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    晴田🍺

    @yakirome

    はるた/DC(降志)/主に文章を書きます。

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    晴田🍺

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    夏祭りの夜に研究室で会う降志の話。
    7月のワンドロワンライに参加させていただいたものに加筆修正を加え、中編に仕上げたものです。

    #降志
    would-be

    夏祭りの夜に(降志) 窓の外がやけに騒がしい。何事だろうと思ったが、窓辺まで行く気力も体力も彼女には残されていなかった。ふと隣の研究室の学生たちが浮き足立って近所の夏祭りの話をしていたことを思い出す。今日だったのかと思いつつ、宮野志保は床をはうようにして研究室の端にある棚までたどり着いた。下段の奥に鎮座する非常食のカップラーメンに手を伸ばす。そこで、はたと気付いた。肝心の湯を沸かしていない。ケトルは部屋の反対側にある。ゼリー飲料やブロックタイプの栄養補助食品はすでに食べ尽くしていた。志保は半ば諦めてソファーに横たわる。
    「もう、食べなくてもいっか……」
    「いいわけないだろ」
     過度の疲労と栄養不足でもうろうとする頭を上げると、そこには降谷零が立っていた。
    「降谷さん……不法侵入よ」
    「健康で文化的な最低限度の生活をしてから言ってくれ」
     ワイシャツの袖をまくり上げた降谷は、憮然とした表情のまま流しで丹念に手を洗い、持参したレジ袋からパウチされた粥を取り出した。
    「君は自分の体をもっと労わるべきだ」
    「あなたにだけは言われたくないわね」
     降谷自身も己の体を酷使する傾向にある。また、志保に今回の仕事を依頼しているのは降谷本人だ。そんなことを言われる筋合いはない、と志保は突っぱねる。
    「その点は申し訳ないと思っている。ただ、工藤くんからの依頼もかなり受けているんだろう。何もかも引き受けるのではなく、精査すべきだと言っているんだ」
     降谷の言っていることはまさしく正論で、志保は押し黙った。その間に、降谷は勝手知ったるようすで棚の奥から器とスプーンを取り出し、粥を電子レンジで温めている。
     訳あり小学生探偵の彼が巨悪にまみれた組織の真実を暴き出し壊滅に導いてから、もうすぐ三年が経つ。彼はかの有名な高校生探偵に、志保も“灰原哀”から“宮野志保”に戻った。志保は都内の大学に籍を置き、罪滅ぼしとばかりに薬の研究にも捜査協力にも一心不乱に取り組んできた。
    「志保さん、ほら、食べて」
     降谷が器を差し出す。
    「……分かったわよ」
     仮眠用に持ち込んだカウチソファーから、志保はのろのろと体を起こす。食欲が湧かず器を受け取らずにいると、業を煮やした降谷が畳みかけるように言った。
    「食べさせてあげようか?」
    「遠慮するわ。自分で食べます」
     器とスプーンを引ったくるように受け取り、ゆっくりと粥を口に運ぶ。白米の甘味と温かさが体の中にじんわりと広がっていく。降谷は、そんな志保を満足そうに見やると、持ってきた書類に目を通し始めた。
     降谷零への思いは時限爆弾のようなものだ、と志保は思う。このままでは、間違いなく一定時間経過後に爆発してしまう。時限は数日なのか数ヶ月なのか、はたまた数年なのか、志保自身にも皆目見当が付かなかった。彼はきっと、自分のことを「初恋の人の娘」もしくは「幼馴染の妹」としてしか見ていない。それを分かっていてもなお育っていってしまう己の想いに、志保は戸惑っていた。

     いつからだろう。彼に対して、恋愛感情を抱き始めたのは。
     志保の今は亡き身内に対して負い目を感じているからなのか、年上の警察官であるという矜持なのか、降谷は何かと志保の世話を焼いてくる。食べ物を差し入れてくれることもあれば、研究室から自宅まで愛車で送ってくれることもあった。
     研究者として大学に出入りするようになってしばらくして、志保は阿笠博士の家を出た。生まれて初めての一人暮らし開始から二ヶ月、多忙のあまり買い置きのゼリー飲料や栄養補助食品ばかりを摂取しているところに、月のものが重なった。志保がめまいでデスクに突っ伏し、「これじゃ、博士のことあれこれ言えないわ……」と一人ごちているところに、解析データの受け取りに現れたのが降谷だった。
     彼はその様子を見て、一瞬息を詰めた。そして、足早に志保に近付くと「少し触るよ」と断って、彼女の額に自分の掌をそっと当てた。
    「熱はないな。ちゃんと食べてるか?」
    「……一応」
    「嘘はよくない」
     言い淀む志保のようすと部屋のゴミ箱を見て、即座に察したらしい。体温の低い骨張った手が額からすっと離れる。志保はわずかに名残惜しさを感じた。お日様の匂いがする手だった。
    「薬を飲むにしても、何か腹に入れないとな」
     そう言いながら、降谷は自分のポケットからスティック包装のインスタントココアを取り出した。続いて、個包装の小さなマシュマロも。
    「何でそんなもの持ってるのよ」
    「マシュマロはポアロで配ってたものの残りだよ。ココアは自分で飲もうと思って忘れてたやつ」
     降谷は電気ケトルでお湯を沸かし、粉を溶いてミルクココアを作ってくれた。マシュマロをそっと浮かべて、志保にマグカップを手渡す。
    「はい。熱いから気をつけて」
    「……ありがとう」
     温かいココアを口に含みながら、彼は誰にでもやさしいのだろうな、と志保は思った。その博愛心に救われる人もいれば、それは残酷だと感じる人もきっといる。自分はどちらなのだろう。今はありがたい、助かったと思うけれど。やさしくなんてしないでほしかったと思ってしまう、そんな日が来るような気がした。
     
     いつからだろう。彼女に対して抱く感情に、色めいたものが交じり始めたのは。
     しっかり者に見えて意外に抜けている、それが降谷零が受けた宮野志保の印象だった。普段は何でもそつなくやってのけるくせに、仕事や研究にのめり込むと自分の体調など二の次になる。危なっかしくて、ついつい世話を焼いてしまう。初恋である彼女の母親の面影はあるものの、性格は真逆だなと、降谷は思った。もし手のかかる妹がいたらこんな感じなのだろうか。幼馴染としてともにときを過ごせていたら何か違っただろうか。ふとそんなことを考えることもあった。
     降谷は、たまに愛車で彼女を大学から家まで送った。依頼した仕事のせいで志保の帰りが遅くなってしまうこともあったし、寝不足でふらふらしている彼女を一人で返すことが不安だったというのもある。助手席で、志保はいつも外を見ていた。そんなに首をひねったままで痛くならないのかと心配になるくらい、じっと窓の外の風景を眺めている。一度、聞いたことがあった。
    「何を見てるの?」
    「街の景色とか、人の様子とか」
     志保は淡々と言った。
    「組織にいたころ、外の様子は車窓から見るものだったから。癖なのかも」
     赤信号で車が止まる。降谷はとっさに彼女の頭を撫でたい衝動に駆られた。が、わずかに手を伸ばすもさっと引っ込める。そういったことはセクハラにあたるのではないだろうか、もしくは越権行為か。ただの憐れみなのかもしれない。それでも、彼女の頭をやさしく撫でで、何ならどさくさに紛れて抱きしめてしまいたいというよこしまな思いは、降谷の掌にざらりとした感触を残したまま、胸の奥に落ちていった。

     粥の最後のひと口を努めてゆっくりと咀嚼する。志保は、書類に目を通す降谷の横顔を気付かれないようにそっと見た。金色の髪に褐色の肌、少し疲れたような目元すら絵になる。少し皺の付いたワイシャツから、彼が相変わらず多忙なことが伺えた。
     研究の傍ら降谷からデータの解析や押収品の分析を請け負うようになって、しばらく経つ。阿笠博士の家を出て一人暮らしを始めたころよりは、生活習慣に気をつかえるようになった。しかし、今回のように研究や仕事が重なると、寝食を忘れて没頭してしまうことがあり、降谷や工藤に嗜められることもしばしばだった。
    「ごちそうさまでした」
     立ち上がろうとする志保の手から、降谷は器をかすめ取った。
    「洗っておくから、もう少し休んで」
    「ただの低血糖よ。食べたら治ったわ」
     取り上げられた食器を奪い返そうと、志保は腰を浮かせる。その瞬間、軽いめまいに足元がふらついた。すかさず降谷が抱きとめる。
    「ほら、言っただろう」
    「急に立ったからよ。離して」
     抱かれた肩が熱い。動揺を気取られぬよう、志保はすぐに体を起こし、降谷の手を引きはがした。
    「済まないが、至急頼んでいたデータ解析の結果をこれに入れてくれ」
    「……分かったわ」
     降谷は腹が立つほどスマートだ。志保に仕事を宛てがうと、彼はそのまま器を持っていってしまった。食器を洗う水音を聞きながら、志保はデスクに座って解析結果を暗号化しつつ受け取ったUSBに落としていく。ダウンロードがあと数秒で終わろうというとき、地響きのような音が聞こえた。
    「花火?」
    「夏祭りの締めじゃないかしら」
    「なるほど」
     降谷が南側の窓のカーテンを開けると、ビルの合間からちらりと夜空に浮かぶ大輪の花が見えた。
    「なかなかの特等室じゃないか」
    「本当ね。気が付かなかった」
     降谷は部屋の電気を消して、窓を開け放った。ドン、ドンと少し遅れて聞こえる音が棚の実験器具を震わせる。赤、黄、白、緑、橙……ほどよく見え隠れしながら輝く夏の風物詩に暫し二人で見入っていると、降谷が「あ」と思い出したように呟き、研究室の冷蔵庫を開けた。取り出したのは、二本の水色のガラス瓶。
    「ラムネ?」
    「ここに来る前に、出店で買って来たんだ。飲むかい?」
    「いただくわ」
     小さな流しで隣り合ってラムネの瓶を空ける。透明なビー玉が忙しなく動き、冷やされた中身がシュワシュワとあふれ出た。窓際にデスクチェアと客人用の折りたたみ椅子を移動して、二人は腰をかけた。ラムネを飲みながら、花火の続きを見守る。
    「思いがけずお祭り気分を味わえた。ありがとう」
    「どういたしまして。でも、夏祭りは来月、米花町でもあるだろう?」
     当然行くんだろうという口調で、降谷が聞いてくる。
    「行かないと思うわ」
    「どうして?」
    「人混みは苦手だし、それに……」
    「会場で工藤君と蘭さんに会うのが嫌?」
     降谷からの問いに、志保は弾かれたように彼を見た。
     花火は小休止に入ったらしい。辺りが暗くなり、彼の表情はよく分からなかった。
    「違うわよ。ちょうどゼミの研究会と重なってるの」
    「そうか」
    「あなた、私がまだ工藤君のこと引きずってると思ってるの?」
     今度は、志保が聞く番だった。
     灰原哀にとって、江戸川コナンはいわば運命共同体だった。頼りにしていたし、惹かれてもいた。その想いは、宮野志保に戻っても確かに胸の奥にあった。でも、工藤新一には毛利蘭がいる。何より志保は真っ直ぐに想い合う二人に幸せになってほしいと願っていた。二人をある意味いちばん真近で見てきた者として、それはもう祈りのようなものだった。
    「もう三年も前の話よ」
    「でも、宮野志保に戻ってからしばらく、工藤君と蘭さんと一緒にいるときの君は辛そうに見えた」
     降谷の持つラムネの瓶が、カランと音を立てた。
    「研究と仕事に忙殺されて、色恋どころじゃないわよ。おかげさまで」
     十八歳に戻った自分に降谷が与えてくれた役割を、志保は甘んじて受け入れた。過去に己が犯した罪が消えるわけではない。死んだ大切な人たちが戻ってくることもない。それでも前を向いて自分ができることをするという降谷の生き様に、志保は強く心を動かされた。
     ドン、という音が響く。再開した花火の光があらゆるものの輪郭を照らし出した。降谷は花火ではなく、志保を見ていた。
    「それは、僕にもチャンスがあると思っていいのかな」
     祭りのフィナーレを彩るスターマインの音が辺りを包む。
    「え」
     遅れて聞こえる花火の打ち上げ音のように、降谷の発した言葉が幾度もの神経連鎖を経てようやく志保の脳内に届く。耳元でうるさいくらいに響いている音が、速射連発花火の破裂音なのか、自分の胸の鼓動なのか、もはや志保には判別できなかった。
     最後の火の粉が散る音が消え、暫しの静寂が訪れる。縫い止められたように動かない志保の目を見て、降谷は静かな声で告げた。
    「好きだ」

     その刹那、志保の目から大粒の涙が転がり落ちる。
    「あ、ごめん、驚かせて」
    「ち、違うの……あの……」
     慌てて謝る降谷に、志保が言った。
    「自分が、言ってしまったんだと、思ったの……」
     両手で顔を覆って泣く彼女を、降谷はきつく抱きしめた。
    「それは……どういう意味か、聞いてもいい……?」
     志保は迷うように何度も言葉を飲み込み、やがて、意を決したように言った。
    「……私も、降谷さんが、好き……」
     しゃくり上げながら言う志保が愛おしくて、降谷は彼女をかき抱いたまま、頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
    「ああー、なんだ、我慢しなくてもよかったのかー」
    「何がよ、やめてよ」
     降谷の手を払おうとする志保の腕をつかんで、降谷は前のめりに聞いた。
    「ね、キスしてもいい……?」
    「え、や、やだ!」
    「何で!?」
     思わぬ拒絶の言葉に動揺して問うと、予想外の答えが返ってきた。
    「こんなぼろぼろのときに、いやよ……。初めてなんだもの……」
     “初めて”という言葉の破壊力と顔を真っ赤にして答える志保のかわいさに、降谷は打ちのめされた。
    「ああー……ごめん」
    「でも、あの、降谷さんと……キス、したくないわけじゃないの」
    「うん、分かってる。分かってるよ」
     降谷はやさしく志保の背中を撫でる。
    「志保さん、来月お祭りに行こう。一緒に浴衣着て」
    「え、米花町の?」
    「ううん、西東京市で祭りと花火大会があるんだ。米花町と違って、周りもあまり気にしなくていいし」
     志保の耳元で、彼はささやくように言った。
    「そのとき、続きをしよう」
     耳の先まで朱に染まった志保を見て、降谷は満足そうに微笑み、もう一度ぎゅっと彼女を抱きしめた。
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