骨の髄まで 最近視線を感じる。
じっとりとした、絡みつくような……心地の悪いもの。
一人でいると余計に強く感じるから、不気味さは増していく。
恋人に相談しようか。しかし勘違いだったらと思うと言い出せない。
「立香?」
「あ……なに?」
せっかくのデートだというのにぼんやりしていた私を、恋人は心配そうに見つめている。
誤魔化すようにへらりと笑い、カフェのオレンジジュースを口に含んだ。
「最近、心ここに在らずといった風ですね……私と過ごすのは退屈ですか?」
「まさかっ! 気のせいだよ……」
そんなことないよ。安心させるように微笑んでみせるけど、恋人の表情が晴れることはない。
なんだか後ろめたい気分だ。
ストローで氷を突き回す、カランカランという音を聞きながら心の中でため息を吐いた。
*******
「帰り遅くなっちゃった」
時刻は十時半、状態はほろ酔いといったところ。
職場の飲み会が終わったと、同棲している恋人にメッセージを送った。駅まで迎えにきてくれるらしい。
鼻歌混じりに人の少ない駅を歩いて、ふらふらしながら改札を出た。
「あれぇ? まだいないや」
改札を出ても、恋人の姿はない。連絡するのが遅かったかと、同棲する家の方へと歩き出した。
この時間でも、駅前は歩いている人がちらほらいる。
(合流したらコンビニ寄って、二日酔いの薬買って帰ろ)
スマホを片手に、カチリと電源をつけた途端。
ぞわりと肌が粟立つ感覚。朗らかな酔いを吹き飛ばされてようやく、一人で夜道を歩いていることを後悔した。
走り出したら追いかけてきそうで、少しずつ歩調を早めていく。
(絶対、いる……!)
背後の気配、ぴたりとつけてくる足音、次第に周りから減っていく通行人。
なんて迂闊なんだと自分を責めつつ、涙目で恋人との合流を願った。
聞こえてくる足音がどんどん大きくなっていく。怖くて声が出ない。ついに走り出す寸前、ポン、と肩に手を置かれた。
「立香」
「きゃあぁあっ!」
悲鳴を上げて振り返ると、きょとんとした顔の恋人がいた。
恐怖が安堵に変わり、愛しい人の胸に飛び込む。
優しく抱き留めてくれた恋人の首筋にぐりぐり額を押し付けると、彼は声を上げて笑った。
いつの間にか、背後からの足音も消えていた。
「ふふ、夜道が怖かったのですか?」
「うん……あれ? そういえばなんで後ろから来たの?」
「すれ違っていたようだったので。いや合流できてよかった」
「そっか!」
お酒のせいで判断力が落ちているのか、恋人の言葉を深く考えずに流してしまった。ぎゅうっと抱きしめてもらえば、もう怖いものはない。
指を絡ませて手を繋ぎ、安心し切ったまま帰路に着いた。
*******
少し前。
「立香ちゃん、今日は飲み会だったんだね。そんな無防備に……」
駅から出てきた、千鳥足の少女を見つめて舌舐めずりをする。
平時であれば彼女を迎えに来るはずの男が、今夜は何故か現れない。
これ幸いと後をつけ、この愛を伝える術を模索した。
あんな男より、自分の方が彼女を幸せにしてあげられる。その自信があった。
きっと話せば、そのことを彼女も理解する。
「こんばんは、精が出ますね」
突然、背後から声をかけられる。はっとして振り向くと、笑みを浮かべるガタイの良い男がいた。
ケイローンといったか。無垢な彼女を騙し、手篭めにした憎い男。
しかし、精が出るとは何のことだ。嫌な予感がする。
男はこちらの心中など気にせず、世間話をするように口を開いた。
「彼女、可愛らしいでしょう。私の宝物です」
「っ……」
カッと頭が沸騰したようだ。怒りに任せて掴みかかろうとするも、ひらりと避けられてしまう。そのまま距離を取りながら、男はこちらをおちょくるように言葉を続けた。
「貴方のような悪い虫にたかられることはしばしばあるのです。その度に……こうして駆除しているのですよ」
「このっ、黙れ! あの子は俺のっ……」
男の笑顔は崩れない。
もう一度殴りかかるべく振り上げた、その拳を取られて引き寄せられる。パンッ、と音がして脳が揺れ、その場に倒れ込んで初めて掌底を喰らったのだと気付いた。
呆然と夜空を見上げながら、愉しげな低い声を聞く。
「あの子のたった一部でも、貴方のものになることはありません。忠告であるうちに消えなさい」
「ぐ……っ」
悔しさに歯噛みするも、身体は動かない。悔しいが、体格から何から劣っているようだ。
負け惜しみに男をぎろりと睨め付け、よろよろと身を起こす。
緑の目はどうしてか細められた。
「まだ理解ができないのでしょう? 大丈夫……最短で教えて差し上げます」