ガルツトのオメガバース小ネタ1 第2の性別という名称を、ツトムは一応知っていた。ただしそれは、あくまでもフィクション、創作物の中でだ。こんな風に自分が当事者になるなんて、思ってもいなかった。
ライブダンジョン、或いはそれに似た世界に放り込まれたツトムの日常は、めまぐるしく変化していた。日々、対応していくのに必死だ。
その中に、異世界に来てから付与された第2の性別というものがあった。オメガバースと呼ばれるそれは、α、β、Ωの三種類の性別が存在した。そして、ツトムは運悪く、その中でも希少価値が高く身の危険がつきまとうΩとなった。
よりにもよって、自分で身を守る術のないヒーラーの自分がΩを引き当てた事実に、ツトムは頭を抱えた。Ωが抱える厄介な性質、男女問わずに子を産めるとか、そのために発情期が存在するとか、扱いが一歩間違えると性奴隷になりかねないとか、その他諸々は現世の創作物知識で持っていた。幸か不幸かはわからないが。
ただ、幸いなことに、この世界で初めて知り合った存在であるギルド職員のガルムが親身になって相談に乗ってくれた。彼のおかげで、刻印を刻まれないように首を保護する首輪と、フェロモンを抑制する薬の服用でどうにか対応することが出来ている。
そう、ツトムは努力していた。
自分に出来る範囲で、少しでも安全に生き延びる為に手を打った。だが、現実はより過酷な状況をツトムに与える。『幸運者』というありがたくもない二つ名が広がった結果、ツトムはパーティーを組めなくなった。それだけならともかく、周囲から刺々しい目で見られることも増えた。
また、いくら服で隠しても首輪をしていることを隠しきれない。Ωであることまで広まってしまい、ツトムを取り巻く環境はあっという間に危険身を帯びた。
Ωは、ただそれだけで弱者と見なされる。男でも女でも子供を産める。しかも、相手がαであれば確率はより高い。そんなΩを捕らえて手込めにしようと考える輩は、悲しいかな存在した。
しかも、ツトムはヒーラーだ。自衛手段に乏しい、圧倒的弱者。勿論、ツトムには他者にはない知識と発想がある。そこらの味方を蘇生させる為だけに同行し、使い捨ての道具のように死に戻るヒーラーとは違う。それでもやはり、ヒーラーは非力だ。
そんなときだった。ツトムに手を差し伸べてくれたガルムが、パーティーを組むこととは別にもう一つ、ある提案を持ちかけたのは。
「ツトムさえ良ければ、君を私のパートナーということにするのはどうだろうか」
「え……?」
告げられた言葉の意味を、ツトムは一瞬理解が出来なかった。目の前のこの青年が、自分に対して親身になってくれていることは知っている。だが、だからこそ、発言の意味が解らなかった。
そんなツトムに、ガルムは穏やかな笑みを浮かべて告げる。そこにあるのは、ツトムの力になりたいという純粋な好意だけだった。
「幸い、私には番がいない。特定の相手のいるΩに手を出すのは犯罪だから、そういう意味でも牽制になると思うのだが」
「……良いんですか?」
「あぁ、構わない」
それは、ツトムにとっては願ってもない申し出だった。少なくとも、目の前のガルムという男が信頼に値することはわかっている。最初にツトムに事情を説明してくれたときから、随分と親身になってくれていた。その彼が防波堤になると言ってくれているのだ。断る理由はなかった。
詳しく説明を聞けば、パートナーというのは番契約を交わす前の状態を示しているらしい。
つまり、ガルムとツトムが特別な間柄であるとしていても、番契約を結んでいないので何かあったときに解除をするのは簡単だ。首を噛んで番ってしまえばやり直しはきかないが、パートナーとして公言する程度ならばいくらでも修正が出来るらしい。
ツトムの知っている既存の関係でイメージするならば、番は婚約者か配偶者、パートナーは恋人という感じだろうか。互いに対する強制力はなく、ただ自由意志において特別な間柄であると告げるだけの関係だ。
それも、ツトムにはありがたい申し出だった。
ガルムはαの中でも理知的な方らしく、薬でフェロモンを抑制しているツトムの影響はほとんど出ていない。念のために薬は常に携帯し、首輪も決して外さないというのは徹底している。徹底ついでに、首輪の鍵はガルムに預けた。ツトムが持っているよりよほど安全だからだ。
そんな風にして、ツトムの異世界での生活は波乱の中で流れていく。
ガルムのパートナーと公言された段階で、多少は危ない目に遭いそうになるのは減った。その代わり、ガルムに好意的らしい人々からの視線の強さは増したが。そちらに関しては針の筵だろうが耐えるしかないと思うツトムだった。
何より重要なのは、生き延びることだ。生き延びなければ、元の世界に戻る方法すら見つからない。縁も寄る辺もないこの世界で、ツトムが頼れるのはガルムを始めとする数少ない知人だけなのだから。
だから彼は、今日もダンジョンに挑む。守られるだけの、死に戻るだけのヒーラーではないことを示すために。自分が、自分でいられるように。
そして、そんなツトムの傍らに、ガルムは当たり前みたいな顔をしていてくれるのだ。
「それでは行こうか、ツトム」
「えぇ、よろしくお願いします、ガルムさん」
差し出された大きな手を、ツトムは握り返す。君は私が守ろう、なんて台詞を臆面も無く言い放つこの優しい青年に、1日でも早く負担をかけないようにしようと思いながら。
ヒーラーとしての腕を磨く。この世界の理を理解する。そして、Ωとしてこの世界で生きていく術を学ぶ。自分が自分らしく、生きるために。
けれど、重ねた掌の温もりを、手放すのが惜しいと思う自分の気持ちの理由だけは、どれだけ考えても解らなかった。
FIN