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    むつき

    @mutsuki_hsm

    放サモ用文字書きアカウントです。ツイッターに上げていた小説の収納庫を兼ねます。

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    むつき

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    レイヴ先輩×主人公の同人誌サンプル
    10/22頒布予定

    #東京放課後サモナーズ
    tokyoAfterSchoolSummoners
    #レイヴ
    rave

    【同人誌サンプル】待てば海路の日和あり【概要】
    放サモ レイヴ×主人公
    「待てば海路の日和あり」
    web再録6本(加筆修正済)+書き下ろし4本 短編小説集
    A5/40ページ/全年齢対象

    10/22 LW作品オンリー二次創作オンラインイベント合わせ
    BOOTHショップにて頒布予定(匿名配送)
    https://sm-trippa.booth.pm/items/5102693

    レイヴ先輩と主人公が仲良くしている日常の本。
    「ジュラシックサマーバカンス」イベント設定の話も3本ほど。
    上野ギルドメンバーはアールプ中心にちょこちょこと顔を出します。


    【主人公について】
    飢野学園所属、獣人寮で生活している設定。
    性別および身体特徴の表現なし(タイプ不詳)。
    固有名称なし。「サモナー」「後輩」表記。


    【本文一部抜粋】


    『看病』

     アプリのトークルームで発言した訳でもなければ、寮の私室のひとつひとつへ飛び込んで報告して回ったわけでもない。それでいて、サモナーが発熱したことは、瞬く間に寮生全員の知るところとなった。
     発熱といっても、何か病名がついたわけではない。疲労と緊張によるもので、いわゆる知恵熱だ。とはいうものの、隣室のアールプを初めとして、獣人寮の面々はみんな揃って気を揉んだ。
     学校から、バイト先から、あるいはゼミから。サモナーの部屋には、それぞれのタイミングで見舞い客が訪れた。

     おもての通りを走り抜けていく自動車もだいぶ少なくなってきた頃、やってきたのはジャンバヴァンだった。元気になったら食べてもらうようにと、駅ビルで買ったお菓子を携えている。大きなボトルの中には、くまの形をしたカラフルなグミがいっぱいに詰まっていた。
     眠りやすくするため、照明を絞った室内は薄暗い。畳敷きの部屋の中央、布団をかぶったサモナーはすうすうと寝息を立てていた。
    「食欲はありそう?」
    「大丈夫。いっぱい食べて、さっき眠っちゃったとこなの」
     枕元でアールプがひそひそと答える。ぬるくなった冷却シートを貼り替えたり、吸い飲みに氷水を注いだりと、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
    「そっか。ごはんを食べる元気があるならひと安心だね」
     サモナーが務めるはずだった食事当番は、フェンリルが請け負ってくれた。趣味でシンセサイザーを弾く甲斐あってのことか、手先は器用らしい。寮生たちの夕飯づくりに加え、消化のよいものをと、サモナー用のお粥に入れるための三つ葉を刻んだり卵を溶いたりする手つきにはそつがなかった。
    「君も、あまり根を詰めすぎたらだめだよ」
     アールプは随分とサモナーに懐いている。張り切って看病をしてくれているのは頼もしいしありがたいけれど、熱心にやりすぎてアールプ自身が具合を悪くしては元も子もない。
     ジャンバヴァンの気遣いに、アールプは目尻を下げてくすぐったそうな顔をした。
    「ありがとうなの。実は、そろそろ眠くなっちゃって……」
    「ボクで良ければ代わるよ。ゆっくり休んでね」
     サモナーの熱は、さして高いわけではない。絶対に誰かが付き添っていなければならないレベルではないものの、突然体調を崩した時の心細さは、アールプたちにも覚えがある。枕元についていて、次にサモナーが目を覚ました時に励ましてあげたかった。
    「それにまだあと一人、帰ってきてないひとがいるし……」
     大学院の研究室に缶詰になっている先輩を思い浮かべる。サモナーが熱を出したと耳にした時、レイヴはあからさまに顔をしかめ、落ち着かない面持ちを見せていた。

     喉の乾きをおぼえて、サモナーは目を覚ました。知らないうちに随分と遅い時間になっていたらしい。天井の室内灯は消され、デスクライトだけが控えめな明るさで灯っていた。
     ふと他人の気配に気付いて、薄暗い中、目を凝らす。枕元にどっかりとあぐらをかいていたのはレイヴだった。
     白衣を羽織った背中は厚みも幅もある。猫背気味に丸められているのが、いかにも手を伸ばしたい気持ちにさせられる。あの肩まわりを抱きしめ、ぴったりと上半身をくっつければ、さぞ心地がいいだろうと想像してしまうのだ。いつかは抱き着いてみたいと、こっそり焦がれている背中だった。
     寝返りを打った拍子に、布団ががさごそと音を立てた。音に気付いてかレイヴが振り向く。めがねのフレームが蛍光灯の明かりを反射して、眩しく光った。
    「おっ。目ぇ覚めたか?」
     年季の入った木造建築は、とかく壁が薄い。他の部屋を気遣ってか、レイヴは囁くように話しかけた。
     サモナーには何とも答えられない。気付いた時には全身がやけに熱く、ふらつきながらも何とか布団に潜り込み、うとうとしたと思ったら、気になっている先輩がいつの間にか枕元にいたのだ。掛け布団の端を掴み、ただレイヴの顔を見上げていた。
    「ま、ゆっくり休んで早く良くなれよ」
     当の本人は、至っていつも通りだった。耳にとろんと残るような、ゆったりした調子でものを言う。
    「水でも飲むか?」
     尋ねつつ、大きな手が枕元の吸い飲みを取ってくれる。
     受け取って、自分で飲むつもりだった。けれど飲み口をこちらに向けて差し出されたのを目にした瞬間、そのまま甘えてしまうことにする。枕に頭を乗せたまま、少しだけ横を向いた。
     思っていた以上に喉は乾いていたらしい。喉がごくごくと音を立て、よく冷えた水はみるみるうちに減っていく。サモナーが一生懸命になって水を飲むさまを、レイヴはじっと見つめていた。


    ***


    『ドーナツ』

     楽しげな会話は、レイヴが玄関のたたきでサンダルを脱いだ時から耳に届いていた。廊下を伝って聞こえてくる声は、わっとどよめいたり、弾かれるように笑い出したりと、とかく賑やかしい。
     陽気な響きを辿るようにして食堂へ入る。案の定、台所でわいわいやっていたのはアールプとサモナーのコンビだった。
    「お二人さん、何をやってんだ? 楽しそうだな」
     エプロン姿の背中に声をかける。二人は揃って振り向いた。
    「ドーナツ作り!」
     だよ、なの、と声が重なる。
    「わざわざ作ってんのか。ご苦労なこった」
     夕飯の支度を始めるにはまだ少し早い。おやつ作りに精を出す二人のそばに寄り、サモナーの肩越しに手元を覗き込んだ。
     流し台の上には、大きなボウルや粉まみれのまな板、金属製のバットに砂糖の袋などが広がり、大混雑の有様を見せている。コンロには揚げ鍋が据えられ、じゅわじゅわといい音を響かせていた。
    「先輩も食べるよね?」
    「ま、ちょうど小腹は空いたところだな」
    「良かった。もう少しでできるから待っててね」
    「じゅわっと揚げて、油を切って。砂糖をまぶしたら、できあがりなの!」
     歌うように語るアールプの口周りをよく見れば、白くて細かい粉状のものが散っている。甘い香りも漂っていて、レイヴは静かに確信を深める。つまみ食いしたろ、と指摘すると、おかしいほどうろたえながら口元を押さえた。
    「あ、味見は作ったひとの特権なの!」
    「別に叱りゃしねえよ」
     レイヴのためだけに作っているわけでもなければ、真面目にこなすべき業務でもない。粉を練ったり伸ばした生地を型で抜いたり油の温度を調節したり、見るからに大変そうな工程を経ている。苦労して作っているのだから、誰よりも先に食べていいに決まっていた。
    「作るのなんて手間じゃねえか? お前さんたちは偉いな」
    「なんで? 食べたいおやつを作ってるだけだよ?」
     感心したように呟くレイヴのかたわら、サモナーはきょとんとしている。
     レイヴに言わせれば、ドーナツが食べたいのならチェーンの専門店へ足を運べば気軽に味わうことができる。そもそも、きょうびドーナツのひとつやふたつ、コンビニに売っている。
    手間と時間をかけてでも手作りしているのは、その過程を楽しみつつ、できあがったおやつをひとつ屋根の下で暮らす友人たちと分け合いたいからに違いなかった。
     偉い偉いと呟いて、二人の頭をぽんぽん撫でる。くすぐったそうに笑うサモナーと、他の人はさておきレイヴには褒められ慣れていないせいで硬直しているアールプをその場に残し、彼は二階の自室に引き上げた。
     鞄を下ろしつつ、窓際にぶら下がる洗濯物をハンガーから外す。布団の上には、今朝脱ぎ捨てていった浴衣がその時のままの形で広がっていた。
    「先輩?」
     散らかったあれこれの整理整頓に勤しんでいるうち、ドアがノックされる。ドーナツを山と盛った大皿を携えて、サモナーが顔を出した。


    ***


    『出待ち』

    「まち、そわ?」
     比較的一般的な舞台用語さえ分からない客演者に対しても、有楽町の舞台女優は親切だった。
    「マチネとソワレの略称でございますわ。前者が昼公演、後者が夜公演を指しております」
    「そうなんだ。ごめんね、全然知らなくて……。これから迷惑かけるかも、っていうか、絶対かけると思うけど……」
     いたたまれないと言わんばかりに身を竦めるサモナーを前に、クリスティーヌはきっぱりと首を振った。
    「迷惑などと、そのようなことはあろうはずがございませんわ。私どもの依頼に応え、ここ有楽町の劇場へ足をお運びいただいたのです。まずもって貴方様とその先輩たるレイヴ様には、感謝してもしきれません」
     不安そうに立ち尽くしているサモナーの横には、いかにも保護者然とした風情のレイヴが付き添っている。そんな二人へと交互に視線を注いで、クリスティーヌは美しく微笑む。帽子の広いつばに縫い留められた、長い羽根がふわりと揺れた。
    「言葉のひとつやふたつ、どうということはございません。どうかお力をお貸しくださいまし。我ら有楽町ギルド一同、全身全霊でお支えいたします」

     素人ばかりで本当に舞台の幕が上がるのか、しかもそれは観客を満足させる作品たりえるのかと、当の俳優陣が眉を曇らせたのは無理もないことだ。何もかも手探りで始まった計画ではあったけれど、稽古に稽古を重ね、それぞれの苦難や葛藤を乗り越え、舞台「シパクトリ」のカンパニーは頼もしいものへと変貌を遂げていく。
     舞台美術や演出などは各分野で著名なクリエイターたちからの技術提供を受けたこともあって、作品は今や東京中の話題をさらう評判のエンターテインメントとなっていた。
    その人気ぶりは、当初予定されていた公演期間だけではとても終われないほどだ。有楽町の劇場は、連日熱気に満ちていた。

     終演後のルーティンを終えたサモナーは急ぎ足で通用口へと向かう。演出について、オスカーを交えテュアリングと話し込んでいたら遅くなってしまった。ロングラン公演だからこそ、改良できるところがあるならばどんどん変えていきたいというのがカンパニーの総意だ。頭脳明晰な友人の鋭い意見と、有名戯曲家のユニークな発想は刺激的だった。明日のミーティングで他のメンバーの意見も聞いてみようと、サモナーは期待を深める。
     終演後は、いつもレイヴと連れ立って帰るのが決まりになっていた。どうせ同じところへ帰るということもあるけれど、舞台の熱を冷ましつつ他愛もない会話を交わしながらゆったりと帰り道をゆくのが、サモナーは好きだった。
    「先輩?」
     いつもなら通用口のそばで待ってくれているはずが、レイヴの姿はそこになかった。楽屋へ引き返してみても客席へ下りてみてもどこにもいない。そういえばさっきタバコが切れたと唸っていた。近くのコンビニへ買いにでも行ったのかもしれない。一足先に出たのだろうと、何の気なしに通用口のドアをがちゃんと開けた、その瞬間だった。
     派手な歓声が沸き起こる。何事かと周囲に目を凝らしてみれば、人だかりの中にレイヴの姿が見えた。
    「お疲れさまです! 今日も素敵でした!」
    「これ、さっき買ったTシャツなんです。ここにサインもらえませんか?」
     高揚した声がサモナーにもレイヴにも降り注いでくる。どうやら、舞台を見終えた人々が、キャストが出てくるのを待っていたらしい。これはいわゆる出待ちというやつだ、と、サモナーはこの夏はじめて覚えた舞台用語を思い浮かべた。
     舞台の幕が下りてから、かなりの時間が経っているはずだ。自分たちが出てくるまで、ずっと待っていたのか〡ヘカテーやブギーマンは先に帰っている。この熱量をうまく交わしたのか、それとも真正面から受け止めたのだろうか〡と思えば、感心と驚きの気持ちがないまぜになる。ええっと、などと意味のない言葉を吐いておろおろしているうち、あっという間に取り囲まれた。
     年代も背格好もさまざまだ。けれど皆一様に、手に手に「シパクトリ」の公演グッズや舞台写真を握りしめ、きらきらと輝く瞳を向けてくる。何か言わなくては、と、サモナーはせいいっぱいの笑顔を浮かべてみせた。
    「あの、見に来てくれてありがとう。まだまだなところもあるかもしれないけど、これからも頑張るから。どうぞお贔屓にしてね」
     ぎこちない一言ではあったけれど、目の前の人々の顔は一斉にほころぶ。嬉しく思ってくれたらしいことに、サモナー自身の胸も熱くなった。
     喜んでもらえたのは良かったものの、ファンたちの熱はますます上がってしまったらしい。口々に親愛の気持ちや舞台の感想を述べる。サモナーを取り囲む輪は、じわりと小さくなった。
     どう対応するべきかとサモナーは戸惑う。残ってくれたファンと毎日言葉を交わすわけではないから、日によって対応に差が出てしまうことになる。どうしよう、と通用口を振り返ったけれど、あいにく救世主の現れる気配はなかった。
     いつもであれば、バロンやアムブスキアスをはじめとした劇団員たちがロビーや階段近くにいて、自分たちがスムーズに帰れるよう取り計らってくれる。バーゲストがごついバイクを飛ばして駅まで送り届けてくれる日もあれば、クリスティーヌが凛と響く声でうまくファンを帰してしまう日もあった。
     公演よりも劇場についているファンは、馴染みのスターの姿を目にできた方が嬉しいくらいであるらしい。気さくにファンとの交流を始める彼らの背中に守られ、劇場をあとにするのが常だった。
    「明日は休演日だったよな」
     突然そんなことを言い出したのはレイヴだった。サモナーを含め、その場にいた全員が彼を振り向く。目が合うなり、レイヴは自身の周りの人の輪をかき分け、つかつかとサモナーの方へと向かってくる。
    何をするつもりなのか、彼の意図がちっとも分からず立ち尽くす。ふいにレイヴの瞳がきらりと光った。
    「せん、ぱ」
     突然がばりと肩を抱かれて、サモナーは飛び上がる。ひゅ、と息を飲む音がしたのは自分の喉からなのか、それとも立ち並ぶファンの誰かが発したものだったのか、判別がつかなかった。


    ***


    『トリガー』

     うつ伏せになって布団の上で足を伸ばすレイヴは、いかにもくつろいだ表情を浮かべていた。冷房のよく効いた自室の中、ゆうゆうと横になって後輩に足を揉ませているのだ。極楽気分を味わっているのも当然のことだった。
    「お前、結構うまいな」
    「そう? それなら良かった」
     浴衣のすそから覗くレイヴのふくらはぎは、ぽってりとしたカーブを描いている。サモナーはそこを指で押さえ、規則的な間隔で圧を加えていく。ふさふさした長い毛が指先をすべって、くすぐったくも心地よかった。
    「今日は誰かさんに付き合わされて、散々歩き回ったからなあ。ま、これくらいしてもらわねえとな」
    「すごい恩着せるじゃん……」
     憎まれ口を叩いてはみたものの、サモナーとしてもまんざらではない。ほとんど一日じゅう行動を共にできたのは楽しかった。こうして寝る前のマッサージを言いつけられたのも、特別扱いのひとつだと思えば悪い気はしない。
     古びた寮は作りが単純で、どこの部屋もおおよその間取りは一緒だ。備え付けの家具も大差ない。色褪せた畳に南向きの窓、シンプルな本棚と丸いちゃぶ台。研究資料の束や専門書が溢れ返っているのはジャンバヴァンの部屋でも目にした光景で、要するに大した物珍しさはない。それでいてなお、レイヴの部屋というのはサモナーにとって特別な空間なのだった。
    「足の裏も揉んだ方がいい?」
    「お、気が利くじゃねえか」
    「くすぐったかったら言ってね」
     申し出てはみたものの、ひとの足裏のマッサージをした経験など皆無に近い。どれくらいの力加減でいいのかも分からず、ひとまず「下手だったらごめん」とことわっておいた。
     足の裏のかたちは、サモナーのそれとだいぶ異なっている。密な毛をかきわけ、がっしりした指の腹をとらえる。ぐりぐりと押し込むように揉んでみると、「いいじゃねえか」とご満悦な声が返った。
     続いて足のひらに指先を移す。黒い肉球は平たい。しっとりとしていて、触れると吸い付いてくるようだ。
    「肉球っていっても、先輩のはそんなにもちもちした感じじゃないんだね」
     軽く力を込めれば、確かな弾力でもって押し返される。例えば餅のようなやわらかさというよりは、硬めのマットレスといったところだった。
     興味本位でひとの体に触れるのは良くないと思いつつも、初めての感触が好奇心を刺激する。
    「先輩の肉球はこんな感じなんだ」
     ひとりごとのように呟きつつ、足の裏をぐにぐにと揉み続けた。
     布団の上に投げ出されていたはずのレイヴの足が、不意にぱっと動く。いったい何事かと顔を上げた先、あっという間に上体を起こしてあぐらをかいたレイヴは、後輩の顔にひたりと視線を据えていた。
    「さっきから聞いてりゃ、『先輩の肉球は』だの『先輩のは』だのって……。いったい誰と比べてやがんだ? ん?」
     いつになく真剣な表情に、サモナーの心臓は跳ね上がる。
    「あ……それ、は……」
    ぱくぱくと動いた口は、意味を成さない言葉を吐いた。
     ギルドの中でバディを組んでいる友だちの、ぽってりと丸い体つきを思い出す。それから、彼の手足を。
     アールプの肉球は、手のひらにせよ足の裏にせよ、ぱつぱつに膨らんでいる。もっちりとしていて、触れればサモナーの指をやわらかく受け止める。例えば、ハイタッチや物の受け渡しのためにアールプの手に触れるたび、サモナーの脳裏には和菓子の「ぎゅうひ」が浮かんだ。
    「あの、ええと、アールプとか……」
     レイヴの片眉がひくりと持ち上がる。胡乱な物言いを彼は聞き逃さない。
    「アールプ『とか』?」
    「や、違う、『とか』っていうか、アールプ、だけ……」
    「ふうん?」
     背筋がすうっと冷えていく。何の気なく発した感想だったのに。それに、レイヴの機嫌を損ねるつもりは毛頭なかった。
     とはいえ考えてみれば、他の誰かと比べるような物言いをされながら体に触れられるなんて、良い気持ちはしない。レイヴがむっとしたのも無理はないだろう。
    無用な刺激をしてしまったのだと軽率な発言を悔いているうち、ふと言い訳がましい気持ちが湧き上がる。そしてそれは結局、サモナーの口をついて出た。
    「でも、だって、自分はアールプのテイマーだし……!」
     関係性が深いのにも理由がある。だから怒らないでほしいと、せめてもの反論を繰り出す。布団の端に正座したままでレイヴをキッと見据えるさまは、追いつめられながらも必死の威嚇をしてみせる野生動物のようだった。
     二人の視線がぶつかり合う。しばらくののち、レイヴは表情をほどいた。悪い顔をしてにやっと笑う。
    「そうだな。何かと接触する機会も多いだろ」
     どたんと音を立てて再び寝転ぶ。マッサージの続きを要求するべく、片足をずいと突き出した。
    「ま、ギルドのバディなら、足の裏がどうなってるかくらい知ってるよな」
     からかうような物言いに、サモナーは頬を膨らませる。それでいて従順にマッサージを再開するあたり可愛い奴だと、レイヴはこっそり目元をゆるめた。
    「先輩。もしかして、焼きもちやいた?」
    「あー妬いた妬いた」
    「うそ! その言い方じゃ、絶対妬いてないよ」
     笑い出しながら答えつつ、内心ほっとしていた。誰の話をしているのかと尋ねてきた時のレイヴの顔つきを思い出す。眼鏡のレンズ越し、彼の瞳はぎらりと光って、いつになく鋭い目つきをしていた。
    「〡本当に妬いてたらどうするんだ?」
    「え……」
     危機は去ったと思っていたサモナーは、不意打ちに言い淀む。硬直したのをよそに、レイヴは言葉を重ねた。
    「何してくれるんだ、ええ?」


    ***


    『だし巻き玉子』

     うちの寮長は基本めんどくさがりで、料理といえばインスタントラーメンにお湯を注ぐか、インスタントコーヒーにお湯を注ぐしかしないひとだ。そんな風に思い込んでいたサモナーをよそに、コンロの前に立ったレイヴは軽快に菜箸を操っていた。
     使い込まれた玉子焼き器の、鉄の肌には油がよくなじんでいる。じゅうぶんに温まったそこへ、といた卵が流し込まれた。じゅうじゅうと音を立て、やわらかな黄色に焼けていく。
     完全に火が通らないうちに菜箸でつつき、端から折りたたんでいく手つきは慣れたものだ。まさかそんな器用な技を持っていようとは思ってもみなくて、卵を焼くレイヴの後ろ、サモナーは息を飲んで立ち尽くした。
    「いつまで見てるんだ?」
     半熟に焼けた卵を折りたたみ、空いたスペースに軽く油を引き、また卵液を流し込む。それをテンポよく繰り返していたレイヴが肩越しに振り返る。寝巻き代わりのTシャツ短パン姿のまま目を丸くしているサモナーに視線をやって、にやにや笑った。
    「よう、お疲れさん。……いや、おはようさんか」
     先輩がだし巻き玉子を作れるなんて知らなかった。サモナーがそう言いかけて口をつぐんだのは、レイヴの顔つきに妙な迫力があったからだ。
     落ちくぼんだ目の下は、見るからにやつれている。ゆうべどころか昨日の朝から着続けているであろうシャツはくしゃくしゃで、そのくせ目や口元だけは機嫌の良さそうにゆるんでいる。ちぐはぐな状況に、サモナーは体をこわばらせた。
    「もしかして、論文、きりがついたの?」
    「ん。まあ、そんなとこだ」
     それなら妙に晴れやかな表情を浮かべていることにも納得がいく。締切が近いとかで、ここのところレイヴが院の研究室に篭もりきりになっているのを知っていた。
    「ひょっとして、徹夜した?」
     レイヴは平然として首を振る。
    「いや? 朝飯を食ったら昼まで寝るさ」
     これから眠るのはさておき、一晩中起きていたとするなら、それは徹夜ではないのだろうか。
     至極真っ当な感想が頭をかすめる。どうやらレイヴは疲労困憊のあまり、徹夜かどうかの判断すらままならなくなっているらしい。
     連日消耗し続けて限界点ぎりぎりを漂っている大人に、サモナーは気圧されてしまう。疲れているのにどうして台所に立っているのか分からないし、早く寝かせた方がいいのか、このままお喋りに付き合っていた方がいいのかも分からない。
     内心うろたえるサモナーをよそに、当の本人は溌剌とふるまっている。
    「そろそろお前さんの目覚ましが鳴る頃だと思ってな。起きてくるより前に作っておきたかったんだが、ちっとばかし間に合わなかったな」
     言いつつコンロの火を止め、玉子焼き器を取り上げる。厚みのあるだし巻き玉子は、ゆっくりとまな板に移された。
     どうして自分のことが話題に出てくるのか分からず、サモナーは目をぱちぱちとさせる。
     完成したばかりのだし巻き玉子からは、ほかほかと湯気が上がっている。指先でそっと押さえながら、レイヴは端を小さく切った。
    指でつまみ、自身の口へとほうりこむ。
    「ん……。まあこんなもんだろ」
     むぐむぐと噛んで合格点をつける。続いてもうひと切れ、今度は少々分厚く切り分ける。そうして振り向くなり、切ったそれをサモナーの口元へ差し出した。
    「ほれ」
    「えっ?」
     鼻先に、だしと玉子のいい香りが漂う。空腹を抱えて起きてきたサモナーには、たまらない刺激だった。
     ありがたくもらおうにも、皿が見当たらない。壁際の食器棚まで走った方がいいのか、手を出して受け止めた方がいいのか。あれこれ考えを巡らせているうち、できたての玉子焼きは、レイヴの指の間、重力に引かれてゆっくりと形を崩していく。
    「おい、早くしろ。落ちるぞ」
     冷静な指摘が、サモナーの体を弾くように動かした。差し出されただし巻き玉子にぱくりとかぶりつく。
    「ンむ……熱っ」
     とろんとやわらかな玉子が、舌の上でとけていく。だしの旨みが空腹にこたえた。

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