悩ましき服装(降志)「タートルネックのニットって、ちょっとアレじゃないか」
「はい?」
庁舎に缶詰三日目ともなると、言動が混迷の度を深めてくる。降谷零があまりにも真面目な顔をして言うので、最初は今関わっている案件に関する話かと思った。が、どうやら違うらしい。風見裕也は適当に相づちを打つことにした。
「アレ、というのは?」
「こう、この辺を強調するというか」
降谷は、両手で胸の前に膨らみを表すように曲線を描く。
「ああ、いわゆる“おっぱいニット”というやつですか」
「は? おっ…?」
今度は、降谷が困惑する番だった。
「おっぱいニット、というらしいですよ。そういう胸部を強調するニット」
あくまで真面目に、風見は返答する。
「どこでそんな情報を仕入れてきた?」
「婚活をしている後輩が言っていました。婚活女子の武器だそうです」
「婚活女子の?」
降谷の顔が険しくなる。特定の人物を思い浮かべているようだ。
「まあ、意中の相手を落とすためのツールということです」
「ほう……?」
「ショルダーバッグを掛けてさらに胸を強調したり、腕を組むときに胸を押し当てたりするらしいですよ」
「なるほど」
パソコンの画面を見ながら、降谷はしたり顔でうなずく。どうやら身に覚えがあるらしい。
「男は単純だからな」
「同感ですね」
もう何の話をしているのかよく分からない。壁にかかった時計を見ると、もうじき朝四時だ。ブラインドの向こうの空が白み始めている。
「降谷さんほどの人でも、恋人の服装にやきもきするものなんですね」
「そりゃするさ。自分でも余裕がない自覚はある」
夏には、彼女が頻繁にノースリーブを着ていて心配だという話を聞いた記憶がある。今回と同じように、繁忙期の夜か朝方だった。
「宮野さん、待ってくれているんでしょう? 今日こそは帰りましょうね」
「ああ、君も明日は沖野ヨーコのコンサートだったな」
それぞれに手元にあった栄養ドリンクをあおる。降谷も風見も、互いの目標に向けて、ラストスパートをかけ始めた。