海辺とラーメン 食堂の屋根の下、海からの風がゆるやかに吹き抜けていく。眩しい陽射しに温められ、白い砂浜からの照り返しを受け、からりとした熱を含んだ風だった。天井のすみで、扇風機が寡黙に首を振っている。
「暑い……でもおいしいな……! 海の家で食べるラーメンってどうしてこんなにおいしいんだろう……」
「そうだねぇ、おいしいね……。今日は朝から泳いだり、ビーチバレーしたりして汗をかいたもんね。その汗と一緒に出ていった塩分を補給するために、塩分の多いラーメンが……」
仲がいいカーシーとジャンバヴァンは、積極的に箸を動かしたりれんげを使ったりする合間にあれこれと言葉を交わし合っている。ジャンバヴァンの視点はさすが理系の研究者といった風で思わず笑ってしまった。
焼き豚をぱくぱく頬張ったカーシーと、ふと目が合う。途端、彼はぱあっと笑った。
「お仕事おつかれさま! このラーメンとってもおいしくって、ボク大好きだよっ」
「ありがと、カーシー。厨房のスタッフに伝えておくよ」
額に汗を滲ませながら寸胴鍋の前に立っていたノーマッドの姿を思い出す。別に食堂での仕事が好きなわけじゃねぇ、金が稼げるからやってるだけだ、と鼻を鳴らしていたけど、お客からの感想を伝えるたびに誇らしそうな顔で笑う。カーシーとジャンバヴァンの言葉も、きっとノーマッドを喜ばせるだろう。
「キミは? このおいしいラーメン、もう食べたの?」
「うーん、ラーメンはまだ食べてないんだ。そのうちまかないで食べさせてもらえるんじゃないかな」
「そっか……。きっとキミも気に入るはずだよ。ゆっくり味わってねっ」
ジャンバヴァンもにこやかに頷く。うまそうに食べてくれて、おまけにバイトの俺にねぎらいの言葉までかけてくれる。そんな優しい二人の隣、レイヴ先輩は下を向いたままだった。
「あー、旨え。あー……旨え……」
どんぶりから上がる湯気に顔をうずめるようにしながら、ずっずっと麺をすすっている。よっぽど気に入ってくれたらしく、さっきからたぶんラーメンしか視界に入っていないように見える。
カーシーが困ったようにため息をついた。
「もう、先輩ったら……。せっかくみんなで海に来てるんだし、ちょっとくらいおしゃべりしてくれたっていいのに」
小声で漏らしたのは、本人に聞きつけられたら文句を言われると考えたからかもしれない。ちょうどそのタイミングで先輩が顔を上げる。飛び上がったジャンバヴァンをよそに、先輩は俺に視線を向けた。
「うっめえな、ここのラーメン」
「そう? 先輩の口に合ったなら良かった」
「夜食にこれが食いてえなあ……」
「ボクも賛成ですっ。研究室に届けてほしいなー」
「あ、それは嬉しいかも……。いや、でも、そもそも夜食がほしくなるくらい夜中まで研究室に缶詰めになるのはちょっと……」
賑やかに話し始めるカーシーとジャンバヴァン。でも先輩の注意はすぐにラーメンへと戻ってしまった。プラスチック製の箸が煮玉子をつまみ上げる。半分に切ってある玉子には特製のしょうゆだれが染みて、黄身の中央だけは半熟で、とろんとした色を見せていた。
「なんだよ。見てたってやんねえぞ」
言うが早いか、先輩はぐわっと開けた口の中へ玉子を放り込んだ。むぐむぐと噛んでいく。めがねのレンズの向こう、瞳が満足そうに細められた。
玉子がほしくて見ていたわけじゃなくてうまそうに食べる先輩の姿に見とれていたつもりだったけど、当の本人には分からなかったらしい。あんな台詞を言われたらなんだか無性に煮玉子が食べたくなってくる。ぷりぷりした白身、舌に絡みつく半熟の黄身。
「あーあ、うまそうだったのにな」
俺はにこりとして、そんな台詞を返してみる。