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    うたこ

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    うたこ

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    オメガバ進捗。
    これに終章(いちゃいちゃ)足して後日支部にあげます。長かった。
    応援くださった方、ありがとうございました。なんとか書き上がりそうです。ぽいぴくに投げるのはここまでかな。終章はいちゃいちゃしているだけ。

    ブレイキング・ダーンその12 国家権力と財力の合わせ技だ、とドヤ顔で言われて「そーかよ」とてきとうに流す。龍水は入院用の個室一つを一時的に使わせてもらうことができるように数分で整えるという力業をやってのけた。龍水が強引に借りた後、フランソワがその後対応することで後腐れが無くなるという主従の合わせ技だ。悪印象を残すとその後がやりにくい。
     国家権力はもちろん警察の力だが、財力というのは寄付のことらしい。彼の実家から相当な額の寄付が大学病院にされているそうだ。
    「ゲン、大丈夫?」
     少し青白い顔をしたゲンが、貸し切りにした個室に入れた瞬間へたり込む。羽京が駆け寄って、肩を貸してベッドに座らせる。足下がおぼつかない。アルファに何人番がいても問題は無いが、オメガに二人の番の相手がいるというのは本来、あり得ない。上書きされた千空とは別の、本来の番の相手の存在、そのフェロモンを感じてゲンの体組織が混乱しているせいだ。自分が側にいない方が良いのはわかるが、今はあまり離れたくはない。
     これだけ様子がおかしいというのは、先ほどより犯人が近くに居る証拠だ。出会わなくて良かったとほっとする。部屋の中に居たのは、龍水と羽京の刑事二人だけだった。功労者フランソワは、龍水の密命を帯びて動いているそうだ。
     ゲンから一メートルほど離れた場所で、龍水が広げた電子機器類を覗き込む。
    「フランソワ、この建物の見取り図を入手して送ってくれ」
     インカムに向かって指示を出している龍水の手元はせわしくキーボードを叩いていた。
     即座に「かしこまりました」という声が返ってくる。
    「様子見のついでに麻酔の件でつついたら、動揺が見られたからここを張ってたんだよ。こっちも少し強気で出たし手帳使っちゃったから、警察が動いてるって噂はすぐに病院内に広がると思う」
    「だいたい、麻酔薬が減っていることに管理者が気付いたのは俺達が来てからみたいだがな。この病院の人間だとしたら、自殺未遂の一件も知っているはずだ。包囲網が狭まっているのもわかっているだろう」
     自分が知らない間に捜査網はだいぶ狭まっているようだ。
     身柄確保に向け、即座に動けたのもそのせいだろう。
    「ヘタしたら飛ばれるよ」
     普段は穏やかな羽京の声も鋭い。
    「飛ばれる?」
    「県外とか最悪国外に逃げられるってこと。手続きだのなんだのしているとどうしても時間がかかって逃げられちゃうし、証拠も消されちゃう。逮捕状どころか捜査令状すらまだ出てないから」
     いくつものメールの着信音が病室内に響いた。
     スマホを開くと、PDFが添付されている知らないアドレスからのメールが届いていた。開くと、大学病院の見取り図。フランソワからだ。この部屋に居る人員全員に送られてきたために、皆、自分のスマホを覗き込んでいる。
    「速えよ」
     しかもメールアドレスはゲンにしか教えてないはずだ。
    「フランソワが準備していないわけがなかろう」
    「メンゴ。聞かれてアドレス、教えちゃった」
     ぺたん、とベッドの上に倒れ込みながらゲンもスマホの画面を眺めている。
     羽京はしばらく部屋の隅に行って電話をかけたり、かかってきた電話をとったりしていたが、大きく一つ息をついてから、龍水の隣に戻ってきた。
    「コハク達が非番だったから応援お願いしたよ。すぐ来てくれるって」
    「うむ」
     腕組みをした龍水が、頷く。
    「千空ちゃん、俺がこの状態ってことは……敵さんもそれなりに感づいているよね?」
    「おそらく」
     頷くと、龍水がふん、と鼻を鳴らした。
    「ということは、挙動不審の人間を見つけて片っ端から職質か」
    「病院内でやったら目立つし逃げられそうだね。策を練らないと。怪我人とかお年寄り突き飛ばすわけにいかないし」
     口元に手をやり考え込む羽京から、ゲンに視線を戻すと浅く呼吸をしながらゆらゆらと視線を漂わせている。
     目立つのを嫌がってるわりに応援だの策だのってことは、刑事達は、ここでケリをつけるつもりだ。
    「逮捕状は無えんだよな?」
     羽京が頷く。
     逮捕状がないと身柄の確保ができないことくらいは、部外者の千空だって知っている。
    「麻酔の管理を厳重にしてもらってとりあえずこれからの被害だけでも防げればと思ったから警察が目をつけていることを強く言ってみたんだ。残量の記録が書き換えられていたし。こういう話はすぐ仲間内に広がるからね。病院職員だとしたら、もう聞いて冷や汗かいてるかもしれない。今まで慎重に犯行を重ねているところを見ると、今取り逃がすと帰った後証拠を消しかねないだろ? 家に帰すわけにはいかないよ。調書に書いてあったし、ホシは被害者達の写真を持っているはずだし、大事な証拠を消されたら今知らない被害者の救済が遅れる。決定的な証拠がないと起訴も遅れる。ここに居ると分かった以上、どうしても捕まえておきたい。で、町中で交番のお巡りさんがよく使う手でいこうかなと思って。職質して言いがかりをつけて連行。まさかゲンにホシが今病院に居るとか居ないとか、そんなことまでわかるとは思わなかったけど使わないテはないよ」
     そういや、よくテレビのニュースで別の件で逮捕していた犯人が自供という話が出る。
    「大きな犯罪は犯人も本気で隠すからね。なかなか尻尾を掴めない。だけど状況的に犯人、コイツしかいないなって時は軽微な犯行だの職質からの誘導だので引っ張るっていうのはよくやるのよ。ジーマーで」
     目を閉じたままなのに千空の心を読んだようにゲンが言う。
    「逮捕状が無い限り、ここで何かしらの罪を刑事の目の前で作ってもらって現行犯で捕まえたい」
    「最悪、公務執行妨害だね」
    「ドラマじゃよくあるな」
    「あれ、よっぽどじゃなきゃやりたく無いけどね。後が面倒だから」
     見取り図を見ながら、どうパトロールをするかと龍水と羽京が話し合っていると、軽くドアがノックされて金髪碧眼に、清楚なワンピースのコハクが入ってくる。手には花束まで持っている。普段のスーツ姿とは随分雰囲気が違うが、大きな瞳はいつも以上にギラギラとしていた。そんな格好なのにドアを閉めた瞬間拳をパシンと打ち鳴らす。
    「もしかして、デート中だった?」
    「いいや。見舞い客を装っただけだ。司も一緒に来たんだがあまり目立ってはいけないと思って外で待機してもらっている」
    「確かに司ちゃんとコハクちゃん二人揃ってると目立つね~」
     うっすら目を開けてゲンが言ってから、ゆっくりとゲンが身を起こす。体調が良くなったのかと思ったが、小さな眉をきゅっと寄せてその眉間には皺が寄っている。むしろ悪化しているように見えた。
     ふわり、と、唐突に嗅ぎ慣れたフェロモンの香りがした。
     院内感染を防ぐためもあり、病室の換気は一度外側の窓意外に天井の通気口から行われている。もしドアの外を番が通っても、強くフェロモンを感じることはないはずだ。
     とすれば、先ほどコハクが入り口を開けた時。
     犯人はすぐ近くに居て、ドアが解放された二~三秒の間に部屋に入り込んできたフェロモンのせい……?
    「あれ……? 千空ちゃん……なんか…変……」
     ゲンの青白かった顔に赤みが差している。
     不安げにこちらを見て、苦しげに胸元を押さえていて、大丈夫かと手を差し伸べた瞬間、パシンとゲンに手を払いのけられた。
    「?」
    「え?」
     同時に驚いた声を上げる。一瞬頭の中が真っ白になったが、撥ねのけられた手の痛みを感じて思考を取り戻す。起こりえる可能性として、この研究を始めてから様々な実験を繰り返していたことがここで証明されるとは。
     運命の番、というのが現れれば起こりえる、とは思っていた。
     切実に、起こらなければいいと願ったが。
    「ククク……」
     思わず漏れた笑い声に、怪訝そうに刑事達が千空を見る。
     おろおろとゲンが手を伸ばして、千空に触れる瞬間にピタリと止める。
    「違うの、千空ちゃん、あの……」
     いつもの飄々としてどこかつかみ所の無い様子はなく、明らかに動揺している。
     泣きそうな顔をしているのに、追い打ちをかけなければいけないことに舌打ちしたくなった。
    「違わねえよ」
     運命は強い。
    「番が外れた」
     刑事達が驚いたような声をあげて、ゲンはぽかんと口を開けてこちらを見ている。
     自分達の関係は、元々仮止めだった。
     最初からゲンのオメガ細胞と結びついているのは、今追いかけてる犯人のものでその事実はずっと変わらない。今まで何度か血液を採らせてもらって型を調べてもみた。番になって数日後や、ヒートを終えた後。側に居たのは自分だし、彼が望む相手も、抱いたのも千空で、だからもしかしたら、番が入れ替わりするのではないかと期待して。
     何も変わっていなかった。
     畜生、と思う気持ちがないわけじゃない。予想はしていたが、腹立たしい。
     好いていたわけじゃなく、恨み辛みだったがゲンはずっと引きずっていて、犯人の影を追い続けていた。
     龍水の行っていた、「番の全てが欲しい」は自分にとっても真正だ。
     自分の番の心の一部を、常に奪われてることにムカついていた。
     落ち着け、と自分に言い聞かせる。
     この自体は、マイナス面だけじゃない。むしろ僥倖。
    「チャンスだ」
     驚愕にわなわなと震えるゲンの肩をつかんで揺さぶりたかったが、今は触れることもできない。別の番と繋がったオメガに、アルファが触れれば拒絶反応を起こすだけだ。
    「……え?」
     ゲンがこちらを見る。
    「細胞が入手できれば、完全にそいつとテメーの番関係を解消できる」
     暗い色の潤んだ瞳には千空が写っている。
    「……うん?」
     数秒たって、ゲンが頷く。
    「選べ。俺か、運命か。テメーはどっちを取る?」
     ゲンが一度目を閉じる。写っている千空を閉じ込めるように。
     決まってるじゃない、そう音に出さずに唇だけ動かすのが見えた。
     今、その細い身の内で強い衝動が起きているのを知っている。理性なんて簡単に焼き切れるような色欲を、この部屋の外に居る誰かに向けている。ただし、愛や恋なんてきらきらした感情はそこに無い。あるのは積もりに積もった憎悪だろう。
     ゲンが目を開けた。もう動揺はどこにもない。この状況で、その短時間でメンタルを立て直して、一度パシンと自分で自分の頬を叩く。
    「千空ちゃん、強制的にヒート起こす薬、ちょーだい」
    「は?」
     現時点でも、それなりのヒート状態のはずだ。追加で千空との番が成立した後、短いヒートが訪れたように、細胞にショックを与えられたのだから発情状態になっている。相手はよりにもよって運命の番だ。抑制剤すら全く効かなくなると言われているほどの状態で、ゲンの呼吸は浅くなりつつあるし、じんわりと身体が熱を帯びている様子も窺える。
    「フウン。どういう策だ?」
     状況を即座に読んだ龍水がバシン!と指を鳴らす。
    「職質して怪しいからで引っ張ったって、そんなに拘束できるわけじゃないでしょ。まともな罪状がないんだから。黙秘されたら逃げられる。公務執行妨害なんて弱い。ヘタしたら難癖つけられてこっちが冤罪だって言われて終わりかねない。落とす前に釈放しなくちゃいけないし、そもそも挙動不審になっているかどうかもわからない」
    「それはそうだが……」
    「暴行罪の現行犯逮捕ならどう?」
     凶悪な色を浮かべてゲンが笑った。
    「相手は中学生、しかも男の子を路地裏に引き込んで刃物でヤっちゃおうって思うくらい堪え性がないわけでしょ? 被害対象が今んとこ高校生ばっかだからもしかしたら成人男性はお好みじゃないかもしれないけど。それでも、ヒートでガンガンに煽ったら? すでに発情状態のオメガ相手なら麻酔を使う必用もないし、今までの計画的な犯行と全く違う。同じ犯人って割れる心配ないって考えるんじゃない? だいたいこれまでの犯行を見る限りホシはオメガを狩る相手としか見ていないのよ。そんな人間は成人同士で、アルファがオメガを襲ってしかも番が成立していたら警察に突き出されるなんて考えない。実際そういう事例多いし。オメガが番を警察に突き出しちゃったら、ヒートの度に苦しい思いをしなくちゃいけないの、あの被害者達を見ていたのならよーく知ってるしね。それが見たくてこれまで若い子を陵辱してきたんだと俺は思う。ちょっと強引なことしたところで、ヒートの時抱いてやるって言うだけでホイホイ言うこと聞くって思ってるはずよ。思って無くても俺が誘導する。オメガのヒートでアルファの理性を焼き切って、操ってみせる」
     頬は紅潮し、視線はフラフラとブレているのに、その目は異様にギラついている。
    「自分が狩人のつもりでいるんだろうけど」
     ゲンがゆっくりと拳を握り締めた。
    「逆に狩ってやろうじゃない。オメガがアルファを!」
     龍水が頷く。
    「千空、その薬とやらが効き始めるまでどのくらいだ?」
    「二十から三十分。日本ではまだ許可されてねえブツだが、安全性は保証する。外国ではメジャーなもんだ」
     オメガが平穏に暮らせるように、ヒートの時期をずらすための薬で危険性はない。市販薬だ。特に厳重な管理もされいないので何かに使うかもと研究室からパクってきてあるものがある。経口の薬だからそれを渡すと、ゲンは迷うことなく口の中に放り込んで水の入ったペットボトルを傾けて飲み干した。
    「いけんのか? 相当キツいぞ」
    「いける」
     力強く断言された。
    「でも、傷害罪になる前に助けてよ? 痛いのとかヤだからね?」
    「余計な心配はするな。味方がこれだけいる状況で大事になるわけがあるまい」
     コハクが笑い飛ばして、スマホの液晶画面に視線を落とした。彼女のところにも見取り図は送られてきているようだ。
    「問題はどこにホシがいるか、だな」
    「歩き回るしかないねぇ~。ここに居るっていう手がかりしかないんだから」
     ここに辿りつくまでに強い反応が出ているから、この四階にいるのだろう。それでもかなり広い。ABOD科だけではない。産婦人科と小児科も四階だし、僻地と言われる特別室だってある。僻地に行くまでには機械室だの、リネン室だのといった部屋がいくつも並んでいる。
     そんな所に連れ込まれて鍵をかけられたら……?
     首を軽く振って嫌な考えを飛ばす。
    「監視カメラの位置は?」
    「今、データが送られてきた」
     龍水が見せた画面には、いくつかの赤い点がある。当たり前と言えば当たり前だが、人の出入りが一番激しい産婦人科あたりにそこそこあるものの、基本廊下にぽつぽつある、といった程度。
    「少ねえな。死角が多い」
     プライバシーを重視すれば病室にカメラを置くわけにいかない。
     ただでさえ、裏方の仕事場が並んでいる場所は人通りが少ないから、追えない場所も多い。こちらには病室と違って鍵がかけられる。むしろ、これは利用できるか?
    「ゲンは喧嘩になれば秒で負けそうだからな。貴様が心配なのはわかるが尾行が三人も付くのだ。問題あるまい?」
    「テメエらのこと信用してねえっつってんじゃねえよ。動画があったら証拠になんだろ」
     できるだけ強い証拠があった方が、事件解決も速くなる。
     とっさに逃げ込めないように作業部屋には鍵をかけておけば、階段、曲がり角等を網羅すれば見えない位置はなくなる。千空は顔の前に、人差し指を集中する。昔からのクセだ。見取り図を脳内に展開して、今置かれている監視カメラの場所から録画しているであろう角度を割り出す。死角を消すにはあといくつ必用なのか。
    「あと十一台ありゃ全部網羅できる」
     カルテを見ることができるような人間なら、今ある監視カメラの位置を把握されている可能性は高い。だったら、その死角になる位置で事を起こそうとするだろう。
    「長時間録画できるものじゃなくていいよ。二十分で片を付ける」
     辛そうに、下を向いたままのゲンが言う。
    「成る程。おもちゃで充分だ。フランソワ、できるだけ広角が写る小型のアクションカメラを十一台、至急手配だ」
    「持ってきたら僕に連絡を。身軽な僕とコハクで設置するから」
     即座に指示を飛ばした龍水の言葉に羽京が被せるように追加の指示を出す。
     はぁはぁと荒い息をしているゲンからは何も香ってこない。ヒートの衝動に耐えるために爪が食い込むほど拳を握り締め、顔を朱に染め、瞳は濡れてゆらゆら揺れているのに。つい先日、ヒートの時に自分に縋って誘ってきた姿が浮かんで胸がキリキリと痛んだ。
     付属の大学病院だから、一度や二度、すれ違っているのかもしれないけれど千空が名前も顔も知らない相手を今、ゲンが求めているのは確かで、それがイラつく。
    「いくぞ、羽京」
    「終わったらすぐ連絡するから。場所とカメラの角度、指示頼むよ」
     フランソワからの連絡でコハクと羽京が飛び出していき、代わりにタブレット端末が十一台、アタッシュケースに入れられて病室に持ち込まれた。
    「SAIがすべてカメラと連携を終わらせてあるそうだ」
    「速くない」
    「何を言っている。新しいものが出たら欲しくなるのは当たり前だろう。ITは日進月歩、全て家にあるものを持ってきているだけだ。カメラとの連携はたまたまSAIが家にいたから即座にできた。運が良いな」
    「いや、こんだけあってなんで全部充電満タンなんだよ。充電しているような時間なかったろうが」
     確かにタブレットのメーカーはバラバラだが、どれも高スペックのものばかり。
    「最高画質で撮る。そんなに長くは保たないぞ」
    「問題ないよ。ていうか、俺もそんなに保たない」
     薬が効いてきたのだろう。
     ゲンの答える声が、先ほどと違ってか細い。
     それでも、ふらふらと立ち上がると、大きく深呼吸する。
     取り乱していないだけでも上出来だと思っていたのに、赤みが顔からすーっと引いていく。現れたのは飄々とした表情を浮かべたどこか胡散臭い雰囲気の……いつものゲンだ。
    「マジかよ……」
     とてもヒート中のオメガには見えない。
     どんな精神力だよ、と心の内で舌を巻く。
    「脳の並列処理は貴様の方が得意だろう。指示は任せる」
     龍水が放ったインカムを受け取って装着した。
     タブレットをベッドの上に並べて、龍水の指示通りのアプリを立ち上げると仮設置したのか二つのタブレットには院内の様子が映し出された。
    「二十八番診察室の脇に通路あんだろ。その奥に一つ置いてくれ」
     メインになる通路は当然、本来の監視カメラが網羅してくれるので、設置する場所は薄暗い、人通りの無い場所がほとんどになる。
     指示を出しながら、見取り図と照らし合わせて死角を消していく。
     カメラに時折写る羽京はいつの間にか準備していた看護助手といった服装で、落ち着き払った様子で蛍光灯の点検を装っているのに、テキパキと指示通りカメラを設置していく。時々声をかけられているが映像が見える。
     コハクは見舞客を装った格好のまま、人通りのない場所にスピーディにカメラを取り付けていく。時折視界にひらひらした布らしきものが写るが早すぎてよく見えない。人目があるところは羽京、無い場所はコハクが担当ということらしい。全てのカメラの設置が終了するまで僅か二十分。
     まだ怪しい人間は画面の中には居ない。
     いや、画面を前にして気付く。十一個もある画面全てを満遍なく見ることはできない。本来見えているようで、人間が見ていられる範囲というのは五百円玉程度の広さしかない。これでは写ったとしても気付けない。
    「コハク戻ってくれ」
     パソコンのキーボードを絶え間なく叩きながら龍水がコハクを呼び戻す。
    「カメラの監視は俺らにはできん。今いる人間だけでやらないといけないからな。貴様なら全てを見渡せる」
     龍水も並ぶディスプレイを見て同じ事を思ったのか。
    「入れ替わりで出るよ」
     落ち着いた声音でゲンが言う。
     いつもの顔色。いつもと同じ、どこか胡散臭い微笑みを浮かべて。
     せめても、という思いで白衣を脱いでゲンに渡す。
    「着てけ。番以外のアルファの匂いがついているものを着るのは辛いかもしれねえが、年季は入った本物の白衣だ。病院内ならそいつ着ているだけで多少妙な挙動があっても不審に思われることはねえだろ。気兼ねなく犯人を釣れ」
     ゲンが背広を脱いで白衣に袖を通す。逆に余った背広を渡される。妙に重い。見ると裏側にいろいろ仕込みのようなモノがしてあった。
    「俺の番は千空ちゃんでしょ」
     強く言い切るゲンの台詞に、ふと、先ほど話をした女の言葉を思い出す。
     千空の方が良いとゲンが言う限り、運命とやらに負けてやるわけねえだろ。
    「あぁ」
    「一応ね、俺、アメリカに留学経験があんの。メンタリストの勉強とかしてたりして。知ってる? メンタリスト」
    「心理系のパフォーマーだったか?」
    「メンタリズムは、人を思い通りに動かす技術だよ。千空ちゃん」
    「心理捜査官が使ったら、誘導尋問じゃねえか」
    「だからお仕事の時は封印してんのよ。でもさ、今日はいいでしょ」
     特徴的な片方だけ伸ばした髪が揺れた。
    「メンタリストって呼んでよ」
     犯人を欺き、誘い、陥れるため。
    「あぁ。行ってこい、メンタリスト」
     ドアがノックされるのと同時に開いて金髪の娘が入ってくる。すぐに龍水がディスプレイを指さし何やら指示をしている。
    「でさ……全部終わって帰ってきたら、抱いて」
     拒絶反応が起こるはずの距離にまで近づいて耳元でこっそり囁かれた言葉に体中の血が一瞬、沸き立った。一瞬だけ絡み合った瞳の奥に色欲がギラついている。この男は、平然としているがブーストにブーストを掛け合わせたヒートのまっただ中だ。
     触れたいと思った。
     フェロモンの匂いも感じないのに。
     それをしてしまえば、拒絶反応を押さえ込むのにとんでもない労力を使う。わかっているから、必死で押しとどめる。
    「行ってきます」
     龍水とコハクに声を掛けて、メンタリストがドアを出て行く。
    「ぐっちゃぐちゃにしてやるわ。楽しみにしとけ!」
     その細い背中に声をかけるとゲン少しが笑い声をあげた。


    「蟻一匹見落としはしない。任せておけ」
     院内の似たような画像を映し出しているディスプレイが全て見える位置にコハクが陣取って十一枚の画像を睨む。本人の自信と、龍水の信頼を見ていると本当に任せて大丈夫なのだとわかった。コハクの邪魔にならない位置に移動して並ぶディスプレイを横目にしながら龍水のパソコンを覗く。
     インカムにはメンバーの会話が流れてくる。
    「必用なのは証拠ってことは悲鳴上げるまでが俺の仕事ね?」
    「大きな声を上げる必要は無いよ。どんな小声でも聞き逃さないから、そこに気をつかわなくていい。本来の監視カメラは音を拾わないからね。身の安全を最優先事項にしてよ」
     穏やかな言い方だが羽京の声も強めだ。
    「司はどうしても目立つから、僕が合図を出す。ホシから見えないように位置取りをするから、千空、頼んだよ」
    「あぁ」
     時折耳に入る情報を元にそれぞれの位置を割り出す。
     被害を出さないため、パトロールのためというのなら姿を見られても構わないが、今は証拠を保存したいのだ。失敗して警戒されて逃げられるわけにいかない。余罪は両の手の指以上あるのに、立件されているのは八年も前の傷害事件と、ほとんど証拠の残っていない三年前の暴行事件だけ。全部償ってもらわなくては寝覚めが悪い。
    「二十一番診察室横!」
     コハクが視線を縦横無尽に走らせながら叫ぶ。
     すぐに龍水のパソコンに同じカメラの画像が写る。胸元を押さえて少しふらつく白衣の男が写って消える。
    「フゥン!逃げられると思ったか!」
     龍水の力強い指がキーボードを叩く。
     もう一つ、ウィンドウが開き荒い画像の映像が映る。一直線の廊下には人々がたくさんいる。監視カメラのものだ。
    「病院の監視室と繋いでいるから多少タイムラグはあるかもしれん」
    「こんな短時間で、よくそんな許可とれたな」
    「こんな短時間で、とれるわけがないだろう」
    「ハッキングじゃねえか」
    「問題があるのか?」
    「ねえよ。百億点だ」
     天才プログラマーといわれる兄の協力を得たのだろう。
     先ほど写った男の視線の先。そこにゲンはいる。
    「護衛班、リネン室横の階段近くで待機。メンタリストは機械室方面に」
    「了解」
    「コハク達がカメラを付けている間に指示通り機械室以外の鍵は閉めてある。部屋に身を隠すこともできないから注意してくれ」
     聞いたことのない穏やかなバリトンボイス。
     やたら目立つコハクのバディ刑事か。
     ポケットに手を突っ込んだゲンが足取り軽く廊下を歩いて行くのが見えた。
    「無駄に尾行が上手いね……」
     呆れたような羽京の呟きが聞こえた。
     しばらくして、白衣を着て黒縁眼鏡の男がゲンと同じ方向に歩いていく。あきらかに様子が少しおかしく、ふらついているのに小走り気味だ。廊下にいる通行人がちらちらと気にしている様子も見えるが、やはり病院内で白衣を着た人間が多少妙な動きをした所で「何か大変なことがあったのかもしれない」としか皆思わない。
    「行ったぞ。リネン室の方だ」
     パソコンの画面が高画質のものに切り替わる。設置したアクティブカメラの映像だ。
     ゲンの白黒頭が通り過ぎるのをカメラが上から見ている。人通りの少ない場所で照明が少ないため薄暗い。カメラのレンズが高級で明るいものを使っているからはっきりと見えるせいで、映し出されているのはホラー映画のような映像だ。
     これから悪いことが起きる、そう予言するような。
    「刃物だ」
     コハクが一つのディスプレイにぐっと顔を近づけている。
    「……小型だが、ナイフだ。持ち歩いていたな。折りたたみ式か。六センチはないな」
     獲物を狙う猛禽類のような鋭さでコハクが画面の中の人物を追う。
     持ち歩いているだけで警察が難癖つかることができるのは六センチ以上ってことだな、とコハクの言葉で理解する。罪を追加するには、もう一押しが必用だ。
     ゲンを追う白衣の人物が、リネン室のドアノブを握る。周到なことだ、綿の手袋をしている。司の言う通り、鍵がかかっていて開かない。
     人の多い診察室のある通路を曲がった先に、ゲン以外の人影は見当たらない。
     用事があるような体で、ゲンが機械室の前に立つ。その時、一度リネン室の方を見た。少し首を傾げて、口元に不可思議な笑みが浮かんでいる。向けている先は、八年間、恨み続けた犯人。欲情の嵐を押さえ込んでいるはずのその顔は、何を考えているのか分からない。ただ、目が離せない。
     ……誘っている。
     小さなディスプレイの中にいる、線の細い男の姿なのに、強烈に視線が引きつけられた。
     逆光の中、リノリウムの床に写る影が揺れて、ゲンの姿が消えた。
     機械室の中に入ったのだ。
     人目を気にする必要が無いと思ったのか、ラットが起きて脳が働かなくなったのか男が隠すように持っていたはずのナイフをそのままむき出しにして機械室のドアに駆け寄ると乱暴に開けて、飛び込んでいく。
     キーボードを叩く音が響きすぐに画面が切り替わる。雑然と並ぶ医療機器の中にゲンがいた。先ほどの画面では広角すぎて手元まで詳しくはわからなかったが、男が手にしているのは、確かにコハクの言う通り、黒い万能ナイフだ。普段ならキャンプ用品としか思わないのに異様に禍々しいものに思えた。
    「いつでも飛び込めるよ」
     羽京の冷静な声が心強い。
     ナイフを見てゲンがたじろいだ様子を見せたのと同時に、男が内側から機械室の鍵をかける。
     音は聞こえてこないのに、重い金属音が聞こえた気がした。
    「おい……」
     コハクが不安そうな声を出す。
    「問題ねえ」
     ゲンが逃げだそうとドアの方に向かう。当然、男はナイフをゲンの目の前に突き出してそれを止める。演技は続いている。本当にマズい状況なら、何かしらのSOSが出るはずだがそれがない。あいつだってカメラの位置は把握している。ゲンは、嗜虐心を煽るような怯えた表情でじりじりとドアから離れていく。
    「なるほど。油断させるためにわざと閉めさせたか」
    「あぁ。ナイフを脅迫に使っている画もばっちり撮れた。これなら銃刀法所持違反とかいうのも確定だろ」
    「羽京なら中の会話も聞こえているだろうし、司が鍵を持っている」
     ヒートを起こしているオメガとそのフェロモンを浴びているアルファだ。周囲には誰もいない、しかも運命の番の相手。もう、あの男の頭はろくに働いていない。
     解錠の指示を部屋の外に待機している刑事に出す。
     龍水がドアノブが見えるように画面を拡大すると、ゆっくりとドアノブに付いたサムターンが回っていた。外から、解錠を確認。
     男の手からナイフが落ちて、ゲンに掴みかかる。早急に服を剥ぎ取ろうとする男を上目遣いに見ながら、ゲンが目を細めた。
     龍水が息を飲むのがわかった。画面越しなのに、その艶っぽさに背筋がぞくりとする。
     その表情のまま、ゲンが口をゆっくりと動かす。
     大きな声を出しているようには見えない。口の動きも小さい。
     読唇術はわからないが、何を言っているのかは分かった。
     ―― たすけて
     どうとでもとれる、と思った。ヒートの辛さから逃がして欲しいとも、乱暴は辞めて欲しいとも。人の苦しみを楽しむのが嗜好の男には、そのどちらも甘い誘いにしか聞こえないはずだ。
     しかし、それはドアの外に向けてゲンの出した、突入開始の合図。
    「終わったな。行くぞ」
     龍水が立ち上がるのと同時に黒くて大きな何かが画面に一瞬写って……何が起きたかと画面をもう一度見れば、長い髪の美丈夫が男を押さえつけて背中に手を回させて手錠をはめているところだった。
    「16時24分。暴行及び銃刀法所持違反の現行犯、確保」
     インカムから、羽京の穏やかな声が聞こえてくるのを聞きながら、病室を出て先に行く龍水の背中を追う。
    「すぐに家宅捜索の令状の申請するから、後はよろしく」
    「非番のところ悪かったな。引き継いで俺が連行する」
    「フランソワから高級レストランのタダ券をもらってるからチャラにしてやる。ルリ姉と行くのが楽しみだ」
     高級レストランのタダ券という単語に何か違和感を感じながら、気がつくと小走りになっていて龍水を追い抜いていた。
     インカムから賑やかに聞こえてくる刑事達の声。ゲンの声は聞こえてこない。
     大きな騒ぎになったからだろう、機械室の周りには野次馬が集まっている。
    「関係者だ。どいてくれ!」
     迷惑そうな顔をする野次馬を押しのけて中に入る。暴れている男の目は血走っていてうなり声を上げている。野生動物のようだった。視線の先にいるのは部屋の隅で膝を抱えて荒い息を繰り返しているゲンだ。強いラット症状が出ていて、手に掛けられた手錠と皮膚が擦れて血が出ているのに暴れている。
    「捕まえてからずっとこの調子だ。龍水。君の手には余ると思う、俺が連行しよう」
     男は何度も振りほどいて飛び出そうとしているがびくともしない。
    「ゲンから引き離せば、少しは落ち着く。今はラットでとびきりきっつい薬でラリってる状態と同じでまともな状態になってねえだけだ」
    「うん……話は聞いている。君が千空だね」
     暴れ回る男を片手で押さえ込んで、沈着冷静に穏やかな表情で「コハクとバディを組んでいる獅子王司だ」と空いている片手を差し出されて握手を交わす。
     そのまま水に上げた魚のようにバタバタと暴れている男を担ぎ上げて野次馬の中に平然と突っ込んで行く。コハクが危ないからと野次馬を散らしているが、司が抑えている限り野次馬がいようがいまいが何も変わらなそうだ。モーゼが海を開くがごとく、その威圧感で野次馬が割れる。目立つ目立つと言われていた理由がわかる気がした。
     慎重に計画を立て麻酔を使い、脅迫までして、その上で隠していた男が、群衆に素顔を晒して暴れて、目立ちまくっていることを全く気にしていない。おそらく警察に捕まったということさえ認識できていない。男が見つめ続けているのはゲンだ。
     これが運命の番の威力か、とそれを見送る。
    「現行犯逮捕できても拘束できるのは四十八時間。急いで署に戻ってヤツを落とさなきゃならん。千空、部外者に頼むことじゃないが、ゲンのことは頼む」
    「何、今さら言ってんだよ」
     インカムを返しながら、部屋の中に視線を走らせる。捜し物は、機械類の影薄暗い隅っこで出口をぼんやりと見つめている。
    「落ち着いたら貴様の調書もとらなきゃならん。休んでる暇はないぞ」
    「……うん」
    「羽京が鑑識を手配しているはずだ。さっさと行け」
     それが来る前に出て行けということだろう。龍水が白い手袋を取り出して、ナイフを拾い上げている。
    「……千空ちゃん」
     男が離れて少しは落ち着いたのか、ゲンが立ち上がる。
     濡れた瞳。上気した頬。浅い息使い。千空に声をかけているのに、見つめる先は開け放たれたドアだ。
    「やっぱり千空ちゃんが良い」
    「あ?」
    「こういう気持ちになるの、千空ちゃんが良い」
     鼻にかかったような、涙のにじんだ声。
     さっきまでの精神力はどこにいったんだ。平然を装って犯人を誘っていたテメーはどうした。
     運命の番とやらの引力への抵抗に全部気力を取られて、もう本能に抗えねえか。
     どうして俺を見ない?
     ゲンが選んだのはあいつじゃない。俺なのに!
    「……ちっと、我慢しろ」
     今自分が触れれば拒絶反応が起こるのはわかっているが、ふらついているゲンの手の手首を握りしめて引きずりながら部屋を出る。番以外のアルファの存在に本能が反応して、びくりと肩をふるわせて抵抗するのか身を固くしているが、連れて行けないこともない。対策本部用に借りた病室に連れて行く時と同じことをしているのに、不安とは逆の妙な高揚感を感じる。
    「じゃ、お言葉に甘えてこいつはもらってくわ」
     龍水に声をかけると、にやりと笑った。豪胆で他の人間のことなど考えていないようで、気遣ってくれているのだろう。状況判断が速い。
     機械室の外に既に野次馬はいなかった。そのまま特別室の方に進む。おあつらえ向きに、明日の治験のために全ての準備が整っている。
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    Replies from the creator

    うたこ

    DONEにーちぇさん(@chocogl_n)主催の合同誌に載せていただいた、ディアエンのダンシャロです。
    エンブレムの最後は悲劇的な結末になることが確定しているので、互いを思う二人に幸せな時間がありますようにと思い書きました。書いたのが8月でGAの発表もまだだったので、今開催中のイベントとは雰囲気が異なるかもしれないです。
    インターリフレクション 白く清潔なテーブルの上に置かれたマグカップから、フルーツの香りが漂う湯気がふわっと湧いた。ほのかに異国のスパイスの匂いも後から追いかけてくる。
    「先生、ヴァンショーです。あったまりますよ?」
     この香りは昔、嗅いだことがある。
     何百年も前の風景、ガス灯や石畳の町並みが一瞬だけ脳裏に浮かんだ。へにゃっとした緊張感の無い少年の笑い顔と一緒に。
     懐古趣味なんてらしくねぇなぁ。
     頭に浮かんだ人物と風景を追い払ってマグカップに口を付ける。
     甘い。
     ヴァンショーは葡萄酒に柑橘系の果物とスパイスを加えて煮るのが一般的だが、出されたものには甘いベリーがたっぷりと入っていた。この医療都市にそびえ立つパンデモニウム総合病院には、もちろんしっかり空調が完備されている。真冬の今も建物内に居る限り、さほど寒さは感じない。大昔、隙間風の入り込む部屋で飲んだヴァンショーとはありがたみが随分違う。
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    うたこ

    DONE黒猫男子きょう何食べたい?企画のお話。
    さじゅさんとう゛ぃれさんが出ます。
    たいやき。 飽きませんか? と聞かれて何のことを聞かれているのか分からなかったのは昔の職業のせいだろう。昔はそこそこ真面目にお仕事をしていたから、当たり前だと思っていたのだ。
     そういうもの、だと思って居なければ飽きるかもしれない。張り込みなんて。
     言われてみれば、ほとんどの時間は、動きの無い現場をただ見張っているだけだ。退屈でつまらない仕事だ。
     厄介な資産を回収してこいとルダンに命じられて、面倒そうだけど、仕事だからしょうがない。サボりながらやるかと出向いた先には先客がいた。資産を持っているのは没落貴族の娘だそうで、その資産というのは値の張る宝飾品だそうだ。よくある話だが、家宝の古式ゆかしく豪華なアクセサリーには多くの人の恨み辛みが宿っていた。よって幻想銀行に相応しい資産というわけだ。持ち主を不幸にするとか、取り殺すとかそういうアレ。まだ彼女の家が栄華を誇っていた頃にはその家宝の宝石を巡ってどろどろした争い事がたくさん起こったのだそうだ。そうして沢山の怨念を取り込んだ宝石は意思を持つようになったのか、更なる不幸を呼び始めた。彼女の両親も、突如気の触れた侍女に刺し殺された。
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