」
モブの小さな手にはキャンディ型のチョコレートがあった。
「モブ、ありが……んん?」
居残りってかわいいな。と霊幻は思いながら、その弟子の気遣いに感動して、それを受け取ろうとした。するとモブはそれを渡してくるわけじゃなく、チョコレートを包みから取り出していた。
そしてそれをゆっくり霊幻の口元に押し付けた。
霊幻はゆっくり口を開け、その小さな指から離れたチョコレートを受け取った。口の中で甘さがじわじわと溶けていく。疲れきった身体に染みていく甘さだった。それ自体はすぐに溶けてなくなってしまったが、霊幻の心にはずっと甘さが残っているようだった。
「モブ、ありがとうな」
霊幻はモブの頭にポンッと触れながら、さっき言い損ねた感謝の言葉を今度こそ伝えた。
おわり