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    medekuru

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    medekuru

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    まどめの二次小説になります。

    バルシャスでバルバロスが悪夢を見る話になります。

    悪夢 ――シャスティルは魔術師と戦っている
     力量は明らか、手出しの必要は無いだろう
     そう油断した瞬間、魔術師に捕まり――



    「シャスティル!」
     名前を呼びながらバルバロスは目を覚ます。
     ここは煉獄にある自分の研究所だ。どうやらソファーで昼寝をしていたようだ。
    「夢、か……ったく胸糞悪いもん見ちまったぜ」
     油断した隙にシャスティルは捕まり、自分の伸ばした手は届かず目の前で攫われたのだ。
     もちろん実際にそんなヘマはするつもりはないし、仮に何処へ攫われようともすぐに追いかけて取り返す。
     たかだか夢、実際にどうしてああなったのか、状況も相手の顔も何もかもぼやけて曖昧なものだ。特に気にする必要すらない。
    「そんなもんより、現実のポンコツをフォローしてやらねえとな」
    『あああっ!』
     繋げた影から早速悲鳴が聞こえてきた。どうやら窓を開けた瞬間、書類は風で飛ばされ部屋に散乱したようだ。
    「はぁ……しょうがねえな」
     ため息をひとつ、すぐにポンコツやらかして泣いている彼女の元へとむかう。

    「逆まけ円環」
     もう使い慣れた……使い慣れてしまった魔術で書類を元の場所へと戻していく。
    「本当に毎度よくやるよな」
    「うう……ありがとうバルバロス。そろそろ休憩しようと思って窓を開けたらこうなってしまって……」
    「お前、今までよくやってこれたよな……」
     本当にそう思う。
     今は自分がフォローしているけれどその前はどうだったんだろうか……?
     恐らくザガンが三馬鹿と呼ぶ連中の助けでも借りていたのかもしれない。
    「まあ、それはともかく丁度休憩にする所だったんだ。良かったら紅茶飲んでいかないか?」
    「まあいいけどよ。今日はもう終わりなのか?」
    「あとはこの資料をまとめたら終了だ。とりあえず今ある書類はキリがついたからな、明日は午前中から巡回の予定だよ」
     巡回――その言葉にほんの少しだけ夢の内容を思い出す。
    「……ま、巡回先でポンコツやらかさないようにせいぜい気をつけるこった」
    「むっ……これでも公私はきちんと分けている。仕事の真っ最中にそんな事はしない」
    「ならいいけどよ」
     何も変わらない。いつも通りの他愛のない会話と少し独特的な紅茶だ。
     そんな些細な時間だけどバルバロスにとっては大切な時間だ。絶対に攫わせる事などしない。



     ――シャスティルは何かと戦っている。
     魔物だろうか? キメラだろうか?
     状況は優勢。けど突如変貌しその爪は――



    「ポンコツっ!!」
     声を上げるのと同時に目を覚ます。いつもの煉獄だ。
    「ちっ……また夢か。ったく嫌になるぜ」
     前回夢を見てから3日後、普段徹夜するバルバロスにとっては前回夢を見てから眠るのはこれが初、つまり立て続けに悪夢を見たのだ。
     凶悪な爪はシャスティルを切り裂き、その身体は赤く染まり、息は弱々しくて……
     自分の目が黒いうちはあんな事にはさせない。万が一そんな事態になったとしてもすぐに手当てする。
    「はっ、先日の巡回だって特に問題はなかったんだ。別に気にすることもねえ」
     なんとなく夢の出来事が気になり、巡回は一部始終警戒していたのだ。もちろん襲われることも、まして攫われることも無かった。
    「それよりポンコツだな……お、そろそろ就業時間か。猫女たちが居なくなんなら、ちょうどいいな」
     自分は黒花やネフテロスとは仲はよくない。
     なので紅茶を飲みに行く時は2人がいない時を狙っている。主に終業後、もしくは夜シャスティルの家でなどだ。

    「あ、バルバロス。今ちょうど終わったところなんだ。すぐ準備するから待っててくれ」
    「いやいい、俺がいれてやるよ。お前今日はずっと執務室で缶詰だったろ? 少し休んでろよ」
    「ありがとうバルバロス。でも今日の昼頃は外に出ていたんだ」
    「あん? お前確か一日中執務の予定だったろ? 息抜きでも行ってたのかよ」
    「いや、そうではなくてな。珍しく街の近くに魔物がでたからそれで……」
    「怪我は!?」
    「ふえっ? ……いや、特にはないよ」
    「……ならいい」
     魔物と聞いた瞬間夢の光景を想像してしまい、つい詰め寄るような言い方をしてしまった。
    「もしかして心配してくれたのか?」
    「お前に何かあったら報酬貰えなくなるからな。予定外の行動すんなら気をつけろよ」
    「全くあなたは……まあ気をつけるよ」
    「はん……ほら出来たぜ」
    「ありがとうバルバロス」
     あれはただの夢だ。こう見えてポンコツは強えし執務中はしっかりしてっからその辺の有象無象には不覚をとったりしねえ。
     入れた紅茶の色がほんの少しだけ赤く見えたのも気のせいなのだから。



     ――どこかでシャスティルは囚われている
     誰かがその服をナイフで切り裂く
     あらわになったその素肌に手を伸ばし――



    「そいつにさわんじゃねえっ!!」
     自分の怒鳴り声で目を覚ます。
     前回の悪夢から5日後、睡眠をとるとまたしても悪夢を見たのだ。
    「クソッ……だんだん酷くなってんじゃねえか」
     攫われても自分ならすぐに追いかけられるし傷もある程度は痕跡も残さず治せる。けれどもし犯されたらその事実を消すことは出来ない。
    「はっ……んなこと許すつもりはねえ。そんな事実なんて実現させねえっての」
     これまでの夢だって実現はしなかったのだ。こんなものは取るに足らない夢なのだ。
     悪夢のせいで今回の眠りはかなり浅かったようだ。シャスティルの様子を確認するとまだ巡回に行く前だ。
    「今日の巡回は街中だけだ……人の目も多いところだけだしあの3人組もついている。問題なんて何もあるはずねえ」
     そうは思いつつも不安は拭えず様子を確認する。
     巡回は途中までは順調だった。けれど酒場で何やら騒ぎになっている。
     確認してみると騒ぎの中心は酔っ払いだ。どうやらこんな時間から飲んだくれていたらしい。
     3人組はシャスティルから離れ酒場の中へと騒動を鎮めにむかう。
     以前聖騎士の起こしたトラブルを踏まえた上での対応だろう。強めの酒を飲み全裸になっていた奴をポンコツは正面から見てしまったのだ。
     流石にまたアレをみせるのは可哀想だとバルバロスでも思う。
    『あんた聖剣の乙女だろ?』
     ひとりで待機しているシャスティルに近づき声をかけるのは如何にも遊び歩いてる感じの男だ。
    『なあ、俺はあんたのファンなんだよ。よかったら少し話をしないか……2人っきりでさ』
    『すまないが今は職務中なのだ』
    『別にいいだろ? 特に問題なんて起きてないんだから』
     男は断るシャスティルに手を伸ばし……
     直後、バルバロスは煉獄から飛び出していた。

    「おい」
    「なんだよ、今忙し……まっ、魔術師!?」
    「そいつにさわんじゃねえ……死にたくねえならな」
    「わ、わかった。何もしない、何もしねえよ!」
     少し脅してやれば男は脇目も振らず逃げていく。
    「バルバロス? どうしてここに……」
    「お前もっとしっかり抵抗しろよ。何されるか分かってんのか?」
    「もしかして助けてくれたのか?」
    「……酒飲みにきただけだ。執務中なんだろ? ならもっと危機感もてよ」
     そうこうしてるうちに、あの3人組も店からでてきた。このままここにいても面倒くさいだけだろう。
     そのままシャスティルから離れ店へと向かう。
    「あ、バルバロス!」
    「あ? なんだよ」
    「助けてくれてありがとう」
    「……次はもっと気をつけるんだな」
     お礼を言うシャスティルは、やはりバルバロスには眩しくて……
     あの笑顔を恐怖で歪めるつもりは毛頭ない。絶対に何者にも犯させはしない。



     ――重傷のシャスティルを抱えている
     急いでシャックスの所へ連れていく
     けれど、告げられた言葉は――



    「っっっっ!!」
     また悪夢だ。あれから寝る度に悪夢を見る。
     前回は犯される夢だった。
     そこからなんとなく眠るのが嫌で1週間ほど起きていたけれど頭痛がしてきたので睡眠をとったらこの有様だ。
     そして今回は……
     ――死人は生き返らせれねえよ――
    「チイッ……ほんとどうかしてるぜ……」
     そもそもそこまでの重傷ならシャックスの所よりザガンの嫁やエルフ女のところに連れていくのが正解だろう。
     ハイエルフの魔法なら瀕死から回復させることも出来るし、場合によっては死んでも生き返らせる可能性すらあるのだから。
     それ以前に傷を負った時点ですぐ応急処置でも施せば状況も変わるだろう。そのために自分は専門外の医療魔術を齧っているのだから。
    「いや、それよか前の問題だ。あいつを傷つける存在さえ、いなけりゃいいんだからよ」
     なら今までと変わらない。あいつを傷つける存在は全て消してしまえばいい。
     魔物だろうと教会の連中だろうと魔術師だろうと……更に恐ろしい何かが相手だとしても。
     何者にもシャスティルの命を脅かす事はさせない。
    『うわああっ! く、くく蜘蛛っ!!』
    「……ったく、しょうがねえな」
     ポンコツを脅かす存在はこれで十分なのだから。

    「ほら、もういねえよ」
    「うぅぅ……ありがとう、ばるばろすぅ……」
    「お前、よくそれで聖騎士長やってこれたよな。魔術師の拠点なんてそんなもんいくらでもいるだろ」
     魔術師は自分の興味ある事しかやらない連中ばかりで拠点を綺麗にしてる奴なんかは少数派だ。
     ザガンの城だって昔は手入れもせず、ネズミやら虫やら色々住み着いていたのだから。
    「仕事は仕事でこなすけれど、怖いものは怖いんだ!」
    「んなに怖えなら辞めちまえばいいのによ」
    「辞めないよ。私は自分の手の届く所にあるものは守りたいから」
    「はん、そうかよ」
    「そのためなら、やれる事は精一杯やると決めているからな。例え苦手なことだろうと危険なことだろうと逃げるつもりはないよ」
    「……そうかよ」
     知っている、こいつはそういうやつだ。
     だから邪魔なもんは全て俺が始末する。
     今までも、これからもだ。

     そう決意を新たにするバルバロスが再び眠ったのはそれから10日後だった。



     ――魔法陣の上にいるのはシャスティル
     そんなあいつにむけて冷酷に告げる
     前に言ったろ? お前は――



    「ゔっっ!!」
     バルバロスはソファーから飛び起きる。
    「はあ、はあ、はあ……夢、なのか……?」
     全身嫌な汗をかいて心臓はまだ激しく鼓動している。
     なんだ今の夢は。どうしてあんなのを見たんだっ!
     やけにリアルで鮮明に覚えている。
     今まででも悪夢はあった。けどあんな酷いのは初めてだ。そもそもありえるはずがないっ!
    「俺が……あいつを殺すなんて……」
     ただの夢だ、そのはずだ!
     なのに、シャスティルを生贄に魔術を使っている己の姿は脳裏から消えなくて……
     ――お前は他の機会に使ってやる――
     ああ、確かに言った。
     でも今はそんなつもりは全くない。むしろ自分の全てをかけてでも護ると決めている。
    『うわあああっ!』
    「っ!?」
     もはや無意識に繋げていた影からの悲鳴に驚く。
     確認してみると、何かで転んだのだろう。その拍子に手に持っていた花瓶の水を頭から被ったようだ。
     いつもなら驚くほどのことではない。これくらいのポンコツっぷりは日常茶飯事だ。
     ただ、悪夢のせいで変な想像に繋がっただけだ。
     一度深呼吸したあと、いつも通り助けに向かう。

    「お前なぁ……ほんと毎度ポンコツやらかすよな」
    「うぅ……私だって好きで転ぶ訳ではない!」
    「あーはいはい、そうだな」
     適当に相槌をうちつつ、いつも通り後片付けのため、物体の位置を戻す魔術をかける。
    「逆まけ円か……ん……っ!?」
     シャスティルに魔術を向けた瞬間、悪夢と重なる。
     ――彼女に向かって魔術を使い生贄に――
    「ありがとうバルバロス……どうしたのだ?」
    「あ、ああ。何でもねえよ。毎度よくやるなって思っただけだ」
     声をかけられて我に返る。恐らくフラッシュバックというやつだろう。
    「……そうか。まあ気をつけるよ」
    「そうしてくれ……んじゃ、俺は戻るぜ。せいぜい気をつけるこった」
     そう吐き捨て、まるで逃げるように影へ飛び込む。

    「ぐっ……はあ、はあ……くそっ」
     戻ってきたのと同時に無様に膝をつく。
     シャスティルの前では必死に取り繕っていたけれど手が震え、堪えていた吐き気が込み上げる。
     あれは夢だ。現実でそんな真似はしない、絶対にしないっ!



     その日の夜、いつものように仕事終わりのシャスティルのところへとむかう。もう習慣化した紅茶の会だ。
    「あ、来てくれたのだなバルバロス。今ちょうどお湯を沸かしたところだ」
    「……今日は菓子用意してあんのな」
    「まあたまにはな。甘さ控えめらしいし、よかったら食べてみてくれ」
    「ん……確かに悪くねえな」
     甘すぎず割と自分好みだと思う。
     けれど、どちらかと言うとシャスティルは甘いものを好む。なのに用意した菓子はバルバロスの好みで……
     気を使われたか? 取り繕ったつもりだったけれどシャスティルは変に鋭いやつだ。
     このタイミングで出すなら何か勘づかれたのかもしれない。
     まあ、元々他人のことばかりなやつだから単にバルバロスの好みにあわせた可能性もあるだろうけれど。
     菓子をつまみながら紅茶を飲んで雑談する。普段と何ら変わらない。
    (そりゃ夢だ。あんな事起こるわけがねえ)
     打てば響くような心地よい会話、悪夢で荒んでいたせいもあり、いつもより長く居座っていたと思う。
     いつの間にか皿にあった菓子は全て無くなっていた。
    「確かまだあったはずだ。確認してくるよ」
    「おいポンコツ、前見て歩かねえとぶつか……っ!」
     バルバロスの方を向きながら歩いていたシャスティルは見事に棚へとぶつかり、その頭上から本が落ちてくる。
     恐らく聖書とか言うやつだろう。かなり厚みのある本だ。すぐさま魔術で受け止めようとして……
    「っっっっ!!」
     脳裏に浮かぶのは例の悪夢、身体が止まる。
     止まってしまったのは僅かな間だけど、その間に本は落下する――シャスティルに当たらなかったのは幸いだ。
    「いたたたた……」
     棚にぶつかり尻もちをついているけど大した怪我はなさそうだ。ほっとしつつ転んだシャスティルに手を伸ばそうと……
     ――その身体を引きづって
     魔法陣に連れていこうと――
    「っ!?」
     今度は近づくだけであの悪夢を思い出す。
     そんなことはありえない。そのはずだ!
     けれど自分は悪党の魔術師だ。本来異常なのは平和に紅茶を飲んでる現状の方なのだから。
    「おまえ……」
     その後に続く言葉を口に出そうとして……
    「ほんっとよくやるよな。俺が片付けるからやらかしてもいいとか思ってねえか?」
     代わりに別の言葉を悪態を混ぜて吐き出す。
     聞いてもしょうがないことではあるし、仮に今拒絶されたら立ち直れる気がしない。
    「わ、私はそんな事思ったりしない」
     勿論シャスティルはそんなやつじゃないことは十分知っている。それでも自分の心境を隠すために悪態をつかざるをえなかった。
    「はっ、どうだかな。だったら自分で片付けることだな。俺は帰る」
    「あ……うん」
     傷つけただろうか……それでも気にしている余裕なんてない。すぐに影を広げる
    「いつもありがとう、バルバロス」
    「……」
     後ろでお礼を言うシャスティルに振り返ることなく影の中へと飛び込んだ。



     シャスティルは今キュアノエイデスの街中にいる。
     ここ数日悩んでいたら顔に出ていたようで心配した皆に休みを言い渡されたのだ。
     けれど何だかじっとしていられなく、あてもなく外をうろついているところだ。
    「あら、もしかしてシャスティルさんですか?」
     聞き覚えのある声をかけられ振り返る。
    「ネフィか、今日は買い物か?」
    「ええ、そうなんです。シャスティルさんは今日はお出かけですか?」
    「いや、急に休みになったからな。特に行き先は決めてないのだ」
    「……もしかして何かありました?」
    「やはり顔に出てるか?」
    「えっと……はい」
    「そうか……実は教会の皆にも同じ事を言われてな。それで息抜きにするようにと休みになったのだ」
    「私でよければお話聞きますよ」
    「でもネフィ買い物の途中だろう?」
    「もう既に買い終えていますし、今日使う食材ではないので急いで帰る必要もないですから」
    「それじゃ……少しだけお願いしてもいいだろうか」
    「ええ、もちろん」
     正直、どうすればいいのか自分では分からなくなっていたのだ。それに話すだけでも気持ちの整理になるかもしれない。

     近くの軽食屋に入り飲み物を注文する。
     今はピークの時間ではないため店内もそこまで人は多くない。話するにはちょうどいいだろう。
    「それでなにがあったんですか?」
    「実は最近バルバロスの様子がいつもと違ってて……何か怒らせてしまったのではと思ってるのだ」
    「あまり想像つきませんけれど何かお心あたりでもあるのですか?」
    「恥ずかしい話なのだが、普段バルバロスは倒れた食器や花瓶、書類など片付けてくれたりしててな」
     本当に改めて思い返してみると助けて貰ってばかりだったのだ。
    「それで3日前にうっかり棚にぶつかってしまった時に言われたのだ」
     あの時のバルバロスは見た事ない表情をしていた。
    「普段バルバロスに片付けてもらってるからやらかしてもいいとか思ってないか、と」
     どんな心境で言ったのかは分からないけど少なくとも機嫌は良くないと思う。
    「でもシャスティルさんはそんなこと思ってないのでしょう?」
    「それはそうだけど……そのあとから一切顔を出さなくなってな……」
     自分でやらかしたものを片付けるくらい当然だ。
     それでもいつもフォローさせてばかりだから怒らせてしまったのだろうか?
    「あくまで私の想像でしかないですけれど、もしかしたら怪我とかして欲しくないとかそういうのがあったのかもしれません」
    「そう、だろうか……」
    「バルバロス様がいらっしゃらなくなったのはぶつかった後からなのでしょう?」
    「そう……だな。何かあったら報酬貰えないとも言われた事あるし心配かけないように気をつけてみるよ」
     ひとまず今後の事を定めると店員は注文した飲み物をもってきた。お互いに飲み物に口をつける。
    「バルバロスさまも本気で言ったのではなく、何か事情があったのかもしれませんね」
    「ありがとうネフィ。おかげで少し気持ちが楽になったよ」
    「それならよかったです。また何かあれば話くらいならいくらでも聞きますから」
     気をつけることで解決するかは分からないけど、それでも何もしないよりはいい。
     仮に見当違いだとしても、今まで助けてもらってばかりでだったのだから少しはしっかりしなくてはと思う。



    「チィ、どうしても頭から離れねえ……」
     今バルバロスはザガンの城で物色中だ。
     あの悪夢から既に一週間になる。
     あれから色々試してみたけれど問題の悪夢はシャスティルを意識した時に強く呼び起こされた。
     影越しで眠っているシャスティルのすり傷へ治癒魔術をかけようとすればフラッシュバックした。
     けれど同じ魔術を自分自身にかけるときは特に問題なくできたのだ。
     結果、現状取れる対策としてはシャスティルを意識しないことぐらいだった。
    「くそっ……何かあるはずだ、何か……」
     もちろんこのままでいるつもりはない。なので知識を求めてザガンの書庫を漁りにきたのだ。
     ザガンの持ってる魔道書はマルコシアスの遺産だ。かの魔王は1000年という年月を生きていたのだから夢や記憶に関する知識もあるかもしれない。
    「随分堂々と盗もうとするのだな」
     書庫を漁っていると後ろから声をかけられた。探す手を止めて悪友に振り返る。
    「はん、前にも言ったろ。俺は報酬貰いに来ただけだぜ?」
    「何を焦っている。お前が盗みに来るなら俺に気づかれない時を狙うだろう」
     ザガンは察しがいい。ときに見ていたんじゃないかと思うくらい状況を推測して当ててくるのだ。
    「はっ、別になんだったいいだろ?」
    「そうだな。別に貴様のことなど気にせんが、シャスティルが死にそうな顔をするとネフィが心配する」
     皮肉や悪態の応酬などいつもの事だ。適当に言い訳しようかと思ったけど、今の発言はバルバロスにとって聞き流せない内容だ。
    「ポンコツはそんな顔をしてんのか……?」
     この返しにザガンは目を見開いた。普段ならそんな顔をさせた事に優越感でも感じるだろう。けど今はそれどころではない。
    「お前、顔を出さないとは聞いていたが……まさか護衛放棄してるんじゃないだろうな?」
    「違えよ。ちゃんと影は繋げて音は拾ってる」
    「なら俺に聞かずとも顔色ぐらい確認出来るだろう」
    「……」
     影は繋げてはいるけれど今は覗く事はしていない。
     声も必要最低限の内容だけ耳を立てるようにして他は雑音として扱っている。
    「……今はあんま意識しねえようにしてんだよ。そんなに酷い状態なのか?」
    「ネフィから聞いた話だがな。4日くらい前に街で会った時は何やら思い詰めてる感じだったらしいぞ」
    「……そうかよ」
     自分だけならまだしもシャスティルにそんな顔をさせ続けるわけにはいかない。早急に手を打たなくては。
    「なら次の報酬前払いってやつでいい。なんか夢とか記憶に関する魔道書ねえか?」
     恐らくこの一言である程度自分の状態を推測されることになるだろう。
     それでもなりふり構ってはいられない。現状を何とかする方が大事だ。
    「ふむ、夢というものは自分の記憶を元に構築されているのだという説もあるが……そういえば」
     ザガンは魔道書を取り出しながら会話を続ける。どうやら関連の魔道書を幾つか選んでくれているようだ。
    「リリスが言っていたな。夢というものはあったかもしれない可能性だという考え方もあるそうだ」
    「……可能性だと? あんな事になる可能性があったとでもいうつもりかよ」
    「もしもあのときこうしていればという可能性が結合していけば思いも寄らぬ夢を作ることもあるかもしれないという話だ」
    「平行世界ってやつか? だとしてもあんな……」
     もしも――あの時ザガンと正面対決ではなく、誘拐したまま転移魔術で逃げに徹していたら――
    「はっ! 馬鹿馬鹿しいっての。そんなのありえねえ……あるわけねえっ!」
    「お前がどのような夢を見たのかは知らん。ただそういう話もあるってだけだ……ほらこれでいいだろ?」
     差し出された魔道書の量は普段貰う1回分の報酬にしては多めだ。ザガンなりの気遣いなのだろう。
     それを受け取ったあと何も言わずに影へと飛び込む。これ以上その可能性を考えたくはなかった。

     ――自分の手でシャスティルを殺していたのかもしれない可能性を――



    「やっぱり怒らせてしまったのかな……」
     誰に向かって言うでもなくシャスティルは独り言を呟く。
     バルバロスの姿を見なくなって約半月、あれからうっかりをしないように気をつけてはいるけれど姿どころか声すら聞こえない。
     前回同様、見かねた周りの人者たちから休むように言われ本日もキュアノエイデスの街中をうろついていた。
     もちろん行くあてなどない。適当に歩いているといつの間にか人通りの少ない通りに来ていた。
    「ほんと何しているのだろうな……」
     引き返そうとしたとき見知らぬ魔術師とすれ違う。
     この街で魔術師と会うことなど別に珍しくもない。けれどなんというか何か怪しい感じで……
     偏見と言われればそれまでかもしれないけれど何故か見逃すべきではないと思ったのだ。
     バルバロスに声をかけようとして……思いとどまる。
     彼の意見は参考になるだろう。けれどこれは聖騎士の仕事だし、そういう所こそ正すべきなのかもしれない。
     なら彼の邪魔をしないように出来るだけ静かに尾行する。洗礼鎧はないけれど聖剣は手元にあるのだ。
     何かあったとしても戦えるし、何もないならそれでいい。
     魔術師に悟られないように慎重に尾行していると、人気のないところにいた子供へ菓子を与えている。
    「随分気に入ったようだね。なら私についてくるといい。向こうの通りにおやつを用意してあるんだ」
    「ほんと?」
     聞こえてきたやり取りは不穏なものだ。
     あからさまに誘拐しようとしてるように聞こえるけれど、まだ確証は無い。
     以前バルバロスに言われたことだが、一度教会が宣言してしまえば無罪の魔術師だとしても死ぬまで追い詰めることになる。
     だからギリギリまでは様子を見る。
     そうして魔術師と子供は一緒に歩いていく。
     しばらくすると目的の場所へたどり着いたのか足を止める。けれど菓子は見当たらなく、あるのは1つの魔法陣だけだ。
    「ここなの?」
    「そうだよ」
    「お菓子……ないよ?」
    「あるさ……ここになっ」
     魔術を使用したのだろう。魔法陣から出てきたのはお菓子ではなく1匹のキメラだ。
    「菓子はお前なのだからな。こいつの餌になってもらう」
    「輝け――〈アズラエル〉!」
     魔術師の言葉と同時に聖剣を抜き、魔術師とキメラへ斬りかかる。
     そのすきに子供は逃げ出す。
     尾行していてよかった。命を1つ守ることができたのだから。
     無事に助けられた事に一瞬だけ気を緩めてしまったのかもしれない。
     魔術師とキメラを倒した直後、背後から何かの気配を感じ、振り返った時には別のキメラに爪を振り下ろされる寸前だった。
    「なっ!」
     先程のキメラより小柄で、ここなら物陰に潜むことも可能だろう。
     恐らく前もってここに待機させていたのかもしれない。
     そのまま爪で切り裂かれ地面へ倒れる。今の自分は洗礼鎧を着ていないのだから防御面は一般人とさほど変わらない。
     顔を上げると、その爪は再び自分に向かって振り上げられていた。

     ――最後にもう一度会いたかったな……

     そう思った直後、目の前のキメラは影のようなもので串刺しになっていた。



     バルバロスは煉獄内で魔道書を読んでいる。
     悪夢を抑える方法は一向に見つからない。今読んでいる物も既に一度は読んだものだ。
     それでも再び読めばなにか新しい方法を思いつくかもしれないし、そうでなくとも読んでいる最中はあまり意識をしないでいられるのだ。
     もうこんな事を続けて半月近く経つだろうか……流石にだいぶ参ってきている。
    「やっぱもう一度ザガンんとこから他の魔道書貰ってくるか……いやそれなら《妖婦》ゴメリの方が専門か?」
     以前封書作った時にゴメリは記憶へ干渉する〝回路〟の見直しなどで力を発揮していたのだ。
     オリアスを師に持ち、150年という年月を生きている魔術師だ。バルバロスの知らない知識も沢山あるだろう。
     あの時もしザガンがいなければ〈魔王〉になっていたのは自分かゴメリのどちらかだったと言われるくらい力のある魔術師なのだから。
     読み終え次の一冊へと手を伸ばす。これを読み終えたら他の魔道書を調達に行こうと決め、再び本へ没頭する。
     影から聞こえる雑音は段々静かになっていく。
    『お――を――してあ――だ』
    『――と?』
     時折子供の声らしきものも聞こえた気もするけど気にせず読み続ける。
     そうして半分ほど目を通した頃だろうか。
    『輝け――〈アズラエル〉!』
    「なっ!?」
     不意に響いたシャスティルの声は聖剣の力を解放する時のものだ。つまり何者かと戦っているのだ。
     持っていた魔道書を放り投げすぐさま影を覗く。
     そこに映し出されたのはキメラだろうか? その凶悪な爪はシャスティルを切り裂く瞬間で……
     ――凶悪な爪はシャスティルを切り裂き
     その身体は赤く染まり――
     その光景はまるで2度目に見た悪夢そのもので……現実なのか、夢のフラッシュバックなのか分からなくなりとまってしまう。
     自分の目が黒いうちはさせないと誓った光景。

     どうしてこうなった?
     ……俺が目を逸らしたからだ
     
     再び襲いかかろうとするキメラの姿で我に返り、すぐさま煉獄を飛び出して黒針を叩き込む。
    「しっかりしろポンコツ!」
    「……久しぶりだな、バルバロス」
     すぐに倒れているシャスティルを抱える。その傷は影を通して見た感じより余程深くて……
     帰ってくる言葉は見当違いな挨拶なのに、その声は弱々しくて……
    「なんで何も言わねえんだよっ! こうなる前に荒事の予兆くらいあったろ!?」
    「あなたに頼ってばかりではダメだからな……これは私の仕事だし自分で片付けなくてはな……」
    「なんで急にそんな……」
    「本当ならあなたに言われる前から気をつけるべきだったと思う……すまない……」
    「おい、何を言って……」
     ――俺が片付けるからやらかしてもいいとか思ってねえか?――
     まさか、あの時の言葉を気にしてたってのか!
     あれに深い意味なんてない。
     ただ誤魔化すためだけに口から出た言葉……それがこんなことになるなんて。
     ……いや、わかっていたはずだ。
     普段他人の感情など気にしない自分だけど、あの時のシャスティルの声を聞いて傷つけたかもしれないと確かに思ったのだから。

     シャスティルを傷つけた
     ……俺が目を逸らしたからだ

     なら今すべきことは、現実から目を逸らさないことだ。
     万が一こんな事態になったとしてもすぐに手当てする。そう思っていたはずだ!
     治癒魔術をシャスティルに向ける。その瞬間、脳裏に蘇るのはあの悪夢だ。
    「っっ!!」
     手が震える。吐き気が込み上げる。
     なら手当て出来るやつの所へ……
     そう思い、転移魔術に切り替えようとして……
     ――死人は生き返らせれねえよ――
     今度思い出したのは4度目の悪夢。
     分かっているはずだ。
     もしかしたら連れていくほんの僅かな時間で命取りになるかもしれない。今応急処置でも施せば状況も変わる。
     逃げるな! 自分は何のために苦手な治癒魔術を学んだ? 大切な者を失わないようにするためだろ!!
     心のどこかではもうわかっている。もしシャスティル以外の護衛だったのなら学んだりはしなかった事を。
     なら今彼女を助けるのは誰かじゃない、他の誰でもない自分だ。
    「すぐ……治してやっから……」
     心臓は激しく鼓動し冷や汗も出てくる。
     それでも続ける。最低限生命の危機を脱出するまでは。
     フラッシュバックした光景と重なる。
     今シャスティルを抱える腕に着いている血は本当にキメラに襲われたものなのか、生贄のために流れたものなのか……
     次第に夢と現実の境界は曖昧になってくる……今自分は治療しているのか? それとも……
     カチカチと音を立てているのは自分の歯だ。《煉獄》ともあろうものが無様にも恐れ震えているのだ。
     しっかりしろ! きちんと傷口を確認しろ!
     ――その傷はダレガツケタモノダ?
     イマ、ジブンハナニヲシテイル……?
     ソノテニアルマジュツデ
     ナニヲシヨウトシテイル?――

     ――『勇気を持て』――

     脳裏をよぎる声にハッとする。
     誰かの声だ。よく知っているような気もするけれど分からない。
     自分に向かってそんなことを言うやつなんていない……そのはずなのに確かに言われた気がするのだ。

     ――君はすでに賢く、洞察力も持っている
     そんな君が勇気を持てたら
     できないことなんてなにもない――

     そんな夢、見ただろうか?
     けれど何故かその声の主にダセえ格好など見せるわけにはいかないと思ってしまった。
     何故かその言葉を証明しなくてはいけないと思ってしまった。
     なにを怯える必要があったのか。この手にある魔術はシャスティルを助けるための魔術だ!
     悪夢を振り払い、現実を見据える。
     次第に傷口は塞がり跡も消えていく。
     今にも死にそうだった顔色も徐々に生気を取り戻していく。
     呼吸は安定し、ぐったりとしていた身体も僅かに身じろぐ。ここまで回復すればもう大丈夫だろう。
    「ひとまず応急処置だ。大分血を流していたからな。後でエルフ女達にでも見てもらえ」
    「ありがとうバルバロス……それと迷惑をかけてすまない……」
    「そう思うんなら1人で黙って危ねえ事すんな……別にポンコツの後始末くらい、いくらでもしてやっから」
    「……でもなんというか、凄く辛そうな顔をしてたじゃないか……多分あの時も……」
     見抜かれている。
     適当な理由をつけて誤魔化すか?
     ――いや、それをした結果シャスティルを傷つけて今の現状に繋がったのだ。
    「……悪夢を、見るんだよ」
     今後全てを詳らかにするわけではないけれど今回は話すべきだろう。
     例えどんな反応をされようとも、それが今回のけじめってやつだと思うから。
    「……どんな夢か聞いてもいいか?」
    「あんま聞いてて気分のいいやつじゃねえぞ?」
    「うん、大丈夫」
    「……お前の夢だ。目の前で攫われたり、今みてえに大怪我したり……死んだりすんだよ」
     流石に犯された夢は言えないけれど。
    「伸ばした手は届かずそのまま攫われた」
    「うん」
    「ほんの一瞬油断した時に大怪我をした」
    「うん」
    「怪我を負ったお前を連れていったら既に死んでいると言われた」
    「うん」
    「それと……俺がお前を生贄にして殺した」
    「うん」
    「お前を意識するとそん時の悪夢が呼び起こされんだよ……だから避けてた」
    「なら私はその夢に感謝すべきなのかもしれないな」
    「はっ、避けられてえってか?」
     当然だろう。自分を殺すかもしれないのだから。
    「そういう意味ではない。その夢があったから死なないように今ここで手当てしてくれたのだろう?」
    「っ!」
     確かにあの夢がなければ手当てせずに誰かに任せていたのかもしれない。
     それに、もし犯される夢がなければ……あの時シャスティルに触れようとする手を止めることは出来なかったのだから。
    「怪我の夢だってきっとどうすべきか予め考えておくきっかけになっていたかもしれない」
    「……随分と前向きだけどよ、そもそも傷だらけのお前を放置する選択はねえ。夢を見ていなくてもだ」
     それでも全く違うとは言いきれなくて……
    「なら、もし私が攫われたらどうするのだ?」
    「んなの、すぐ取り返すに決まってる!」
    「なら大丈夫だよ。攫われても助けに来てくれる、怪我しても死ぬ前に手当してくれるんだから」
    「なら俺がお前を殺す夢はなんだっ!」
     こんなことシャスティルに問い詰めても仕方ないはずなのに……怒鳴ったって何か変わるわけでもないのに。
    「お前を攫った時、もしザガンの野郎と殺り合わずお前を連れて逃げに徹していれば……そうなってたかもしれねえんだぞ!」
     シャスティルを殺していたかもしれない可能性……1人で抱えているにはもう既に限界だったのだ。
    「あんとき言ったよな? お前は他の機会に使ってやるって。そうなっててもおかしくなかったんだよ!」
    「今でもそう思っているのか?」
    「んなわけねえ! そんなことぜってえしねえっ!」
    「なら大丈夫じゃないか」
     そんなふうにいとも簡単に答えるから……

    「おまえ……俺が怖くねえのかよ」

     あの時聞けなかった言葉。拒絶されたら立ち直れないと思い誤魔化してしまった内容を問いかける。
    「怖くないよ。いつも守ってくれていることは知っているからな」
    「……そうかよ」
     答えはあまりにも簡単にかえされて……いっそあんなにも怯えていたのが馬鹿らしいと思えるほどで。
     そんな時、ニョロニョロと視界を横切る生き物が……
    「ヘビが、ヘビがぁっ!!」
    「……そんなにコイツ怖いか?」
    「だっていつの間にか忍び寄ってきたり、絞め殺したりできる生き物だそ! 毒だって持っているものもいるし!」
    「……俺、そういうの蛇より得意だと思うんだけどな」
     自分は相手の影に潜みつつ隙を見て殺すことも出来るし、その気になれば毒だって使うこともできる。
     なのだが……
     蛇1匹出てきただけで、己のローブにしがみつき涙目になりながらプルプルと震えている。
     どうやらシャスティルにとっては自分よりも蛇の方がよほど怖いらしい。
    (そういや蛇って臆病なんだよな……一見そうはみえねえけどよ)
     そんなことを考えながら蛇を適当な場所へ転移させる。
    「ほら、もういねえよ」
    「うう……ありがとうバルバロス……」
     すっかりポンコツになったシャスティルを慰めていると誰かが近づいてくる。
    「よかった! さっきのお姉ちゃん無事だった!」
    「やっぱりシャスティルだったのね」
    「君はさっきの……それにネフテロスも」
    「魔術師に襲われたって教会に来たのよ。この子の話す特徴がシャスティルと同じだったからもしかしてと思ったけど……」
     どうやら子供を助けるためだったようだ。
     エルフ女は魔法を使える。ならシャスティルの事は大丈夫だろう。
    「んじゃ、俺は戻るぜ……ちゃんと見てもらえよ?」
     エルフ女に聞こえるように釘をさしてから影に潜る。
     こうしておけばシャスティルに言い逃れさせず治療を受けさせられる。

    『ちょっとシャスティル、もしかして怪我とかしてたんじゃ……』
    『えっと、一応バルバロスに治してはもらったし……』
    『軽い怪我ですんでいるなら、あのもじゃもじゃはそんなこと言わないでしょ』
    『で、でも見た感じは……』
     思惑通りの会話だ。もう心配はないだろう。
    「くあ……」
     ほっとした途端、眠気に襲われる。
     あの悪夢を見てから寝ていないのだ。結局夢や記憶を制御する術は見つけられなかったけれど、きっと大丈夫だろう。
     同じ悪夢を見たとしてもシャスティルは自分を信じていてくれているし、あれ以上の悪夢なんて恐らく存在しないだろうから。
    『それじゃお願いするよ』
     押し切られるシャスティルの声を聞きながら眠気に抗うことなくそのまま夢の中へと落ちていく。



     ――幼い自分が泣いている
     一緒にいてくれるって、言ったじゃねえか
     彼女は優しく微笑み言葉を紡ぐ――



    「ん……」
     久しぶりによく眠れたと思う。
     夢で誰かに会っていたけれどよく思い出せない。泣いていたような気もするけれど悪夢ではなかった気もする。
     もしかして怪我の治療をしていた時に聞こえた声と何か関係あるのだろうか……?
    「そういやあんとき何を聞いたんだっけか……?」
     誰かの声で立ち直れた気もするけれど、その声も内容も何を思ったのかすら一切思い出せなかった。
     もしかしたら極限状態のせいで目の前にいたシャスティルの声を都合よく解釈していただけなのかもしれないとさえ思えてくる。
    「ま、夢なんてそんなもんか」
     思い出せない夢は放置し、影を覗いてシャスティルの様子を確認する。
     どうやらお湯を沸かしているところだ。今から紅茶をいれるのだろう。
     なら丁度いいタイミングだ。そう思い彼女の元へとむかう。

     ――いつの日か
     紅茶を用意して待っているから――
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