その者の器 あちらの山を眺めてもこちらの足元を確かめても、見事なまでに白一色だった。一向に溶けない雪の上、雪は新たに降り積もり、リゾート施設へやってきた者たちの心を浮き立たせる。
「貴方様は、将の器に生まれながら……」
言葉を乗せてこぼれた息は、たちまちのうちに白く凍っていった。慣れないスノーウェアを身に着けているのは二人とも同じだ。タネトモの言葉を受けた彼は、ファーのついた襟になかば口元を埋めながら顔を輝かせた。
「将の器? ほめてくれて嬉しいな。じゃあ俺、将を目指そうかな」
彼の眼差しは澄み切っていて、目の前の参謀を試しているようには見えなかった。周囲からは破天荒と評されつつも、自ら立てた計画を完遂する彼の力には目を見張るものがある。やるといえばいかに無謀であってもやってのける、その気概と能力を備えている人物だった。
将を目指す。それはつまり、このギルドから離反するということだろうか。彼の戦力が味方であればこそ頼もしいものの、敵にまわるとなればたまったものではない。
あるいは謀反ということも考えられる。もしそうであるならば、こんなところで凍りついている場合ではない。「源」の御方へ、速やかに報告を。また、あるいは。
にこやかな表情を崩さないまま相槌を打ちながらも、タネトモの思考は次にとるべき行動を何通りにも計画していく。そんな彼女をまっすぐに見つめ、彼は朗らかな笑顔を浮かべた。
「なんてね。言ってみただけ」
「……あら。そうなのですか?」
「俺は自分が将の器だなんて思わないよ。タネトモはひとを乗せるのがうまいからなぁ」
あっさりと言ってのけ、くすくすと笑う。タネトモの言葉は、お世辞としてしか受け止められていなかった。
(……私の言葉は、信じられていない)
それはこの軍の参謀として、看過できぬことなのではないだろうか。けれどそれと同時に、彼であれば信じないのは至極当然である気もした。彼は自分の流儀のままに行動している。聞き入れる耳を持つとすれば、それは彼の兄が言葉を発した時だけだ。
「俺はね」
まっすぐな言葉が耳を打つ。
「俺は、ヨリトモの役に立てればそれでいいよ」
望みは、たったのそれだけだというように。
「わがままだけどね」
目元をほころばせたまま、すまなさそうに告げる。眉がひっそりと曇って、それはさびしそうな微笑みだった。
(……この弟君が)
黙って長いまつげを伏せて、タネトモは思いを馳せる。
(この弟君が、いつか閣下の御心を殺すのだろうか)
このさびしき世において、肉親とはいえここまでの忠義の心をいだける者など多くはいない。だからこそ手放せず、それでいて恐ろしい。
寡黙な大将の、心の底を思った。