Developing休日の昼下がり。いつものように要の家で余暇を過ごす。最近はボードゲームなどを持ってきて一緒に遊んだりオススメの漫画の感想なんかを話したり、アニメ化した映像を一緒に見たりしている。
今日も最近ハマっているボードゲームをしていたのだが、ついボーッとしてしまう瞬間が多かった。
「何か悩んでいるのですか?」
「え?ああいや…別に。なんでもねえよ」
ついに心配そうな目線を向けられてしまってたじろぐ。あまり心配をかけたくないという気持ちと、弱っている姿を見せるのが恥ずかしいという気持ちからついそっけない態度をとってしまう。
「でも、今日のさざなみは変なのです。上の空ですし、空返事ですし。疲れているなら、無理に会わなくても良かったのです」
「ちげーよ。…それにあんたと会わないのは余計ストレス溜まるから、息抜きに必要なんだよ」
ボードゲームの手を止めて後ろのベッドにもたれかかる。どうもあのテレビ収録から何も手につかない。
本番でもミスをするしレッスンにも身が入らない。ダメな気持ちを抱えたまま休日で気分を持ち直そうと思っていたのにそれもダメだった。
溜息をひとつ吐くと、突然頭をがしがしと撫でられた。
「うおっ!?なんだよ突然」
「落ち込んでいる時はこうすると少し楽になるのです」
「ガキじゃねえんだから…ってあんたがいつもお兄さんにされてるのか」
「ぼくもガキではありませんが」
「まあ…確かに落ち着く、けどさ」
落ち込んでいるとは言っていないが、実際落ち込んでいる部分もあるし頭に触れる手が温かくてそのままにされておく。
「話してくれませんか?力にはなれないかもしれませんけど…話すことで楽になることもあるでしょう」
普段だったら突っぱねるところだが、本当に心配そうな目で見つめられると何も言わないというわけにはいかず、ぽつりぽつりと話し始めたら止まらなくなり、つい愚痴に発展して長々と喋り続けてしまった。
ハッと気付くとジト目で見つめられており、なんだよと口にする前にボソリと呟かれた。
「さざなみはやっぱりバカですね」
「なっ!?」
人が本気で心情を吐露したのに、バカとはなんだと腰を上げて膝立ちになりぐいっと肩を掴む。
「…ぼくも同じような経験をしたので、よくわかります。あの時のぼくには、お兄ちゃんがいてくれました。今のさざなみにも、見捨てずにいてくれる仲間がいるでしょう?」
「…!」
「ぼくの知っているさざなみは、それくらいで悩んで折れるような人ではないのです」
肩を掴んでいる手に手を重ねられて、手に籠った力が抜ける。
「ありのままのさざなみで、いいと思うのです。見ている人はちゃんとさざなみのことを見ています」
にこりと上がった口角に、上がった腰を下ろして正座をする格好になる。
一度、いや二度も折れて、それでも今ここに在る要の存在を思うとこんなことで弱音を吐いてなどいられないと拳を握った。
「…そう、だよな。俺は今まで通り、がむしゃらにやってくしかない…んだよな」
「それに、さざなみはバカの脳筋なので、こんなことで悩んでないで反骨心むき出しでレッスンや筋トレをしていた方がよっぽど建設的だと思うのですが」
「ハア〜〜?誰がバカなんだよ誰が」
またバカにするようなジト目で見つめられて、柔らかな頬を軽くつまんですぐに離し、そっと肩へその手を下ろした。
「……さっき、痛かったよな。悪い」
「別になんともないのです」
じわりと伝わる体温が愛しくなってきて、一度この着ているシャツの下を想像すると体の奥から熱が上がってきて止まらなくなった。
「まあそれはそれとして。脳筋バカの筋トレに付き合ってくれるんすよね?」
するりとシャツの下から手を差し入れて腰を撫でると、要はビクリと震えて手を押し返そうとする。
「…!な、それは筋トレとは言いません…!」
「それって?賢くて想像力豊かな十条くんは何を想像したんすかねえ?」
「さ、さざなみの意地悪…っんん…!?」
くいっと顎を持ち上げて口付ける。もう文句は言わせない。せめて今だけは、甘い夢の中に浸っていよう。そう思った。
数日後。どうしても会って伝えたいことがある、とレッスン終わりに要の家の近くの公園で待ち合わせた。
帽子を被って待っている要の姿を見つけて駆け寄る。
「十条!」
「さざなみ。そんなに急いでどうしたのですか?」
言われて走ってきていて息が上がっていることに気づく。
どうして、と問われてゴクリと唾を飲み込む。いざ口に出そうとすると手が震えてきて、ぐっと拳を握った。
「…っ今度の新曲、俺メインだって…」
声が震えそうになるのと口角が上がりそうなのを耐えて変な表情をしたと思う。けれどそんなことは気にせず、見つめる要の瞳は一段と輝いた気がする。
「いつものナギとかいう人と、おひいさんという人ではなくですか?」
「そう、らしい…」
「良かったじゃないですか!おめでとうございます!」
満面の笑みで両手を握られてぶんぶんと振られる。その笑顔にやっと実感が湧いてきてまた体温が上がった気がした。
「…ああ、なんだかぼくもとても嬉しいです。発表はいつなのですか?」
「まだ少し先だけど…。ああ…ワリ、ちょっとまだ落ち着けねえわ。でも、めちゃくちゃカッケー曲だから、早く聴いてほしい」
「やっぱりさざなみの頑張りを見ている人はいるのですよ」
「…なんか皮肉られんのかと思ったけど、素直に喜んでくれるのな」
「? それはそうでしょう。さざなみが活躍するとぼくも嬉しいですから」
「…そ、そうかよ…」
要はるんるんと鼻歌を歌いながら、数歩歩いてゆっくりとターンしてみせる。
「そんな時にぼくと会っていていいのですか?レッスンや筋トレもいつも以上にしないといけないでしょう?」
「今目一杯やって熱が入りすぎてストップがかかって帰ってきたとこっすよ。あ、シャワーは浴びてきたからご心配なく」
「さざなみが汗っかきなのはいつものことなのですから気にしてません」
「へーへー、すみませんね、代謝が良すぎて?」
べっと舌を出すと何か文句を言われると思ったのに、返ってきたのは優しい笑顔で。
「…ふふっ、いつもの調子のさざなみに戻って良かったです」
「! あ〜…その、ありがとな。話聞いてくれたりして」
弱っているところを見せたのが恥ずかしくなってきて、頭を掻きながらそう言うと、いつもの得意げな顔でふんぞり返られた。
「目下の者の悩みを聞くのは目上の者として当然なのです!」
「いや、俺ももう特待生なんすけど」
「あとから特待生になったのでぼくのほうが先輩なのです」
「はいはいわかりましたよお〜これからもよろしくお願いしますよ、先輩?」
曲が出来たら一番に聞かせてやろう。そう思いながら空色の髪をくしゃくしゃと撫でた。