ジュン誕余談/ジュン要ESでの誕生日パーティーが無事に終わりお開きになる。大量の誕生日プレゼントは後で部屋に届けてもらえるらしいので、帰る時も手ぶらでいいのが楽だ。
ポケットからスマホを取り出して時間を確認すると、夕ご飯には少し早いくらいの時間だった。
今日はパーティーがあるため会わない予定だったが、日付が変わった瞬間にかかってきたお祝いの電話のせいで今日の予定が終わったら会いに行く、と恋人に言ってしまった。そして言った手前、約束は守らなければ。
電話口の声を思い出して、もう少しで会えると思うとパーティーの時とは違う高揚感に胸が躍る。
ほとんどの人が会場から出たのを確認して、自分もレスティングルームを後にしようと一歩を踏み出した時だった。
「ジュンくんジュンくん!このあとEdenのみんなで二次会に行かない?ジュンくんのことだから特に用事もないよねっ!」
「え、あ…二次会、すか」
どうせ筋トレかゲームか漫画を読むしかすることがないのだろうと軽くディスられることはいつものことなのでスルーする。
この時間から二次会をしても、ダラダラ長居をするメンバーではないので今日中には解散できるだろう。相手には今日の予定が終わったら、としか伝えていないし。
いいっすよ、と返事をしようとしたところで日和は困ったように眉根を下げた。
「……あの子に会いに行く予定があるの?」
歯切れの悪い返事と時間を気にしている様子に、目敏い日和はすぐに事実を言い当てる。
「え、あ〜…いや、いいっすよ。二次会終わってからでも、全然」
他でもない日和からの誘いを無碍にも出来ない。どちらかを選ぶなんてとても出来なくて、ニッと笑ってみせた。
「もう…ジュンくんは全然素直じゃないね!早く会いに行きたいって顔に書いてあるね!」
「え!?そ、そんなことは…」
ほっぺをぐいっと引っ張られて弄ばれる。やめてくださいと言葉にならない言葉で抵抗して、やっと離れた手に絶対に赤くなったと今度は自分の手を当てて形を確認する。良かった、輪郭は変わってない。
ムスッとした表情だった日和はふと表情を緩めて溜息をついた。
「自分の感情も分からないなんて、やっぱりジュンくんは鈍感だね!…茨はどうせ仕事がしたいだろうし、凪沙くんはどっちでもいいって言うだろうし。Edenならスケジュールも合わせやすいしね。二次会はまた今度でも大丈夫だね」
「おひいさ…」
他の二人は良くても日和は良くないだろうと口を開こうとすると、そっと人差し指で唇を塞がれた。
「僕がここまで言ってるのに、逆に譲らないのは悪い子だね。言い訳なんていらないから、早く行ってあげるといいね」
日和の細められた瞳で見つめられると、いつも逆らうことなんて出来なくなる。
「…っありがとう、ございます。絶対埋め合わせしますんで!」
廊下は走るなと言われているのに、つい駆け出してしまっていた。
今から行くという連絡を入れる時間さえ惜しくて、マンションまでの道のりを脇目も振らずに走った。
数日前と同じ空調が効いているエントランスに入ると、上がった息を整えてからインターホンの部屋番号を押す。しばらくすると聞きたかった声が聞こえて心臓がドキッと鳴った。
『…さざなみ!』
「ワリ、連絡せずに来ちまって」
『いいえ、お兄ちゃんから聞いていたのでいいのです!今開けますね』
開いたエントランスの扉をくぐって、エレベーターに乗り目的の部屋へ向かう。何度も通い詰めた部屋はもう寝ていてもたどり着けるんじゃないかと思うくらい足が向かう場所を覚えている。
インターホンを押すか押さないかのタイミングで、勢い良くドアが開いた。
「うおっ」
「さざなみ!」
パッと花が咲いたような要の笑顔に出迎えられて、やっと会えた嬉しさにきゅっと胸が締め付けられる。いつも見ているのにその笑顔は相変わらず反則だと思う。
一歩玄関に入って、何か言う前にその笑顔ごとぎゅっと抱きしめる。後ろでパタンとドアの閉まる音がした。鍵を掛けなければ。そんなことを頭の片隅で思いながら、背中に回した手が離せそうにない。
「さ、さざなみ?どうしたのですか?」
「…会いたかった」
「…ぼくも今日は会えないと思っていたので。その…来てくれて嬉しい、のですよ」
身動ぎしても離してくれる様子がないことを悟ってか、要の手がそっと背中に回った。
「パーティーはどうでしたか?」
「…ん。楽しかった。色んな人に祝ってもらえたし、プレゼントもいっぱい貰ったし」
「それは良かったですね」
「…でも、やっぱあんたの花みたいな笑顔がなかったのが、寂しかった」
「さざなみ…」
念願のアイドルになってから出来たライバルであり友達でもある大切な仲間に囲まれて、誕生日がこんなに良いものだと初めて思った気さえする。
小さい頃から、ひとつ年をとっても卑屈で周りと比べてばかりだったあの頃。父からの祝われるはずの言葉は呪いのように自分を突き刺して、憎しみばかりを燃料にして走っていたのに。
「…入学式で会った時」
ぽつりと要が呟いた脈略のない言葉に、抱きしめたまま耳を傾ける。
「それから一緒のタコ部屋になった時、カタコンベに連れていってもらった時、特待生に戻ってからも変わらず話しかけてくれた時、入院してお見舞いに来てくれた時、好きだと言ってくれた時。…全部、大切な思い出で、ちゃんと覚えています」
要の言葉に、走馬灯のようにその時の出来事が蘇ってくる。
あの頃は地獄の中にいると思っていたのに、それさえも懐かしく思えてくる。
「つらいことがありましたけど、今ぼくがこうしていられるのは、さざなみに笑顔を向けられているのは、他でもないさざなみのおかげなのですよ」
「…生まれてきてくれて、ありがとうございます」
その言葉に、ぶわっと視界が歪むのを感じてぎゅっと目を閉じる。すり、と頭に頬を寄せると空色の髪が当たってくすぐったかった。
こんなに穏やかな気持ちで迎える誕生日はいつぶりだろう。そして、こんなにも生まれたことを祝ってもらったこともない。幸せすぎて、明日にでも死んでしまうのではないかと思うくらいだ。
「…ありがとう」
声が震えないようにと思ったのにどうしても震えてしまって、それを隠すように、顔を見られないようくるっと抱きしめた背中を反転させた。
「わっ!?」
「本日の主役が来たんだから、もてなしてくださいよお〜?」
わざとらしく鼻をすすって、要の肩をぽんぽんと強めに叩く。
こんなに良い日和…なのだから、こんな顔はしていられない。わしゃわしゃと空色の髪を少し乱暴に撫でて、靴を脱いで部屋に上がった。
「おに〜いさん」
陽気な呼び声が聞こえてふと立ち止まる。自分に呼びかけているのかもわからなかったが、振り向くと見覚えのある若菜色の癖毛が目に入った。
「巴…先輩」
確かに自分を見て話しかけている様子に足を止めて向き合った。HiMERUと呼ばずに「お兄さん」などと呼んだ意図がなんなのかと眉を顰めながら。
「怖い顔だね。弟くんとは全然違うね」
「……何の用ですか」
要と日和も一度か二度、顔を合わせたことはある。あまり周りに聞かれてはいけない内容なためさりげなく周囲を見渡すが幸いなことに誰もいなかった。
「ジュンくんが君の弟くんに取られちゃったから、暇になっちゃったね。それでたまたま君を見かけたから声をかけただけなんだけど。…君はどうするの?家に帰ってお邪魔虫になるの?」
今夜ジュンが家に来ることは知っていた。そのために日和はジュンを誘ったところ断られたんだろう。
そして今夜そのことをHiMERUが知っている前提で話しかけた、ということらしい。
「いえ…HiMERUはこれからシナモンに寄って帰ろうと思っているのですよ」
「そうなの?一人で?」
「ええ…そうですが」
「じゃあぼくも一緒に付いていくね!」
「な…っなぜそうなるのです!」
ずいっと顔を寄せてきた日和に一歩後退る。何が「じゃあ」なのだ。
「暇だって言ったでしょ?暇同士、時間を潰すのはちょうどいいね」
「ひ、HiMERUは暇とは一言も言っていないのです」
「どうせお邪魔虫になるから暇つぶしをするだけでしょ?うんうん、ぼくにはわかるね!そうと決まれば早く行こうね!」
「ちょ…っ巴、先輩…!」
手を取られて誘導される。いつもこんな風なのか、と少しジュンに同情する。
「その呼び方、呼びにくいなら無理に先輩をつけなくてもいいね。今はぼくたちしかいないんだし」
「…っわかったから手を離せ」
「うんうん、ごめんね?それに、その方が君らしいね」
本当の俺を知らないくせに「らしい」などよく言ったものだと心の中で悪態をつく。
シナモンに着くとちょうどバイトのシフトに入ったところのニキが接客をしてくれた。
「珍しい組み合わせっすねえ?仲良かったですっけ?」
「全然…」
「そうなんだよね!ほら、同じ玲明学園出身だし♪」
「ああ、そういうことなんすね!」
実際学園では顔を合わせていないし、仲が良くもないがニキが納得してしまったので今更違うと口を挟みにくく、結局言われるままにされておく。
「ぼく、シナモンはそんなに来たことがないんだよね。君のオススメは何?」
「HiMERUの、ですか…」
「ううん。君のオススメが知りたいの」
何の目的でそんなことを言うのか理解出来なかったが、フードからデザート、ドリンクまで一通りのお気に入りを説明した。
「ふ〜ん、どれも美味しそうで迷うけど…ジュンくんの誕生日パーティーで結構お腹いっぱいだから、ご飯ものはいいかな。アップルパイと紅茶にするね」
「では、HiMERUはコーヒーで」
「それだけ?」
「今日の摂取カロリーは満たしていますので」
「ていうか君…じゃなくて彼はコーヒー飲むキャラなの?」
「……俺の好みですが」
本当にやりにくいなこの人、と思いながら注文をして、不思議な組み合わせの夜カフェの時間は過ぎていった。