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    むつき

    @mutsuki_hsm

    放サモ用文字書きアカウントです。ツイッターに上げていた小説の収納庫を兼ねます。

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    むつき

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    レイヴとカーシー
    頼れる先輩、大切にされている後輩

    #東京放課後サモナーズ
    tokyoAfterSchoolSummoners
    #レイヴ
    rave
    #カーシー
    carcass

    僕らはバディ うぅ、という低い唸り声がカーシーの喉から溢れてくる。彼のつかんだドアノブが重く軋んだ。
     一日の大半を過ごしているといってもいい研究室に戻ってきても尚、カーシーの表情は険しかった。納得がいかない、とでも言いたげに、鼻面には深いしわが寄せられている。
    「はあー、つっかれた。なあカーシー、紅茶でも淹れてくれねえか」
     ぐしゃりと顔を歪めている彼のそばを通り抜け、レイヴはソファへどかりと腰を下ろした。拳を握りしめて棒立ちになっているカーシーへ視線をやると、こっそりとため息をつく。
    「なあ、紅茶。この前ジャンバヴァンが持ってきた茶葉があったろ」
    「うう……はい……まだありますけど……」
     再三の催促を受け、カーシーはしぶしぶと言ったように作りつけのキッチンへと向かった。ティーポットを温めるべく湯を注ぎ、その間にカップや茶葉の用意をする。
    「先輩。お茶、どっちがいいの?」
     ジャンバヴァンが持ち込んでくれた缶ふたつを手に、カーシーはレイヴを振り向いた。豪奢な飾り文字が躍っている紅茶缶は、そんじょそこらでは手に入らないようなハイブランドのものだ。いかに由緒ある商品なのか、レイヴには知る由もなく、また、気にもとめていなかった。
    「どっちでも構わねえさ。お前の好きな方でいい」
     紅茶を飲みたがった――少なくともそのふりをしてみせた――のは自分自身のくせに、気のないような返事を寄こす。
    「はぁい……」
     結局カーシーは、自分の飲みたい方を選んだ。充分温まったポットに専用のスプーンで計った茶葉をさらさらと落とし、沸騰したての湯を注ぐ。砂時計をひっくり返してテーブルに置いた。
    「そうだ、確か向こうの戸棚にバタークッキーが……」
     ジャンバヴァンが、よく唱えている。疲れた時は、おいしいお茶に、甘いお菓子。ひと息ついてリラックスして、また仕事にとりかかろう、と。
    「あ、紅茶にミルクも添えたいな」
     きりっとした色合いや華やかな香りをストレートで楽しむのもいいけれど、ミルクティーにしてもおいしい。そうと決まれば、と、カーシーはぴょんぴょんと飛び跳ねるようにしながら冷蔵庫へ向かう。慌ただしい姿に、レイヴがにやりと笑った。
    「そうそう。そうやって忙しくしてりゃ、腹が立ったことも忘れるだろ」
     途端、カーシーの手はぴたりと止まった。
    「……先輩」
    「なんだよ。お、そろそろ砂が落ち切るんじゃねえか?」
     レイヴの指摘通り、紅茶用の砂時計は、今まさに所定の時間を計り終えたところだった。
    「うぅ~っ」
     思い出されたあれこれに、文句のひとつでも言いたくなる。とはいえせっかくの紅茶が渋くなってしまっては台無しだ。ポットを手に取り、ふたつ並べたカップに注いでいく。クッキーやミルクと一緒にトレイへ乗せ、テーブルへと運んだ。
    「ん、ありがとな」
     両手を差し出してカップを受け取ったレイヴはやはり穏やかだった。
    「ちったあ落ち着いたか?」
     その言葉には答えないまま、カーシーはテーブルを挟んで反対側のソファへと腰かけた。バタークッキーをざくりと噛み砕く。甘い中に、塩粒が絶妙なアクセントを添えてくる。
    「なあカーシー。そうかっかしなさんな。お前が腹を立てたって仕方ねえだろう?」
     涼しい表情をしているレイヴとは正反対に、カーシーの心にはまたふつふつと怒りが湧き上がってくる。
    「でもだって、あのひとたち、先輩のことを役立たずみたいに言うから……っ」
     声をかけてきたのは、よその研究室の院生だった。何かと思えば要するに、カーシーを彼らの研究室へ誘いに来たのだ。それだけなら、何も問題はなかった。ごめんなさいと断って、まっすぐ研究室へ引き上げれば良かっただけのことだ。ところが事もあろうに彼らはレイヴの話を持ち出した。それも不遜に軽んじた調子で。当の本人がたまたまそこを通りかからなかったら、カーシーは牙をむいて唸ったかもしれなかった。
    「普段俺がなんにもしてねえのは事実だろ」
    「なんにもしてなくないもん! それに、先輩にだって色々事情があるのに……」
     厄介なものを抱えているのはカーシーだけではなかった。事態が本当に困窮するまで前線に出てこない癖がレイヴにあるのは、その神器の特徴によるところが大きい。しかもレイヴは自身の神器を「情けない」ものだと言う。神器についてはごく限られた、親密な間柄の相手にしか説明していないことはカーシーも知っている。本人の許可もなしに第三者に話すことなどできるはずもない。それは大切な先輩を裏切ることだ。
     もっとも、前線にこそ立たないものの、レイヴの面倒見の良さは折り紙付きだった。朝となく夜となく研究室やギルドの仲間のことを気にかけてくれる。研究以外のことについても気を回し、色々とサポートをしてくれる。恩着せがましい調子など微塵もなく、ごくあっさりと。けれどそれは並大抵の神経でできることではない。こまやかな観察と鋭い洞察力、それ以外のありとあらゆる能力が必要とされるのだ。
     研究の緻密さや頭の回転の速さも学部随一だ。だから先輩は役立たずなんかじゃない、すごいひとなんだよと、そう言ってやりたかったのに。そこへ現れた本人が、「おら、帰るぞ」と言って自分を相手から引き離してしまったのだった。
    「それにしても、あいつらはいったいどんな研究を進めてるんだろうな」
     呑気そうな口ぶりで言う。ひとの気も知らないで、と、カーシーは大きく鼻息を吐いた。
    「そういえば来月、各研究室のちょっとした報告会があったよな? そこでちょっと突っ込んで訊いてやるか。『素人質問で恐縮ですが』ってな」
     さらりとした調子で飛び出した末恐ろしい台詞に、カーシーの喉がひっと鳴る。学会でその台詞から始まる質疑を受けるほど恐怖を覚えることもない。しかも今回、発言者はよりにもよってこのレイヴなのだ。痛いところをこれでもかというほど突かれ、目を覆いたくなるような惨劇が展開されることは容易に予想できる。
    「先輩、もしかして怒ってるの……?」
     眼鏡の奥の瞳が、ぱちりと瞬いた。
    「いや、べつに怒ってるわけじゃねえけどな」
     そうだ、このひとはそういうひとだったと思い出す。冷静沈着、マイペース。心は常に穏やかに。どんと構え、視野は広い。
     改めて尊敬の念を抱くカーシーを前に、レイヴは「ただ」と言い添えた。
    「ただ、うちの大事なバディの心を乱しやがったことについては、文句のひとつでも言いたくなるってもんさ」
    「ボクの……心……」
     自分は大切にされている。レイヴと出会い、バディを組んでからというもの、これまでに何度も味わった感覚をカーシーは改めて噛みしめる。静かに感じ入っている彼をよそに、レイヴはずずっと紅茶をすすった。眼鏡のレンズが曇ろうが構わないらしい。いつも通りの無頓着だった。
    「それのケアをするのは俺だろう? やらなきゃならねえことがまたひとつ増えちまう。あーめんどくせえ」
     彼はいつもこうなのだ。面倒だ面倒だと言ってどっかりと腰を据えながら、目の端にはちゃんと後輩をとらえている。何かあれば飛び出していくし、そもそも何も起こらないように身構え、対処をしてくれる。
     ――大丈夫。先輩がいてくれるなら、ボクは安心できるんだ。
     胸の内で呟いて、カーシーはソファに座り直す。自身の皿からクッキーを一枚取ると、レイヴの皿へそっと移した。
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