『桜の花びらが地面に落ちる前に捕まえられたら恋が叶う』
さて、こんな話を聞いたのはなにかのアニメだっただろうか。
エリントンにはそもそも桜が咲いていないからすっかり忘れていたけれど。
事件解決とみんなの退院祝いにみんなで花見をしている。
公園に面した警察署の敷地内、関係者でないと入れない位置でシートを広げているからゆったりと酒と食事を楽しんでいるけど、追加の買い出しをするには公園の敷地まで歩かなきゃいけないのが少し難点だろうか。
追加用の缶チューハイやらビールやらが入った袋を片手に宴席へと戻る途中、公園のはずれの桜から散る花びらに手を伸ばした。
こんなにたくさん降っているのにどれもこれも見事に手をすり抜けていく。
ふわふわ、ひらひら、ふらふら。
印象的なのにつかみ所のない感じは誰かに似ているかもしれないなあと思うのは気のせいだろうか。
少しムキになって掴もうとするけど、どうにも捕まえられない。
「ルーク、なにやってんの?」
声に振り返れば、丁度今考えていた人が出店で買ったんだろう焼き鳥が入った袋を提げている。
「モクマさん。 桜の花びらを捕まえてるんです」
「ああ、意外と難しいんだよねえ…。 ほいっ、と」
ほとんど本人は動いていないのに、花びらがまるで手の中に吸い込まれるようだった。
思わず全力で拍手を送る。
「すごいです! さすがモクマさん!」
「えへへ、褒めてもなんも出ないけどね。はい、どーぞ」
「ありがとうございます」
指先で摘まんで渡してくれた薄ピンク色を受け取ろうとしたとき、強い風が吹いて、触れるだけ触れた花びらは遙か向こうへ飛んでった。
「…あ………」
せっかく近付いたのに、もうすぐお別れになるこの人とダブって見えて、消えていった方をじっと見詰める。
「そんなしょんぼりした顔しないの。もいっこ捕まえたげるからさ」
焼き鳥の袋を渡された。
モクマさんが狙いを付けた花びらは、モクマさんの左手に吸い寄せられるように舞い降りた。
「ほい、今度は気をつけて」
2つの袋も左手にかけて、右手で花びらごとモクマさんの左手を握る。
「……ルーク?」
「手を離すと花びらが飛んでいきそうなので」
「そっか。たしかにまだ風強いもんね」
「はい!」
頭をぽんぽんと撫でられた。ああ、やっぱり子供扱いなんだ。
その後、ポケットに右手を突っ込んだモクマさんが思い出したように口を開いた。
「そいや、桜餅食べた? あっちで売ってたけど」
「いえ、見てないです。なんともおいしそうな響きですね。案内してもらえますか?」
「うんうん、いいともー」
宴会の会場付近から、賑やかだけど知り合いのいない公園へ逆戻り。
二人の手の中だけでなく、ポケットの中にも桜の花びらがしっかり捕まえられてると知る機会に恵まれることはなく。