research「そーねぇ。オレっちの見たところだとぉ……」
細い顎に手を当てて考え込むバティムを前に、メモアプリを開いたスマホを握りしめた。
階層式になっている闘技場は、今日も想像していた以上に賑わっていたらしい。初めに顔を合わせたのはガルムだった。こっちを吹っ飛ばすような勢いで突っ込んできたのを受け止め、久々の再会を喜びつつ、とある質問を投げかける。丸い目を瞬かせ、ガルムはことんと首を傾げた。
「ガルム、それ、知らない。答えるの、むずかしい!」
「そっか……」
「お、なんだ、珍しい客だな」
肩を落とす間もなく、ガルムの後ろからアンドヴァリが顔を出した。挨拶がてら、ガルムにした質問を彼にもぶつける。アンドヴァリは急に真面目な表情を浮かべつつ眉を持ち上げた。
「教えてやらなくもないが、どうすっかな……。ほら、俺の言いたいことは分かるだろっ?」
「もちろん、今日はそのつもりで来たんだ」
彼から何かを聞き出したいのなら、先立つものがなければだめだというのは分かり切っている。当然準備はしてきた。これでどうだと意気込みつつ、ここ数日のバイト代のうち、いくらかを差し出す。
「お! さすがだな、分かってるじゃねぇか!」
途端に機嫌を良くしたアンドヴァリは肩をゆすって笑い声を上げた。それからも顔見知りたちが入れかわり立ちかわりやってきては声をかけてくれる。その場から移動する必要もなくなってしまった俺は、順番に挨拶をし、握手を交わし、ハグを受け入れ、全員に同じ質問を投げかける。ささやかな噂や、又聞きでも構わない。嘘でさえなければ、どんな情報だってほしかった。
「悪いな、大して力になってやれなくて」
律儀に謝ってくれたノーマッドに首を振る。
そうこうしているうち、俺を取り囲んでいた人垣の一箇所がさっと割れる。
「我が強者よ。こんな所で何をやっている?」
緋色のマントを揺らし、奥から現れたのはクロードだった。後ろには当然スノウさんを従えている。俺と目が合うと、スノウさんはうやうやしく一礼をしてみせた。
「貴様が来ていると耳にして、スノウと共に下で待っていたのだ。それが一向に我が元に足を運ばぬとは、一体どういう了見だ? 待ちくたびれて自ら足を運んでしまったではないか……ふふ」
こころもち顎を持ち上げ、クロードは涼しい顔をして笑う。
「そうなの? わざわざごめんね」
何ともないような素振りを装って返事をしながら、自分の手のひらが汗ばんでいるのを感じる。今日は、クロードと話すつもりはなかった。
「それで? 今日は何用でここへ来たのだ」
「えぇと……」
言い淀み、困って辺りを見渡す。助けを求めたつもりが、こういう時に限って機転を利かせて助けてくれる相手は見つからなかった。というより、みんな助け舟の出し方が分からないのだろう。はっきりとした返事を寄こさない俺に、押し黙っているギルドの面々。クロードはみるみるうちに顔を曇らせていった。
「ふむ。このクロードには明かせぬこと、という訳か……」
視線を逸らし、俯いて呟く姿が、俺の心に大きな石を投げ込んだ。
「ち、違うんだ」
慌てて声を張る。変な勘違いをしてもらうわけにはいかなかった。大抵のことではクロードを悩ませたり傷つけたりすることはできないと思っている。そんなクロードの心をかき乱したらしいと優越感を抱けるほど俺は人でなしじゃないつもりだ。気が咎めて胸がちくちくする。ひそめられた眉に、暗い影の落ちる目元。俺は、クロードのそんな顔を見たいわけじゃなかった。
「その……実は……」
一瞬、スノウさんと目が合った。ここで変にごまかしたって、あとでバーサーカーズの面々はスノウさんの前で白状してしまうに決まっている。それを咎めたり不満に思ったりする気はもちろんなかった。結局、素直に告白してしまう以外に手はなくて。
「……クロードの好きなものを知らないかって、みんなに訊いてたんだ」
さすがの皇帝も、俺がそう答えることは予想していなかったらしい。紅の瞳が丸く見開かれた。
「もうすぐバレンタインだからさ。せっかくなら気に入ってもらえるものを渡したいと思ったから。スノウさんが毎年渡してるっていうプレゼントには敵わないと思うけど、俺なりに最善を尽くしたいんだ」
誰も何も言わない。仕方なく、俺はひとりでどんどん言葉を重ねる。
「自分自身でできるだけ考えてもいるんだけど……。でも多少のアドバイスとか、ヒントみたいなものが貰えたらなぁって」
恰好悪いかもしれない。でも何か行動を起こさなければ、自分の目標は達成できない。藁をも掴む思いで、彼の本拠地たるこの闘技場に飛び込んだ。
「だから、思い切ってクロードに近しい人たちに訊いてみようと思って……」
「ふふ……はははっ!」
最後まで言うより先に、いかにも愉快そうな笑い声が響き渡って俺は口を閉ざす。さっきまでの覇気のない表情は一体どこへ行ったのか、クロードは一切の憂いはないというように笑っていた。
「気に入った。愚直に足掻くその姿、まさに持たざる者にふさわしい」
生気に満ち溢れた瞳で俺をとらえる。溌剌と笑う姿に思わず見とれた。
「今年の宴を楽しみにしていよう」
それ以上追及するつもりはないのか、クロードはマントの裾を鳴らして俺に背を向ける。弾む気持ちを背中に滲ませて、風のように引き上げていった。